2025年11月23日

袖ふる、といふことば



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茜(あかね)さす紫野(むらさきぬ)ゆき標野(しめぬ)ゆき野守(ぬもり)は見ずや君が袖ふる 

額田王(ぬかたのおほきみ)の歌です。

この歌に祕められているこころもちには、自分自身の乏しい体験のうちにも、いくつかの憶えがあるので、この歌をこころに響かせますと、とても甘酸っぱく、せつない情が胸の奧からせり上がって來るのです。

もう何十年も前ですが、南の国のある港から出航していく船に乘ってゆくわたしを見送って、岸壁でいつまでも袖を振ってくれている人を船中の窓から見ながら、涙が溢れて来て止まらなかったこと。

空港のゲートをくぐり拔け、後ろを振り返ると、周りの多くの人に遠慮しながらも袖を振って見送ってくれた人に、こころが熱くなり、とてもとても恋しく想ったこと。

この歌の「袖ふる」のように、ひとつのことばが、まるっきり忘れていた想い出をみずみずしく甦らせてくれることがあるのですね。

また、この歌の調べのよさ。

茜(あかね)さす紫野(むらさきぬ)ゆき標野(しめぬ)ゆき野守(ぬもり)は見ずや君が袖ふる 

「あ」の母音から始まり、「う」の母音が歌を導いていくその切なさ。

そして下の句に入つて、「野守(ぬもり)は見ずや」の最後の音「や」で、また一氣に「あ」の音が拡がり、紅(くれない)に色づく女の頬が見えてくるようです。

最後は、「袖ふる」で終わり、「う」の母音が切なさをいっそう深めながら、餘韻としてやがて消えゆきます。

一千四百年ほど前に詠まれた、見事な歌です。




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2025年11月19日

冬よ 来たれ



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冬よ 来たれ
我 汝を愛(いつく)しまむ
この夏を愛しみしごとく
夏 我に贈りし おほいなるものを
そは 世の光
それゆゑ我
こころに 靈(ひ)の光 灯しゆく
冬の さなかへと

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2025年07月26日

しづかに溢るる 我が念ひ






忍ぶれど しづかに溢るる 我が念ひ
いつか奏でて 母なる歌を






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2025年05月15日

くちなしの花



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くちなしの 花の匂ひに 想ひ出づ
いづこや知らぬ わがふるさとを


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庭といふ舞台では、次から次へと主役が変はつてゆきます。




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2024年02月29日

新幹線の車窓から



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今朝の富士山。


走りゆく 我をみまもる 富士のやま
やすらふ我は 幼な子なるかな

















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2024年01月02日

あけましておめでとうございます



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はつはるは 我が身すすぎて 授からむ
あたらしき靈(たま) 浄め祝はむ


ながれいり あふれながるる いのち河
天地(あめつち)はじまり 世は甦らむ


ひともとの 神(かむ)さび樹(た)てる おほき木の
しづかさ我に ひびき来にけり

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2023年10月30日

万代池の彼方に沈む夕陽



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陽の旅路 燃えてあかねに しづみゆく 我も汝も ひとりなりけり


虫の音や あくまで低く しみわたる 池の水面(みなも)に さざ波立てむ


秋風は おほぞらわたる ひろびろと こころ洗はれ なみだ流れる

















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2023年09月29日

令和五年(2023年)九月二十九日 中秋の名月



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夕暮れて 望月清き 秋の空 高きにのぼれ ひとりし立ちぬ


涼しくも 秋の夜空を 渡るかな こころ澄みゆく 今宵十五夜 


なかぞらに 照り渡りたる 月読の みことのまにまに 道ゆく我かも








#和歌

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2023年08月02日

家庭教育の基としての百人一首



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風そよぐ楢(なら)の小川の夕暮れは 禊(みそ)ぎぞ夏のしるしなりける
藤原家隆 (百人一首 九十八番)


百人一首。それは、我が国の家庭教育の基でありました。


近畿地方ならば、どの家にも必ず百人一首のカルタがあつたものです。


それは、ことばといふものの美しい声の調べを子どもたちに伝へる母たちの心用意でした。


和歌やことばの意味は、子どもたちが後に成長してから、時が熟した時に会得されるものでした。


しかし、幼いときに覚えたその調べと律動は、美的でないことば遣ひに対する本能的な拒否となつて、その人の一生を静かに導いたのです。


夏の季節に詠まれた、藤原家隆の歌を挙げてみました。


「楢(なら)の小川」は京都の上賀茂神社境内を流れる川で、わたしの娘たちも幼い頃、何度かこの川で水遊びをさせてもらひました。


川辺の水遊びとは、禊ぎといふ、身の浄まり、甦り、生まれ変はりを促す神事に通じる、我が国古来の日本人の営みです。




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2023年04月09日

甦りの祭り(復活祭)



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今朝の万代池(ばんだいいけ)



万代(よろづよ)の池に集へるもろびとの口もとほころぶ春の一日(ひとひ)よ


さくらばな若葉まぢりて池の辺(へ)を巡りゆく神昇りゆく神


うらうらと春のひとひのおほぞらは光と風と希(のぞ)みをはらむ

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2020年11月16日

萬代池の秋


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今朝の萬代池はきれいだつたナ。澄み切つた青空の下、家族連れや年老いた方々が歩いてゐた。幼いころ父や母に連れてきてもらつたことを想ひ出す。池の周りにある家の窓が開け放しになつてゐて、中からその家の親子らしい笑ひ声が聴こゑてきました。


この池は 千代に八千代に 萬代(よろづよ)に
秋を奏でむ 黄みどりくれなゐ


亡き父の みまもるひとみ 微笑みて
幼な子あそぶ 萬代(よろづよ)の池


秋空に ひと筆ふた筆 走らせて
青地に白く たなびく雲かな


今日もまた 池のほとりに 佇みて
いのち洗ひし 秋の青空


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2020年09月16日

夕暮れの空 と とこしへのみづの流れ



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こころの濁りを自覚しては、
毎度毎度、空に救はれてゐる。


 夕暮れの 南の空の みづいろに
 溶けゆく我の 幼なごころよ


母なる湖、琵琶湖のそばでの勉強会。
参加者の皆さん(男性も含めて)から、
女性性の素晴らしいところが滲み出てゐて、
毎回、毎回、わたし自身、命が甦るやう。
ありがたう。


 やすの川 みづの流れは とこしへに
 いのちながるる をとめの川よ




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2020年09月02日

玉出への夜の坂道にて



望月に 近きこよひの 坂道を
降りゆく我も この星愛(いと)し

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2020年04月15日

天之御中主神と繋がりて詠む


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わたしにとつて、いま、
一日一日がとてもたいせつです。
 
 
何をするかといふことと共に、
何をどう考へ、どう感じ、どう感覚するか。
 
 
こころの深く大きな転換がなされようとしてゐます。
 
 
きつと、皆さんも、さうではありませんか。
 
 
ずつと読んできた『古事記』の冒頭も、
いまさらながら、
こころの根底からの変容を促してくれるのです。
 
 
そこに記されてゐることばを、
メディテーションすることで、 
常に、意識を、
天地(あめつち)の初発(はじめ)に、
立ち戻らせるのです。
 
 
――――― 



陽はいまも とどろきかがやき つんざいて
をたけびあげり ここに我あり
 
 
天地(あめつち)の 初発(はじめ)のときに 
なりませる 神いまここに はるかあをぞら
 



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2020年04月13日

ぢつと観る

 
 
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速水御舟 『春の宵』
 


 
外の世の生きて動くありやうを
ぢつと観る。
 
 
そして、我が内の世、こころを、
より活き活きとしなやかに働かせながら、
外の世と内の世が
働きかけ合つてゐるさまをも、
ぢつと観る。
 
 
その、観るといふ作業に、
日々、習熟していく。
 
 
 渦巻きて 人を洗はむ 春風や
 桜散りゆき いましめざめむ
 
 
 春雨の 天(あめ)の流れの その波の
 しづかにしづむ むらさきもゑぎ
 
 
 いまはただ 膝まづきつつ 待つのみか
 嵐過ぎゆき 光し昇らむ
 
 
 
 

 

  

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2020年03月10日

一枚の絵

 
 
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丹生川上の夢淵付近

 
 
今月、次々と仕事がキャンセルになり、
わたしのやうに、
フリーランスで生計を立ててゐる者にとつては、
ピンチであります。
 
 
しかし、さういふ、いまだからこそ、
チャンスであると考へてゐます。
 
 
勉強できます。
 
 
そして、
この世は、いはば、
神が描く一枚の絵です。
 
 
だから、
絵をみるときのやうに、
この世をぢつと、ぢつと、みる。
 
 
絵の前に立つとき、
わたしは静かに立ち尽くし、
画面を凝視する。
 
 
からだとこころを静止のうちに置くのです。
 
 
さうして、
絵のうちに渦巻いてゐる精神が、
こちらのこころに働きかけて来るのを、
待つのです。
 
 
ときにゆるやかに、
ときに一気呵成に、
精神が働きかけて来て、
やがてこころが激しく動き始める。
 
 
そのこころの動き、働きは、
強制されてのものではなく、
みづからのもの、
統制されつつ、自由の翼を得たものです。
 
 
要(かなめ)のことは、
絵をみるときのやうに、
こちらが右往左往せずに、
ぢつと立ち止まり、
ぢつと立ち尽くし、
ぢつとみつめること、
さう自戒してゐます。
 
 
さうして、
こころに、
精神の風と光と熱を流し込むのです。
 
 
いま、外なる仕事はありません。
 
 
こころだけになり、
精神に親しくつきあふ、
そんなチャンスのときだと感じてゐます。
 
 
 
 

我れ立たむ ながるる川の 岸の辺に
淀みも早瀬も 同じ神川
 
 
 
 

 
 
 



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2020年02月27日

山の風

 
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山を登つてゐて、
山の高みに向かつて歩いていくことは、
本を読むことと似てゐると思つた。 
 
 
自分が自分であるために本を読むやうに、
山を歩く。森を歩く。川辺を歩く。
 
 
文章といふもののもつ香気によつて
自分自身を洗ひ流していくやうに、
わたしたちは木の間からやつて來る
光と風によつてみづからを洗ひ浄める。
そしてそもそも持つてゐた、
こころざしといふものを念ひ起こす。
 
 
高いところに吹く風は、
人を多かれ少なかれ、
素直にするのではないか。
 
 
また、よくよく目を見開いて歩くことの
大切さを思ひ出させる。
感官を開いて、
やつてくる感覚を
ひとつひとつ目一杯味ははうとすると、
山や空や風や光がものものしくものを言ひ出す。
 
 
本を読むときも、
目を精一杯見開いて、
一語一語、
一文一文を噛みしめるやうに、読む。
 
 
さうすると、本といふ「自然」が、
ものものしく読み手にものを言ひ出すのだ。
 
 
さて、人が書くものには、
文体・文の相(すがた)といふものがあつて、
それは、書き手その人の後ろ姿を見せてくれる。
 
 
文章とは、人の内的な姿・相である。
 
 
 文章といふのは、
 その功(こう)
 広大熾盛(こうだいしじょう)で、
 その徳(とく)
 深厚悠久(しんこうゆうきゅう)な、
 実に人間の仕事の中での
 一の大事といつて然るべきものである。
 
 
幸田露伴の『普通文章論』の冒頭の一文を思ひだす。
 
 
そのやうな内的な姿が
虚空に刻みだされたやうな文章によつて、
「人といふもの」に出会へた喜びを
感じることができる。
 
 
そして、山の風、光、雨粒も、
何かを人に伝へようとしてゐるやうに感じる。
 
 
 われもまた 高みにのぼる そのごとに
 風をまとひて 風になりたし
               
 
 



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2020年02月11日

建国記念日の朝に



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あな清(さ)やけ 初国知らしし この朝の
まさをきみそら 昇る陽のたま
 
 
初国の 朝に昇らむ 陽のたまは
われをも浄めむ 彼をも浄めむ

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2019年12月31日

このたびこそ 〜令和元年の歳の暮れ〜



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秋の暮れの、和歌の浦の海



令和元年の歳の暮れを迎へました。
 
 
 
お世話になつたすべての皆様、
本当にありがたうございました。
 
 
この人生のなかで、
これまでにないことに、
漸く行き当たらせてもらへてゐることに、
本当に奇しきものを感じてゐます。
 
 
これを読んで下さつてゐる方々には、
何のことだか分からないものだと思ふのですが、
個人的なつぶやきを詩のやうなものとして、
歳の瀬に記し置かずにはゐられませんでした。
 
 
来年も、どうぞ、よろしくお願ひ申し上げます。
 
 
 
―――――
 
 
 
吾(あれ)、父のことよさしのまにまに
このたびこそ
海原(うなはら)しらさむ
大海原とひとつになりて
世を幸(さき)ははせむ
 
 
いくたび泣きいさちきか
いくたび青山枯らしきか
いくたび母を求めしか
 
 
さはあれ
このたびこそ
海原しらさむ
大海原とひとつになりて
世を幸ははせむ
 
 
 



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2019年12月06日

酌み交はす 盃あれば


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酌み交はす 盃あれば 酔ひのまま
こころほぐさむ 晩(をそ)き秋の夜 
 
  

ものづくりをする人と人とが集まるとき、
そこには様々なドラマが生まれますね。
 
 
そこには、苦しみも喜びも織り込まれて、
ひとつの織物が創られていきます。
 
 
ものが出来上がつていくプロセスと共に、
人の感情も、その行き場を求めます。
 
 
その感情の交錯をほぐすべく、
宴の場が設えられます。
 
 
その思ひやりは、
これまでの長い時間があつたからこそ、
さりげなく人から人へと
手渡されます。
 
 

わたしは、そんな織物づくりのプロセスに、
ことばの芸術を通して、
ほんのひととき、
ひと息つく時間を皆さんにもたらすべく、
伺はせてもらつてゐます。
 

 

posted by koji at 20:44 | 大阪 ☁ | Comment(0) | うたの學び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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