2019年03月10日

古の人

 
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琵琶湖の西岸の少し奥に入つた所に鎮座まします近江神宮。
 
寒の戻りか、とても寒く、小雨降る中、人気も少ない。
 
ここは、天智天皇の大津宮跡ともいはれてゐます。
 
壬申の乱の兵火ですべてが灰塵と化し、当時、その華やかだつた都の荒れ果てた様を何十年か後に見て、高市黒人(たけちのくらうど)が旧都を偲んで歌を歌つてゐます。
 
 
 ささなみの国つみ神のうらさびて荒れたる都見れば悲しも (萬葉集33)
 
 
歌人が歌の念ひに見舞はれた当の地にわたしも実際に足を運んで、そこでその歌を朗唱してみます。
 
そこにじつと立ち尽くせばこそ、歌に秘められてゐる深い情念が味ははれることがあるのです。
 
どのやうことがここで起こり、どのやうな悲しみが人々を襲つたのだらう。
 
また、黒人による別の歌があります。
 
 
 古(いにしへ)の人に我あれやささなみの古き都を見れば悲しき (萬葉集32) 
 
 
「古の人」。これは単にむかしの近江の旧都の人といふ意味ではありません。
 
神と己れの身体とがまだ離れてゐない状態を生きた人のこと。
 
たいせつにしなければならないさういふ人、さういふ精神が失はれていくことを偲びに偲んで、黒人は歌ひました。
 
なぜ、たいせつにしなければならないか。
 
それは、たいせつにしなければならないものごと、人の想ひ、人の精神ほど、たやすく忘れられてしまふからです。
 
さういふものは極めて繊細ななりたちをしてをり、時を経て、志ある人が、その壊れやすさゆゑ、たいせつに護り育て、後代に伝へようとして来ました。
 
そして、そのやうな繊細なものを扱ふことのできる人は、いついつも、極めて少数の限られた人であるかもしれません。
 
「古の人」とは、いつの代にもをられる、さういふ人のことです。

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2019年01月06日

光の矢 〜往馬大社を訪ねて〜


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大阪と奈良の県境にある生駒山の東の麓に鎮座されてゐる往馬(いこま)大社。
 
そこは、夫婦神、伊古麻都比古神(いこまつひこのかみ)と伊古麻都比賣神(いこまつひめのかみ)がお祀りされてゐます。
 
生駒山を御神体に生駒谷十七郷の氏神としてお祀りされてゐますが、毎年秋に火祭りが行なはれてゐることから火の神としてもお鎮まりになつていらつしやるやうです。
 
火の神といふことは、日の神、陽の神であります。
 
その往馬(いこま)大社に差し込む陽の光の矢。
 
樹木を火で燃やすことから生まれる煙、それは陽の光の対極にあるものですが、それゆゑに、その煙の中を貫く陽の光が明瞭に空間に顕れてゐます。
 
それは天から射放たれた矢。
 
それは、稲を稔らせ、人のこころと生命を賦活させます。
 
そして、古くは、海人族が日の神を招ぎ迎える神事の具が、弓矢だつたさうです。
 
そのなにゆゑかが、前住吉大社宮司の真弓常忠氏の幾冊もの著作にて考察されてゐます。
 
1月13日のお弓はじめと云はれてゐる住吉大社の御結鎮神事(みけちしんじ)との関はりも気になつてゐます。
 
それらのことがらが、日本の精神の世でとても複雑に絡みあつてゐるやうです。
 
そこから、なぜ、往馬大社に、気長足比賣尊(おきながたらしひめのみこと・神功皇后)、足仲津比古尊(たらしなかつひこのみこと・仲哀天皇)、譽田別尊(ほむだわけのみこと・応神天皇)等の方々がお祀りされてゐるのかも、より深い見地から見いだされていくかもしれません。
 
神社に今も伝はつて残されてゐる神事、祭事を訪ねる。
 
そして、長い長い皇室の伝統を身をもつて顧みる。
 
さらに、それらをその精神の躍動するままにことばの芸術として記してゐる古典文学。
 
それらを少しずつでも体験、精査していくことで、日本の精神を芸術的に探求しつつ、この時代を活き活きと生きて行くことへと繋がるならば・・・。
 
そんな希ひをもつてゐます。

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2018年11月02日

日本武尊は、いまも、動いてゐる 〜白鳥神社・白鳥陵古墳(古市)を訪ねて〜


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白鳥神社の拝殿の中

今日は、日本武尊のゆかりの所を訪れたくなり、家から一番近い、大阪府羽曳野市古市の白鳥神社と白鳥陵古墳に足を運ぶ。
 
ここのところ戯曲をずつと書き続けてゐて、そこに尊が登場される。
 
かうして、遥かな過去を生きた伝説の方々のゆかりの地を訪れるといふ行為をどうして自分はせずにはゐられないのだらう。
 
なかば、分かつてゐて、なかば、分かつてはゐない。
 
分かつてゐることをここに書いても仕方がないやうに思ふ。
 
その分かつてはゐないところに、汲めども汲めども尽きない、人と人とを時を越えて繋げ、貫いて流れてゐる精神の命があるに違ひない。
 
そんな何かをこの世に記したい。
 
それは、文字でも、ことばの響きでも、ないやうに思ふ。
 
文字や響きの向かうにありありとある、何らかの動きである。
 
尊は白鳥となつて、この御陵からも天駆け去られたといふ。
 
日本武尊は、いまも、動いてゐる。
 
その動きに学びたい。

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白鳥陵古墳の向かうに二上山が望まれる。

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ーーーーーーーーーーーー 
大阪・名張 言語造形公演『山月記』
11月30日(金)・12月1日(土)
https://kotobanoie.net/play/
 
ーーーーーーーーーーーー
2019年1月開校!
『言語造形と演劇芸術のための学校』
https://kotobanoie.net/school/

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2018年10月06日

姫嶋神社 〜阿迦留姫命を訪ねて〜


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姫神が鎮まられてゐる社へ通ふ日々が続いてゐます。
 
大阪市西淀川区にある姫嶋神社。
 
阿迦留姫命(アカルヒメノミコト)が御主宰神です。
 
並んで、神功皇后と住吉大神がお祀りされてゐます。
 
この姫神の由縁が「古事記」その他に記されてあります。
 
朝鮮の新羅にて、赤い玉から化身されたといふアカルヒメノミコトが、夫であつた天之日矛(アメノヒボコ)から逃れて、祖国に帰ると言つて、小舟に乗つてこの姫島の地に辿り着かれました。
 
そして、この姫嶋といふ地で、女性たちに機織りや裁縫、焼き物や楽器などを教へたさうです。
 
男とは異なる、女ならではの手の仕事をもつて、たいせつな何かを伝へられたのではないでせうか。
 
新羅から摂津の姫嶋までの逃避行の、そのときの彼女の情を思ひつつ、この地に新しい文化の営みをもたらされた、その精神の強さ、しなやかさをも思ひ、家族でこころを寄せながら社前に祈りを捧げてゐると、またしても、優しく心地よい風が吹き寄せて来て、雲が吹き払われ、青空に輝く陽の光がさんさんとわたしたちに降り注ぐのでした。
 
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2018年10月01日

大鳥羽衣浜神社 〜両道入姫皇女を訪ねて〜


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今日から、神無月(かみなづき)とも言はれる十月ですね。 
 
台風が過ぎ去つた今日、秋の麗らかな陽射しと青空があまりにも気持ちよく、妻と羽衣(はごろも)にある大鳥羽衣浜神社にお参りに行きました。
 
日本武尊(やまとたけるのみこと)の后、両道入姫皇女(ふたぢいりひめのみこと)をお祀りしてゐる社です。
 
いま、日本武尊をお支えになられた女性たちをテーマにした戯曲を書いてゐるのですが、両道入姫皇女に御挨拶をしたかつたのです。
 
その社の拝殿の前でお祈りをしますと、傍にある楠の大樹を吹き抜ける優しく喜びに満ちた風と輝く陽の光が、二人を包んでくれたやうな感覚でした。
 
二枚目の写真の楠の樹木の左横の部分に、なぜか神々しい方がをられるやうな気がして、画面上の写真を見ながらその部分に手を当ててみると、暖かいものが伝はつてくるのでした。

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2018年08月25日

御聖蹟の地、丹生川上神社中社


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夏休み最後の娘たちとの小旅行。
 
奈良県東吉野郡にある丹生川上神社中社へのドライブ。
 
ここは、高天原から紀伊国伊都郡に天降(あも)られた丹生津姫命が、改めて米作りを国々に伝へられるべくご巡幸の起点とされた水分(みくまり)の地であります。
 
また、神武天皇が大和国御平定の折、天つ神のみことのりに基いて、親しく天神地祇を祈り給ひし御聖蹟の地であります。
 
また、天武天皇、持統天皇をはじめとして歴代天皇が足しげく通はれた吉野離宮址でもあります。
 
ここは、とりわけ、禊ぎ、祓ひを執り行ふ祭祀の場でありました。
 
わたしたち家族は、なぜか、この場に惹きつけられて、毎年、夏に通つてゐます。

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2018年08月13日

初めての大海神社の月次祭


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今日、初めて、住吉大社の摂社・大海神社(おほわだつみのかみのやしろ)の八月(はづき)の月次祭(つきなみのまつり)に臨むこと叶へり。
 
懸けまくもかしこき海の神、豊玉彦神・豊玉姫神のいと近きところにて、膝まづき祈りを捧げることを許されたり。
 
小出英詞権禰宜の奉る祝詞の響き、五臓六腑に沁み渡ること覚へたり。
 
ありがたきことなり。

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2018年03月10日

古(いにしへ)の人 〜近江神宮を訪ねて〜


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昨日、琵琶湖の西岸の少し奥に入つた所に鎮座まします近江神宮に初めて参拝した。(車で送つてくださつたMさん、どうもありがたうございました)

寒の戻りか、とても寒く、小雨降る中、人気も少ない。

ここは、天智天皇の大津宮跡ともいはれてゐる。

壬申の乱の兵火ですべてが灰塵と化し、当時、その華やかだつた都の荒れ果てた様を何十年か後に見て、高市黒人(たけちのくらうど)が旧都を偲んで歌を歌つてゐる。


ささなみの 国つみ神の うらさびて 荒れたる都 見れば悲しも (萬葉集33)


歌人が歌の念ひに見舞はれた当の地に実際に足を運んで、そこでその歌を朗唱する。

そこにじつと立ち尽くせばこそ、歌に秘められてゐる深い情念が味ははれることがある。

どのやうことがここで起こり、どのやうな悲しみが人々を襲つたのか。

そのことに想ひを深めていくことが、文学の道であり、歴史の道であり、わたしのいのちの道である。

また、黒人による別の歌がある。


古(いにしへ)の 人に我あれや ささなみの 古き都を 見れば悲しき (萬葉集32) 


「古の人」。これは単にむかしの近江の旧都の人といふ意味でない。

日本の神のこころと身体とがまだ離れてゐない状態を生きた精神のことだ。
 
さういふたいせつにしなければならない精神が失はれていくことを偲びに偲んで、黒人は歌つた。

なぜ、たいせつにしなければならないか。

それは、たいせつにしなければならないものごと程、たやすく忘れられてしまふからである。

さういふものごとは極めて繊細ななりたちをしてをり、代々、志ある人が、その壊れやすさゆゑ、たいせつに護り育て、後代に伝へようとして来た。

そして、そのやうな繊細なものごとを扱ふことのできる人は、いついつも、極めて少数の限られた人であらう。

「古の人」とは、いつの代にもをられる、さういふ人のことである。

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【ことばの家 諏訪 平成三十年度クラスのご案内】
 
●言語造形クラス
https://kotobanoie.net/spra/

●和歌(やまとうた)を学ぶ会
https://kotobanoie.net/yamatouta/

●生誕劇を演じるクラス
https://kotobanoie.net/spra/#pageant

●言語造形で甦る我が国の神話と歴史クラス
https://kotobanoie.net/spra/#kojiki

●日本の言霊を味わうクラス(講師:諏訪千晴)
https://kotobanoie.net/kototama/

●普遍人間学そして言語造形を学ぶクラス
https://kotobanoie.net/tue/

●名張・言語造形を体験する会『ことばを聴く 語る』

講師: 
諏訪耕志 (「ことばの家 諏訪」主宰 )

日時: 
4月16日(月) 10:00〜13:00

場所:
三重県名張市内 (お申込み頂いた方に詳細をお知らせします)

参加費: 
3,000円

お問い合わせ・お申込み: 
ことばの家 諏訪 
 e-mail info@kotobanoie.net
 Tel 06-7505-6405

プログラム:
10:00 お話しを語るワークショップ
(言語造形を体験していただきます)

12:00 お話しに耳を澄ます朗読会 
(言語造形による語りを聴いていただきます)

「風呂に入るお地蔵さん(名張の昔話)」 南ゆうこ
「和泉式部日記」より 森野友香理
「蛇の輪(創作昔話)」 諏訪耕志

12:45 シェアリング

(全員で感想を語りあい聴きあいましょう)

13:00 終了



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2018年03月08日

塩土の翁 (開口神社)


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堺の開口(あぐち)神社。
 
神功皇后の御創建。
 
海の翁神であられる塩土老翁神(しほつちをじのかみ)が、ここの御祭神である。

鹽竈(しほがま)明神ともいふその神は、天孫降臨のとき、また、山幸彦が竜宮への路に迷つたとき、また、神武天皇がこの国の都を求めてゐるとき、いづれも出現なされて、導きをなされた神だといふ。

また、塩土老翁神は住吉大社の住吉三神を一つにして神徳を現した神とされ、この開口神社は「住吉の奥つ城(おくつき)」でもある。

総本宮である宮城県塩釜市の鹽竈神社も、和歌山・紀の国の鹽竈神社も、いづれもわたしにとつては訪れて印象深い神の社だつた。
 
海を渡す導きの神。

海とは、きつと、精神の世とこの世との渡り瀬である。

高天原と葦原中つ国との渡り瀬である。

人も、遠き将来、再び、水に入り、精神そのものとなるだらう。

だから、塩土老翁神は、猿田毘古神とも、その働きに於いて重なりがあるのかもしれない。



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講師: 
諏訪耕志 (「ことばの家 諏訪」主宰 )

日時: 
4月16日(月) 10:00〜13:00

場所:
三重県名張市内 (お申込み頂いた方に詳細をお知らせします)

参加費: 
3,000円

お問い合わせ・お申込み: 
ことばの家 諏訪 
 e-mail info@kotobanoie.net
 Tel 06-7505-6405

プログラム:
10:00 お話しを語るワークショップ
(言語造形を体験していただきます)

12:00 お話しに耳を澄ます朗読会 
(言語造形による語りを聴いていただきます)

「風呂に入るお地蔵さん(名張の昔話)」 南ゆうこ
「和泉式部日記」より 森野友香理
「蛇の輪(創作昔話)」 諏訪耕志

12:45 シェアリング

(全員で感想を語りあい聴きあいましょう)

13:00 終了


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2018年01月12日

若宮八幡宮での湯立神事


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今朝、住吉大社内の摂社「若宮八幡宮」での湯立神事に参列。
  
このお宮には、お二方が祀られてゐる。
 
息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと:神功皇后)の御子であられる誉田別尊 (ほむだわけのみこと:応神天皇)。
 
そして、忠臣・武内宿禰 (たけしうちのすくね) 。
 
その社の前で、祝詞が唱えられ、神楽の笛と太鼓に合わせて、「湯立神楽」と「天岩戸開きの舞」が巫女さんにより舞はれる。
 
神の御靈(みたま)の甦りを祝ふ毎年1月12日のお祭りだ。
 
お祭りを執り行ふ神官の方々、巫女さん、参列している崇敬者だけでなく、御日様の光、風、厳しい寒さ、木々や社を囲むすべてがすべて、この神事を厳粛にかつ途方もない喜びをもつて祝ひ合つてゐるのを感じる。
 
「わたしたち」「われわれ」といふことばが、こころにおのづと立ち上がつてきた。
 
俗世に生きてゐて、滅多に味はへないことばだ。

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2018年01月04日

木の国から明けましておめでたうございます


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有田郡の田殿丹生神社の後ろに控える白山の頂上にある白山神社にて


明けましておめでたうございます。
 
平成三十年は、紀の国(木の国・氣の国)・和歌山を歩き廻ることから始めました。
 
樹木のやうに、深く根を張り、幹を太く、枝葉を大空一杯に拡げていきたい。
 
そんな念ひです。
 
今年もどうぞよろしくお願ひいたします。

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伊太祁曽神社にて



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2017年12月30日

息長くあれ 〜生田の杜の息長帯比売命〜


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わたしたちが大事に大事に念つてゐる神々のお一柱に、息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)がゐらつしゃる。
 
又の名を神功皇后(じんぐうこうごう)とおつしゃられ、その御勲功、御業績は、日本の国史に深々と刻まれてゐる。
 
昨日足を運んだ神戸三宮にある生田神社は、その息長帯比売命によつて創建せられた数ある社の中のひとつだ。
 
天照大御神と御関係の深い稚日女尊(わかひるめのみこと)を御主祭神としてゐる。
 
その生田神社の奥の生田の杜(もり)の更に奥に、息長帯比売命をお祀りする生田森坐社(いくたのもりにますやしろ)があり、そこを歳の終はりに訪れた。
 
神気満ち満ちる杜の中、いつさう息を長くお帯らしくださる(満ち足らせてくださる)姫神の息吹きにからだまるごとを貫流されるやうな時間。
 
今年のすべての仕事と暮らしが健やかであれたことへの感謝と来たる年への希みをこころの内で宣べることができた。
 
かうした行為は、決してかりそめにはできないことだと信じてゐる。
 
最後は、寒い三宮の夜、「ことばの家」ふたり忘年会。

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2017年10月09日

日本の秋祭り(生根神社)


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長女が氏神様の大阪住吉の生根神社の神輿巡行に参加させていただく。
 
本気で汗を流し、神さまのために働く大人たちに囲まれて、五時間近く、暑い日差しの中、練り歩き、太鼓を打ち鳴らし、声を張り上げ、神輿を運ぶことに、大勢の人と一緒に仕へることができた、この体験。
 
本当に、素晴らしい。
 
娘も、家に帰って来てから、「夏の祭りもよかったけど、男たちが燃えるのは、秋やな。ほんま、よかった、ほんま、よかった」と何度もつぶやいてゐる。
 
次女も住吉の神さまの御田にかかしを立てて、今年の豊作にかかわらせてもらつたが、早く大きくなつて自分も神輿巡行に参加したいと、ごねて仕方がない。
 
日本各地で、この秋祭りが行なはれてゐる。
 
日本には、ありがたいことが、本当に多い。

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 住吉大社にて


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2017年08月24日

瀧蔵神社・笠山荒神社 〜大和にをける出雲人との繋がり〜


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瀧蔵神社


奈良の三輪山の東に連なる泊瀬山(はせやま)。

麓にある長谷寺からその山を車で20分ほど登つてゆくと、出雲といふ部落。

そこは、古代の禊場(みそぎば)であつた。
 
そこには、瀧蔵神社といふ古代からの社がひつそりと鎮まつてある。
 
山上のこの瀧蔵信仰が基となつて、長谷寺が建てられたさうだ。
 
そこには、以前から何故か行きたい気持ちがあり、昨日、妻と二人で車を駆つて行つてきた。
 
また、その神社に隣りあふやうに鎮座されてゐる笠山荒神社(かさやまかうじんじや)へもお参りする。
 
いずれも出雲の人の信仰圏をわたしたちは歩いたことになるやうだ。
 
そこに惹きつけられるといふことに不思議を感じる。
 
なにせ、笠山荒神社には、いつさい表立つては知られてゐないが、スサノオノミコトといふ出雲と関わりの深い神の址があつた。
 
そこには、日、月、星の印がつけられた三本の剣が地に樹てられてゐる。
 
あまりにも不思議な印に、茫然とする。 

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笠山荒神社の隠れたところにましますスサノオノミコトに関わる址。

 
そして三輪山の西に出て檜原神社へ、さらに北に進んで穴師座兵主神社(あなしにますひょうづじんじゃ)へ。
兵主神社にお参りしている最中から、遠い空で雷が鳴りだした。
 
鳴る神の音のみ聞きし巻向の檜原の山を今日見つるかも
(『萬葉集』1092 柿本人麻呂歌集より)
 
人麻呂は、穴師の山人・神人の古のこころを歌ひあげた歌人である。
 
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檜原神社


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巻向あたりから西へ二上山を望む。



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2017年07月19日

地域の安寧 〜生根神社さんの夏祭り〜


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大阪市住吉区のわが氏神様である生根神社さんの夏祭り。
長女が子ども太鼓で参加。
 
真夏の炎天下、太鼓を打ち鳴らしながら、お神輿と共にうぶすなを巡る渡御式。
 
この儀式の内的な力によつて、どれほど、わたしたちの地域の安寧が保たれてゐるか。本当にありがたく、かたじけない念ひ。儀式を毎年、粛々と続けて下さつてをられる方々に感謝、感謝・・・。
 
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昨夜の宵の宮では太鼓お披露目。
演劇仲間の『丹生都比売』メンバーと一緒に。
子どもも大人も一緒になつて夏の夜のひとときを過ごす。 

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2017年06月28日

山の姿をした樹木 〜鹽竃神社を訪ねて〜


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鹽竃(しほがま)神社。
 
和歌山駅から車で20分ほどのところの和歌の浦と呼ばれてゐる海辺の神社に夫婦でお参りしてきました。
 
御祭神は、山幸神を竜宮へといざなはれた鹽槌翁尊(しほづちのおじのみこと)です。
 
この社は「輿の窟(こしのいわや)」と呼ばれてゐた岩穴の中に鎮座されてゐます。
 
その薄暗い岩の壁を見ると、それは巨大な樹木の根そのものでした。
 
この社の御神体は、山の姿をした巨大な巨大な樹木でした。
 
写真に写つてゐるこの山がすべて樹木からできてゐるやうでした。
 
この山の頂上に登ることができました。
 
岩肌がすべて樹木でした。
 
そもそも生きて動いてゐた植物状態の地球が、だんだんと死したものとなつて固体化してゐるのが、わたしたちが足の下に踏んでゐる土や岩石なのでせうが、このやうに山まるごとが樹木であつた面影をまざまざと残してゐること、そして、その山に包まれるやうにひっそりと鎮まつてをられる鹽竃(しほがま)神社に、驚嘆と畏怖の念ひを抱きました。
 
聖さを湛へたそのひそやかな穴の中の空間で、しばらくわたしたちはじつとしてゐました。


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2017年02月02日

大伴氏への念ひ 〜鳥坂神社、橿原神宮をお参りして〜


今日は、奈良の橿原をひとりでぽくりぽくりと歩きました。
 
わたしは、いま、萬葉集の作品を舞臺化することに取り組んでゐます。
その萬葉集を編纂した大伴家持と云ふ男が、わたしの中で大きな存在に感じられてきてゐるのです。
 
ちなみに、わたしが住まひを定めて、「ことばの家」を營んでゐる大阪の帝塚山は、奇しくも古代、大伴部一族の屋敷があつたところです。
帝塚山古墳も家持の祖先である大伴金村のものだと云はれてゐます。
 
また、奈良の佐保川の邊り、聖武天皇の御陵のすぐ前にある「日+月+星」で、今囘の舞臺をさせてもらふことになりました。
その佐保は、家持が自身の文藝サロンを開き、多くの美しく才長けた女性たちと共に、日本の歌の美を磨き上げた場所でもあります。
 
帝塚山も佐保も、わたしの意識の外で導かれた場所なのです。
つい最近、さう云ふご縁に氣がつきました。
不思議ですね。
 
 
 
そんな大伴氏への意識から、今日は、まづ、その大伴家持の祖先である、道臣命(みちおみのみこと)が創建なされた、鳥坂神社へ足を運びました。ご挨拶と何かしらのお禮をお傳へしたくなつたのです。
 
鳥坂神社は、大伴氏の二祖神、高皇産靈神と、その子、天押日命(あめのおしひのみこと)を祭神としてゐて、高皇産靈神は國創りに、天押日命は天孫降臨の際大功あつた神です。
そして、道臣命もまた、大伴部を率ゐて神武天皇の東征を援け、功績のあつた方でありました。

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道臣命が創立された鳥坂神社

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鳥坂神社内の幾柱もの末社。手前の木の根元に鎮座されているのは住吉大明神。
縄が切れてをられたので、結わひつけさせてもらつた。

 

その神社にお參りしたあと、次に行く橿原神宮までの道のりで何故か、急に感情がこみあげてきて涙がぽろぽろこぼれてしまひました。
 
そして、日本第一代の天皇、神武天皇をお祀りしてゐる橿原神宮を訪れました。
 
雪が羽毛のやうに天から舞ひ降りる中、重みのある澁い面持ちでそこにをられる。
いまだに坐(ゐま)せられてゐる。
そんな神々しさを感じます。

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橿原神宮の外拝殿(げはいでん)


 
更に、その神宮の末社である長山稻荷社。
その赤い鳥居を幾つもくぐつていくうちに、神の懐へ入り込んでゆく嚴肅な感覺に包まれるのです。
言靈の神でもあられる豐受氣大神(とようけのおほかみ)をお祀りしてゐるからでせうか。
この稻荷社は、橿原神宮御鎮座以前からこの長山の地にお祀りされてゐたさうです。
 
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畝傍山をうしろに長山稲荷社



大伴家持が萬葉集と云ふことばの藝術を記録する際に貫いた、志と精神。
それをことばでいふことは簡單ではないですが、いま、「大君への念ひ」といふことばが、わたしの中に響きはじめてゐます。
 
橿原の道を歩いてゐて、懐かしい故郷の道を踏んでゐるやうな、もう二度と戻れない子どもの頃に急に歸つたやうな、感情の搖さぶりを覺えたのはなぜなんだらう、さう想ひながら歸つてきました。


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2017年01月29日

新年(旧暦)の祈り 〜止止呂支比賣命神社に参りて〜


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今日は夫婦ふたりして、まつたくのお休み。
ゆつくりゆつたりと過ごした一日。
 
近くの止止呂支比賣命神社(とどろきひめのみことじんぢや)に、
お參りして、舊暦の新年を改めて祝ひ、お祈りを捧げました。
 
ここは、御祭神に素戔嗚尊と稻田姫尊をお祀りしてゐる神社で、
また承久3年(1221年)、
後鳥羽天皇が行宮(かりみや)をお立てになつたところです。
 
我が國の隱遁詩人の系譜の先人として松尾芭蕉が私淑してゐた、
後鳥羽院です。
 
日本のことばの藝術の行く先を見はるかし、
その一筋の道を守り通した、
後鳥羽院の立たれた地に自分が立てることの、
かたじけなさを念ひました。
 
そして、わたしたちの「ことばの家」の行く末を、
一心にお祈りさせてもらひました。

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2016年12月18日

若宮様のおん祭り


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昨日、奈良の御蓋山を背に抱く春日大社の攝社である、
「若宮神社」のおん祭りに足を運びました。
 
大雨洪水により饑饉、疫病が蔓延し、
丁度880年前、時の關白藤原忠通公が萬民救濟のため、
若宮の神の御靈威にすがられ、
お祭りをしたのが始まりださうです。
 
參道のすべての明かりを消し、冩眞撮影も嚴禁される中で、
眞夜中の十二時、
若宮神社本殿から、
若宮神をお旅所と云ふ行宮(あんぐう)へお遷しし、
そして、次の眞夜中の十二時までに本殿へお還りいただく。
 
わたしはその内のお晝間に行はれる、
お渡り式から行宮前でのお旅所祭までを拜見しました。
 
神にお出ましいただき、
その前で祈りと感謝を捧げる人々の營み。
その嚴肅さ、その美しさに、
わたしは激しくこころを打たれました。
 
いつの日か、
冬の真夜中の儀式に參加したいと思ひます。
 
誘つてくれた友人と、
そのことに就いて、
また來年からの新しい仕事・プロジェクトに就いて、
たつぷりと語りあへたことも本當に有難い、嬉しいことでした。

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2016年12月04日

失はれていく記憶 〜明治神宮、靖国神社、そして讀書の學〜


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夫婦楠。明治天皇神と昭憲皇太后神の強い結びつき。
 
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左端に写つてゐる男性の真摯な念ひに満ちた立ち姿がとても印象に残つてゐます。


 
何ごとも時あるものと知りながらなほいそがるる人ごころかな
(明治三十八年)
 
明治神宮へ參拜してきました。
この歌は南手水舎に12月に奉掲されてゐる明治天皇の御製歌です。
 
それにしても、原宿や澁谷と云ふ街に隣接しながら、
なんといふ神々しさをこの社と杜は湛えてゐることか。
 
たくさんの外國からの旅行者らしき人々がをられましたが、
わたし自身、その神々しさを肌身に感じることができ、
自分が日本人であることの歡びを足の下から感じることができたのでした。
 


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次の日、幕末から昭和の大東亞戰爭の時までに、
この國を守るために戰はれた英靈の方々をお祀りしてゐる、
靖國神社に初めて參拜できました。
わたしにとつては念願の日でした。
 
靖國神社は明治二年(1869年)に、
明治神宮は大正九年(1920年)に創建されましたが、
雅いとも云へるこの二つの社にこのたびお參りすることができ、
わたしは東京といふところが、
このふたつの社にいまだ強く守られてゐることを感じたのでした。
 
 
明治維新の時、それはいまから百五十年ほど前、
大きくふたつの意識が混沌の中で沸騰してゐたやうな時でした。
 
古い固有の文化・文明を守り通してきた日本。
そして、これから世界に向けて開かれていく新しい日本。
 
この古い日本と新しい日本の狹間で、
その混沌を奇蹟的にひとつにまとめ束ねられた明治天皇。
 
それまでの日本といふ國がどのやうな歴史の道を歩んできたか、
と云ふことに對する確かな深い洞察をもつてをられたからこそ、
明治天皇はあの時代を導く精神の體現者であり、
牽引者となられたのだらうと思ふのです。
 
ちはやぶる神のひらきし道をまたひらくは人のちからなりけり
(明治三十六年)
 
いま、といふ時代が、日本といふ國に何を求めてゐるのか。
この時代に、日本と云ふ國は世界に向かつて何をもつて立つのか。
 
そのやうな自分自身に重なる問ひを抱きながら、
水道橋で行はれた、
一般社団法人日本平和学研究所 月例講座(讀書の學) 
に參加し、『昭和精神史』の著者、桶谷秀昭氏と、
『小林秀雄の後の二十一章』の著者、小川 榮太郎氏、
おふたりの謦咳に接することができました。
 
桶谷氏から小川氏へと受け繼がれてゐる、
尊い理想への靜かだけれども熱い情熱と、
いつさうの深い悲しみに觸れたやうに感じたのでした。
 
わたしたちは破壞されていく日本の風景と、
失はれていく美しい記憶の果てに、
いつたい、どのやうな甦りを摑むことができるのだらう。
 
きらびやかな東京の夜の街を通り拔けて、
深夜大阪に歸つてきました。
 

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