2019年11月14日

今宵、大嘗祭(おほにへのまつり)

 
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平成の大嘗祭の御様子です
 
 
 
本年、令和元年五月一日、
新しく天皇陛下御即位され、
践祚の儀において、
三種の神器をお受けになり、
皇位を継承なされました。
 
 
十月二十二日、
即位礼正殿の儀において、
内外に御即位を宣言なされました。
 
 
そして今日、十一月十四日、
大嘗祭です。
 
 
天照大御神より、
「斎庭(ゆには)の穂(いなほ)」の
ことよさしを享けられて、
皇祖であられる大御神と霊的に、
おひとつになられる儀式です。
 
 
太古より行はれて来た大嘗祭です。
 
 
このやうな儀式を行ひ続けてゐる近代国家は、
唯一、日本だけです。
 
 
 
 

大嘗(おほにへ)の 
祭りに向かふ 今日一日(ひとひ)
雲間にひかる 天(あま)つ日まぶし
 
 
 

大君は われらの希ひ 背負はれむ
人と神との むすぶ夜かな
 
  



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2019年11月13日

志の鎮もる所 義仲寺


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琵琶湖の南端にある義仲寺に、
日の暮れる前にお参りしました。
 
 
木曾源義仲公の、
松尾芭蕉翁の、
保田與重郎大人の、
御墓所であります。
 
 
我が志を確かめることができました。
 
 
 
 
学び舎の 子どもら帰る 夕暮れ道
そつと鎮もる 御霊(みたま)よきかな
 


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2019年11月11日

新幹線の車窓から、養老山地を眺めて


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おほぞらは 青きこころの 住み処かな
峰吹きゆきて 走る白雲
 
 
のぼりこし 天(あめ)の御光 矢のごとく
朝の浄めの ひとときひとり
 

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2019年06月02日

春の終はりのこころのふるへ


深く 澄み徹る音を求めてゐる
己れの濁りゆゑに
 
春から夏へ なぜ 人は擦れ違ふのか
鳥は舞ひ上がり こころは求めてゐるのに
 
一日の終はりに 糸のふるへを みる

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2019年05月21日

千七百五十年目の神功皇后祭


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本日は旧暦の四月十七日にあたり、『日本書紀』によると、神功皇后(息長帯比売命)の千七百五十年目の御命日。
 
住吉大社の第四本宮の御祭神であられるゆゑ、そこにて神功皇后祭が行なはれました。
 
(石清水八幡宮でも同じくこのお祭りが今日、行はれてゐます)
 
五十年前には、千七百年祭が行なはれたさうです。
 
今日、本殿の扉が開かれるのを初めて見ました。
 
神主により祝詞が唱へられるのを耳を澄まして聴いてゐると、そのことばの一音一音を通して、これまで感じたことのないものが流れてくるやうで、まるで他の参列者も誰もゐず、息長帯比売命と自分だけになつたやうな感覚に包まれ、からだが熱くなりました。 
 
一緒に参列した妻も、同じやうな感覚に包まれたと言ひます。
 
また、祭りが終はつた後、お宮の前で、嬉しい出会ひにも恵まれました。
 
その方から、立ち話ながらも、色々なとても興味深いお話しを伺へたこと、望外の喜びでした。
 
「ことばの家 諏訪」から歩いても十四、五分のところに、住吉さんがあり、神功皇后のお宮があり、週に何日もお参りできること、自分たちは本当に恵まれてゐるなあと思ふのです。 
 
 
この国を守りし女神とこしへに息吹きかよはす西へ西へと


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2019年05月20日

あそべ をさな子よ

 
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世界といふものは、人を通して、ものごとを通して、ある勢力をもつて、わたしの内側へ押し寄せ、なだれ込んでくる。
 
しかし、こちらの努力が幾層にも積み重ねられてゐれば、なんにも怖くない。
 
しつかりと、立つてゐられる。向かひ合へる。取り組むことができる。そして、こちらのものにすることができる。
 
だから、努力できるといふことは、ありがたいことだ。
 
頑張つて準備できる意欲があるといふことは、何にもましてありがたいことだ。
 
この意欲の力がわたしの内側に根付いてゐるのは、おそらく、子どもの頃、たくさん遊ばせてもらへたからだ。
 
生涯を生き抜いていく力の秘密は、子ども時代にある。
  
 
をさな子よ その草深野(くさふかぬ) 踏みしめよ
時つらぬきて おほぞら拓けよ



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2019年04月12日

背に負ふ色


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大神神社末社の金折神社


どの人も背に負ふ色は見えぬもの背に負ふ影は見えぬものなり
 
空覆ふ雨雲の下いかにして人は歩かむ人は笑はむ
 
歌ひとつまたひとつと辿り見む我が悲しみの溶けてゆくかも
 
悲しみの風に吹かれてやうやくにものも見えたり人も見えたり
 
 

 


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2019年04月08日

翁と媼


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住吉大社の池のほとりの松の下を、共におほよそ八十路を越ゆらむひとくみの翁と媼、歩きけり。
 
媼、翁の左の肘を持ちて、うしろにつきて歩きけり。
 
池の周りにて遊ぶ童たちに、翁、微笑みつつ話しかけたり。
 
春の日の麗らかなるひととき、我、桜の下から、その姿、うちまもりたり。
 

ともに老ひ 
うち歩みゆく とこしへに みちはつづかむ 
春霞立つ
 

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2019年04月02日

代のはじまりを告げる御名


昨日の新しい元号の発表を前にして、我が家族は、画面の前にしいんと静まりかへりながら、五分、十分と、待つてをりました。
 
そして、新元号が告げられたとき、我が家の部屋の雰囲気といふか、わたしたちのこころのありやうといふか、目には見えない何かが、厳粛なときを迎へたときの、独特のものに、一瞬にしてなり変はつたのでした。 
 
その厳粛さは、一か月後のご譲位の日と、新しい天皇陛下の御即位の日に極まるのだと思ふのですが。
 
とりわけ、娘たちと、かうしたときを、かうしたこころもちで迎へることができたことを嬉しく思ひます。
 
おそらく、生涯の彼女たちの記憶に残ることでせう。
 
 

新しき 代のはじまりを 告げる御名 その声待つ間の しづけさやいかに

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2019年03月04日

まごころから育つ芸術のセンス「風雅(みやび)」

 
本居宣長は、江戸時代中ごろ、伊勢の国、松坂に生きた国学者だ。
 
彼は、日本といふ国が、万国に優れた神の国であると述べ続けた。
 
そんな彼の前に、上田秋成といふ『雨月物語』で有名な作家・国学者が、論争を挑んだ。
 
その論争は、ことごとく、すれ違ひに終わるのだが、そのうちのひとつとして次のやうなエピソードがある。
 
秋成が当時のオランダ人が描いた「世界地図を見よ」と宣長に迫つた。
 
「この図の中に、我が御国はいづこと見れば、ただ、広き池の面にささやかなる一葉のごとき小嶋なりけり」
 
さう、秋成は言ふ。(ことばを今の人の理解が及びやすいやうに少し変へてゐる)
 
すると、宣長はにべもなく、かう言ふ。
 
「地図なんぞを持ち出してきて何の用かある。またオランダ人の論も用なきことなり。万国の地図を見たることをめづらしげにことごとしく言へるも、をかし。そのやうな図、いまどき、誰か見ない者があらうか。また、我が国がすこしも広大な国でないことも、誰か知らない者があらうか。すべて物の尊き卑しき、美し悪しは、形の大小にのみよるものにあらず。大きな石も小さな珠玉にしかず、牛馬かたち大なれども、人にしかず、いかほど広大なる国にても、下の国は下の国なり。狭く小さな国にても、上の国は上の国なり」
 
ことばは悪いのだが、まるで「馬鹿か、お前は」とでも言つてゐるやうだ。
 
ここで、これを一読していただいて、誤解が生ずることを恐れるのだが、ただ、人は何かと見た目やレッテルによつてのみ判断を下しがちであることをことごとしく述べたいわけではない。
 
そこのところの、宣長が生涯貫いたこころと精神を、小林秀雄といふ人は、文章をもつて見事に掬ひ上げてくれた。
 
―――――
 
●古傳(いにしへのつたへ)を外部から眺めて、何が見えると言ふのか。その荒唐を言ふより、何も見えぬと、何故正直に言はないか。宣長は、さう言ひたかつたのである。実際、「古事記傳」の注解とは、この古傳の内部に、どこまで深く這入り込めるか、といふ作者の努力の跡なのだ。
 
(『本居宣長 第四十二章』より)
 
―――――
 
こころと精神の眼で見たままのことを信じるには、その前提として、こころの柔らかさ、素直さ、敬虔さが要る。
 
次に、対象の外側をうろつき回つて証拠を集めて来ることに尽きるのではなく、ものの内側に勇気と愛情をもつて入り込め。
 
それなくして、いくら、ものごとを精緻に見極めたつもりでも、そのとき、そのこころの眼に映る像は、ぼやけ、歪み、時には何も見えない。
 
学問とそこに密かに脈打つ芸術のセンスは、「まごころ」をいかに育てて来たかが、たいへん重要なことであり、それなくして、人と人とは語りあへないものだといふこと。
 
そのことをまたしても考へさせられる。
 
多くの日本人には、そのセンスがいまだ脈打つてゐるやうに思はれてならない。
 
ただ、そのセンスは、時間をかけて磨いて行かなければ披かれない、といふ見識が、ここ何十年かの間に失はれて来てしまつてゐるといふことが危惧される。
 
この芸術のセンス「風雅(みやび)」の感覚を内に再び豊かに育み、外の世界に積極的に発信していきたいものだ。
 
 
 

ふみよみて 熱き血潮の わき立てり
いにしへびとの 大声聴こゆ

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2019年02月25日

詩 『 をのこ と をとめ 』


中学生の
をのこ と をとめ 
池のほとりにふたりゐて
なにやら語らひ 佇みて
ふと をのこの 
見上げたるまなこの先には
あをきおほぞら
雲ひとつなく
 
ことばとことばを交はすだけで
まなことまなこをふと合はすだけで
 
その胸のときめき
その胸のたかなり
その胸のはばたき
 
いかに想ひの膨らまむ
いかに想ひの深まらむ
 
われひとり そばを通りて
思はず微笑まむ
思はずあをぞらを仰がむ
 
 


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2019年02月15日

詩 『 白き花 』 


年の初めにいただきし 白き花
ひと月なかばを経しのちも
机上にいまだ
みづみづしくあり
 
その花
贈れる人のこころを宿せり
 
われのこころに 白き花
ひと日ひと日を経しほどに
白きこころを
語りてあり
 
 

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2019年02月14日

詩 『 この一夕(いつせき) 』

 
音から音へと
 
ひたすらに ひたすらに 追ひかけて行く
 
そのとき
 
向かうから
 
何かが訪れる
 
前もつてこざかしく
 
テーマを決めたりはしない
 
訪れるものを信じる
 
聴こえて来るものを信じる
 
その信頼が
 
ことばの
 
音楽の
 
ミューズに祝福された共同体を

創る
 
・・・・・
 
そんなことを語り合ふ一夕
 


 

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2019年02月13日

詩『 原動力 』

 
空の向かう側から見ると
わたしなどは
滞りなく動く予定調和の中にゐて
繭の中でぬくぬくと
もがいてゐるにすぎぬ
 
しかし
この繭をみづから荷ふこころ意気
我が内にありやなしや
 
この繭は果たして
大いなる世
 
予定を予定通りに
内から運ぶ
その原動力こそ
ありがたし
 

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2019年02月10日

詩 『 約束 』

 
わたしはいまだわたしではない
わたしはわたしになりゆく
これは熱を伴ふ希みである
 
この希みはいづこより来たるか
それは
最も遠く 最も眞近にて交はされた
約束から来てゐる
わたしはわたしである
わたしはある といふ約束
 
この約束は夜に交はされてゐる
 
夜よ
朝(あした)と重なれ
 
約束はつねに念ひ起こされ
希みは熱を伴ふ
わたしはいまだわたしではない
 

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2019年02月09日

京の旅 貴船から上賀茂、下鴨へ


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水上(みなかみ)ゆ ゆく水ながし すがすがし
貴船上賀茂 みやこにそそぐ
 


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あまがけて 八雲立つかな くらまやま
温泉(いでゆ)の里に ゆけむり立ちぬ
 


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ほとばしる いのち満ち潮 はぜしのち
浜引く潮は 安らかなりけり
 


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2019年01月02日

文化の継承 〜住吉大社への初詣にて〜


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次女と一緒に住吉大社に初詣に出かけました。(長女はすでに友達とお参りを済ませてゐました😊)
 
わたしたちは地元の者でもありますので、人があまり来ないやうな場所を通りながら、お参りを何とか済ませることができたのですが、それにしても、物凄い人出の多さでした。
 
次女が引いたおみくじに載せられてゐた和歌。
 
難波江(なにはえ)の空にやどれる月を見て
またすみのぼる我が心かな
藤原敦頼(ふじはらのあつより)

 
本当に素敵な歌です。
 
調べてみますと、この歌人・藤原敦頼は平安末期の歌人で、歌を詠むこころ、あまりにも篤く、毎月、和歌の神・住吉大社に「我によき歌を授けたまへ」とお参りを欠かさなかつた方ださうです。
 
また、藤原俊成が彼の歌を十八首選んで和歌集に選録したその夜、夢にすでに亡くなつてゐた敦頼が出て来て、涙を流して喜んでをられるのを見て、二首追加して二十首選録したといふことです。
 
そのやうな、歌にいのちを捧げたやうな古き人の歌。
 
大吉のおみくじと共にその歌と歌人の精神が一千年後の日本人に伝へられていくこと。
 
それは、ひとつの文化の継承のかたちでせうし、我が国の昔ながらの素晴らしい国語教育、歴史教育のありかたでせう。

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2018年12月31日

平成最後の大晦日に


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歩みゆく 道ははるけき 遠けきに
くやしからまし 我が身のつたなさ


変はりゆく この世人の世 我が世さへ
ただ変はらぬは 星のさだめよ


ことだまは 神のことばか いなづまか
ともに入りなむ 果てなきその世
 
 
 

平成三十年(2018年)、本当にたくさんの人にお世話になりました。

こころからお礼を申し上げます。

また、来たる新しき年も、なにとぞ、どうぞ、よろしくお願ひ申し上げます。
 
新しき御代(みよ)、新しき海へと、友と伴に船を漕ぎ出でます。


諏訪耕志

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2018年12月23日

大君の みむねのふるえ




今日、12月23日は、今上陛下としての最後の御生誕記念日。その御会見を拝見する。 
 
先の大戦のとき、多くの若者が命を投げ出して国を守り、それ以来七十年以上の間、この国が戦禍に巻き込まれなかつたこと。
 
天災時に多くの国民の精神が崩れず、己れを顧みることなく他者のことを気にかける人たちがたくさんゐたこと。
 
一国民であられた美智子様が妃殿下となられ、六十年の間、天皇ご自身にだけでなく、先の昭和天皇、すべての国民にこころをこめて尽くしてくれたこと。
 
これらのことをお語りになるとき、そのお声は震えてをられた。
 
このやうに真摯で誠実な君主をいただいてゐる国があらうか。
 
これらすべてのことばの向かう側に、どれほどの複雑な国際関係のやりとりと歴史の重みが横たわつてゐることだらう。
 
公けにするべきことばのみ、ことばにされ、一切、さかしい言挙げはなされぬ。
 
お静かで、毅然とされつつ、親しみ深く、慈しみに満ちたおこころが顕れてゐるそのお姿を見て、粛然とする。
 
 
大君の みむねのふるえ ともにする
みたみわれなり 月も満ちたり

 
 

 
 

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2018年12月22日

天啓けむ

本当に久しぶりにこころを立ち止まらせて、静かに考へる時間を持つことができた。書く時の遅さで、食ひ入るやうに本を読む。
 
 
冬至り 闇夜の底に 我も見し
天(あめ)啓けむ 稲妻のごとし


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