2025年08月11日
ひそかに、かつ、穏やかに闘ふ
わたしにも誘惑の手が伸びて来てゐる。それは、ひめやかな学びをなほざりにするやう、わたしに働きかけてゐる。
さうして、日々の仕事においてわたしが口にしてゐることと、実際にわたしがしてゐることとの間に、溝を掘らうとするのだ。
わたしは、その働きかけと、ひそかに、かつ穏やかに闘ふ。
この、口にしてゐるアントロポゾフィーのことばは、わたしにとつて、まことのものなのか。
何度でも、さう、おのれに問ひかける。
そして、他者にはもちろんのこと、おのれみづからにも決して嘘をついてはならないことを念ふ。
昨晩の「こころのこよみ」クラスでわたしは何を述べたか。
それは、お喋りをやめ、みづから黙ることを通し、「世のことば」「御聲(みこゑ)」に耳を澄ます、といふことではなかつたか。
「しづかさ」をみづから創りだすべく、アクティブにこころを働かせ、感官の営みの内へと入つてゆくといふことではなかつたか。
アストラ―ルのからだの光の輝きを意識し、エーテルのからだのいのちの流れをいきいきと巡らせることで、「世のことば」こそを述べる仕事を我が天職として貫くのではなかつたか。
そして、おのれの情や欲望を世に押しつけてゆくことをやめ、愛だけが流れ、ひろがりゆくことを、この人生でなしてゆくのではなかつたか。
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