[アントロポゾフィーハウス]の記事一覧

2021年08月03日

職能を育むためのアントロポゾフィーハウス その三(完)



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秋田県大湯環状列石



そのやうな職能に繋がる学びの深まりを意識的に織りなさうとしたのが、ルードルフ・シュタイナーその人でした。そして、その織りなしは、1923年12月24日から翌年1月1日にかけて行はれたクリスマスの集ひの時に生まれた普遍アントロポゾフィー協会の中心的機能である「自由なる精神の高き学び舎(精神科学自由大学)」においてでした。


そのやうな職能への明らかな意識をもつた学びだからこそ、人は真摯に学ばうとしますし、特に若者は、きつと、そのやうな精神の学びを求めてゐます。きつと、です。


アントロポゾフィーの学びを促す集ひは、そのやうな、ひとりで仕事をするべく立たうとする人を見守り、励まし、促さうとする集ひであり、運動体です。


その実践的な学びは、ふたつの柱を持ちます。


@メディテーションといふ内なる密(ひめ)やかな毎日の営みが我がこころと人生を支へてくれるといふこと。


Aさらに日々の仕事そのものが芸術実践なのだといふこと。


わたしたちのアントロポゾフィーハウスも、世に仕へゆく職能のための道として、そのふたつの主なるモチーフを意識的に育んでゆきたいと希つてゐるのです。


そのふたつの柱を学びの場にその都度その都度、意識的に打ち樹てながら、アントロポゾフィーの学びの場としてのアントロポゾフィーハウスは、さらに、その機能として三つの次第を持ちます。


まづ一つ目の次第として、こころの保護を求め、精神への憧れを満たすポジティブな「隠れ家」として、アントロポゾフィーハウスは機能します。その場においては、人と人とが親しく語り合ふことができる。聴き合ふことができる。胸を開いて、こころとこころを響かせ合ふことができます。


次に二つ目の次第においては、まさしく、「時をかけて習ひつつ学びを深めゆく学び舎」として、参加者みづから能動的にアクティブに学びを深めて行くことができるやう、教へ手は意識的にアントロポゾフィーの道を提示します。それは、ひたすらに、ひとりひとりが自由へとなりゆく道、その人がその人へとますますなりゆく道です。


さうして、三つ目の次第において、「実践の場」としてのアントロポゾフィーハウスです。日々の暮らしに注ぎ込む精神の働きを鍛える「実践の源」としての場であり、この場の内と外において、みづからすること、なすこと、言ふことに、責任がともなふやうになります。つまり、ひとりひとりが具体的にする仕事の場としてのアントロポゾフィーハウスです。そこでは、他者と共に、時代状況と共に、アントロポゾフィーの学びから生まれる意欲と責任感を培ひつつ働くことをしていく必要があります。それ故に、どうしても、真摯な「内なる密(ひめ)やかな学び・練習」の必要性がいよいよ意識され、その必要性をひとりひとりが自由に満たすことがきつと求められます。その「内なる密(ひめ)やかな学び・練習」は、決して、他者から求められるが故になされることではなく、どこまでも、目覚めた〈わたし〉が求めるものとして営まれるものです。


@「隠れ家」としてのアントロポゾフィーハウス
A「時をかけて習ひつつ学びを深めゆく学び舎」としてのアントロポゾフィーハウス
B「実践の場」としてのアントロポゾフィーハウス


この三つの次第を生きることは、現代を生きる少なからざる人にとつて、とりわけ、若い人にとつて、こころの奥底から乞ひ求められてゐることだとわたしは考へ、実感してゐます。


この三つの次第を世に提示していくことが、アントロポゾフィーハウスが促さうとしてゐるアントロポゾフィー運動です。


これを読んで下さつてゐるあなたは、どの次第をアントロポゾフィーハウスに求めますか。


ともかくも、この三つの次第を持つアントロポゾフィー運動に加はらうとする人にとつては、まづは一つ目、次に二つ目、最後に三つ目といふ、時の順序をもつて少しづつ参加して行くことになるでせう。


しかし、三つの次第が、いつまでも、どこまでも、重なり合つてあると言つてもいいでせう。


今日は、「職能を育むためのアントロポゾフィーハウス」といふ観点で書かせてもらひました。


最後までお読み下さり、まことに、感謝いたします。ありがたうございます。



2021年8月3日 アントロポゾフィーハウス 諏訪耕志



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職能を育むためのアントロポゾフィーハウス その二



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十和田湖



いま、アントロポゾフィーの学びの場が、日本においても各地で行はれてゐますし、オンライン講座といふスタイルでも、ネット上にたくさんの場が生まれてゐると思ひます。


わたしたちアントロポゾフィーハウスは、オンラインクラスだけでなく、恒常的な賃貸料などが生じないやうに、固定した場所を持たず、その時、その場で、アントロポゾフィーを学ぶべくリアルに人と人とが出会ふ場を創ることを意識的に織りなしてゆかうとしてゐます。


さう、その営みは、まさしく「織りなしてゆく」ものです。ある図柄を織りなしてゆかうとしてゐます。


その図柄とは、アントロポゾフィーから仕事を創りなしてゆく志を育てるといふ、精神からの意志の図柄です。


固定的な場を持たないが故に、その精神からの意志を持続することはとても難しいことです。しかし、だからこそ、より意識的になつて、やがては、ひとりひとりの学び手がこの学びの教へ手になり、これからの日本の社会に精神からの志を注ぎ込んでゆくことを促すひとつの母体となることを考へてゐます。


その意識を明確に持つのです。学び手自身も、その意識を明確に持ち、この学びの代表者として、みづから、ひとりで立ち、仕事をして行くといふ志を育てることです。それは、〈わたし〉の育みでありつつ、同時に、世の育みです。


(続く)

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職能を育むためのアントロポゾフィーハウス その一



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わたくし諏訪耕志がアントロポゾフィーを学んだのは、1990年代の新宿区高田馬場にあつたルドルフ・シュタイナーハウスといふ場においてでした。


そこでは、ほぼ毎日、大人のためのアントロポゾフィーの学びのための集まりがなされてゐて、わたしは、おほよそ七年間、毎日通ひ、アントロポゾフィーの基礎的な学びと、言語造形といふ芸術実践に勤しむことができました。そこでわたしは、明らかに、人生を貫く職能を育む道を歩み始めることができたのでした。


そのやうな場があつたからこそ、そして、そこで、我がこころとからだに精神のくさびを打ち込まれたからこそ、30年前の当時も今も変はらず、アントロポゾフィーといふ精神の営みがわたしを貫き続けてくれてゐます。まさに今もわたしの人生は、当時のあの場とあの時に支へられてゐるのです。


物理的な学びの場があるといふことは、本当にかけがへのない、貴重なことでした。


いま、そのやうな場が失はれて、久しい時が経つてゐます。


なぜ失はれてしまはざるをえなかつたのかといふことには、様々な要因がありますが、毎月支払はなければならないホールや事務所の決して少なくない額の賃貸料といふ負担が、会員からの会費だけが資本のいちNPO法人には重すぎたのでした。


(続く)


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2021年08月01日

アントロポゾフィーハウスの始まり 青森八戸 



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青森県は八戸にて、初めての言語造形、オイリュトミーそしてアントロポゾフィーのひととき。それは、アントロポゾフィーハウスの始まりのときでもありました。


小学高学年の女の子ふたりとは、わたくし諏訪耕志が教科書の音読を言語造形を、越中さんがひとりづつたつぷりと時間を取つての詩のオイリュトミーを。


音読では、なんと、ひとりの子が朗々と朗唱を始めるやいなや、その息遣ひに感応して、もうひとりが誰に何も言はれてゐないのに、走り始めるのでした。こんな風に音読の時間が体育の時間にもなるのです。

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そもそも芸術であることばの力に、子どもも大人も動かされ、目覚めることができた3時間半。


また、これからもオイリュトミーの越中さんともども、ことばの芸術とアントロポゾフィーを活き活きと味はひつつ学んで行く時間を持つてゆきます。


アントロポゾフィーハウスとは、固定的な場を持たず、その場その場を精神の社とするべくアントロポゾフィーの学びと芸術実践を深めてゆく運動体です。


ご参加下さつた皆さん、どうもありがたうございました。そして、最初のこの見えない精神の社づくりに色々とご尽力下さつた佐々木さん、本当にありがたうございます。また、これからも、どうぞよろしくお願ひします。


これからの八戸での予定は、9月4日(土)、10月2日(土)、9時半から13時まで。いずれも青森県八戸市福祉公民館にて。https://www.city.hachinohe.aomori.jp/.../kenko.../4021.html


参加費: ドネーション制


お問ひ合はせ・お申し込み:
佐々木 千晶さん aibaru0809@gmail.com


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2021年07月06日

学び始めた方からのことば



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ことばの家近くの万代池の花園にて



今年、新しく、アントロポゾフィーハウスといふ精神の学の運動体が生まれました。


それは、アントロポゾフィーといふ精神の学をふたつの柱に沿つて深めて行く、固定的な場所を持たない運動体です。


そのふたつの柱とは、メディテーションと芸術実践です。


わたくし諏訪がさせてもらつてゐますいくつかのアントロポゾフィーの学びのクラスの中に、シュタイナーの『いかにして人が高い世を知るにいたるか(鈴木一博訳)』のオンラインクラスがあります。


木曜と日曜の夜、それぞれ毎週、続けられてゐるこれらふたつのクラスは、読書会に近い講義といふスタイルをもつて営まれてゐるのですが、それは、メディテーションを仲間と共に少しづつ深めていくための促しと励ましの時間になつてゐます。


その深まりは、だんだんとですが、きつと、ひとりひとりの人がアントロポゾフィーから著されてゐる文献を自分自身から熱心に読み始めること(スタディ)へと繋がつてゆくことで、暮らしと仕事の深みをみつめるこころの目が開き始めます。


また、かうしたクラスに参加することそのことが、ひとつの芸術実践です。


ことばを聴くといふこと、ことばを話すといふこと、それそのことが、芸術の営みだからです。


そして、ことばを聴き合ふことをもつて、互ひの人間性、その人のその人たるところを感覚し合ひ、人とみづからとの間合ひを知りゆく、そんな練習の実践の場でもあるからです。


メディテーションと芸術実践、それは、その人をますますその人になしてゆく、わたしがますます〈わたし〉になりゆく道となります。


ここで、木曜「いかにして人が高い世を知るにいたるか」オンラインクラスにご参加されてゐる n.y さんがグループメッセンジャーに書き込んで下さつた文章を、ご本人のご了承を得て、ここにご紹介させていただきます。



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先日の読書会の余韻がまだ続いているわたしです。


先日の読書会、平らに面積で見ればたった1nの学びでした。


しかし体積で見てみるとそれは果てしなく広く深く読書会中でもまるで海や宇宙空間にふわふわ浮いているような感じで私はすっかり圧倒されてしまう感覚になりました。


そして同時に『覚悟』といキーワードが頭から離れなかったのです。


後からどうしてそんなふうになったの…?とずっと考えていました。


『私がますます私になる』って…それは私が私と向き合うことからはじまり私の内なる世界を探求すること。


でもその内なる世界も途方もなく果しなく広い宇宙〜だ〜?…と私は感じたのかもしれません。


『〜高みにいたるか』その至るまでの道のりプロセスはスローステップで階段を登ったり下ったり繰り返し…だんだん自分の内奥にひそむ好ましくないものもきっとみえてくる。


その自分の不完全さを受け入れてあるがままになるまでの長い道のり。時には休憩してお茶したり泣いたり笑ったりの私に寄り添いながらの歩み。


そんなイメージがわいたのかもしれません。


そしてそれには私と付き合っていく覚悟が必要なのだと…。


もっというとそれが条件だと、先生であるこの一冊の本は私に教えてくれているのかな〜?と


勝手に宇宙旅行している私です。 ( n.y さん)



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『木曜・日曜夜「いかにして人が高い世を知るにいたるか」オンラインクラス』


●毎週木曜・日曜 夜8時から9時まで


●参加費
体験参加費 一回のみ 2000円
4回連続ご参加 5000円


御自身のご都合でのお休みは、キャンセル無効とさせていただき、録画したものを見ていただくことができます。なにとぞ、どうぞよろしくお願ひいたします。  


もし、お時間などのご都合がつかない方で、それでもご関心がおありになる方がゐらつしゃいましたら、録画受講といふ形でご参加されることもお勧めいたします。


ただ、クラスが、読書と共に、とても内密な語らひの場になりますので、録画ご視聴して下さる方のお顔とお声を参加して下さる皆さんに、ご紹介させてもらふことになります。


一度、オンライン上でお顔をお見せくださることが可能でしたら、とてもありがたく思ひます。


●お振り込み  

// ゆうちょ銀行から //
記号 10260 番号 28889041 スワ チハル  

// 他銀行から // 店名 〇ニ八(ゼロニハチ) 普通 2888904    


お申し込み、お振り込みいただいた方に、オンライン会議室ZoomのURLをお伝へします。    


鈴木一博氏訳の『いかにして人が高い世を知るにいたるか』を用ゐます。本をお求めの際は、こちらでどうぞ。
「精巧堂出版」https://www.seikodo-store.com/show1.php?show=b0007  


●お申し込み・お問ひ合はせ   「ことばの家 諏訪」
https://kotobanoie.net/access/



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2021年06月27日

アントロポゾフィーハウスからのオンラインクラス「いかにして人が高い世を知るにいたるか」



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青森県三戸郡新郷村大字戸来のキリストの墓と言はれてゐるところ



先週、第一回目の木曜オンラインクラス「いかにして人が高い世を知るにいたるか」を開催させていただきました。
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このクラスを始めることにおいても、わたしたちアントロポゾフィーハウスが欲してゐますことは、アントロポゾフィーをまぎれなく求める人と出会ふことです。
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たとへ、「アントロポゾフィー」といふ名は知らなかつたとしても、こころの内の深みにおいて、アントロポゾフィーを求めてゐる人は、必ず、ゐるのです。
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ルードルフ・シュタイナーがこの書『いかにして人が高い世を知るにいたるか』で指し示してゐますのは、その人がいかにして自由になりゆくか、その人がいかにしてその人にますますなりゆくか、といふことに対する親しいアドバイスです。
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わたしが、ますます、わたしになりゆく。
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そのことを求めてゐる人は、ゐるはずです。
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そして、それが、アントロポゾフィーの営みです。
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昨日のクラスには、そのことを求める、まこと、フレッシュな、健やかなこころとこころが集ひ、ことばに出しては言はれませんでしたが、密(ひめ)やかなヨハネの祝祭でありました。
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わたしたちには、アントロポゾフィーをまこと、学ぶ場が要ります。アントロポゾフィーを通して人と出会ふ場が要ります。アントロポゾフィーを通してこそ創ることのできる祝祭が要ります。
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アントロポゾフィー運動とは精神から創る文化運動なのだといふことを明確に意識する集まり。
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アントロポゾフィーハウスは、そのための場を創らうとする運動体です。
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「いかにして人が高い世を知るにいたるか」オンラインクラス、
日曜、木曜、共に夜の8時から9時まで、毎週、行つてゐます。
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アントロポゾフィーを求めてゐる人の出会ひの場でもあります。
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いつからでも、お仲間にお入りください。
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●参加費
体験参加費 一回のみ 2000円
4回連続ご参加 5000円
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御自身のご都合でのお休みは、キャンセル無効とさせていただき、録画したものを見ていただくことができます。なにとぞ、どうぞよろしくお願ひいたします。  
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もし、お時間などのご都合がつかない方で、それでもご関心がおありになる方がゐらつしゃいましたら、録画受講といふ形でご参加されることもお勧めいたします。
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ただ、クラスが、読書と共に、とても内密な語らひの場になりますので、録画ご視聴して下さる方のお顔とお声を参加して下さる皆さんに、ご紹介させてもらふことになります。
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一度、オンライン上でお顔をお見せくださることが可能でしたら、とてもありがたく思ひます。
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●お振り込み  
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// ゆうちょ銀行から //
記号 10260 番号 28889041 スワ チハル  
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// 他銀行から // 店名 〇ニ八(ゼロニハチ) 普通 2888904    
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お申し込み、お振り込みいただいた方に、オンライン会議室ZoomのURLをお伝へします。    
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鈴木一博氏訳の『いかにして人が高い世を知るにいたるか』を用ゐます。本をお求めの際は、こちらでどうぞ。
「精巧堂出版」https://www.seikodo-store.com/show1.php?show=b0007  
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●お申し込み・お問ひ合はせ   「ことばの家 諏訪」 https://kotobanoie.net/access/



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※写真は、青森県三戸郡新郷村大字戸来字野月にあるキリストの墓と言はれてゐるところ

posted by koji at 13:27 | 大阪 ☔ | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月12日

「自由なる精神の高き学び舎」としてのアントロポゾフィーハウス



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これは、とても長い文章です。しかし、〈わたし〉からの試みです。精神の海へのわたしなりのダイヴィングでもあります。この長文、もしお付き合ひいただけましたならば、これほどの喜びはありません。 諏訪耕志



『アントロポゾフィー運動の四つ目の次第 
「自由なる精神の高き学び舎」としての
  アントロポゾフィーハウス 』



ここ日本においても、アントロポゾフィー運動といふ生きた精神の運動は、まさに、生きてゐるものであるがゆゑに、四つの次第を持ちます。


それは、人が、フィジカルなからだ、エーテルのからだ、アストラールのからだ、そして〈わたし〉を持つことと同じです。



@【暮らしの中に新しいスタイル、かたちをもたらすこと】

これは、アントロポゾフィー運動において、人のフィジカルなからだの営みにあたります。

人は、芸術ワークショップやシュタイナー教育やアントロポゾフィーについての講義を受けることによつて、または、シュタイナー教育に関する解説書や案内書などを読むことによつて、暮らしの中に新しい息吹きが吹き込まれ、何か新しい暮らしの仕方が始まる可能性が自分自身のこころに宿り始めることを感じます。

そのための仕事をすることが、アントロポゾフィー運動の一つ目の次第です。


A【ルードルフ・シュタイナーのことばに学ぶ】

この二つ目の次第は、翻訳と言へども、シュタイナーその人のことばに触れて、こころがまるで水を得た魚のやうに甦つて来ることで、それは人のエーテルのからだの営みにあたります。

ひとりでする読書から、仲間と共にする読書会や研究会を営むことへ、さらには、自分自身が講義をすることへと深く確かにこの道へと歩を進める人も出てくることでせう。

その一連の流れを促すこと、それが、アントロポゾフィー運動の二つ目の次第です。



B【グループを作り、世に働きかけてゆく】

この三つ目の次第において、まさにアントロポゾフィー運動も人々の目に見える公けの形を持つやうになる、と言つてもいいかもしれません。

たとへば、シュタイナー学校を創ることや、医療や農業などの分野における法人格を持つた社会活動、または、芸術団体、芸術学校を創り、世に芸術的に、精神的に、宗教的に、かつ、科学的に、「人であることの意識」を守り育んで行くことの重要性を訴へるにいたります。

この三つ目の次第では、グループとしての意志と情と考へがものを言ふやうになり、そこから、おのづと、グループ内とグループ外といふ、内と外のやりとりがなされるやうになります。これは、人のアストラールのからだの営みにあたります。

社会の中で、より多くの人々と関はりつつ、アントロポゾフィー運動を繰り出して行く次第です。

この三つ目の次第において、人ひとりひとりが生きる活き活きとした組織づくり、外の社会との有機的な交流を創り出し、育て上げて行くことで、このアントロポゾフィー運動は一応の完成をみることができたと思ふこともできるのかもしれません。

しかし、アントロポゾフィー運動は、この時代の課題として、はるかに、この三つ目の次第を超えて、より深い次元と射程と淵源を見据ゑてゐるのです。



C【メディテーションと芸術実践を重ねることで、世により強く深く確かに働きかけてゆく】

この四つ目の次第において、アントロポゾフィー運動は、その運動の源の泉を持つにいたります。

1923年のクリスマスの集ひにおいて、ルードルフ・シュタイナーは、この四つ目の次第を地上に打ち樹てるべく、「普遍アントロポゾフィー協会」を新しく創り、その真ん中に「精神科学自由大学 Die Freie Hochschule für Geisteswissenschaft」を、まさに精神からの生きものとして生み出しました。その「精神科学自由大学」でなされるのは、アントロポゾフィー運動の代表者、責任者として、ひとりひとりが世の中に立つことができるやうに、メディテーションと芸術実践・学問研究などを通して、密(ひめ)やかな学びからの稔りを、ひとりひとりの内に生み出すことでありました。

この次第は、人の〈わたし〉の営みにあたります。

ですので、この四つ目の次第が真に息づいてこそ、この運動は、初めて、「人であることの意識」であるアントロポゾフィーを育む真の運動体としてなりたちえるのです。

三つ目の次第までですと、確かに、「地に足の着いた活動」と称しつつ、唯物観に満ちた現代風の雰囲気や成功感・達成感は得られる可能性もあるのかもしれませんが、人であることの意識を育む精神からの運動体にはなりえず、肝心要のシュタイナーといふ人を通してこの世に贈られた高い志から、遠く離れたものしか生まれないことは否めないのです。さういふ、シュタイナーの持つてゐた素志から離れたものがあつてももちろんいいのです。しかし、その志をこそ大切に受け継ぐのだといふ方向性はなんとしても守りたいと思ふのです。

だからこそ、シュタイナーは、密やかな学びを集中的に営む四つ目の次第をアントロポゾフィー運動の中心の仕事として、その課題に据ゑたのです。

しかし、約100年前に打ち樹てられたこの「精神科学自由大学」は、わずか、設立から半年あまりで、シュタイナーの病気、およびその死によつて、実質上の命を失つてしまつたのではないかと、わたしは考へてゐます。

いま、わたしは、ルードルフ・シュタイナーの精神を、まこと、受け止め、深め、より前進させて行くためには、既存の「精神科学自由大学」といふ組織のありやうから、より自由になり、しかし、それゆゑに、精神への責任を自覚、自戒しつつ、ひとりひとりの精神からの発意で、おのおの、この四つ目の次第にあたる生きた活動を始めて行く時が来てゐるやうに思へてなりません。

