


昨日は大阪の箕面高校OB吹奏楽団演奏会、小西 収さんの指揮による演奏でした。
これまで彼の演奏は聴かせてもらうたびごとに、一切お世辞抜きの感動を味わわせてもらって来たのですが、今日の演奏は、どう言ったらいいんでしょう、聴いているわたし自身の人生のこれまでの来し方とこれからの行く先を包み込むきわめて純粋な喜びの情が、今、屹立している!その感覚にいくたびも襲われたのでした。
ポピュラーなおなじみの曲もこれほど美しく幽遠な響きを湛えた曲であったかと思わされ、緊張感と解放感が呼吸のように息づきながら交互に緩急をもって奏でられる空間には目には見えぬ風や波のフォルムが縦横無尽に流れゆき、拡がってゆきます。
そういった精神・靈(ひ)の線や形に触れますと、人はこころもからだも踊りだし歌いだすのです。
もうおひとりの指揮者である大迫智さんによる演奏も、アンコールにおいて、ついには空間そのものが微笑みながら歌いだし踊りだし、生きてるということそのことの掛け値なしの喜びが我が胸の奥から込み上げて来て、わたしは涙腺が崩壊してしまいました。
最後の小西さんの演奏「さくらのうた」では、演奏されている皆さんの背後に、いのちの奔出を抑えきれないかのように桜の花が見事なまでの豊潤さで咲き初めるのが見えます。日本の春を生きることが本当にありがたく嬉しく、だからこそ、あといくたび、この春のいのちの奔出にまみえることができるのだろうと念うのでした。
今日、まあたらしく、めざましく感じたこととして、小西収さんが天から授けられている才のことです。それは、書き記されてあるあまたの音符を生きものへと甦らせ、立ち上がらせ、舞い上がらせる天才が小西さんには授けられていることです。
わたしはその天才に触れることの幸福を想って家路につきました。
演奏者の方々の紅潮した頬。本当の感動を伝えたいと言わんばかりの客の拍手。会場を出て、帰り道を歩くときの浮遊感。
音楽に関する知識はわたしには何もないので、いっさい音楽そのものの魅力を言い表すことはできない拙い感想なのですが、個人的な主観でも書かずにはいられず、こうして書いてしまいました。
小西さんはじめ楽団の皆さんが奏でられた音楽への愛に、こころからお礼を申し上げたく思うのです。
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