
茜(あかね)さす紫野(むらさきぬ)ゆき標野(しめぬ)ゆき野守(ぬもり)は見ずや君が袖ふる
額田王(ぬかたのおほきみ)の歌です。
この歌に祕められているこころもちには、自分自身の乏しい体験のうちにも、いくつかの憶えがあるので、この歌をこころに響かせますと、とても甘酸っぱく、せつない情が胸の奧からせり上がって來るのです。
もう何十年も前ですが、南の国のある港から出航していく船に乘ってゆくわたしを見送って、岸壁でいつまでも袖を振ってくれている人を船中の窓から見ながら、涙が溢れて来て止まらなかったこと。
空港のゲートをくぐり拔け、後ろを振り返ると、周りの多くの人に遠慮しながらも袖を振って見送ってくれた人に、こころが熱くなり、とてもとても恋しく想ったこと。
この歌の「袖ふる」のように、ひとつのことばが、まるっきり忘れていた想い出をみずみずしく甦らせてくれることがあるのですね。
また、この歌の調べのよさ。
茜(あかね)さす紫野(むらさきぬ)ゆき標野(しめぬ)ゆき野守(ぬもり)は見ずや君が袖ふる
「あ」の母音から始まり、「う」の母音が歌を導いていくその切なさ。
そして下の句に入つて、「野守(ぬもり)は見ずや」の最後の音「や」で、また一氣に「あ」の音が拡がり、紅(くれない)に色づく女の頬が見えてくるようです。
最後は、「袖ふる」で終わり、「う」の母音が切なさをいっそう深めながら、餘韻としてやがて消えゆきます。
一千四百年ほど前に詠まれた、見事な歌です。