そこで、、わたしは、まづ、みづから始めるこの四つ目の次第の営みを「アントロポゾフィーハウス」と名付け、これは、物理的な場を持たない、どこにでも、志を持つ人と人とが力を合はせるところであるなら、その時その場で生まれる、アントロポゾフィーからの仕事をなす運動体としました。

この「アントロポゾフィーハウス」による仕事の、その中心課題は、メディテーションと芸術実践を重ねる「自由なる精神の高き学び舎」として精神の生きものへと成長していくこと、そして、そこから、日本の様々な地域において、アントロポゾフィーの仕事を、一つ目、二つ目、三つ目の次第において実際に創つて行くこと、して行くことです。

「精神科学自由大学」といふどこか堅苦しく杓子定規で、権威主義的な匂ひも漂ひかねないその名称を、より我が国のことばの調べに沿ふやうに「自由なる精神の高き学び舎」とわたしは呼んでゐます。

この四つ目の次第が生まれ、育ちゆくことによつてこそ、一つ目、二つ目、そして三つ目の次第におけるアントロポゾフィーからの仕事が、より力強いものになることは間違ひありません。

四つ目の次第に進みたい、そしてそこからの働きを持つて世に働きかけて行きたい、と明らかに意識し、こころから希む人がゐるのなら、その人と共に、この密やかな仕事を育んで行きたいと念ひます。

わたしは、この四つ目の次第を、「自由なる精神の高き学び舎」を内包する「アントロポゾフィーハウス」の営みとして、少しづつ進めて行きます。



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2021年06月11日

アントロポゾフィーハウスの仕事



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人が人として生きて行く上で、何が必要か。わたしがますます〈わたし〉となつてゆく上で、何が必要か。


アントロポゾフィーは、そこへの気づきをひとりひとりに、促さうとしてゐます。


いま、恐怖を煽つて、その気づきをさせまいとする悪の力が強く働いてゐます。


そんな、いま、そして、この21世紀の世において、本当に、アントロポゾフィーがたいせつな役割を荷ひ得る。


「まどろみから目覚めへ」。


若い人たちが目覚め始めるのを促していきたいですし、そのためには、わたしたち、人生の後半にゐる者みづからが、目を覚まして、仕事をしていくことが、最も重要なことですね。


目覚めとは、まづもつて、自分自身のこころのありやう、傾き、癖、などなどに、意識を向けてゐる、といふことでもあると思ふのです。


目覚めは、そこからこそ、始まり、そして、やがて、自分自身の内にこそ、高い人がありありとあることに、目覚めて行く道。


密(ひめ)やかな学びが、このアントロポゾフィーハウスといふ運動体の礎になります。



★アントロポゾフィーハウスのメンバー、越中奉さんの記事

先週、6月5〜6日、ここ青森県三沢市「国際交流センター」にて『芸術を生きる こころを生きる〜言語造形とオイリュトミーを通して』講師は諏訪耕志(言語造形)と私越中奉(オイリュトミー)でした。

コマコマのテーマは@「言語造形からの絵本読みきかせワークショップ」AB「芸術とこころを生きるの、言語造形・オイリュトミー」C「アントロポゾフィー講座〜芸術とこころを生きる」とはばひろい視点からの厚い内容でした。

諏訪さんとミーティングを重ねるなか、厳しい現実の今、C「アントロポゾフィー」の大切さが、日増しにたかまりました。

諏訪講師の熱、参加者の内なる勢いは高まり5日は翌日、1時半まで、特別講座は続いたそうです。多くの受講生、こどもたちは同センターに宿泊したのです。

ありがたいかな『いかにして人が高い世を知るにいたるか』というシュタイナーの著書の1ページ目「条件」の項目からじっくりと丁寧に読み初めてくださったのです。(4年生の子どもがその熱心さを翌朝わたしにはなしてくれました)

この書、現代のわたしたちに、否応なく立ち上がる、「人として、もっと人間らしく…」との問いを、誰にでも啓き、また実践をひもといてくれます。
 
学び、近寄りが、知識を得るためではなく、わたしたちの課題、本当の道を探して生きる方の、ひとりひとりの<わたし>への友となればなあ。と思うのでした。




posted by koji at 20:11 | 大阪 ☁ | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月01日

アントロポゾフィーハウスといふ運動体へのいざなひ



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わたくし諏訪耕志がしてゐますオンラインクラス「いかにして人が高い世を知るにいたるか」にご参加下さつてゐる方々へのことばとしてしたためた文章なのですが、それをここにも掲載いたします。


長文で恐縮なのですが、アントロポゾフィーハウスといふ運動体へのいざなひのことばです。


これは、わたしが関はらせてもらつてゐる、すべてのクラス、すべての方々へのことばです。


どうぞ、よろしくお願ひします。


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皆さん、こんにちは。

たびたび、お便りしまして、恐縮です。

わたしたちのこのクラス「いかにして人が高い世を知るにいたるか」も、4月4日の甦りの祭(復活祭)から始めまして、先週の5月23日の聖き靈(ひ)の降り給ふ祭(聖霊降臨祭)も超え、二か月を経ました。

本当に、皆さん、学びにご参加下さり、ありがたうございます。こころから、こころから、まこと、感謝いたします。


このクラスは、「密やかな学び」を少しづつ、時をかけてゆつくりと、進めて行くクラスです。

ですので、毎週、このクラスをするといふことに、とても大きな価値を見いだしてゐます。



このクラスを始めるにあたつて、わたし自身は、とても、考へました。

慎重さを要することでした。

この手の学びは、ややもすれば、「密やかな学びごっこ」に堕してしまひがちだからです。

「個人的な手なぐさみ」に堕してしまひがちだからです。



この「密やかな学び」こそが、ルードルフ・シュタイナーの悲願、アントロポゾフィーにおける主眼でありました。

といふことは、現代、多くも多くの人が、みづからは意識できずとも、こころの奥底において切に求めてゐるもの、それが、アントロポゾフィーの「密やかな学び」です。

わたしたちは、それをしてゐます。

そして、二日前のクラスで話題になりましたこととして、この「密やかな学び」が、外なる仕事や暮らしとどう関はつてゐるのだらうか、といふ問ひがありました。

その問ひに対する答へは、時が熟して来ることによつて、わたしたちひとりひとりに、きつと、降りて来るでせう。

つまり、この密やかな学びは、外なるわたしたちの個人的な暮らしと仕事に、かならずや、有益な働きを及ぼして来ることを実感するやうになることでせう。



さて、このクラスは、オンラインといふ、いまならではの、スタイルをもつて営まれてゐます。

オンラインゆゑの不如意もあるのですが、逆に、これからへの可能性をも秘めてゐるのではないかと感じてゐます。

それは、遠く離れた地域にゐる者同士が、こころを寄せ合つて、「理想」をこつこつと育て上げて行く営みへと、この学びを繰りなして行くことです。

つまり、地域性を離れて、日本といふ国の文化にアントロポゾフィーを浸透させて行く、ひとつの機縁になるやうな運動となつてゆくことです。

その「理想」とは、個人的なことからひとりひとりが離れて、後の世代のために「仕事」をすることではないかとわたしは考へてゐます。

しかし、その「仕事」をして行くためには、ひとりひとりの内における修養が欠かせないことを、わたしたちはアントロポゾフィーをもつて知つてゐます。

その「修養」にあたるのが、わたしたちのクラス「いかにして人が高い世を知るにいたるか」です。

このクラスにおいて、わたしたちは、いまも言ひましたやうに、なによりも、まづは、自分自身のこと、個人的な修養から始めますが、やがては、その個人的なことを超えて、後の世代、未来の人たちが生きて行くための健やかな精神的土壌づくり、文化づくりのための運動へと繰りなして行くことです。



「あなたにとつて理想とならない理念は、どの理念であれ、あなたのこころにおいてひとつの力を殺ぐが、あなたにとつて理想となる理念は、どの理念であれ、あなたのうちに生きる力を生みだす。」(34ページ)



頭ではなく、胸で、ハートで、心臓で考へる力を養つて行く、わたしたちのこのクラスが、ゆつくりと、だんだんと、日本におけるアントロポゾフィーのひとつの運動(アントロポゾフィーハウス)へと成長して行くことを、「理想なる理念」として、わたしは暖め育ててゐます。



長文、読んで下さり、どうも、ありがたうございます。


諏訪耕志



♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾



『アントロポゾフィーハウス』http://kotobanoie.seesaa.net/category/27643082-1.html

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2021年05月26日

子安美知子さんのこと・・・文学部門



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ここのところ、4年前の夏にお亡くなりになられた子安美知子さんのことを、なぜか、よく想ひ起こすのです。


彼女は、わたしの師・鈴木一博さんの師であられる方ですので、わたしは孫弟子といふことになるのでせうか。


とても、知的で、意識的でありつつ、情の豊かさと細やかさを湛え、あくまでも、理想といふものへの情熱を育て続けた方だといふ印象が強く、強く、残つてゐます。


27〜28年前に毎日通つてゐたルドルフ・シュタイナーハウスや、また、15年ほど前に大阪南港で行はれたシュタイナー教育展や、数年前の日本語での神秘劇上演の際の東京での稽古で、よくお会ひし、お話させてもらつたことを想ひ起こします。


そして、多摩川べりにある彼女のご自宅のお部屋の中の書籍の整理をお手伝ひさせてもらつたこともありました。


しかし、何より、わたくしどもがした言語造形の舞台、樋口一葉の「わかれ道」「十三夜」、木下順二の「夕鶴」にゐらして下さり、わたしが言ふのも何ですが、とても、とても、喜んで下さつたことが、忘れられません。


それは、彼女が、アントロポゾフィーの芸術的な繰りなしを、こころから、希つてゐたからだと思ひます。


特に、文学がご専門だつた彼女にとつて、日本語によるアントロポゾフィーの芸術として、言語造形といふ舞台芸術におこころを寄せて下さつてゐたのでせう。


『月刊アントロポゾフィー』(日本アントロポゾフィー協会発行)に21年前に連載されてゐた子安さんによる『「文学」に見る意識変遷の歩み』が、わたしの手元に残つてゐます。


その連載では、ルードルフ・シュタイナーによる、文学者と文学作品への精神科学からの見識を基にして、彼女はみづからの力で、ホメロスからヨーロッパ文学史を掘り下げ始められ、我が国の明治文学にいたるまで、健筆を振るはれました。


ここ数日、わたしは、その連載を二十年ぶりに再読し始めました。


わたしは、こころざしを持つ人と協力し合ひ、アントロポゾフィーから世に働きかけるべく、アントロポゾフィーハウスと銘打つて、仕事を共同で創りなして行きたい、といふ希みをもつてゐます。


子安さんのその無償の仕事が、わたしたちアントロポゾフィーハウスのこれからの仕事を後押ししてくれてゐるのを感じるのです。


孫弟子の成長を陰ながらでも、喜んで下さつてゐるのではないか、と・・・。師があるといふこと、教への系譜があるといふことは、本当に、本当に、かけがへがなく、ありがたいことです。


シュタイナーによる文学論を基にしながら、アントロポゾフィーの観点から作品を読み直し、互ひに研鑽を重ねつつ、グループを組んで、ことばと人のかかはりを深めて行く、そのやうな文学部門をオンライン上でも立ち上げることはできないかと思案してゐます。


言霊のさきはふ国としての日本文化の中で、日本語による、アントロポゾフィーを深めに深めてゆく。さうして、ひとりひとりがアントロポゾフィーを自分自身のことばで語り、自分自身の仕事として世に働きかけてゆく。


そのことへのこころざしを抱いてゐる方、また、ご連絡をいただければ、幸ひです😌



※写真は、谷崎テトラさんのブログ「テ・ト・ラ・ノ・オ・ト」からお借りしました。

posted by koji at 21:54 | 大阪 | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

精神の、芸術の、共同体創り  アントロポゾフィーハウス



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Marina Fernandes 「Calache」



先日、ある質問をされました。


世に一般に行はれてゐる朗読や演劇と、言語造形とは、どう違ふのですか、と。


問ひを出す人の人となりや、その人の求めてゐるもの、その人のインディヴィジュアリティーを感じ取り、見て取りつつで、その人その人によつて返させてもらふ答へは違つて来るのですが、その時は、こんな風にわたしは答へました。


言語造形をしつづけることによつて、人は、精神の生に通じるやうになつてゆきます、と。


密(ひめ)やかなことに通じる人になつてゆきます、と。


このことは、掛け値なしに、さうなのです。アントロポゾフィーがあるからです。


アントロポゾフィーの芸術のこころざしは、二重の仕方で示されます。


エソテリックな(密やかな)深まりとして内へと向かふ道と、精神・靈(ひ)によつて世をなりかはらせるべく外へと向かふ道です。


それは、このアントロポゾフィーハウスの二本の柱、「メディテーションと芸術実践」といふ言ひ方で言ひ表したことでもあります。


つまり、メディテーションの中に芸術実践が息づくのであり、芸術実践の中にメディテーションがむすばれてゆくのです。


その二本の柱の密やかな交錯から、人といふものへの限りない問ひ、世に起こる様々な兆しへの問ひ、高い世にをられる方々への問ひが生まれて来ます。


わたしたちは、いま、物の世に大変な混乱が起こりつつあるのを、目の当たりにしてゐます。


であるからこそ、アントロポゾフィーの芸術のこころざしは、エーテルの境、アストラールの境へと入り込んで行くことになり、さうすることによつて、この世に、精神・靈(ひ)からの生命をもたらさうとするのです。


それは、なべて、人の〈わたし〉を目覚めさせる芸術実践です。


この感官の世と感官を超える世とをむすぶ芸術実践です。


わたくし諏訪耕志の営んでゐる「ことばの家」は、そのためのアトリエで、アントロポゾフィーハウスの活動の、アントロポゾフィー運動の、ひとつの拠点でもあります。


また、これからは、様々な地に、ひとつひとつ、アントロポゾフィーの場を持つて行くことができればと希んでゐます。


これらの場においては、確かな精神・靈(ひ)からの人の育み・方法論が確かに意識化されてゐますので、これからは、そこから、芸術学校が、必ずや、繰りなして行くはずです。


アントロポゾフィーハウスにおいて、わたしたちは、アントロポゾフィーの芸術のこころざしの代表者たりえようとこころざし、勤しんでゐます。


密やかな学びとしての読書とメディテーションによる内への深まり。そして、芸術による精神・靈(ひ)の探求。


わたしたちは、この時代とむすびつきながら、精神の、芸術の、共同体創りを始めてゐます。


こころざしと見識をもつ人と人とが出会へることを、こころから、希つてゐます。




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2021年05月04日

アントロポゾフィーハウス 第一回連続講座 ありがたうございました!



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「へりくだる」人にこそ、高みから聖なる靈(ひ)、精神が降りて来ること・・・。


聖霊降臨祭に向けて、第一回目のわたしたちアントロポゾフィーハウスの三日間連続講座を終へました。


自分自身の小さく狭い器を、より拡げ、その器を空つぽにするほどに、豊かな、溢れんばかりの精神が高みから流れ込んでくること。


そして、ひとりひとりが、己れのことばで、己れの息遣ひで、己れが大切に思ひ、考へ、感じてゐることを語り始めること。


そんな変化・変容・なりかはりを目の当たりに見ることができた、かけがへのない素晴らしい時間でした。


オイリュトミーによる動きが、なんと、濃い情を立ち上げてくれることでせう!


ことばに形がもたらされることによつて、なんと、細やかな情が立ち上がつて来ることでせう!


動きと形。


わたしたちは、それらを懸命につくりゆくのです。


ひとりひとりの人によつて動きと形を与えられた、からだ、こころ、ことば、空間が、活き活きと命を湛え始めます!


さうすると、恐れなど、乗り越えられるのです。恐れなど忘れて、その人に輝きが取り戻されて来るのです。


勇気を持つて参加して下さつた参加者の皆さん、本当にありがたうございました。


オイリュトミストの方とこころざしを共にしながら、仕事ができたことの喜びは、わたしにとつて、本当に大いなることでした。


新しい〈わたし〉。それは、人との共なる働きから生まれて来る。そんな予感を確かなものとすることができた三日間でした。


外なる世が、これほどまでに、不確かな流れの中に、健やかなすがたなく、かたちなくある今、わたしたちはアントロポゾフィーをもつて、内なる確かさと活き活きとした動きをみづから育てて行くのです。こころざしと勇気をもつて。


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三日間の講座を終へ、歓喜と涙の宴!




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2021年04月29日

5/1〜5/3 密(ひめ)やかな学びと言語造形、そしてオイリュトミー



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あさつてからの連続講座では、言語における精神のつくりに踏み込んで行きます。


精神のつくりには、まづ、ふたつの向きがあります。


なりゆき、榮えゆく向き。


枯れゆき、朽ちゆく向き。


そのふたつの向きを活き活きと言語を通して味はふのです。


その練習の繰り返しは、やがて、その人にこころの世(アストラルの境)を啓きます。


そのアストラルの境に、精神のつくりと動きが法則通りにありありと生まれるのを覚えることができるやうになります。


アクティブにからだとこころを働かせる、その練習の積み重ねが、静かに内へと深まる芸術感覚を育み、精神の技量を育ててゆきます。


芸術実践が、密やかな学びそのものなのです。それが、アントロポゾフィーからの芸術実践の基のことです。


あさつてからの連続講座が、参加される方々にとつて、そんな学びの始まりになること、本当に楽しみです。



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 5/1〜5/3 ゴールデンウィーク連続講座
「オイリュトミーと言語造形」<おおさか>へのお誘ひ


●講師:
越中奉(オイリュトミー) 
諏訪耕志(言語造形・アントロポゾフィー)


●日時:
5月1日(土)2日(日)3日(月・祝)
9時半から16時半まで


●場所:
アントロポゾフィー言語造形「ことばの家」
https://kotobanoie.net/access/


●参加費:
三日間連続 3万円
一日単独参加 12000円


●お振り込み  
// ゆうちょ銀行から //
記号 10260 番号 28889041 スワ チハル  
// 他銀行から // 店名 〇ニ八(ゼロニハチ) 普通 2888904  


●お申込み・お問ひ合はせ:
アントロポゾフィー言語造形「ことばの家」
https://kotobanoie.net/access/


●スケジュール:

9:30   言語造形 体験(諏訪)

11:00  アントロポゾフィー講義(諏訪)

12:30  昼食(近隣のカフェでご一緒にいかがですか)

14:00  オイリュトミー 体験(越中)

15:30  一日の振り返り(越中、諏訪)

16:30  終わり



posted by koji at 10:41 | 大阪 ☔ | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月25日

5/1〜5/3 復活祭から聖霊降臨祭への橋渡し



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からだ、それはそもそも、神が創り給ふたお宮でした。しかし、そのからだは、わたしの低みといふ低みが蠢く場でもあります。
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低み。その低みが低みとして捉へられることによつて、高みへと昇る力が得られます。
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逆に、わたしの低いところを低いところと覚えないまま生きることは、わたし自身を随分と傲慢にするやうです。
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からだをもつて生きることが、さうした低みをおのづからもつてしまふ。その、みづからの低みを、低みと弁へること、それを「へりくだる」と昔の日本人は言ひました。
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その「へりくだる」人にこそ、高みから聖なる靈(ひ)、精神が降りて来ることを昔の人は知つてゐたのでせう。
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ユダヤ教ではそのことを祝ふ日を五旬祭、キリスト教では聖霊降臨祭としてゐます。
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わたしたち日本においては、それは、祝ふ日を特別に定めずとも、日常の所作、振る舞ひとして習慣化してをりました。
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以前には、伝統の文化・文明の中で育まれ、保たれて来た、そのやうに、からだを処すこと、振る舞ふことによつて、こころを整へる。
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日本においても伝統の文化が失はれてしまつた今、わたしたちは、意識的に、積極的に、それを学ばうとしない限り、それは学べません。
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我が国、日本には、そのことを学ぶ「道」なるものの形が、いまだ残されてゐますが、その形に意識的にこころと精神を注ぎ込んで行く必要がありはしないか。
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ここ日本における言語造形とオイリュトミーといふ芸術が、こころと精神からそのことを学ぶ「道」となりえないか。
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今年は4月4日が復活祭の日でした。そして5月23日が聖霊降臨祭です。
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その復活祭から聖霊降臨祭への、橋渡しとしての、三日間連続講座だとわたしは意識してゐます。
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意識的に目覚めつつ、からだの低みから精神の高みを見晴るかす。
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そのやうな三日間にいたしませう。
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 5/1〜5/3 ゴールデンウィーク連続講座
「オイリュトミーと言語造形」<おおさか>へのお誘ひ
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●講師:越中奉(オイリュトミー) 諏訪耕志(言語造形・アントロポゾフィー)


●日時:
5月1日(土)2日(日)3日(月・祝)
9時半から16時半まで
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●場所:
アントロポゾフィー言語造形「ことばの家」
https://kotobanoie.net/access/
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●参加費:
三日間連続 3万円
一日単独参加 12000円
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●お振り込み  
// ゆうちょ銀行から //
記号 10260 番号 28889041 スワ チハル  
// 他銀行から // 店名 〇ニ八(ゼロニハチ) 普通 2888904  
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●お申込み・お問ひ合はせ:
アントロポゾフィー言語造形「ことばの家」
https://kotobanoie.net/access/
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●スケジュール:
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9:30   言語造形 体験(諏訪)
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11:00  アントロポゾフィー講義(諏訪)
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12:30  昼食(近隣のカフェでご一緒にいかがですか)
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14:00  オイリュトミー 体験(越中)
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15:30  一日の振り返り(越中、諏訪)
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16:30  終わり
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posted by koji at 17:42 | 大阪 ☀ | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月06日

5/1〜5/3 連続講座「オイリュトミーと言語造形」



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絵 立花 志瑞雄さん



『 アントロポゾフィーハウス 
  ゴールデンウィーク 三日間連続講座 5/1〜5/3
 「オイリュトミーと言語造形」のお知らせ 』
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ゴールデンウィークの三日間、5月1日から3日までの三日間の連続講座のお知らせです。
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このコロナウイルス禍が終息することをわたしたちはずつと待ち続けてゐるのですが、いつまで経つても、この状態は終はりさうにありませんね。
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わたしは、これ以上、座して待ち続けるのではなく、自分自身から動き出し、学びの機会を積極的に創り出すことで、このウイルス「禍」を自分自身から無効化して行かうと、こころを決めてゐます。なぜならば、この「禍」は、明らかに人の意識が作りだしてゐるのですから!
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そのやうなこころざしこそが、自分自身を救う唯一の道だと、わたしは思つたのです。
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皆様、いかがでせうか、このゴールデンウィークに、御自身から動き出し、このウイルス禍を打ち破つていく、その機縁をご一緒に摑み取りに行きませんか。
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『ゴールデンウィーク連続講座『オイリュトミーと言語造形」』
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声に出されることばは、目には見えません。こころも見えません。感情も、考へも、精神も、目には見えません。
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しかし、言語造形とオイリュトミーは、そこにかたちと動きを見ようとする芸術です。
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それらは、すべて、精神の「かたちと動き」を持ちます。
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大阪においておそらく初めての営みですが、オイリュトミーと言語造形といふミューズから授かるふたつの芸術を通して、その目には見えない「かたちと動き」を、感覚し、動き、共に生きて行く時間を持ちます。
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「アントロポゾフィーハウス」第一回目の営みです。
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どうぞよろしくお願ひいたします。
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言語造形 諏訪耕志
オイリュトミー 越中奉
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●日時:
5月1日(土)2日(日)3日(月・祝)
9時半から16時半まで
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●場所:
アントロポゾフィー言語造形「ことばの家」
https://kotobanoie.net/access/
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●参加費:
三日間連続 3万円
一日単独参加 12000円
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●お振り込み  
// ゆうちょ銀行から //
記号 10260 番号 28889041 スワ チハル  
// 他銀行から // 店名 〇ニ八(ゼロニハチ) 普通 2888904  
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●お申込み・お問ひ合はせ:
アントロポゾフィー言語造形「ことばの家」
https://kotobanoie.net/access/
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●スケジュール:
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9:30   言語造形(諏訪)
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11:00  アントロポゾフィー講義(諏訪)
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12:30  昼食(近隣のカフェでご一緒にいかがですか)
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14:00  オイリュトミー(越中)
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15:30  一日の振り返り(越中、諏訪)
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16:30  終わり
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●講師からのメッセージ
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(1)言語造形の時間(諏訪耕志):
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ことばひとつひとつの音韻の「かたちと動き」を、深く闊達な息づかひの中で追ひ求めませう。
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日本古来の和歌、俳句、詩といふことばの芸術を、からだまるごと、こころまるごとで奏で始めるのです。
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その営みは、ことばと〈わたし〉の深い互いの関はりを体感させてくれます。
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その時、生きてここにあることのよろこび、かなしみ、あらゆる高くて澄んだ感情が、天から流れて来るのです。
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(2)アントロポゾフィーの時間(諏訪耕志):
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『〈わたし〉を育むためのアントロポゾフィー 
 〜ことばとの関はりにおいて〜』
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いま、わたしたちは、こころの内をみづから育ててゆくことのたいせつさ、必要性を感じてはゐないでせうか。
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内なるものを仕立ててゆく。それは、こころのまんなかに眠つてゐる、わたしのわたしたるところ、〈わたし〉を目覚めさせ、育んでゆくことに他なりません。
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〈わたし〉を育んでゆく。それがアントロポゾフィーの、まこと、シンプルな目標、目当てです。
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『テオゾフィー』『いかにして人が高い世を知るにいたるか』『ヨハネ福音書講義』(いずれも鈴木一博氏訳)におけるシュタイナーのことばから、こころを精神に結はひつける密やかな細道、メディテーションの道を歩み始めるためのよすがを今回の連続講座においてしつかりと掴みませう。
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(3)オイリュトミーの時間(越中奉):
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わたしたちは、この時間まことに『「ことばとの新たなであい<いいえ、むしろ蘇るであい>」』をみなでつくりだしたいと思います。わたしたちはまるまる全てのからだでアクティブに動きつつ出会いましょう。
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それは必ず誰もがなせることとなります。しかし大切な課題がひそんでいます。
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静かなたわわなこころで明らけく聞きつつの<わたし>に喜びが持てるように、和歌、俳句、詩、シュタイナーのことばとともに。
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また母音、子音、三節の歩みなど基礎練習の課題も許す限りに「ききつつ」で繰りなしましょう。
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テーマは、「相(すがた)、形になろうとするうごき」また「動きになろうとする相(すがた)、形」を基として、ききつつ体験します。
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「始めと終いがあり」繊細で美しい日本語のひびきを見つけたいと思います。
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2021年02月26日

5/1〜5/3 アントロポゾフィーハウス「オイリュトミーと言語造形 春の連続講座」


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ことばの家、すぐ近くの万代池


令和三年のゴールデンウィーク、大阪にて、オイリュトミーと言語造形、そしてアントロポゾフィーを共に学ぶ連続講座のお知らせです。
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声に出されることばは、目には見えません。こころも見えません。感情も、考へも、精神も、目には見えません。
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しかし、言語造形とオイリュトミーは、そこにかたちと動きを見ようとする芸術です。
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それらは、すべて、精神の「かたちと動き」を持ちます。
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この春から夏にかけて、大阪においておそらく初めての営みですが、オイリュトミーと言語造形といふミューズから授かるふたつの芸術を通して、その目には見えない「かたちと動き」を、感覚し、動き、共に生きて行く時間を持ちます。
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「アントロポゾフィーハウス」第一回目の営みです。
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どうぞよろしくお願ひいたします。
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言語造形: 諏訪耕志
https://www.facebook.com/koji.suwa
https://kotobanoie.net/profile/#suwakoji
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オイリュトミー 越中奉
https://www.facebook.com/tasuku.etchu
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●日時:
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5月1日(土)2日(日)3日(月・祝)
9時半から16時半まで
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●場所:
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アントロポゾフィー言語造形「ことばの家」
https://kotobanoie.net/access/
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●スケジュール:
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9:30   言語造形(諏訪)
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11:00  アントロポゾフィー講義(諏訪)
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12:30  昼食
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14:00  オイリュトミー(越中)
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15:30  一日の振り返り(越中、諏訪)
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16:30  終わり
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●参加費:
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三日間連続 3万円
一日単独参加 12000円
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●お振り込み  
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// ゆうちょ銀行から //
記号 10260 番号 28889041 スワ チハル  
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// 他銀行から // 店名 〇ニ八(ゼロニハチ) 普通 2888904    
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●お申込み・お問ひ合はせ:
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アントロポゾフィー言語造形「ことばの家」
https://kotobanoie.net/access/
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♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾
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●言語造形の時間(諏訪耕志):
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ことばひとつひとつの音韻の「かたちと動き」を、深く闊達な息づかひの中で追ひ求めませう。
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日本古来の和歌、俳句、詩といふことばの芸術を、からだまるごと、こころまるごとで奏で始めるのです。
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その営みは、ことばと〈わたし〉の深い互いの関はりを体感させてくれます。
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その時、生きてここにあることのよろこび、かなしみ、あらゆる高くて澄んだ感情が、天から流れて来るのです。
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●アントロポゾフィーの時間(諏訪耕志):
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『〈わたし〉を育むためのアントロポゾフィー 
 〜ことばとの関はりにおいて〜』
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いま、わたしたちは、こころの内をみづから育ててゆくことのたいせつさ、必要性を感じてはゐないでせうか。
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内なるものを仕立ててゆく。それは、こころのまんなかに眠つてゐる、わたしのわたしたるところ、〈わたし〉を目覚めさせ、育んでゆくことに他なりません。
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〈わたし〉を育んでゆく。それがアントロポゾフィーの、まこと、シンプルな目標、目当てです。
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『テオゾフィー』『いかにして人が高い世を知るにいたるか』『ヨハネ福音書講義』(いずれも鈴木一博氏訳)におけるシュタイナーのことばから、こころを精神に結はひつける密やかな細道、メディテーションの道を歩み始めるためのよすがを今回の連続講座においてしつかりと掴みませう。
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●オイリュトミーの時間(越中奉):
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わたしたちは、この時間まことに『「ことばとの新たなであい<いいえ、むしろ蘇るであい>」』をみなでつくりだしたいと思います。わたしたちはまるまる全てのからだでアクティブに動きつつ出会いましょう。
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それは必ず誰もがなせることとなります。しかし大切な課題がひそんでいます。
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静かなたわわなこころで明らけく聞きつつの<わたし>に喜びが持てるように、
 和歌、俳句、詩、シュタイナー『こころのこよみ』より一文とともに。
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また母音、子音、三節の歩みなど基礎練習の課題も許す限りに「ききつつ」で繰りなしましょう。
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テーマは、「相、形になろうとするうごき」また「動きになろうとする相、形」を基として、ききつつ体験します。
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「始めと終いがあり」繊細で美しい日本語のひびきを見つけたいと思います。

posted by koji at 16:11 | 大阪 ☔ | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月14日

アントロポゾフィー運動における二本の基の柱






「メディテーションと芸術実践」といふことがらにつきまして、オンラインクラスで述べさせてもらつたことをご紹介させていただきます。


このことは、先日、投稿させてもらひました「アントロポゾフィーハウス設立」のことと関はることでして、運動のまんなかの指針といふやうなことです。


「ハウス」と言ひましても、物理的な家も何も持たない、理念上、精神上の「ハウス」であります。


また、「運動」と言ひましても、そこに加はることが、何らかの思想の走狗や手先になることでもありません。


アントロポゾフィーの運動・動きは、すべて、ひとりひとりのこころの内から沸き上がり、生まれて来るものですので、誰かが誰かを動かすといふやうなことは生じ得ないものです。


ただ、「アントロポゾフィーから生まれることを仕事として共同作業して行くための意識体」であらうとするものです。


その意識体の二本柱が、「メディテーションと芸術実践」といふ営みであります。


そのことをルードルフ・シュタイナーが33歳の時に出版した『自由を考へる(自由の哲学)』の観点から述べさせてもらつたものです。


このことは、おほよそ25年ほど前に師の鈴木一博さんから教へてもらつたことでして、随分とこころに深く刻み込まれたことがらでした。


26分と長い動画ですが、ご覧いただけましたら、ありがたく思ひます。

posted by koji at 09:45 | 大阪 ☀ | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月13日

今年から始まる仕事 アントロポゾフィーハウス


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東山魁夷「白い馬の見える風景」



わたしは、自分自身の仕事であり、運動体であるものを、「ことばの家」と銘打つて、これまでアントロポゾフィーと言語造形といふ芸術活動に勤しんできました。


もちろん、これからも、わたしの仕事として「ことばの家」を勤しんで行きます。


しかし、今年、令和3年、2021年からは、自分ひとりだけで仕事をして行くのではなく、自分自身の仕事が他の方々の各々の仕事と結びつくやうな形を模索・実現して行きたいと希つてゐます。


仕事において、他の方と協力し合ひながら、自分一人ではできなかつた仕事をひとつひとつ、創り出して行きたいと希つてゐます。


その際に、わたしにとつて大切になるのは、アントロポゾフィーといふ精神(靈・ひ)です。


このアントロポゾフィーを共有して行くことが、他者との共同・協働における大切な点です。


さうすることで、アントロポゾフィーそのものを、日本といふ国に根付かせ、花咲かせ、稔らせるのです。


アントロポゾフィーとは何か。何か特別なものなのか。さうとも言へます。しかし、さうとも言へません。そのことには、様々な観点から答へることができるでせう。


ルードルフ・シュタイナー自身は、あるところで、端的に、それは「人であることの意識」だと言つてゐます。


「人であることの意識」。これは、現代を生きるすべての人にとつて、人として生きる上での何かとても大切なものではないでせうか。


それは現代においては、「人が、その人であることの意識」「人が、ますます、その人になりゆく意識」「人が、自由と愛を生きる意識」と言つてもいいのではないでせうか。


「自由と愛」などといふことばは、すぐに宙に浮いてしまふ、大変やつかいなことばでもあるのですが、きつと、どの人も、こころの奥底で、そのことばの実現を乞ひ求めてゐるはずです。


生きた日本語でこのアントロポゾフィーを語ること、それが、わたしがわたし自身に課してゐる大きな、途方もなく大きな仕事です。


アントロポゾフィーとは、「道」です。その「人であることの意識」を学び、それを己れのからだとこころで確かめて行く実践です。人であること、自由であること、愛することができるといふこと、そのことへの「道」と言つてもいい。


その「道」とは、まぎれもなく、読書(講義の受講)と芸術実践です。


わたしは、アントロポゾフィーの基本文献を基にした講義をします。そこにおいて、共に考へること。考への世の内でこころを暖めること、励ますこと、ひとりひとり目覚めゆくこと、へと共に歩いて行くのです。講義とは、共なる、メディテーションです。


わたしは、さらに、言語造形といふことばの芸術を通して、ことばの力の内側に参入して行きます。その営みを多くの人が必要としてゐることを確信してゐますので、必要とする人とその芸術を分かち合つて行きます。それは、極めて具体的な仕事です。ことばを話すといふ、まぎれもなく、その人まるごとを使ふ芸術的な仕事です。その仕事のためには、舞台づくりといふものが、何よりもうつてつけです。共に、舞台を創つて行くのです。


メディテーション、それは、考へる〈わたし〉の内に、世を見いだすことです・・・。


芸術実践、それは、世の内に、〈わたし〉を見いだすことです・・・。


あなたみづからを見いだしたければ、世を見よ。
世を見いだしたければ、あなたみづからを見よ。


アントロポゾフィーの講義、そして言語造形、それは、どちらも、日本語をもつて「人であることの意識」を耕し、育て、稔らせるやうな仕事です。この仕事には、十年、三十年、百年、何百年とかかるはずです。


これは、わたしができる仕事であり、わたしから始めて行くのですが、さらに、他の芸術に勤しんでゐる方々とのコラボレーション、共同でアントロポゾフィーに根付いた仕事をして行くことを、今年から、始めたいと考へてゐます。


メディテーションと芸術実践、わたしたちのテーマは、それです。


物理的・固定的な場を持たない、この精神からの仕事場を、「アントロポゾフィーハウス」と名付けます。


声を掛けさせていただきました時には、できましたら、お耳をお貸しいただきたく、なにとぞ、どうぞ、よろしくお願ひいたします。共に、日本語の内に、アントロポゾフィーの精神(靈・ひ)を灯していきませう。



アントロポゾフィーと言語造形「ことばの家」
https://www.youtube.com/user/suwachimaru/videos

posted by koji at 17:25 | 大阪 ☀ | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする