2019年01月02日

文化の継承 〜住吉大社への初詣にて〜


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次女と一緒に住吉大社に初詣に出かけました。(長女はすでに友達とお参りを済ませてゐました😊)
 
わたしたちは地元の者でもありますので、人があまり来ないやうな場所を通りながら、お参りを何とか済ませることができたのですが、それにしても、物凄い人出の多さでした。
 
次女が引いたおみくじに載せられてゐた和歌。
 
難波江(なにはえ)の空にやどれる月を見て
またすみのぼる我が心かな
藤原敦頼(ふじはらのあつより)

 
本当に素敵な歌です。
 
調べてみますと、この歌人・藤原敦頼は平安末期の歌人で、歌を詠むこころ、あまりにも篤く、毎月、和歌の神・住吉大社に「我によき歌を授けたまへ」とお参りを欠かさなかつた方ださうです。
 
また、藤原俊成が彼の歌を十八首選んで和歌集に選録したその夜、夢にすでに亡くなつてゐた敦頼が出て来て、涙を流して喜んでをられるのを見て、二首追加して二十首選録したといふことです。
 
そのやうな、歌にいのちを捧げたやうな古き人の歌。
 
大吉のおみくじと共にその歌と歌人の精神が一千年後の日本人に伝へられていくこと。
 
それは、ひとつの文化の継承のかたちでせうし、我が国の昔ながらの素晴らしい国語教育、歴史教育のありかたでせう。

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2018年12月31日

平成最後の大晦日に


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歩みゆく 道ははるけき 遠けきに
くやしからまし 我が身のつたなさ


変はりゆく この世人の世 我が世さへ
ただ変はらぬは 星のさだめよ


ことだまは 神のことばか いなづまか
ともに入りなむ 果てなきその世
 
 
 

平成三十年(2018年)、本当にたくさんの人にお世話になりました。

こころからお礼を申し上げます。

また、来たる新しき年も、なにとぞ、どうぞ、よろしくお願ひ申し上げます。
 
新しき御代(みよ)、新しき海へと、友と伴に船を漕ぎ出でます。


諏訪耕志

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2018年12月23日

大君の みむねのふるえ




今日、12月23日は、今上陛下としての最後の御生誕記念日。その御会見を拝見する。 
 
先の大戦のとき、多くの若者が命を投げ出して国を守り、それ以来七十年以上の間、この国が戦禍に巻き込まれなかつたこと。
 
天災時に多くの国民の精神が崩れず、己れを顧みることなく他者のことを気にかける人たちがたくさんゐたこと。
 
一国民であられた美智子様が妃殿下となられ、六十年の間、天皇ご自身にだけでなく、先の昭和天皇、すべての国民にこころをこめて尽くしてくれたこと。
 
これらのことをお語りになるとき、そのお声は震えてをられた。
 
このやうに真摯で誠実な君主をいただいてゐる国があらうか。
 
これらすべてのことばの向かう側に、どれほどの複雑な国際関係のやりとりと歴史の重みが横たわつてゐることだらう。
 
公けにするべきことばのみ、ことばにされ、一切、さかしい言挙げはなされぬ。
 
お静かで、毅然とされつつ、親しみ深く、慈しみに満ちたおこころが顕れてゐるそのお姿を見て、粛然とする。
 
 
大君の みむねのふるえ ともにする
みたみわれなり 月も満ちたり

 
 

 
 

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2018年12月22日

天啓けむ

本当に久しぶりにこころを立ち止まらせて、静かに考へる時間を持つことができた。書く時の遅さで、食ひ入るやうに本を読む。
 
 
冬至り 闇夜の底に 我も見し
天(あめ)啓けむ 稲妻のごとし


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2018年11月24日

よくある自画像


『山月記』の本番を一週間後に控えた今日、満月の夜、稽古をしてゐて、とても苦しんだ。
 
満月の影響なのか、どうか。
 
しかし、この苦しみが、今日、意識の表に出て来てくれたことを、ありがたく思ふ。
 
 

地の底は もんどりうつて 影法師
にやりと笑ふ そのままそのまま
 

かうかうと 照る月影よ 隈もなく
いづこを照らす いづこを照らす
 

さうだとも お前の腹の 奥からは
いまだ出でざる 龍の子太郎

 

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2018年11月08日

朝まだき新幹線の車窓から


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早朝の新幹線の車窓から観る四季折々の景色の美しさ。
 
滋賀から岐阜、愛知を通るときの景色が特に好きなのですが、今朝はとりわけ、茫然としてしまふほどでした。
 
 
長良川 流れも空も ひかりもが あをく見えたり 
淡き夢かな
 
 
山々も われも目覚めむ 
朝靄の あなたに昇る 朝日朝神

 
 

 

 
ーーーーーーーーーーーー 
大阪・名張 言語造形公演『山月記』
11月30日(金)・12月1日(土)
https://kotobanoie.net/play/
 
ーーーーーーーーーーーー
ことばの家 クリスマス公演・キリスト生誕劇2018
2018年12月25日(火)17時開演
於 大阪市立阿倍野区民センター小ホール
https://www.facebook.com/events/894100854122598/
 
ーーーーーーーーーーーー
2019年1月開校!
『言語造形と演劇芸術のための学校』
https://kotobanoie.net/school/

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2018年11月03日

11月3日を明治天皇御製歌で祝ふ


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今日は、11月3日。
 
そもそも、明治天皇の御誕生日である天長節の日、のちの昭和の代に、明治節となり、先の大戦の後は、文化の日として、この日に皇居で文化勲章が授与されてゐますね。
 
祝日です。
 
わたしは、一大歌聖であられた明治天皇の歌を自分でも唱えながら、この日を祝ひたいと思ひます。
 
 
 秋の夜の ながくなるこそ たのしけれ
 見る巻々の 数をつくして
 
 
 いにしへの ふみ見るたびに 思ふかな
 おのがをさむる 国はいかにと
  

  
 
 
ーーーーー
絵は、聖徳記念絵画館壁画「侍講進講(じかうしんかう)」(堂本印象 画)明治7年 御座所(赤坂仮皇居)
〈明治天皇(奥)・元田永孚(手前)

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2018年10月30日

秋の万代池の空


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朝の万代池の東の空。そして、西の空。
 
子どもの頃から、来巡り、経巡り、幾たびここを秋と共に歩いたことだらう。
 
美しさが、子の代(よ)、孫の代、幾代までも続かむことを希ふ。
 
杖つきて 歩みつづけむ あの影は
秋空静かに をさな子の夢

 

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2018年09月05日

夕方の空


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嵐が過ぎ去りし明くる日の夕方の空。
 
夕去りて 仰ぐ大空 なにゆゑか
まなこ浸み入る のかなしみ 


諏訪耕志


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2018年07月26日

時は待つてはくれぬ

 
ある人と向かひ合つて口論をしてゐた。
 
すると、自分の横から、「時は誰をも待つてはくれぬ。ましてや己れをや」といふ声が聴こえた。
 
その親しい声に横を見ると、死んだ父親だつた。
 
優しい顔をしてゐた。
 
その姿を観て、こころが懐かしさと安らかさにほどけた。
 
そんな夢で目が覚めた。
 
 
身に沿ふは 常なるひかり あたたかき
親の想ひよ 静かに響く

 
諏訪耕志
 

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2018年07月24日

夏の朝・明治神宮


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代々木の苑 ひとあしごとに 変はる光
我をみちびく 夏の朝かな

 


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彼ひとり 我もひとりし 額(ぬか)づかむ
明治の杜の 神のみまへに

 
諏訪耕志

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2018年06月16日

ぬばたまの黒き斎牛 〜住吉の御田植神事にて〜


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時間の隙間を見て住吉大社にお参りに行くと、御田植神事であつた。
 
神事を観る時間があいにくなかつたのだけれど、御田の代掻きを奉仕する「斎牛(さいぎゅう)」が、お祀りを前にして待機してゐるのを間近に拝むことができた。
 
今年は、京都の祇園祭で牛車を引いてゐる牛が大阪の住吉まで来てくれたさう。
 
黒光りする偉大な姿。
優しい目。
何事かを語つてをられる。
 
 
ぬばたまに 輝く黒は かむがへる
遠きあの世を とはにかきはに

 
諏訪耕志
 
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2018年05月21日

あそべ をさな子よ


世界といふものは、人を通して、ものごとを通して、ある勢力をもつて、わたしの内側へ押し寄せ、なだれ込んでくる。
 
しかし、こちらの努力が幾層にも積み重ねられてゐれば、なんにも怖くない。
 
しつかりと、立つてゐられる。向かひ合へる。取り組むことができる。そして、こちらのものにすることができる。
 
だから、努力できるといふことは、ありがたいことだ。
 
頑張つて準備できる意欲があるといふことは、何にもましてありがたいことだ。
 
この意欲の力がわたしの内側に根付いてゐるのは、おそらく、子どもの頃、たくさん遊ばせてもらへたからだ。

 
生涯を生き抜いていく力の秘密は、子ども時代にある。



をさな子よ その草深野(くさふかぬ) 踏みしめよ
時つらぬきて おほぞら拓けよ

 
諏訪耕志

 

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2018年05月19日

わらしべの瞳


次女のかさねと遊ぶために、小学四年生の同じクラスの男の子が我が家に訪ねて来た。
 
かさねが家にゐなかつたので、わたしが玄関に出てその子としばらく話しした。
 
その時のその子の瞳の力が物凄く感じられて、わたしは全身に強く輝く光を浴びたやうに感じた。
 
ちょつとたじろぐ位だつた。
 
 

わらしべの 我にもの言ふ そのまなこ
黄金(こがね)輝き 神しゐませり

 
諏訪耕志
 

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2018年05月09日

春過ぎて・・・


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足引きの 卯月の山を 越え来たり
駆け入る五月(さつき) 緑したたる

 
一日(ひとひ)ごと 移らう春の ながめかな
されどこころに 杖衝き立てむ


 
諏訪耕志

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2018年04月23日

すみのえの松の面影

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今日、住吉大社の松の木を見上げた時、遥か昔にこの同じ場所で、この松の木を見上げたことを憶ひ出したやうな気がして、なぜかこころが高鳴る。
 
みあげれば まさをき空に 
すみのえの 松のすがたの 春の面影
 
諏訪耕志

 

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2018年03月19日

長女ノ卒業式ニテ


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今日は、長女の小学校卒業式でした。
 
こんなに涙が溢れて來るなんて、自分でも驚きました。
 
この東粉浜小学校の先生方、地域の方々は、チームになつて、子どもたちを暖かく、時には、とても熱く、見守つて下さつてゐる。
 
本当にありがたいことです。
 
お陰様で、娘も成長してゐます。
 
それにしても、こころ揺さぶられる式だつたなあ。
 
式の後は、感慨深く夫婦でほつと一息つきました。
 
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やうやうに 己れの櫂で 漕ぎゆけよ
この津 住吉(すみのえ) 海原開けむ
 
 
諏訪耕志

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2018年03月05日

風荒れて


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絵:フリードリッヒ「海辺の修道士」


風荒れて 水面乱れに 乱れりし 
この悲しみよ 我らを祝へ


諏訪耕志


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2018年02月27日

山の風


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昨日、山を登つてゐて、山の高みに向かつて歩いていくことは、本を読むことと似てゐると思つた。 
 
自分が自分であるために本を読むやうに、山を歩く。森を歩く。川辺を歩く。
 
文章といふもののもつ香気によつて自分自身を洗ひ流していくやうに、わたしたちは木の間からやつて來る光と風によつてみづからを洗ひ浄める。そしてそもそも持つてゐた、こころざしといふものを念ひ起こす。
 
高いところに吹く風は、人を多かれ少なかれ、素直にするのではないか。
 
また、よくよく目を見開いて歩くことの大切さを思ひ出させる。感官を開いて、やつてくる感覚をひとつひとつ目一杯味ははうとすると、山や空や風や光がものものしくものを言ひ出す。
 
本を読むときも、目を精一杯見開いて、一語一語、一文一文を噛みしめるやうに、読む。
 
さうすると、本といふ「自然」が、ものものしく読み手にものを言ひ出すのだ。
 
さて、人が書くものには、文体・文の相(すがた)といふものがあつて、それは、書き手その人の後ろ姿を見せてくれる。
 
文章とは、人の内的な姿・相である。
 
 
 文章といふのは、
 その功(こう)
 広大熾盛(こうだいしじょう)で、
 その徳(とく)
 深厚悠久(しんこうゆうきゅう)な、
 実に人間の仕事の中での
 一の大事といつて然るべきものである。
 
 
幸田露伴の『普通文章論』の冒頭の一文を思ひだす。
 
人は、そのやうな内的な姿が虚空に刻みだされたやうな文章によつて、「人といふもの」に出会えた喜びを感じることができる。
 
そして、山の風、光、雨粒も、何かを人に伝えようとしてゐるやうに感じる。
 
 
 われもまた 高みにのぼる そのごとに
 風をまとひて 風になりたし
               諏訪耕志

 

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鳥見山靈畤に佇みて


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奈良県桜井市にある鳥見山の頂上には、靈畤(まつりのには)がある。
 
ここは、我が国の初代天皇、神倭伊波礼毘古命(かむやまといはれびこのみこと)、神武天皇が、橿原宮に即位後四年にして、最初の大嘗祭(おほにへのまつり)を執り行つた場所である。
 
天上の斎庭(ゆには)の稲穂を地上の水田に植ゑて、高天原と同じ風儀を地上に実現すること。
 
それが、高天原をしらす天つ神・天照大御神から孫たる天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)が、天孫降臨のときに事よさしされた神勅のひとつだつたことが、『古語拾遺』に記されてゐる。
 
そのときの大嘗祭は、その神勅に対する天孫(すめみま)御一人による最初の厳粛な御返礼であり、御振舞であつた。
 
では、橿原宮即位の後、大嘗祭を行つたのがなぜ四年後なのか。
 
それは、米作りを中心にする国内の産業体制を整へるのに三、四年掛かつた末、満を持して、といふことである。
 
そのやうに、我が国では、暮らしを健やかになりたたせえたことに対する感謝の返礼を神に報ずることを祭りの本体とし、信仰の枢軸としてきた。
 
昨日、最初の大嘗祭が執り行はれた、その小さな聖地に、しばし佇む。
 
こころとからだが鎮まり、精神が目覚める。
 
晴れ上がつた青空から、突然、雨つぶが落ちてきた。
 
 
 み空より 落ちくる雨の しづく受く
 靈畤(まつりのには)は 何を語らむ

              諏訪耕志

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posted by koji at 00:33 | 大阪 ☀ | Comment(0) | うたの學び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする