[アントロポゾフィーハウス]の記事一覧

2023年11月02日

you tube channel「諏訪耕志 アントロポゾフィーハウス ことばの家」のご紹介



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ルードルフ・シュタイナーによる精神科学アントロポゾフィー。そしてその学びから生まれたことばの芸術 『言語造形』。


「アントロポゾフィーハウス ことばの家」は、そのメディテーションに繋がる精神の学びと、芸術実践とを、二本柱にする、アントロポゾフィー運動体で、諏訪耕志によつて運営されてゐます。


日本語によるアントロポゾフィーの深まりを目指し、日々行つてゐる講義の一部を、また、言語造形といふことばを話す芸術による舞台公演やワークショップの模様なども、動画にしてゐます。


日本といふ国の土着の精神とアントロポゾフィーという普遍の精神とが、深みにおいて通ひ合ひ、21世紀の新しい精神文化を日本から産み出して行くための土壌づくりをしてゐます。


ご覧いただき、おひとりおひとりのこころの糧としていただければ、こんなに嬉しいことはありません。


また、共に、このアントロポゾフィー運動に加はる、ひとりひとりの「人」を求め続けてゐます。


you tube channel「諏訪耕志 アントロポゾフィーハウス ことばの家」にご登録いただき、動画を通して、このこころざしを共有していただければと切に希つてゐます。


you tube channel「諏訪耕志 アントロポゾフィーハウス ことばの家」
https://www.youtube.com/@suwakouji/videos


2023年11月 アントロポゾフィーハウス 諏訪耕志





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2023年05月15日

アントロポゾフィーハウス和歌山 芸術実践とメディテーションの営み



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今日も、朝から集まり、午前は言語造形を通して物語を語る稽古、午後はシュタイナーの『いかにして人が高い世を知るにいたるか』の熟読。


参加者の方の中には、和歌山はとても広い県で、高速に乗って車で一時間半かけて来られる方もいます。


また、今日、初めて参加されたおひとりの方は、車で五分で来られるところにお住まいの方。


本当に不思議なご縁で結ばれていると感じています。


言語造形を通して、ひとりひとりの人から解き放たれる息づかいとことばの響きに、部屋の中にいるわたしたちは皆、想像力を刺激され、まるで、物語で語られている世界がいま、眼前に広がっているようなこころもちになります。


ことばの響きによって、こころの世に描かれる絵姿をありありと観ている、と言ってもいいでしょう。


そのように、語っている人のこころがからだの限りを超えて羽ばたき始めますと、聴いている人のこころも羽ばたき始め、物語の世界に包まれるような感覚になります。


そして、語っている人においても、聴いている人においても、共に、いのちの営みさえもが脈打ち始めるのです。


アストラ―ルのからだが羽ばたき始めると、エーテルのからだが活き活きと脈打ち始めるのです。


そうしますと、息遣いが深くなり、血の流れも活き活きと流れ出し、フィジカルなからだまでもが色づき始め、息づき始めます。


アストラ―ルのからだ、エーテルのからだ、フィジカルなからだ、この三つのからだが芸術という精神からの行いによって、生き生きと織りなしあって働き始めるのです。


わたしは、いま、それらの行いをことばにしていますが、それらのことは、言語造形をしていますと、何の前もっての予備知識などなくても、誰もが直感的に感覚できることです。


この三つのからだの織りなしを導き、統べているのは、その人のその人たるところ、〈わたし〉です。


ですので、言語造形もまた、他のすべての芸術と同じく、〈わたし〉という極めて目覚めてあるべきところから精神の熱をもって、自分自身の三つのからだ(風のからだであるアストラ―ルのからだ・水のからだであるエーテルのからだ・土のからだであるフィジカルなからだ)に働きかけ、ことばに固有な芸術法則に沿ってそれら三つのからだを導き、統べていくのです。


この営みは、本当に人を健やかにすると実感します。


それらの外的でありつつ内的でもある営みを、意識化し、言語化することで、改めて人というもの、芸術というものを知りゆくのが、午後の時間のアントロポゾフィーの学びの時間です。


人の精神、人のこころ、人のからだというものを、芸術実践のあと、講義を通して、知りゆくのです。


アントロポゾフィーは、そのように、芸術実践とメディテーションへと繋がる認識の作業とで、学びが創られます。


それは、人をゆっくりと創ってゆく作業でもあるのです。


このような、からだも、こころも、精神も、まるごとで学ぶアントロポゾフィーの時間を毎月一回ずつですが、和歌山でも創っています。


まるで神の社に来るようなすがすがしい感覚を毎回感じている、と今日参加された方も仰っておられました。


リアルな場と時間を共に分かち合う、そんな学びを共にしています。



♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾



●アントロポゾフィーハウス和歌山


日時:
毎月第三月曜日(休日の時は、第四月曜日) 
午前10時〜お昼ご飯〜午後2時半ごろまで
(お昼ご飯をご持参ください)


場所:
和歌山県岩出市内 個人の住宅内にて
(お申し込み下さった方に住所をお知らせします)


参加費:
単発 5000円
5回連続 20000円
(加えて、講師の交通費を参加者の皆さんで頭割りしていただいています)


※午前の言語造形のために、ご自身が声に出して読んでみたい作品をひとつお持ちください。


※午後のアントロポゾフィーな学びのために、『いかにして人が高い世を知るにいたるか』(シュタイナー著・鈴木一博訳)を用いています。ご参加前にご購入下さい。
SEIKODO STORE
https://www.seikodo-store.com/show1.php?show=b0007


お申し込み:
アントロポゾフィーハウス ことばの家
https://kotobanoie.net/access/


お振り込み先:
// ゆうちょ銀行から //
記号 10260 番号 28889041
スワ チハル


// 他銀行から //
店名 〇ニ八(ゼロニハチ)
普通 2888904


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2023年03月05日

またまた、ありがとうございました!絵本の読み聴かせのヒント(2)in 宮城 シュタイナー教育



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先週に引き続き、言語造形を通しての絵本の読み聴かせの時間。ご参加くださった皆さん、どうもありがとうございました。


息遣いを深く、活き活きとさせながら、絵本に書かれてある一文一文を丁寧に、かつ、我が身から解き放つように声にすることによって、ことばが空間に充ち満ちて響きゆきます。そして、静かさという間が生まれます。


