昨日、フェスティバルホールに能・狂言を観に行きました。
6時半から始まって10時まで、
みっちりと見ごたえ、聴きごたえのある舞台。
チラシにある謳い文句「最高峰の名人名手が結集」ということばを噛み締めることができた夜でした。
「翁」での友枝昭世氏の舞と謡いそして語りからは、
能独特の節回し、メロディーを通して、
今を生きるわたしのからだを震わせるような動きと響きが感じられました。
不勉強なため、大体のことがらを除いては、
細かいところの意味をつかむことのできないことばの連続ですが、
それゆえに、こころに、いやむしろ、身体に響いてくる、
そんなことばの体験でした。
まず舞台に出てきた友枝氏が舞台に跪いて礼拝すると、
一気に満場の意識が友枝氏がいる一点に集中しました。
また、「翁」に続き、野村万作氏の「三番叟」での鈴を振るいながらの舞には、
その後ろで演奏される音楽とともに、わたしをまさに祝祭・カーニヴァルの境地に連れて行きました。
鈴のひとふりひとふりに意識が通っている。
そして笛の一噌仙幸氏を中心とする囃子方の演奏のすごいこと。
そのループするように繰り返されつつ、熱気が高まっていくその様に、
「狂う」ということが神への接近をしるしていた我々のいにしえのありかたをまざまざと見せられました。
狂言の「悪太郎」は、名人三人の茂山千作氏・千五郎氏・七五三氏による、
熟練といまだ衰えない張りを感じさせてくれる舞台でした。
やはりとりわけ千作氏の絶妙の息遣いは、なんとも味わい深く、
元気な彼の演技をまた体験できたことは、本当に僥倖です。
最後の「彦市ばなし」は、新作狂言で、
始まってしばらくは、
狂言のスタイルと現代作劇の意識との間で微妙な違和感・ずれを感じさせなくもなかったのですが、
野村萬斎氏はじめ役者さんのからだを張った演技によって、
見事に会場全体を笑いの渦に巻き込みました。
あのフェスティバルホールという会場は、あれだけゆうゆうとした空間であるにもかかわらず、
生音がきりりとひきたつ素晴らしい空間ですね。
二階のてっぺんまでくっきりはっきりと役者さんのことばが聴こえてきました。
能・狂言、
いずれもそれらの伝統に則った演技術・型を通してわたしたちにひとつの空間・時間を提出してくれていて、
いまやその独特の芸術表現のありかたは現代においては随分と特殊性を感じさせるものなのかもしれませんが、
わたしは昨日の舞台から、
「人のことばとは」「人の身体とは」ということを考える上での新しい可能性をまた強く感じました。
また、おいおい書いていきたいと思っています。
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- 2007/04/12 能・狂言を観てきました