そうすると、部屋が、空間が、語り始めるのです。


家庭の中で、子どもと一緒に絵本を読み始めると、そこが、ことばのお宮、ことばのお社になるのです。


そうしますと、子どもは、ことばを聞くというよりも、ことばに包まれる、そして、ことばを生きる、ことばを体験することができる。


特に、歯が生え変わる前の幼な子たちは、全身が感官です。


全身を耳にして、傍にいる大人のことば遣い、息遣いを聴いています。


それは、思っているよりも深く、子どものからだの奥深くに染み込んでゆきます。


だからこそ、わたしたちは、幼な子を育む、そんなことばのお宮、ことばのお社を打ち樹てるべく、言語造形による絵本の読み聴かせ、お話の語り聴かせをすることのできる人材養成をしていきたいと考えています。


そして、シュタイナー幼児教育を真ん中に置いた、お母さんやお父さんがゆっくりと安らかなこころもちに帰りつつ、芸術の営みに触れることのできる空間づくりの実現を目指して、回を重ねて行くことができたらと考えています。


同じようなこころざしを抱いている方、ぜひ、ご参加くださいね。


次回は、5月7日(日)9時半から12時まで、宮城野コミュニティセンター・大広間(仙台市宮城野区萩野町2-13-10 )にて、ワークショップをいたします。限定10名様です。お申し込み、お早めにいただけましたら、幸いです。



日時・場所:
2023年5月7日(日)9:30-12:00
 宮城野コミュニティセンター・大広間(仙台市宮城野区萩野町2-13-10 )
定 員:各回10人(先着)
参加費:3,000円
申 込:フォームよりお申し込み下さい。
https://ssl.form-mailer.jp/fms/c4bb41d8772911
持ち物:
・声に出して読みたい絵本、詩集、小説などひとつ
・筆記用具
・飲み物
 *動きやすい格好でお越しください。
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講 師:諏訪耕志(ことばの家)
1964年大阪市出身・在住。1994年よりルードルフ・シュタイナーハウスにて言語造形家鈴木一博氏に師事。現在、舞台公演、朗読・語りの会、講座などを通して活動中。2004年より、言語造形のアトリエ「ことばの家」を主宰
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言語造形とは
ことばの本来的な要素であるかたち、動き、間合いなどを、人間に相応しく、我が身をもって、意識的に創造していこうとする、言語芸術。「ことばを話す術・語る術」に取り組む時、人は必然的に、「わたしという人間」に取り組むことになります。その人の生命が、こころが、精神が、ことばに満ちる時、ことばはことば本来の輝きを取り戻し、人が人本来の輝きを取り戻します。
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※キャンセルポリシー
開催日1週間前までキャンセル無料。それ以降、お休みされる場合は、お友達などにご紹介ください。ご紹介いただけない際には、恐れ入りますが参加費の50%をお振込みいただきます。
※お子さんの同伴について
集中して学びを深めていただくため、1歳以上のお子さんの同伴はご遠慮ください。(0歳から1歳までのお子さんは同伴いただいて大丈夫です)
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主 催:アントロポゾフィーハウス宮城


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2023年03月02日

ありがとうございました!言語芸術と日本 アントロポゾフィーハウス宮城 シュタイナー教育



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日本という国を、日本語という言語を、日本ならではの暮らし方、ものの感じ方、考え方を、少なくても数千年にわたって保ち続けることができたのはなにゆえでしょうか。


それは、政治(まつりごと)のあり方に、常に変わらぬ精神的な中心が存在し続けて来れたからであり、さらには、文学を、ことばの芸術を守り抜き、育て上げて来たからです。


古き大和ことばによって語られ謡われた『古事記(ふることぶみ)』が、『萬葉集(よろづのよのふみ)』が、国の危機のさなか、編纂され、国民に愛されて来たからこそ、人は古代からの連綿とした歴史の継続を実感することができたのです。


だから、いまも、日本はあります。


この国をこの国として存続させていきたい、子どもたちにこの国を健やかな国として引き継いでいきたい、そんな熱い念いをもって、多くの方がお集まりくださいました。


本当に、感謝です。


また、5月7日(日)に、『言語芸術と日本』として言語造形のクラスを仙台にて持たせていただきます。


そんな意識を共有すべく、どうぞお集まりください。お待ちしています。





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2023年02月28日

ありがとうございました! ことばと子どもの育ち アントロポゾフィーハウス宮城 シュタイナー教育



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深い息遣いによって、自分自身に立ち戻るひととき。


そして、お母さんご自身が、ご自身であることに安らぎを感じるひととき。


それが、幼な子と分かち合う、絵本の読み聞かせのひと時です。


絵本に記されてある芸術的なことば遣い、息遣いを通して、お母さんご自身が安らかなこころもちへと立ち戻るのです。


一日に3分でもいい、そんな幼な子との時間を分かち合えること、それはお母さんにとっても、子どもにとっても、その時にしか持つことのできないかけがえのないひとときなのです。


2/26のワークショップへお越しくださった皆さん、どうもありがとうございました。


また、3/4(土)9時半から12時まで、そんなことを想い起こすワークショップの時間を持ちます。


また、仙台での幼児教育の新しい現場づくりにご関心のおありになる方、ぜひ、ワークショップ後の昼食をともにしながら、語らい合いましょう。


お待ちしています☺️


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『ことばと子どもの育ち』〜絵本の読み聞かせを通して学ぶ〜


2023年3月4日(土)9:30-12:00

宮城野コミュニティセンター・大広間(仙台市宮城野区萩野町2-13-10 )
 
定 員:各回15人(先着)

参加費:3,000円

申 込:フォームよりお申し込み下さい。

持ち物:
・声に出して読みたい絵本1冊
・筆記用具
・飲み物
 *動きやすい格好でお越しください。


講 師:諏訪耕志(ことばの家)
1964年大阪市出身・在住。1994年よりルードルフ・シュタイナーハウスにて言語造形家鈴木一博氏に師事。現在、舞台公演、朗読・語りの会、講座などを通して活動中。2004年より、言語造形のアトリエ「ことばの家」を主宰


言語造形とは
ことばの本来的な要素であるかたち、動き、間合いなどを、人間に相応しく、我が身をもって、意識的に創造していこうとする、言語芸術。「ことばを話す術・語る術」に取り組む時、人は必然的に、「わたしという人間」に取り組むことになります。その人の生命が、こころが、精神が、ことばに満ちる時、ことばはことば本来の輝きを取り戻し、人が人本来の輝きを取り戻します。


※キャンセルポリシー
開催日1週間前までキャンセル無料。それ以降、お休みされる場合は、お友達などにご紹介ください。ご紹介いただけない際には、恐れ入りますが参加費の50%をお振込みいただきます。
※お子さんの同伴について
集中して学びを深めていただくため、1歳以上のお子さんの同伴はご遠慮ください。(0歳から1歳までのお子さんは同伴いただいて大丈夫です)


主 催:アントロポゾフィーハウス宮城


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2023年02月21日

安心できる場づくり シュタイナー教員養成 シュタイナー教育



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仙台におけるシュタイナー教員養成講座。


昨年の5月のプレ講座から始まり、わたしはアントロポゾフィーの講義と言語造形を担当させてもらっています。


一年に4回、仙台の「おひさまの丘 宮城シュタイナー学園」に集まって朝から夕までの三日間連続の講座を様々な芸術実践を通してするほかに、毎週一回オンラインで集まり、シュタイナーの『いかにして人が高い世を知るにいたるか』という本を読みつつ、メディテーションの営みにも取り組み続けていまして、参加されているメンバーの方々との関係性がとても親しいものになってきていることを感じています。


この教員養成という営みですが、とかく、「シュタイナーはこう言っているのだから、教育実践においても、これこれこうでなければならない」というような規則のようなものが、シュタイナー教育にはつきまとっている印象を醸す恐れがあるのかもしれない、とよく危惧します。


しかし、徹頭徹尾、そうではないのですね。


実際に目の前にいるひとりひとりの子どもと丁寧に付き合い続けること、そして、教師ひとりひとりと丁寧に付き合い続け、誰よりも、そのひとりの教師を知ること、そこにこそ、この教育の特徴があります。


ひとりひとりの子どもを知ることだけでなく、教師である、その人を知ることなのです。


つまり、教師になろうとする人であるならば、自分自身をどこまでも知りゆこうと勤しむこと、そして、共に働く仲間の教師を互いに知りゆこうと勤しむことなのです。


教員養成の眼目は、いえ、すべての人の仕事のそもそもの眼目は、人を知るということなのです。


何をするか、何を教えるか、という事々は、「人というもの」を知ることから、ゆっくりと、その人その人に啓けて来ます。


だからこそ、教員養成とは、極端なものの言い方に聴こえてしまうかもしれませんが、そこで学ぶ者が「自分に何ができるか」と問うことではなく、「子どもというものは、どのようにして成長して行くことができるのか」「人というものは、どのような存在なのか」「世(宇宙)というものは、どのようななりたちをしているのか」という、本当に大切なことをまずは学び、知るために営まれているのです。


何が大切なことで、何が本当のことかを、知ること。アントロポゾフィーから、それを学び続けること。


自分自身の人生経験だけを下地にした、ある意味、自分勝手な価値観から仕事をするのではないのです。


そうではなく、「人というもの」についてのその認識こそを基にして、人は、自分自身を知るという学びに勤しみながら、ゆっくりと、少しずつ、少しずつ、自分にできることから始めて行けばいいのです。


ですので、学び合い、共に働く、仲間の存在が大切です。


それは、この人間観、世界観、宇宙観を共に育み合いながら、それぞれにできることを励まし合い、促がし合い、相談し合いながら、少しずつ、共に仕事を進めていくことのできる仲間の存在です。


同僚の援け、そして精神からの援けがあるからこそ、教師自身が自分の足りないところがあっても、努力して、ゆっくりと少しずつ力をつけて行くことができますし、何よりも安心して働いて行くことができる。


まずは、教師のための職員室が、誰もが安心して語り合うことのできる場であるように。


教師が安心して生きていますと、きっと、子どもたちも安心して毎日を生きていくことができます。


そのような場づくりのために、シュタイナー教員養成講座は開かれています。


人を、自分自身を、からだにおいて、こころにおいて、精神において、芸術的に知るということ。


その営みを通して、新しい場づくり、新しい仕事づくりが生まれて来ています。




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2022年10月03日

10/14(金) アントロポゾフィーハウス 出会ひの会 第二回目のお知らせ!(参加費無料)



毎月、第二金曜日の午後7時から8時まで、zoomを使つて、「アントロポゾフィーハウス 出会ひの会」を持つてゐます。


それは、日本全国から、もしくは海外からでも、アントロポゾフィーに関心を寄せる人が、まづは、気軽に参加できることのできるオンライン上の場です。


今月は、10月14日(金)午後7時から8時まで、参加費は無料です(時間が延長することもあると思ひます)。


この「出会ひの会」によつて、アントロポゾフィーに出会ひ始めた多くの方が、アントロポゾフィーを学び、生き、アントロポゾフィーから仕事を産み出していかうとしてゐる人々との関はりを持ち始めるきつかけを産み出していくことができれば、さらには、アントロポゾフィーからの社会的な運動へと展開していく何らかの動きを産み出していくことができれば、との切なる念ひを持つてゐます。


この会では、参加して下さつた皆さんのこころとことばが花開くやうな時間になることを願つてゐます。つまり、皆さんからのアントロポゾフィーに対する積極的な思ひをことばにしていただけたらといふ願ひです。


そして、この「出会ひの会」は、アントロポゾフィーのそもそもの精神と現代の精神に鑑みて、公開のものとして、オープンなあり方を試みて行きたいと考へてゐます。


毎回の「出会ひの会」は、録画され、編集したうえで、何らかの形で you tube などを通して公開してまいります。


アントロポゾフィーを通して、世に健やかな発信をしていくことができればとの願ひからの企図です。


とは、言ひましても、肩ひじ張らず、等身大のことばを発し合ひ、聴き合ふ中で、互ひに学び合ふことができたら、いいですね。


新しくアントロポゾフィーやシュタイナー教育に出会はれてゐる方々との出会ひをこころから待ち望んでゐます。


お申し込みいただいた方に、zoomミーティングのIDとパスワードをお送りします。どうぞ、お気軽にお申し込みくださいね。


●お申し込み先  
ホームページ「アントロポゾフィーハウス ことばの家」 のアクセスページからメッセージをお送りください。


※お申し込みの際、簡単な自己紹介文をお書きいただければ、ありがたいです。そして、人数制限をしておりますので、お申込みいただいても、ご参加できないこともありますこと、どうぞご了承ください。


前回の第一回目の録画動画





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2022年09月29日

理想をことばに鋳直すお祭り ミカエルのお祭り



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秋の祭りである、ミカエルのお祭り。


それは、夏の間、高く大いなる世に拡がつてゐたわたしたちのこころと精神が、冬のクリスマスに向けて、再び、わたしたちのからだへと戻りくることを、強く、確かに、促すためのお祭りです。


だからこそ、この秋のお祭りを創ることによつて、人は、自分自身の本当の理想やまことの考へをふさはしく、精神の鉄の剣をもつて「ことば」にする力、「ことば」に鋳直す力を得ることができるのです。


言語の理想主義。


それは、わたしたちのこころを健やかに甦らせてくれます。


アントロポゾフィーから、そのやうな精神のお祭りを創つてゆく。


それは、アントロポゾフィー運動のひとつの仕事なのです。




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2022年09月28日

いまといふ時代



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ルードルフ・シュタイナーは、1916年に、こんな発言をしてゐます。「21世紀の初めに、今はまだ述べることができないやうな形で、悪が現れるでせう」


そして、オランダのアントロポゾーフであつたベルナード・リーヴァフッドが1992年、死の一か月前に語つたことばにも驚かされます。


「この戦ひが最もひどくなるのは、2020年から2040年あたりに来るといふのがわたしの予測です。そのときに、悪魔の奈落が開くでせう。ナチスやボルシェビズム(共産主義的全体主義)はこれと比べれば青ざめてしまふでせう。その時、何百万もの人々が奈落に突き落とされるでせう。しかし、何百万もの人々が抵抗するでせう」(『魂の救済』より)


いま、まさに、そんな時代に突入してゐる。


いま、現実化してゐるのは、多くの愚行が多数派によつて常識とされ、健全な考へを持つ人が変人扱ひされようとしてゐる状況です。


恐怖を与へることによつて大衆をコントロールする全体主義の跋扈が、だんだんと始まつてゐます。これは、確かに、ナチズムよりも、ボルシェビズムよりも、巧妙で恐ろしいものです。


なぜなら、この大衆洗脳を意図するプロパガンダによつて、人は、権力に圧迫されなくても、自分自身から愚行に走るからです。


他人を守る、他人に迷惑を掛けないといふ、美辞麗句の裏では、恐怖がその人のこころを支配し、その恐怖から他人に指図しようとしてゐます。


恐怖といふ網が、人のこころを覆ひ尽くし、社会まるごとをがんじがらめにしてしまつてゐます。


きつと、その影響でせう、若い人の自死が、わたしの周りでさへも、聴かれるやうになつて来てしまひました。


人々をこころの檻の中にがんじがらめにするために、実は、国際資本主義者たちと国際共産主義者たちはひとつに繋がつてゐる。


マスコミやアカデミズムや政府からの声明によつて、表舞台では対立してゐるやうに見えるのですが。


と言ふよりも、どちらも、共通の巨大な経済の力でいいやうに動かされてゐて、その力が全世界を一元化して支配しようとしてゐる。


裏側でうごめいてゐたその悪魔的な動きがはつきりと表面化しだしたのは、コロナパンデミックが始まつた2020年からではないでせうか。


それは、ずつと以前から周到に用意されてきたことだつたことを、わたしは知ることができました。その、「ずつと以前」が、どの位の「以前」なのかを、たとへば、林千勝氏やその他の方々の書物を通しても知ることができました。


いま、まさに、ひとりひとりの人に問はれてゐるのは、「人にとつては物質的生命がすべてであるとする唯物主義」か「生命と同じほど、いや、それよりも大切なものとしてのこころと精神の価値を認める見識と覚悟」か、どちらを選ぶのかといふことです。


わたしも、その意識を持つて、今を生きてゐます。この危機感からアントロポゾフィーハウスを始めてゐます。


この21世紀の今、アントロポゾフィーが必要だと強く感じてゐます。


アントロポゾフィー運動において、わたしたちは小さなグループをいくつも作り、恐怖から自由になり、この時代を生き抜いて行く叡智と勇気を各々ひとりひとりの胸の内に育んでゆくのです。


最後にふたたび、先に書いた、国際資本主義者と国際共産主義者とをひとつに繋げてゐる者たちについて語つてゐる1908年のシュタイナーのことばに帰ります。


「ロスチャイルド家の四人の人物がフランクフルトから世界各地に移住した時のことをお話ししなければなりません。サロモン・ロスチャイルドはウィーンへ、ナータン・ロスチャイルドはロンドンへ、カール・ロスチャイルドはナポリへ、ヤコブ・ロスチャイルドはパリへ移りました。そして、銀行といふものが、彼らの天分によつて、エゴイスティックなものになつてしまつたのです。人といふものが、金銭のために売り渡されてしまつたのです。・・・人であることを無力にする力がすでに蔓延つてゐます。かうして、世界をよく観ると、いかに人といふ人が、いま、唯物主義の深淵に向かつて突き落とされようとしてゐるかが見えてきます。しかし、人であることが救はれえます。ふたたび、精神の世に昇りゆくことができます。内なるこころの力を強めることを通して、人といふものをよそにした資本の力から自由になることを学びつつ、人は救はれるのです」(『ヨハネ黙示録』より)





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2022年09月11日

いかにして人は学びにどつぷり浸れる場を創るにいたるか 〜日本におけるこれからのアントロポゾフィー運動〜



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先日の「出会ひの会」においても、「アントロポゾフィーの学びにどつぷりと浸れる場がどんどん無くなつて来てゐる」といふ話に深く聴き入りました。


ヨーロッパやアメリカなどにおいても、その傾向はどんどん進んで来てしまつてゐるといふことでした。


ましてや、アントロポゾフィーといふ百年以上前に中部ヨーロッパで生まれた精神の学を、日本語で、日本の文化において捉え直し、日本の土着性の中で根付かせて行かうとしてゐるわたしたち日本人にとつて、そのやうな環境はあるのでせうか、ないのでせうか。


わたし個人の中では、それは「あつた」と言へます。しかし、いまは、「ない」としか言へません。


事実として、約30年前の1993年から、東京都新宿区高田馬場にあつた「日本ルドルフ・シュタイナーハウス」において、わたしは毎日、言語造形といふ芸術実践に就くことができ、アントロポゾフィーといふ精神の学にどつぷりと浸ることができました。


そこには、七年間、通つたのでした。


1980年代に盛んにスイスやドイツに留学した、わたしよりもひとつ前の世代と言つてもいい方々が日本において学びの場を生み、育てて下さつたお陰と言へます。


さう、そのときは、人から人への生きた受け伝へがありました。まるで、江戸の幕末から明治維新後の私塾のやうな形でした。


厳しい指導でした。しかし、間違ひなく、そこには愛があり、涙があり、汗があり、何よりも、掛けに掛けた時間の蓄積がありました。


人が成長するための学びにおいて必要なものとは何でせう。


それは、必要であるならば必要なだけ、時間を掛けることです。はしょらないことです。いいとこ取りしないことです。安全地帯から飛び出して、学びに没頭する一定の時間を持つことです。


さうして、初めて、人は、己れといふものに信頼を持つことができ、少々のことがあつても挫けずに、学びの道を歩き続ける強さが血と肉となつて身につきます。


だからこそ、その学びが、その人の仕事へと転化されてゆきます。一人前の仕事となるべく、仕事も、その人も、共に成長して行きます。


アントロポゾフィーは、ひとりひとりの人の「仕事」になつてしかるべきものなのです。その人の「人生そのもの」「生きることそのこと」になつてしかるべきものなのです。


そのためには、どつぷりと学びに浸る時間の蓄積が、どうしても要る。


さう思はずにはゐられないのですが、そのやうな志は、精神からしか出て来ません。


経済のことや他のしがらみなどのことを考へてゐては、全くもつて、そのやうな精神からの発意は死んでしまひます。


萌してきた精神の発意を殺さずに、発芽させ、成長させていくことを専一に考へ、実行して行きさへすれば、経済的なことやその他のことなどは、後からついて来ます。


わたしのこれからの仕事は、リアルな場とオンラインでの場とを連携させながら、アントロポゾフィーと芸術実践に没頭できる場づくりであり、そのためには、いま一度、わたしみづからが、経済的なことやその他のことなどを措いて、我が精神の発意の芽を伸ばしていくことなんだとこころに決めてゐます。


このままだと、いくらインターネット技術が便利になり、栄へようとも、日本においては、アントロポゾフィーを仕事にする人はゐなくなり、必然的に、アントロポゾフィーといふ精神運動は絶えます。


しかし、ひとりの人からの発意が、何かと結ばれて、日本のこれからのアントロポゾフィー運動のひとつとして、きつと、なりなりてなりゆくのです。



アントロポゾフィーハウス 諏訪耕志

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2022年09月10日

同時代を生きてゐる〜「アントロポゾフィーハウス 出会ひの会 第一回目」〜






昨日の第一回目「アントロポゾフィーハウス 出会ひの会」にお集まりくださつた皆さん、本当にありがたうございました。


真摯に、熱く、アントロポゾフィーについて語り合へる、あのやうな場が生まれたのは、ひとへに、ご参加くださつた皆さんのお陰です。


ある人から問ひが発せられ、問はれた人はその問ひを元手に、考へ、そして、その考へをことばにしてみる。


その姿は、美しい。そのやりとりは、自由が息づく空間が拡がつてゆくやうな感覚を感じます。


そして、第一回目を終へ、わたしがとりわけ強く感じましたのは、「わたしたちは、いま、同時代を生きてゐる」といふ情と感覚でした。


何がどうなるか全く分からないこの世において、それでも、わたしたちは踏ん張つてこの人生を生き抜いて行く、その心根と目覚めた意識を持つ人が、アントロポゾフィーの生成に情熱と希望を抱いて、この同じ時代を共に生きてゐる。


この出会ひの会は、はじめてアントロポゾフィーに触れ始めた人が、そのやうな「アントロポゾフィーを生きる」人に出会ふ場でありたいと思ひます。


この会が、アントロポゾフィーといふ「人を知る」学びへの入り口、入門の場になることができれば、とも希つてゐます。


そして、昨日の会でも話題に上つた、「アントロポゾフィーの職能への道」に着手する糸口を探る場に成長していくことができれば、といふ志が、わたしの内に、脈打つてゐます。


アントロポゾフィーには、教育、農業、医学、芸術などの様々な領域があります。


それらすべての実践活動には、すべて、密(ひめ)やかな学び、こころの育みが裏打ちされてゐます。


アントロポゾフィーのその様々な領域に関心を寄せる、様々な人が自由に集まることができる、そんな場にしていきたいと考へてゐます。


そして、この時代を生き抜いていく、暖かく豊かでしなやかな意識を、共に、強め合ひませう。


次回、第二回目は、第二金曜日、10月14日、夜の7時から8時までの予定です(時間が延長することもあると思ひます)。


●お申し込み先  
「アントロポゾフィーハウス ことばの家」ホームページのアクセスページからメッセージをお送りください。


※初めてのお申し込みの際、簡単な自己紹介文をお書きいただければ、ありがたいです。そして、人数制限をしておりますので、お申込みいただいても、ご参加できないこともありますこと、どうぞご了承ください。




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2022年08月30日

8/30 子どもの教育の実践に向けて アントロポゾフィーハウス【青森三沢】



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今日は、子どもの教育への実践に向けて、オイリュトミー、そしてお話しの語りの実践練習。さらに、ことばを語るときの三つの次第の意識化。


11月26日(土)の発表会に向けて、各々の意識も引き締まり、高まつて来ました。


そして、クラスが終はつた後の、メンバーの皆さんが用意して下さる美味しいお食事!


ありがたさと充実感みなぎる一日。

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2022年08月29日

8/28 アントロポゾフィーハウス【青森・三沢】イエス生誕劇クラス



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イエス・キリストは、なにゆゑ、この世に現れられたのでせうか。


そのことを解き明かすルードルフ・シュタイナーのキリスト論。


その中でも、『ヨハネ福音書講義』は、聖書に記されてあるひとことひとことのことばを、金の秤にかけるがごとき敬ひと慎ましさをもつて、その値を見て取ることで、人といふものの、来し方行く末を遠く遠く見晴るかす精神の観点から、イエス誕生の意味を、キリスト誕生の意味を解き明かしてゐます。


そこに取り組む午前。


そして、午後には、今年の12月25日に青森の三沢で行ひます「イエス・キリスト生誕劇」に向けての稽古。


わたしたちは、演劇といふ芸術を通して、からだからこころを解き放ち、精神の境へと羽ばたいてゆくことを試みてゐます。


その試みは、キリストその方が今もわたしたち人といふ人に促してゐる、「自由への道」を歩くことなのです。


その促しを「キリストのこころざし Christ Impuls」と、シュタイナーは言ひ表してゐます。


わたしたちは、そのこころざしを学ぶ午前から、そのこころざしに貫かれようと稽古に勤しむ午後へと、今日も走り抜けました。




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2022年08月18日

9/9(金)「アントロポゾフィーハウス 出会ひの会」(参加費無料)発足のお知らせ



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毎月、第二金曜日の午後7時から8時半まで、zoomを使つて、「アントロポゾフィーハウス 出会ひの会」を持ちます。


それは、日本全国から、もしくは海外からでも、アントロポゾフィーに関心を寄せる人が、まづは、気軽に参加できることのできるオンライン上の場です。


参加費は無料です。


この「出会ひの会」によつて、アントロポゾフィーに出会ひ始めた多くの方が、アントロポゾフィーを学び、生き、アントロポゾフィーから仕事を産み出していかうとしてゐる人々との関はりを持ち始めるきつかけを産み出していくことができれば、さらには、アントロポゾフィーからの社会的な運動へと展開していく何らかの動きを産み出していくことができれば、との切なる念ひを持つてゐます。


第一回目は、9月9日(金)です。テーマは、「わたしにとつてアントロポゾフィーとは何か」です。


そして、この「出会ひの会」は、アントロポゾフィーのそもそもの精神と現代の精神に鑑みて、公開のものとして、オープンなあり方を試みて行きたいと考へてゐます。


毎回の「出会ひの会」は、録画され、編集したうえで、何らかの形で you tube などを通して公開してまいります。


アントロポゾフィーを通して、世に健やかな発信をしていくことができればとの願ひからの企図です。


とは、言ひましても、肩ひじ張らず、等身大のことばを発し合ひ、聴き合ふ中で、互ひに学び合ふことができたら、いいですね。


新しくアントロポゾフィーやシュタイナー教育に出会はれてゐる方々との出会ひをこころから待ち望んでゐます。


お申し込みいただいた方に、zoomミーティングのIDとパスワードをお送りします。どうぞ、お気軽にお申し込みくださいね。


●お申し込み先  
facebookページ「アントロポゾフィーハウス」https://www.facebook.com/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%9D%E3%82%BE%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9-111549167647340 のメッセージ欄にてメッセージをお送りください。
もしくは、ホームページ「アントロポゾフィーハウス ことばの家」のアクセスページ https://kotobanoie.net/access/ からご連絡を下さい。 


※お申し込みの際、簡単な自己紹介文をお書きいただければ、ありがたいです。そして、人数制限をしておりますので、お申込みいただいても、ご参加できないこともありますこと、どうぞご了承ください。



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わたし自身が受けて来た教育の中で、本当にこれこそ教育だと思へたのは、28歳から受け始めたアントロポゾフィーの学びに就いた時からでした。


何度か書いたことなのですが、30年前、1990年代初めごろに、わたしは東京都新宿区高田馬場にあつた「日本ルドルフ・シュタイナーハウス」に通ひ出し、そこでは、ほぼ毎日、何らかの勉強会、ワークショップ、講義などが行はれてゐました。


その学びは、いはゆる新興宗教のやうなものとは全く違ひ、ひとりひとりが、みづからのこころをフル回転させて「考へる」ことの価値を教へてくれる場所でした。


ですので、どこにも、押しつけがましさや無理強いされるといふことがありませんでした。


こころと精神の密(ひめ)やかな学びへと通じて行く道でありながら、他の一般の学びの場と変はらない、自由になりゆくための健やかさと希望に満ちてゐた場であつたやうに想ひ起こします。


そして、そこから、ひとりひとりが、己れのこころに尋ねながら、「感じる」ことの豊かさへ、さらには「欲する」ことの力強さと確かさへと踏み込んでいくことのできる、メディテーションと芸術実践の道が、細い道ながらも、確かにありました。


なぜ、「細い道」かといふと、その道を歩むといふことは、徹底して己れに向き合ふ目覚めた意識を要するものでしたので、学びの深まり具合ひと進展の速度は、そこに参加するその人その人に任されてゐたからです。


つまり、たとへ、人と人とが集ふ場がそこに開かれてはゐても、手取り足取り面倒を見てくれる誰かに寄り掛かることなど当然のごとく全くできず、本質的には、各々が、「ひとり」で立つことが求められてゐる場であつたのです。


そのことは、アントロポゾフィーそのものから、またそこにをられる先達の方々の立ち居振る舞ひ、ことばから、了解されるのでした。


また、毎月一回、「出会ひの会」が開かれてゐて、新しくアントロポゾフィーやシュタイナー教育に関心を抱き始めた人たちが毎回何人も訪れて来て、古参の会員と共にひとつの大きな輪になつて、話を交はし合つてゐました。


アントロポゾフィーを生きようとしてゐる人とそこで出会ふことができ、それらの人との間に生まれる「感覚」をたよりに、この学びの道を歩まうと促がされもしましたし、歩まないとこころを決めることもできたのでした。


そのやうな場が失はれて、久しい時が経つてゐます。


いま、2020年代の日本の地にそのやうなアントロポゾフィーの学びの場があつてしかるべきだといふ念ひをわたしはずつと持つてゐます。


それは、混迷を極めてゐるこの日本社会に、アントロポゾフィーからの精神の息吹をひとりひとりの学び手が吹き込んでゆくこと、つまりは、何らかの実践活動をもつて、ひとりひとりが精神から仕事を生み出してゆくこと、社会に働きかけてゆくこと、そのためには、アントロポゾフィーの学びの場と交流の場が要るからです。


しかし、バブル経済のもと、とても豊かであつた当時と違ひ、現在は30年近くになるデフレ経済の影響で、物理的な場所を持つことはとても難しい。


だからこそ、オンラインを用ゐての学びと、実際に会ふ中での学びを組み合わせる、新しい場づくりを模索してゐます。


30年前にはできなかった学びのかたちです。


オンラインにおける、「アントロポゾフィーハウス 出会ひの会」です。




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2022年08月03日

職能を育むためのアントロポゾフィーハウス その三(完)



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そのやうな職能に繋がる学びの深まりを意識的に織りなさうとしたのが、ルードルフ・シュタイナーその人でした。そして、その織りなしは、1923年12月24日から翌年1月1日にかけて行はれたクリスマスの集ひの時に生まれた普遍アントロポゾフィー協会の中心的機能である「自由なる精神の高き学び舎(精神科学自由大学)」においてでした。


そのやうな職能への明らかな意識、このアントロポゾフィーを自分自身の天職にしていくのだといふ意欲をもつ学びだからこそ、人は真摯に学ばうとしますし、特に若者は、きつと、そのやうな精神の学びを求めてゐます。きつと、です。


アントロポゾフィーの学びを促す集ひは、そのやうな、ひとりで仕事をするべく立たうとする人を見守り、励まし、促さうとする集ひであり、運動体です。


その実践的な学びは、「メディテーション」と「芸術実践」といふ、ふたつの柱を持ちます。


@メディテーションといふ内なる密(ひめ)やかな毎日の営みが我がこころを育み、人生を支へてくれるといふこと。


Aさらに日々のすべての仕事、それ自体が、芸術実践なのだと意識しながら、その仕事に取り組んでいくこと。


アントロポゾフィーハウスも、世に仕へゆく職能のための道として、そのふたつの主なるモチーフを意識的に育んでゆきたいと希つてゐます。


その都度その都度、学びの場に、そのふたつの柱を意識的に打ち樹てながら、アントロポゾフィーの学びの場としてのアントロポゾフィーハウスは、さらに、その機能として三つの次第を持ちます。


まづ一つ目の次第として、こころの保護を求め、精神への憧れを満たすポジティブな「隠れ家」として、アントロポゾフィーハウスは機能します。その場においては、人と人とが親しく語り合ふことができる。聴き合ふことができる。胸を開いて、こころとこころを響かせ合ふことができます。


次に二つ目の次第においては、まさしく、「時をかけて習ひつつ学びを深めゆく学び舎」として、参加者みづから能動的にアクティブに学びを深めて行くことができるやう、教へ手は意識的にアントロポゾフィーの道を提示します。それは、ひたすらに、ひとりひとりが自由へとなりゆく道、その人がその人へとますますなりゆく道です。


さうして、三つ目の次第において、「実践の場」としてのアントロポゾフィーハウスです。日々の暮らしに注ぎ込む精神の働きを鍛える「実践の源」としての場であり、この場の内と外において、みづからすること、なすこと、言ふことに、責任がともなふやうになります。つまり、ひとりひとりが具体的にする仕事の場としてのアントロポゾフィーハウスです。


その三つ目の次第では、他者と共に、また時代状況と共に、アントロポゾフィーの学びから生まれる意欲と責任感を培ひつつ仕事を担つてゆく必要があります。


さうだからこそ、真摯な「内なる密(ひめ)やかな学び・練習」の必要性がいつさう意識され、その必要性をひとりひとりが自由に満たすことがきつと求められます。


ただし、その「内なる密(ひめ)やかな学び・練習」は、決して、他者から求められるが故になされることではなく、どこまでも、目覚めた〈わたし〉が求めるものとして営まれるものです。


@「ポジティブな隠れ家」としてのアントロポゾフィーハウス
A「時をかけて習ひつつ学びを深めゆく学び舎」としてのアントロポゾフィーハウス
B「実践の場」としてのアントロポゾフィーハウス


この三つの次第を生きることは、現代を生きる少なからざる人にとつて、とりわけ、若い人にとつて、こころの奥底から乞ひ求められてゐることだとわたしは考へ、実感してゐます。


この三つの次第を世に提示していくことが、アントロポゾフィーハウスが促さうとしてゐるアントロポゾフィー運動なのです。


この三つの次第を持つアントロポゾフィー運動に加はらうとする人にとつては、まづは一つ目、次に二つ目、最後に三つ目といふ、時の順序をもつて少しづつ参加して行くことになるでせう。


しかし、三つの次第は、いつまでも、どこまでも、重なり合つてゐるはずです。


今日は、「職能を育むためのアントロポゾフィーハウス」といふ観点で書かせてもらひました。


最後までお読み下さり、まことに、感謝いたします。ありがたうございます。



2022年8月3日 アントロポゾフィーハウス 諏訪耕志

posted by koji at 17:51 | 大阪 ☀ | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

職能を育むためのアントロポゾフィーハウス その二



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いま、アントロポゾフィーの学びの場が、日本においても各地で行はれてゐますし、オンライン講座といふスタイルでも、ネット上にたくさんの場が生まれてゐると思ひます。


わたしが創らうとしてゐるアントロポゾフィーハウスは、オンラインクラスだけでなく、恒常的な賃貸料などが生じないやうに、固定した場所を持たず、その時、その場で、アントロポゾフィーを学ぶべくリアルに人と人とが出会ふ場を意識的に織りなしてゆかうとしてゐます。


さう、その営みは、まさしく「織りなしてゆく」ものです。ある図柄を織りなしてゆかうとしてゐます。


その図柄とは、アントロポゾフィーから仕事を創りなしてゆく志を育てるといふ、精神からの意志の図柄です。


固定的な場を持たないが故に、その精神からの意志を持続することはとても難しいことです。しかし、だからこそ、より意識的になつて、やがては、ひとりひとりの学び手がこの学びの教へ手になり、これからの日本の社会に精神からの志を注ぎ込んでゆくことを促すひとつの母体となることを考へてゐます。


その意識を明確に持つのです。学び手自身も、その意識を明確に持ち、この学びの代表者として、みづから、ひとりで立ち、仕事をして行くといふ志を育てることです。それは、〈わたし〉の育みでありつつ、同時に、世の育みです。


(続く)

posted by koji at 17:48 | 大阪 ☀ | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

職能を育むためのアントロポゾフィーハウス その一



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わたくし諏訪耕志がアントロポゾフィーを学んだのは、1990年代の新宿区高田馬場にあつたルドルフ・シュタイナーハウスといふ場においてでした。


そこでは、ほぼ毎日、大人のためのアントロポゾフィーの学びのための集まりがなされてゐて、わたしは、おほよそ七年間、毎日通ひ、アントロポゾフィーの基礎的な学びと、言語造形といふ芸術実践に勤しむことができました。そこでわたしは、明らかに、人生を貫く職能を育む道を歩み始めることができたのでした。


そのやうな場があつたからこそ、そして、そこで、我がこころとからだに精神のくさびを打ち込まれたからこそ、30年前の当時も今も変はらず、アントロポゾフィーといふ精神の営みがわたしを貫き続けてくれてゐます。まさに今もわたしの人生は、当時のあの場とあの時に支へられてゐるのです。


物理的な学びの場があるといふことは、本当にかけがへのない、貴重なことでした。


いま、そのやうな場が失はれて、久しい時が経つてゐます。


なぜ失はれてしまはざるをえなかつたのかといふことには、様々な要因がありますが、毎月支払はなければならないホールや事務所の決して少なくない額の賃貸料といふ負担が、会員からの会費だけが資本のいちNPO法人には重すぎたのでした。


(続く)

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2022年06月28日

芸術と精神への念ひを伝へたい  アントロポゾフィーハウス【青森三沢】



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大の大人たちが汗を流して演劇といふ芸術に取り組んでゐます。


これまで演劇をしたことのない方がほとんどです。


わたしたちは、シュタイナーの『ヨハネ福音書講義』の学びも同時に行つてゐます。


キリストといふ存在。そして、そのキリストを最初に地上で迎へた洗礼者ヨハネ。さらには、キリストが最も愛した弟子にしてこの『ヨハネ福音書』を書き記した新しいヨハネ(甦つたラザロ)。


わたしたちは、それらの方々への敬ひと尊びの念ひを深めつつ、劇創りに勤しんでゐます。


それは、この「イエス・キリスト生誕劇」そのものに対しての敬ひと尊びの念ひの深まりでもあるやうに感じてゐます。


このやうな集団の中に中学生の女の子がふたり参加してゐます。


わたしたち大人が汗を流してこの劇創りに取り組む姿を通して、彼女たちに、ものを創りゆくことの喜び、その行為に込める誠実さと真摯さ、そして何よりも感謝と敬ひの念ひが、そこはかとなく伝はればと希ふのです。


すべてが、本当に、ありがたい、出会ひです。




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2022年06月23日

夏、地を踏みつつ天へと羽ばたくとき



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毎月、青森の三沢で、今年のクリスマスに向けて、キリスト生誕劇創りのためのクラスを開いてゐます。

そこでは、演劇創りと合はせて、ルードルフ・シュタイナーによる『ヨハネ福音書講義』を毎回一時間講義させてもらつてゐます。

「ヨハネ福音書」。それは、前半と後半に構成が分かれてゐます。

前半が、洗礼者ヨハネについて。後半が、この福音書の書き手であるヨハネについて、です。

そして、いま、洗礼者ヨハネの誕生日(ヨハネ祭)を間近に控えるこの夏の日に、わたしたちは、キリストをキリストとして受け止めた最初の人、洗礼者ヨハネのことを学ぶのです。

彼は、みづからを、「ひとりにて呼ぶ者の声なり」と言ひました。(「荒野にて呼ぶ者の声なり」はふさはしくない翻訳ださうです)

「みんなで呼ぶ」のではなく、「ひとりにて呼ぶ」のです。

この「ひとりにて」といふところに、新しい時代の始まりがあります。

そして彼は、たつたひとりにて、キリストを、世の光を、陽の神を、この地に呼びました。

そのことは、何を、わたしたちに教へるでせうか。

それは、意識の目覚めです。

聴き耳をたてるのは、この<わたし>ひとりです。

誰も、わたし自身に代はつて、神の訪れを告げてくれる者はゐません。

意識の目覚めを生きる人は、協力し合ひますが、群れません。

そのひとりの<わたし>の内も内にこそ宿るのがキリスト・世の光だ、とヨハネ福音書は語つてゐます。

世の光、陽の神は、いま、この大地に立つひとりひとりの人のこころの真ん中に宿り、そこから、ヨハネの祭りのときを中心にして、夏の季節、広やかな天空の彼方へと拡がりゆかうとします。おほよそ二千年このかた、毎年です。

古代においては、この夏のお祭りにおいては、洋の東西を問はず、燃え上がる炎と共に、歌ひ、踊り、舞ひ、祈りを陽の神に捧げてゐました。

その時には、西の国では葡萄の実から絞り出したワイン、最も東の国、日本では、米から醸した酒によつて、その炎の祭りがいやがおうにも高揚したものになりました。

その夏の祭りの時にこの世に生まれた洗礼者ヨハネも、神と人とを結ぶべく、燃えるやうな情熱をもつてヨルダン川のほとりにて人々に洗礼を授けてゐましたが、ただひとつ、古代から引き継がれてきたものとは全く違ふ意識をもつてをりました。

それは、酒の助けを借りて高揚するのではなく、意識を目覚めさせて、たつたひとりでことをなすことでした。

高揚するとは、いはば、夢見つつ、神々しい天へと昇ること。

しかし、洗礼者ヨハネは、意識を目覚めさせることによつて、この大地にしつかりと足を踏みしめながら、天へと羽ばたく術を人々に与へてゐました。

それは、古代の在り方とは異なる、これからの人びとの夏の生き方を指し示してゐます。

さうして、つひに、冬のただなかにナザレの青年イエスが彼の前にやつて来たのです。

そのときから、おほよそ二千年が経ちましたが、そのような洗礼者ヨハネの生き方が、ゆつくりと、これからの多くの人の生き方になりゆくでせう。

わたしたちも、この夏、どういふ生き方をするかによつて、来たる冬の迎へ方が決まつて来るでせう。

一日の過ごし方によつて、人は、からだを満たしたり、不満を感じたりします。

しかし、人は、一年の過ごし方によつて、こころを満たしたり、不満を感じたりするのです。

ひととせを生きる。それは、こころの、ひとめぐりです。

そして、いま、夏を生きる。内的に。

今週の生誕劇クラスで、そのことをメディテーションと芸術実践をもつて、みんなと分かち合つてみたいと思つてゐます。




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2022年06月13日

問ひの矢を放つ



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和歌の浦の海



今日は、アントロポゾフィーハウス和歌山での言語造形と『いかにして人が高い世を知るにいたるか』の学びでした。芸術実践とメディテーションを織りなし合はせてゐます。


いかにして、からだ一杯、こころ一杯で、その時間に生じたことごとを受け止めるか。(シンパシー)


そして、次に、いかにして、その受け止めたことごとに向かつて、問ひを立てるか。「今日のこの体験は、わたしに、いま、何を教へようとしてゐるのか」といふ問ひの矢を放つのです。(アンチパシー)


そのやうに問ふからこそ、その問ふた人にのみ、いつの日か答へがやつて来ます。その答へが、その人によつて消化された知です。その消化された知こそが、その人の理想になりえます。(シンパシーとアンチパシーの重ね合はせ)


わたしたちは、そのやうなこころの活き活きとした働きをもつて、「理想」を稼ぐのです。


「理想」とは、その人によつて消化された理念であり、考へです。


その、わたしによつて稼がれた「理想」をもつて、わたしは世に仕へるべく、仕事を創つて行きます。


わたし自身、今日も、集まつて下さつた皆さんのお陰で、自分自身の問ひを立てることができましたし、その問ひは、ここ数年間、ずつと立て続けてゐる問ひでもあります。


危機が本当に迫つてゐるこの国に、一体、わたしは何ができるのか。未来の日本のために、子どもたちのために、わたしは何をすることができるか。


本当に、ずつと、問ふてゐます。毎日、問ふてゐます。


そして、きつと、その答へはやつて来ます。


わたしは、その答へを生きて行くのです。




posted by koji at 23:24 | 大阪 ☁ | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする