2018年03月03日

本を読むC 〜シュタイナー『テオゾフィー』〜


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もう十年以上前ですが、この『テオゾフィー』といふ本をご紹介したく書いた拙文です。
 
ここのところ意識の真ん中にある「読書」といふことと重なるものなので、再掲します。
 
ーーーーーーーーー
   
 
『シュタイナー「テオゾフィー(鈴木一博訳)」を読み終へて』
http://www.seikodo-store.com/show1.php?show=c0006
  

先日、主宰してゐる講座で、シュタイナーの主著ともいへる一冊『テオゾフィー』を読み終へることができた。
 
なんとありがたいことだらう。足掛け三年半に渡つて、毎月二回通つてくださつた方々に本当にお礼を言ひたい。
 
当たり前のことかもしれないが、聴いてくださる方がゐて、初めてわたしは語ることができる。
 
そして、この講座があるお陰で、わたし自身、この三年半の間、集中してシュタイナーの思考に寄り添ふことができた。
 
ある人の思考に寄り添ふといふことは、その思考に迎合するとか、無批判に信じ込むといふこととは違ひ、自分をいつたんは置いておいて、客を迎へる、そんなこころの筋肉を鍛へるやうなところがある。
 
自分を置いておける、それは実は、自分に対する意識・自己意識がとても深い状態だ。
 
自己意識が深いからこそ、自分を置いて、客を迎へることができる。
 
そんなふうに、自己意識を深めることに繋がつていく読書だつたやうに感じる。
 
3年半前、みんなでこの本に向かひ合つた時は、この本を通して、それぞれのおのれの中に光を求めて歩き出さうとしてゐた。
 
さうして、読み進め、いくつもの山や谷や川を越え、読み終はつた今、この『テオゾフィー』を読むプロセスは、光と愛がひとつになりゆくやうなプロセスだつたのだなと、強く感じる。どこか、ルーツイファーとキリストがひとつになるやうな・・・
 
 
 
ある人のブログに出会ひ、読書していくことについて書いてくれてゐるのを読ませてもらつて、意を強くしてゐる。
  
 
____________________________
 
 
「必要なのは読んではまた再読し、傑出した作品に親しむやうになることだ。とにかく熟視することを学ばねばならない。教養が主な敵とするのは駆け足で行き、けつして帰つてもこず、けつして立ち止まりもしないやうな読み方だ」
         (アラン『著作集7』225頁)
 

『蒼天航路』といふコミックに出てくる呉の君主の孫権も、
「漢王朝とは何か」
「曹操と戦ふ理由は何か」
「大義とは何か」
「天下三分の計とは何か」
などについてひたすら考へ詰める。
呉の都にやつてきた劉備が、
「天下三分てなあーなあ、要は……」と云はうとすると、
「“要は”で答へるな玄徳!」と一喝する。
 
 
あるユダヤ教のラビは、聖典のたつた3行を読むのに3時間を費やしてゐたといふ。今でも真摯な神学の徒はみなさうかもしれない。
 
 
プラトンでもゲーテでも西田幾多郎でも誰でもいいから、じぶんの気に入つた作家や思想家を一人さだめ、たつぷりと時間をかけてその人の著述を隅からすみまで読みつくす・・・といふ経験をもつておくと、後々すごい財産になつていくやうな気がします。
 
 
智識はマクロ方面にまんぜんと広げるだけでは片肺飛行で、ミクロ方面にも深く根を下ろしていくことで、軸足ができ、バランスが保たれるのではないかなと思つてゐます。
   
 
___________________________
 

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2018年02月23日

この上ない文学的感銘 〜谷ア昭男著「保田與重郎」を読んで〜


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保田與重郎といふひとりの日本人。
 
「会つてみると、『一時ぼく等は誰も彼も保田党であつた』と言ひたくなるくらゐ、魅力ある男である」
 
さう壇一雄は対面した時の印象を記してゐるさうである。

先入観や浅薄なさかしさに惑わされずに、「会つて」みて、初めて感じられるその魅力を谷ア氏は「つとめて文学のことばで記したい」とはしがきに述べてゐる。
 
生前親しくその謦咳に接してゐた谷ア氏にとり、保田與重郎という人は、一言で云つて「畏き人」であつたといふ。そして、その人の死の後、全四十五巻の保田與重郎全集の編纂を荷はれた。その編纂そのものが氏の保田與重郎論であるといふ谷ア氏ご自身の述懐に、わたしは大いなる感謝と共に深く頷く者である。
 
そして、この一冊の評伝のあとがきに、執筆するのに予定よりも十年以上遅れてしまつたゆゑが述べられてをり、それをご自身の怠惰によらしむるところだとしてをられるが、仕上げられたこの書自体が、決してさうではないことを証してくれてゐる。
 
まづ一読した後、わたしが思ふのは、人といふものにこれだけ深く親しく踏み込まうとする書をものするには、懸ける必要のある時間ならば可能な限り、懸けなければならぬといふことである。
 
そして、この一書に於いては、その懸けられた時間が隅々にまでものを言つてゐることを感じる。
 
本文の最後の一文を讀み終へ、次の頁を繰ると、白紙であつた。その真っ白な頁をみたとき、わたしは保田與重郎といふひとりの人の生涯が終はりし後、宇宙の虚空に自身が放り投げられたやうな感覚に包まれたのである。それは、この上ない文学的感銘であつた。
 
日本の文学史のみならず日本の精神史に記されるべき保田與重郎といふ人を、後世のこころざしある者に伝へるべく、この評伝が著されたことは全集刊行と共に、谷ア昭男氏の偉業であると思ふ。
  
 

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2018年02月20日

丁寧で深切な讀み方 伊東静雄


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「讀書といふものは、丁寧で深切でありたいものだ。一字一字を指で押へて、丁度著者が書いてゆくのと同じくらいの速度で讀みたい・・・」
 
さう、伊東静雄といふ昭和の初期に生きた詩人が「讀み方」といふ散文の中に書いてゐる。
 
長崎の諫早出身の彼は、昭和四年(1929年)から大阪の住吉中学(のち住吉高校)の国語教師として肺結核で倒れるまで約二十年間働き続けた。
 
彼は、続けてこんなことを書いてゐる。
 
「わが國の文學の道は、言靈(ことだま)の風雅(みやび)といふことにある。それは、文字の隠微なところに宿るのだ。・・・助詞や助動詞のやうな、それだけでは意味のない言葉こそが、名詞や動詞のやうに誰にも明瞭である言葉より大切だ・・・、その大切さは、深切な讀み方でだけわかる。」
 
彼の全集にこの文章を見いだし、なにとぞこの精神の血縁をと希つてしまふ。
 
「そのへんのことを腹にしみて悟るために、自分は古来の和歌を毎日二、三首づつ讀むことを、忙しい日の読書法としてゐる」
 
精神の成長のために、ほんの少しだが具体的な処方を指し示して下さつてゐる先達に出逢へることほど、ありがたいことはないと思ふ。
 
「古典を讀むといふことが、廣く行はれてゐるさうだが、そこから知識を得てくることよりも、むしろわが國の本当の讀書法を悟ることの方を、期待してゐる。正しい讀み方で、不知不識の間に養はれる志の方に期待してゐる」
 
本を讀むといふことは、本を讀み漁ることとは根本から違ふ。さういふ精神を彼は青年たちに伝へようとしてゐたのだらう。
 
住吉高校は、我が家から歩いて十分ほどのところにある。ちなみにわたしが入試落第したところ。
 
今も走つてゐる南海の上町線(路面電車)に、伊藤静雄も毎日乗つて学校に通つてゐた。
 
初出勤の時、ぼろぼろでだぶだぶの背広を着てゐて、「乞食」といふニックネームを生徒たちからつけられてゐたさうだ。
 
挙げたい詩作品は数多あれど、今日は、こころの清澄と悲しみ、そして静かな氣の漲りを伝へるふたつの作品を挙げたい。
 
 
 
『咏唱』
 
秋のほの明い一隅に私はすぎなく
なつた
充溢であつた日のやうに
私の中に 私の憩ひに
鮮(あたら)しい陰影になつて
朝顔は咲くことは出來なく
なつた
 
 
『野の樫』
 
野にひともとの樫立つ
冬の日の老いた幹と枝は
いま光る緑につつまれて
野の道のほとりに立つ
 
 往き還りその傍らをすぎるとき
 あかるい悲哀と
 ものしづかな勇氣が
 人の古い想ひの内にひびく
 


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2018年01月20日

柳田國男の「老読書歴」を読んで


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毎日風呂に入るときに必ず本をもちこんで、半身浴をしながら頁を繰ってゐる。
 
近頃読み始めた、柳田國男の文庫全集第三十一巻に収められてゐる「老読書歴」。晩年に書いた書評や序跋を集めたもの。とても面白く、円熟したその書き振りが無類に趣き深い。
 
人が情熱をもつてひとつの仕事に仕へるといふことに対する讃仰の念ひ。
 
人といふものそのものが持つ秘めやかな能力と思ひ遣りのこころに対する素直な驚きと喜び。
 
この諸文章には、柳田の円熟した筆によつて、その味はひが直かに掬み上げられてゐる。
 
民俗学のための他の主要著作に於いては、その学問的性格のため、事物のこと細かな列記が多くならざるを得ないのだらう。
 
しかし、そこにも、その科学的論述の裏に脈打つ詩人の魂を感じることは大いにあるのだけれども、さらにこの『老読書歴』に於いては、最良の批評家・文学者としての彼が如実に表に出てゐる。
 
本への愛、人への愛と想ひ遣りがこの作品には満ち満ちてゐるのである。だから、本の紹介が一冊一冊、次から次へと続くのだが、読み続けてゐて全く飽きることがない。最後まで読み終えてしまふのが、なんだか惜しい氣がした。
 
この柳田の仕事のやうに、人がことばを綴ることそのこと自体への想ひの深さ、考への周到さ、こころ構への厚さを掬み上げるやうな文章を、わたし自身とても読みたく思つてゐたし、そのやうな文章を読んでみたいとおそらく多くの人も希んでゐるのではないか。
 
その希みとは、ことばの魅力と、それを用ひ、それによつて生かされてゐる人間を求める、静かだけれども熱烈な希みである。
 

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2018年01月16日

本を読むB


小学生の子どもたちには、どんな書物がふさはしいか。
 
などと、大人があまり考へない方がいいやうに思ふ。本人が読みたいものをどんどん読むことができるやうに、計らつてあげるだけでいい。
 
ただ、これだけはたいせつだと考へてゐるのは、一冊の本が祕めてゐる未知の何かに対する、限りない愛情、尊敬、信頼。
 
そこから、本に限らず、ものといふものに対する、愛情、尊敬、信頼がおのづと育つていく。
 
何を学ぶにしても、そのこころもち、感情さへあれば、いい。
 
もし、そこに熱烈な尊敬、熟していく愛情が育つていくなら、その人のこころには、大げさな言ひ方になるが、それさへあれば、世界中を相手に回しても、誰に何かを言はれなくとも、自分の意欲だけで学んでいく力、自分の道を進んでいく力が宿り始める。
 
自分の意欲だけで自分の道を進んでいく、それが、この身ひとつで、世を生きていく、といふ力。
 
それが、自由への道を歩いていくと云ふことではないかと思ふ。
 
学ぶ人にとつては、学ぶ対象に対する疑ひではなく(!)、学ぶ対象に対する信頼・信といふものがとても大事だ。
 
では、その対象については、はじめは未知であるのに、どうして信頼が、愛情が、尊敬が、抱かれるのか?
 
それは、その人のこころのうちに、既に信じるこころが育つてゐるからだ。
 
信じるこころが、信ずるに値する書物を引き寄せる。
 
小学生のこころとからだにまづは何を植ゑつけるか。
 
それは、信じるこころの力・感情。
 
その力が、やがて、芽をだし、葉を拡げ、花を咲かせて、きつと、その子がその子の人生に必要なものを、おのづと引き寄せるやうになるだらう。
 
その子が、その信じる力を自分の内側深くに育てていく。そのためには、その子の傍にゐる大人が、大きくて、深い役割を果たすことができる。
 
大人自身が、熱烈に、一冊の本ならその本に、何かの存在ならその存在に、尊敬と愛情と信頼を育みつづけてゐる。
 
多くの本でなくてもいい、この一冊と云ふ本を見いだせたなら、本当に幸ひ。その一冊の本を再読、熟読、愛読していくことで、その本こそが、その人の古典になる。
 
これから、我が娘たちが、そんな「わたしの古典」を創りだす時が來るのを楽しみにしてゐる。 

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2018年01月14日

雪國


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何十年ぶりに川端康成の『雪國』を讀む。二十代の時に讀んだ時もこの作品には強く惹かれた。しかし、五十代になってゐるいま、ここに登場してくる女や男の悲しみが、以前よりいつさう身に沁みるやうに感じる。
 
男は、他者の悲しみ、苦しみが分からない。
 
そして、自分自身の生きてゐる意味も見いだせない。 
 
さうして、作品の最後のところ、女が気が狂つてしまつた時、男は己れのなかへ、夜空に高く流れてゐた天の河が、さあと音を立てて流れ落ちて來るやうに感じる。
 
自分自身のありきたりの宿阿を吹き飛ばすやうな、ひとりの人の生死の境に出逢ふ時(それが他人の生死であらうと自分自身のであらうと)、天から何かが急に己れのうちに流れ込んで來て、それによつて、激しく揺さぶられ、攫(さら)はれ、洗はれ、そして、ありきたりでない自分自身に生まれ変はつてしまふといふこと。わたし自身、若い時には分からなかつたその感覚。
 
今回はいつさうのリアリティーに迫られて感銘深く頁を閉じた。
 
後の世代の日本人が、かういつた文学を愛讀していく、そんな機縁を生み出していくために仕事をしていくのだ。

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2017年12月09日

本を読むA


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本と語り合ふ。本と対話する。
 
わたしは、本を読むとき、その本と語り合ひたい。
 
本とは、ひとりの人が血と汗と涙をもつて書き上げたものであると思ふ。
 
ひとりの「人そのもの」が、そこに鎮まつてゐるのだ。
 
だから、そんなひとりの人と語り合ふとき、わたしはその人のことを信じたい。
 
はじめから疑ひつつ、半身に構へて、その人に向かひ合ひたくない。
 
さう、本を読むときは、著者とその著作に全信頼をもつてその本に向かひ合ふのだ。
 
なぜなら、ひとつのことを疑ふ出すと、次から次へと疑ひにこころが占領されて、終ひには、その本との対話など全く成り立たなくなるからだ。
 
こちらのこころのすべてをもつて、一冊の本を読む。
 
著者を尊び、敬はなければ、対話は成り立たない。
 
しかも、一度では埒が明かない。何度も何度も語らふごとく、一冊の本を何度も何度も読むのだ。
 
さうしてこそ、その本は、その人は、己れの秘密を打ち明け始めてくれる。
 
また、皆が読んでゐるから、その本を読むのではない。
 
わたしは、こころから会ひたい人と会ふやうに、こころの奥底から読みたいと思ふ一冊の本を読みたい。
 
そのやうなこころの吟味に適ひ、繰り返される読書の喜びに応へてくれるのは、よほどの良書である。
 
時の試練を越えて生き残つた「古典」である。
 
そして、そのやうな古典は、古(いにしへ)と今を貫いてゐて、現在進行形の問ひを読む人に突き付けてくる。
 
永遠(とこしへ)である。
 
わたしが、ここ数年、語らひ続けさせてもらつてゐるのは、『古事記(ふることぶみ)』と『萬葉集』と保田與重郎全集全四十巻である。
 
『古事記』は本居宣長の『古事記伝(ふることぶみのつたへ)』で、『萬葉集』は鹿持雅澄の『萬葉集古義』で読んでゐる。いづれの古典に於いても江戸時代後期の国学者に教へを乞ふてゐる。
 
ことばといふもの、日本語といふものに、すべてを賭けた先人の方々との対話。読書の豊かさ。ひとりとひとりであることの真剣勝負の喜び。
 
残りの人生のすべてをかけても、語らひは決して尽きない。
 

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2017年12月05日

本を読む@


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本を読むといふことは、わたしも子どもの頃からしてゐる。
 
しかし、いかにして本を読むかといふことについて、わたしが学び、知ることができ、またそれを実践し始めることができたのは、二十代も後半になつたときからである。
 
わたしに、本の読み方といふものを教えてくれたのは、ルドルフ・シュタイナーといふ精神科学者であり、その翻訳者である鈴木一博といふ人であつた。
 
鈴木さんの翻訳による『テオゾフィー』といふ本の序文にかう書いてある。
 
「頁といふ頁、多くも多くの文が、きつと読み手によつて稼がれる。それが、意識をもつて努めるところである。そもそも、さうであつてこそ、本が読み手にとつて、なつて欲しいところとなりうる」
 
また鈴木さんによつてアントロポゾフィー協会会報に書かれた文章「本を読むこと」にかういふことが書いてある。
 
「読み書きは、まさしく仕事です。それは、人が、することです。それは、人が、しようとしてすることです。それは、人が、独り立ちしてすることです。逆に、そのことを仕事といふなら、読み書きほどに紛れもない仕事といふのは他に見当たりません。読み書きは、労力が要ることでも、他に引けをとりません。稼ぎや儲けをもたらすことでも、他に引けをとりません。そして、人がしようとしてしてゐるうちに、人のさらなる独り立ちを促すことでも、また、人が中途半端にしてゐると、人を縛ることでも、他に引けをとりません」
 
わたしは、これらの文章に導かれ、二十代後半から五十近くまで、シュタイナーの本を毎日、毎日、倦まず弛まず、読み続けた。
 
とにもかくにも、一文一文を、一語一語を、アクティブに、舐めるやうに、穿つやうに、読んだ。
 
ときには、たつた三行の文を三時間ほど見つめ続けたことも多々あつた。
 
どんな難しい文章でも、読み続けてゐれば、見続けてゐれば、必ず、繙けるやうに分かつた。
 
それは、頭がいいからできることではなくて、意欲の漲りが導いてくれる、神秘的な、不思議な、仕業だつた。
 
さういふ、こころのアクティビティーをもつてすることが、本を読むことだと教へてくれたのは、ルドルフ・シュタイナー、鈴木一博、そのお二方であつた。
 
そのやうな本の読み方は日々の生き方にも繋がつてゐて、そここそをご教示いただけたことが、本当に本当に感謝に堪えない。

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2017年09月20日

漱石の『こころ』


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漱石の『こころ』。
 
十代の半ば頃と、二十代のはじめ頃に読んだこの本。
五十二にして再々読。
 
痛切。
 
読後、しばらく呆然とし、祈る。

静かにも 高き調べの 響きをり
   ものみな消えて 奥処(おくか)に歩まむ

             漱石ノ『こころ』ヲ読ミテ 
 

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2017年06月26日

『禁中』白楽天  〜執行草舟氏『友よ』より〜


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門厳にして九重(きゅうちょう)静かに
窓幽にして一室閑(いっしつ かん)なり
好し是れ心を修する処
何ぞ必ずしも深山に在らん

(『禁中』白楽天)
 
 
執行草舟氏はその著書『友よ』の中に、この白楽天の詩を取り上げてゐます。
 
 
●人々が住むその家を本当に大切にしたならば、そこはまぎれもなく、各々の人にとっての宮中になるという意味で、我が家を禁中と表現しているのだ。
 
●「門」を厳重にして、念には念を入れて戸閉まりをし、また出入りをする人間の質を選ばなけばならない。そうすれば、宮中と同じ厳粛さが生まれ、思索を行うにまたとない、静かな環境を我々に提供してくれる。
 
●肉眼をもってみえないものを「幽」と言う。つまり、外を見ない人間にならねばならぬ。『静にして閑』とは、この世の中で最も豊かな場所を表す。それは自己が意志で創るのである。
 
●心とは実に繊細な生き物なのだ。心は、真に美しく静かで豊かな場所でしか育むことはできない。だから、自己の心を修練し育み成長させる人物は、その環境を生み出す勇気をもたなければならない。
 
●自分のいる場所で、いつでも宮中のような静けさを創り、深山へ籠ったような深遠さを創り出せる人こそが真の人物なのだ。このことがわかれば、自分の家はこの世で最高の場所となり、自分の周りは最高の環境をいつでも維持できるようになる。またそのようにならなければ、人間は、決して本当の心の修練はできないのだ。
 
 
 
「己れ」「家」「宮」とは、大切に守り育みたいものを、じつと見つめる場所。
 
その人の意志次第で、そのやうな時と場所を意識的に創ることができる。
 
その人の意志次第で。

いつでも、どこでも。




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2017年03月16日

岡倉天心『茶の本』を讀んで


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天心の詩情溢れる文章。
英文で執筆されたものを、
桶谷秀昭氏の飜譯で讀む。
 
茶が供され、茶が服される。
その一點一事を眞ん中に、
人と人とが、
人と空間とが、
人と自然とが、
人と宇宙とが、
自由な闊達さと安らかな休息の調べを奏でる。
 
さういふ空間と時間が、
いかにして成り立つのか。
茶室といふ場で、
宇宙の大いなる息遣ひとの調和が、
茶人によつていかに織りなされるのか。
茶といふものをあひだにする、
人と人との磨かれたこころのありやうが、
いかにその空間と時間を無限に深いものにしうるのか。
日本人が美の神にいかにして仕へてきたか。
またそのためにいかにして己れを律することに努めたか。
この本では、
それらのことが磨かれたことばで述べられてゐる。
 
小册子だが、
あまりにも拔き書きしたい名文に溢れてゐる。
ひとつだけ書き冩してみる。
  
  おのれを美しくしなければ、
  美に近づく權利がない・・・
  茶人たちは藝術家以上の何ものか、
  藝術それじたいにならうとした。


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2017年03月02日

伊東静雄といふ男 〜執行草舟氏『友よ』から〜


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執行草舟氏が、
著書『友よ』の中で、
一遍の詩、
「そんなに凝視めるな」を取り上げながら、
伊藤靜雄といふひとりの詩人、
ひとりの男について、
書いてゐる。
 
 
 私は、その詩もさることながら、
 この簡單な人生をこそこよなく尊敬する。
 現今の世の中を見るにつけ、
 伊藤靜雄のやうな旧い男の美しさが
 より鮮明にわかる時代となつた。
 つまり伊藤靜雄の人生を考へる時、
 私は日本の男の生き方を考へてゐるのだ。
 いはゆる恩に生き、
 名聲を求めず、
 簡素に生き、
 默々と働く。
 そして家族の生活を支へ、
 文句を言はず、
 減らず口は叩かず、
 眞の生活から生まれる行によつて、
 肚の底から絞り出されるものだけを
 この世に殘し、
 默つて死ぬ。
 これが眞の日本男子の生き方だと
 考へさせられるのである。

 (原文は、現代假名遣ひ、當用漢字、改行なし)
 
 
 
この文章の後、
詩「そんなに凝視めるな」の一行一行が、
執行氏によつて讀み込まれる。
 
人間の深い優しさから溢れ出てくる、
逆説のことば。
 
そのやうな、
生きることの、
痛みと悲しみを知るが故の優しさ。
その優しさから生まれてくる、
逆説的なことばを発する人に、
わたし自身これまでの人生で接したことがなかつた。
 
それ故、
伊藤靜雄の詩をこれまで愛唱してきたが、
その詩には、長いあひだ、
その内なるたましいを豫感しながらも、
なぜか、こころにほどきえぬ、
隔靴掻痒のもどかしい想ひを抱いてゐた。
 
が、執行氏によつて、
この詩が取り上げられ、
長い年月のあひだのこほりが溶けたやうに感じた。
 
この『友よ』といふ書、
執行氏の全体重がかけられた一文一文で綴られる、
そのやうな文章が全四十五章。
四十五の詩歌が取り上げられ、
どの章を讀んでも、
その詩と詩人に惚れ込んでしまふ。
 
 
伊藤靜雄の詩をここに記しておきます。
 
 
そんなに凝視(みつ)めるな わかい友
自然が与へる暗示は
いかにそれが光耀(くわうえう)にみちてゐようとも
凝視めるふかい瞳にはつひに悲しみだ
鳥の飛翔の跡を天空(そら)にさがすな
夕陽と朝陽のなかに立ちどまるな
手にふるる野花はそれを摘み
花とみづからをささへつつ歩みを運べ
問ひはそのままに答へであり
堪へる痛みもすでにひとつの睡眠(ねむり)だ
風がつたへる白い稜石(かどいし)の反射を わかい友
そんなに永く凝視めるな
われ等は自然の多様と変化のうちにこそ育ち
あゝ 歓びと意志も亦そこにあると知れ
         (「そんなに凝視めるな」伊東静雄)


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2017年02月22日

「覺悟」といふ精神の系譜 〜『保田輿重郎と萬葉集』(小川榮太郎著)を讀んで〜


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『保田輿重郎と萬葉集』(小川榮太郎著)を讀んで
(月刊『VOICE』平成二十八年十・十一月号掲載)

 小川榮太郎氏によるこの論説を讀み、保田與重郎による『萬葉集の精神』を讀み、大伴家持による『萬葉集』をひもとき續ける。そんな毎日が續いてゐる。

 そんな毎日がわたしに何をもたらしてゐるか。それは、「覺悟」といふ精神の系譜である。その系譜を自分自身で踏んで歩くための力である。靜かだけれども、人のこころの奧底に確かに在る「こころざし」そのものの持つ力である。

 新しく小川氏によつて書き表されたこの文章を熟讀する人がゐるならば、かそけきものかもしれぬが、この國にきつと傳來の精神の底流が途切れず保持される。わたしは、さう感じてゐる。

 日本といふ國に於て、皇室の存在意義を搖るがすやうな危機は、これまでの長い歴史の中で幾度かあつた。それは同時に我が國の危機であつた。古き神ながらの道・古神道から離れゆく政治的・文化的情勢の怒涛のやうな流れに對する悲哀と慟哭を強く感覺した者が、まづもつて柿本人麻呂であり、大伴家持であり、幕末維新の志士たちであり、保田與重郎であり、そして、この論説を起こした小川榮太郎氏である。

 その危機が最初に大きく現前した壬申の亂をどのやうに捉へ、どのやうなことばをもつて記述するか。それによつて、以後の一國のあり方が決められていく。地に堕ちた人のことば(言挙げ)だけでやりくりしようとするのか。神々との繋がりの中で響き來ることば(言霊)にみづからをさらしつつ語つてゆくのか。江戸時代の國學者たちは、古事記と萬葉集、とりわけこのふたつこそがことばの力に依つた古典であるとした。さう、ことばの力(言靈)こそが、人のこころを救ひ、國の歴史を定め、後の世の流れを左右するのだ。萬葉集は、そのことばが、イデオロギーに依るのではなく、民の心情・草莽のこころざしから記された我が國最高の古典なのである。

 その國史への悲哀と慟哭が、壬申の亂の後に、大君に仕へる宮廷歌人であり草莽の民である柿本人麻呂によつて詠はれ、そのいくつもの長歌には、この國の精神を救ふ偉大なることばの力が見いだされる。人麻呂は、天智天皇・天武天皇、兩統の間での正邪を斷じて正統性を爭ふやうな言舉げを決してせず、内亂を描いても敵對や分離を示さず、あくまで「國の心の一つに凝り固まらうとする」尊皇によるこの國の根本義をもつて壬申の亂を描く。その人麻呂の詠歌によつて、日本の歴史は救はれ、皇室の純粹性は保たれたのだといふ、家持の直感、保田の深い見識を、小川氏は浮かび上がらせる。

 そのやうな、國の精神を救つた、人麻呂の神ながらともいへるこころざしからのことば遣ひをそのままの精神で掬ひ上げ、萬葉集として記録したのが大伴家持である。しかし、藤原氏の政治的專横・暴虐によつて、自分たち大伴氏族の勢力だけでなく、大君を慕ひ、仕へ奉る勤皇の精神が政治の中樞から失墜し續けてゐる當時の運命的状況の中で、家持は既に人としての迷ひ、弱さ、絶望を充分に味はひ知つた人であつた。だからこそ、彼こそは當時の時流に抗して、明晰な意識をもつてその言靈に宿る精神を記録し、またみづからも詠つたのだつた。その行爲は、己れ以外のものからの壓力や命令によるものではなく、ひたすらに己が身の奧底から溢れ出てくる大君への眞情、草莽のこころざしからのものであつた。小川氏はその家持の「覺悟」を見事に描き出してゐる。「新しい政治・文化状況を認めない。が、政治陰謀には加擔しない。認めない事を、人麻呂以來の歌の傳統を繼ぐことで證立てる。‐ これが家持の覺悟だつたと見ていい。」

 人の世を生き拔き、この世の榮華を勝ち誇るのではなく、政治的に必敗のこのやうな生き方を家持に選ばせたのは、いつたいどのやうな念ひだつたのか。それは、「かけまくも 畏き」「大君の思想」である。人麻呂の神の力に通われたやうなこころざしからの歌。それらを歴史の藻屑と消え去つていくことから掬ひ出し、更にその心境にみづからも重なるやうに己れの歌を詠ひ、そして四千五百首以上の優れたやまとことばによる歌を集めて萬葉集を編むことで、家持は人麻呂の大君への念ひを繼ぐ。その繼承によつて、家持はその念ひを「大君の思想」へと練り上げたのだ。

 現實世界からの逃げではなく、ことばの精神に生きることこそが國を究極には救ふのだといふ、その家持の「見識」「覺悟」こそが、萬葉集といふ我が國最高の古典の源泉、眞髄であり、その覺悟に至るまでの葛藤・勘案が萬葉集を貫くリアリティーだつた。家持は、美學の洗煉の中で古今集以後失はれてしまつたこころざしを述べること、述志こそが和歌の眞髄であることを意識して實行した、一人の人だつたのである。

 少年時代からその萬葉集に親しみ、江戸時代の土佐の國學者・鹿持雅澄の『萬葉集古義』にその「覚悟の系譜」を學び續けた保田與重郎は、大東亞戰爭勃發直前に『萬葉集の精神』といふ著述のために筆を起こした。異常な緊張に漲つてゐた當時、彼は己れの「覺悟」をその家持の「覺悟」に重ねた。 そしてその態度は、戰後も一貫するのである。

 彼は、當時のアララギ派を中心とした近代歌論を明確に否定し、一首一首に表れる美、ひとりひとりの歌人に表れる美學よりも、それらを土臺で支へる「國の心の一つに凝り固まらうとする」こころざしをこそ本質だとする、萬葉集に對するもつとも古く、もつとも新しい見立てを行ふ。

 そして、戰前、戰中、ヒステリツクに叫ばれる國策としての萬葉利用を根柢から侮蔑する。その叫びは、右往左往する國際情勢からの場當たり的な論から生まれたものであり、なんら國のおほもとに立ち返つての搖るがぬこころざしからのものではなかつたからである。

 當時のアメリカと日本の、物量に於る壓倒的な彼我の差は、當然保田にも認識されてをり、その上で絶叫される戰意昂揚などに彼は全く同調することはできない。

 ここで、小川氏は、文業に對する保田の身を賭してのあり方を鮮やかにかう書き記してゐる。
 「戰が始まつたことをまづ神意と見た上で、日本の祷りを行くしかない、これは狂信ではなく、あの時代に一文學者の立ち得る唯一の合理だつたとさへ言へるであらう。その意味で、これは寧ろ、時局を批判しながら、大東亞戰爭の精神を救ふ立場だといふべきではないか。」この立場に徹することが、保田の第一の「覺悟」であつた。
 
 さういふ保田の姿勢を理解したものは、出征していつた多くの多くの若者たちだつた。そして年老いたインテリゲンチャほど、その草莽のこころざしを理解できなかつた。さういふ状況は、彼自身出征し、歸國した戰後も變はりなく、戰前親交を持つてゐた龜井勝一郎にさへ、保田は曲解されてゐる。さうして彼は戰後、アメリカのGHQによる公職追放だけでなく、文壇からの追放といふ四面楚歌のやうな立場に追ひ込まれる。
 
 ここで、二つ目の保田の挺身・「覺悟」が小川氏によつて記されてゐる。それは、友であつた龜井のことばに端的に表されてゐるやうな「ものいひ」に對する戰後のことばである。その「ものいひ」とは、保田の文業が多くの若者を無殘にも戰爭に驅り立てたのではないか、そのことに對する反省は如何、といふものだつた。GHQによる占領檢閲下の昭和二十四年、戰前の日本は全否定され、聯合軍の正義と日本軍國主義の惡は絶對的なテーゼだつた。その時に、保田は龜井勝一郎に答へる形で、「小生は戰爭に行つた日と同じ氣持で、海ゆかばを歌ひ、朝戸出の挨拶を殘して、死す」と書いた。「海ゆかば」とは、大伴家持によつて「大君の邊にこそ死なめ 顧みはせじ」と詠はれた長歌のことである。小川氏は書く。「戰後かういふことを明確に、それもここまで激しい言葉で堂々と言ひ放つた文學者は、川端康成や小林秀雄を含め、殘念ながら他に一人もゐないのである。」

 論説文の最後に、この「覺悟」の系譜を小川氏は改めて家持から辿る。

 壬申の亂後約八十年が経つた後でも、防人をはじめとする草莽の民たちによつて大君への純粹な念ひが詠われる。そして、その純粹を裏切るやうな藤原氏の陰謀の政治。その間に立つて、絶大な責任を感じた家持は歌をもつて「國の柱となり神と民との中間の柱になるものは」自分以外にないといふ自覺に達したのである。

 昭和十年代に於いて保田與重郎は、この家持の自覺・覺悟を引き繼ぎ、我が國未曾有の危機である大東亞戰爭に面して、みづからも文人として、この神と民との間に立つ柱となる自覺を覺える。小川氏は書く。「保田は萬葉集を解いたのではなく、自らの言葉で同じ道を踏まうとしたのである。保田自身が現に經驗してゐた、日本の更に巨きな亡びの自覺が、それを彼に強ひたからだ。」

 そして、この論説文の最後に、筆者小川榮太郎氏の「覺悟」が、韜晦のかたちに包まれて記されてゐる。「・・・眞の戰ひは全く終はらぬまま、『國の柱となり神と民との中間の柱となる』覺悟のない七十年が過ぎ、我々は亡びの過程を今も下降し續けてゐる。萬葉集は決して過去の詩歌集などではないといふやうな言葉が、一體今、誰に屆くのかを怪しみながら、ひとまづ、私は筆を擱く。」

 文學者とは、ともすれば離叛していかうとする精神と物質を仲介する橋にならふとする人である。ことばをもつて、神と民との中間の柱になることを念じ、悲願し、志す人である。さういふこころざしを持つ人の系譜が、柿本人麻呂から大伴家持へ、そして幕末ごろの國學者たち、維新の志士たちへ、更に保田與重郎へと引き繼がれてゐることを小川氏は書き記した。そして、さらに小川氏自身が、この系譜の尖端に立つてゐることをも、わたしは改めて強く感じることである。

 現實の世の混亂・危機から、人のこころを救ふのは、まづもつて、ことばである。人のこころを覺醒させ、非本質的なところから本質的なところに立ち返らせる、そんなことばなのである。小川氏によるこの『保田與重郎と萬葉集』といふ文章は、さういふことばを發し續ける覺悟を固めた人の系譜を記してゐる。

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2017年02月10日

本居宣長 うひ山ふみ


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 吾は、あたら精力を、外の國の事に用ひんよりは、
 わがみづからの國の事に用ひまほしく思ふ也、
 その勝劣のさだなどは、しばらくさしおきて、
 まづ、よその事にのみかかづらひて、
 わが内の國の事をしらざらんは、くちをしきわざならんや

 

よその事にのみかかづらふ、
その口惜しさは、よく分かるやうに思ひます。
 
なぜ口惜しいか。
 
それは、よその事にかかづらはつてゐるうちに、
いつしかおのづから己れの内のことを蔑ろに思ふやうになり、
あちらを優に持ち上げ、
こちらを劣に貶めるやうになつてしまふからです。
 
まことは、優か劣か、といふ問題ではなく、
比較を絶した、
主體性の問題だと思ふ。
 
つまり、「わたしはわたしである」、
さらには、「わたしはある」といふ、
神の名そのものでもある、このことばを、
深く己れのものにすることにあるのでは・・・。
 
己れをみづから貶めてしまふことの弊害は、
恐ろしいものです。
 
個人のことから國家のことにまで、
そのことは云へるやうに思ひます。
 

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2017年01月13日

川端康成『雪國』ヲ再讀ス


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何十年ぶりに川端康成の『雪國』を讀む。
二十代の時に讀んだ時もこの作品には強く惹かれた。
しかし、五十代になってゐるいま、
ここに登場してくる女や男の悲しみが、
以前よりいつさう身に沁みるやうに感じる。
 
昨年暮れ、東京の講演会で桶谷秀明氏の話しを聴き、
その時の彼のことばでとても印象的だったのが、
この作品についての感想であつた。
 
作品の最後のところ、
女が気が狂つてしまつた時、
男は己れのなかへ、
夜空に高く流れてゐた天の河が、
さあと音を立てて流れ落ちて來るやうに感じる。
 
そこのところを、
桶谷氏はとりわけ感銘深く受け取られ、
日本文學の粋であるというやうなことを、
仰つてをられたやうに記憶してゐる。
 
自分自身の宿阿を吹き飛ばすやうな、
人の生死の境に出逢ふ時、
天から何かが急に己れのうちに流れ込んで來て、
それによつて、
激しく揺さぶられ、攫(さら)はれ、洗はれ、
そして、生まれ変わつてしまふといふこと。 
わたし自身、若い時には分からなかつたその感覚。
 
今回はいつさうのリアリティーに迫られて感銘深く頁を閉じた。

後の世代の日本人が、
かういつた文学を愛讀していく、
そんな機縁を生み出していくために仕事をしていくのだ。
 

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2016年10月17日

『わが萬葉集』(保田與重郎) 〜淨々たる新しい國學・萬葉學へのいざない〜


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戰中の昭和十七年に畢生の大著たる『萬葉集の精神』を世に送った著者が、
その約三十年後、昭和四十六年から五十四年まで約九年かけて、
五十回に分けて雜誌に連載したこの『わが萬葉集』。
 

文庫本にして約600頁にわたる本書。
一首ごとの注釋は、
三十年前に比してさらに圓熟味を増し、
わたしも二回通讀したが、讀めども讀めども盡きない滋味あふれたものだ。

萬葉の多くの歌が、讀み手に現世とは別の世の感覺をもたらす。
その感覺がもたらす現世の時閧フ停止。
その「まさか」の(ま)こそが、
言靈の風雅(みやび)が息づくときである。

そして、保田は、
萬葉集の精神を三十年前に變わらず一貫して説いている。

萬葉集全體を貫く精神に、
一回ごとのテーマに沿って樣々な觀點から光を當てて、
繰り返しこの國民文學の本質をあぶりだすような記述なのだ。

この集が大伴家持によって殘されなかったならば、
日本人はみずからの歴史の信實を知り得なかったかもしれない。
日本語、そして日本という國も、殘されていなかったかもしれない。
この萬葉集こそが、「日本書紀」や「續日本紀」以上に、
わが國史の信實、「皇神(すめがみ)の道義(みち)」をわたしたちに傳えている。

保田は、そう、繰り返し、説いている。

「萬葉集古義」において土佐の國學者・鹿持雅澄が、、
「皇神(すめがみ)の道義(みち)は、言靈の風雅(みやび)に顯れる」
というおおいなる日本文學の精髓を掬いだし、
保田は、その一點をこそ、己れの精神の泉のありかだと見定めたように思える。

生きた激しい生命の文學としての、古典の注釋。
生きた文學であるからこそ、
各々の國民のこころの奧深くに鎭まっている歴史を掘り起こすことができる。

國學とは、そのような注釋という行爲そのものである。

江戸時代の國學者たちがなしあげたその仕事は、
文明開化、富國強兵という大忙しの世情の中で、
明治と大正の代ではなきものにされてしまった。

保田は、その大仕事を昭和の代に新しく引き繼いだ。

わたしたちは引き繼ぐことができるだろうか。

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2016年08月09日

わたしたちの神學〜長谷川三千子著『神やぶれたまはず』を再々讀して〜


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日本人であること。
それはどういうことなのか、という問いに取り組んでいて、
ある勤しみがどうしても欠かせないとあるときいたく感じた。

「God」や「the Almighty」、「divine」、「Got」、「Dieu」などとは違い、
わたしたちの言語によって言い表されている「かみ」「カミ」「神」とは、
いったい何を表し、
また「天皇」という御存在は何を意味するのか、
それらの意味の深みを汲み取りつづけていくこと。
その勤しみである。

そのためには、我が国の歴史と傳統を學び直すことが、
自分にはどうしても必要だった。

その基本的な學びのはじめとして、
わたしはこの本を平成二十六年七月に手に入れ、
それ以来、一年に一度讀み返し、この夏で三回目の再々讀。


先の戰爭における昭和二十年八月十五日正午。
そのとき、いったい何が起こっていたのか。
そのとき、
多くの日本人に感じ取られたという「あのしいんとした靜けさ」に、
何を聴き取ることができるか。

そのことの解き明かしをもって、
わたしたちは、日本人の神學を打ち樹ててゆく。

日本人が日本人として生きていくためには、
自分たちの神學がどうしても要る。

それは、わたしたち日本人と神との關係、
わたしたち日本人と天皇との關係を解き明かしていく學びだ。

普遍的な人間など、どこにもいない。
日本人は、日本人になろうとする勤しみの中で、
おのずから普遍的な眞理をからだの奥底から立ち上げていくのだから。

それは、決して、
知識の輸入物でないのは勿論のこと、
外部からの装着によって身につく代物ではない。

普遍性は土着性からのみ生まれてくる。

そう、神學とは、己れの立っている場所において、
精神を汲み取り聴き取る、その営みから始まる。

そして、私たち日本人にとって、
先の戰爭とそのあとの時間の流れの内實を、
歴史の流れの中で見はるかし、見とおし、見定めていくことが、
わたしたちの未來を健やかに導いていく。


  昭和二十年八月十五日、
  われわれの時間は或る種の麻痺状態に陥って、
  そのまま歩みを止めてゐる。
  しかし、その麻痺状態は、それ自體が一つの手がかりである。
  そこに何か大事なものがあり、
  それを忘れ去ってはならないことを、
  人々が無意識のうちに察知してゐるからこそ、
  日本人の精神史は、そこで凍結し、歩みを止めてゐるのである。
                          (序文より)


七十一年前の八月十五日に発せられたあの玉音放送から始まった、
我が國における精神の凍結。精神の不在。

そして、昨日、八月八日十五時の、
ビデオメッセージによる今上天皇のおことば。

それを、わたしたちの精神の解凍、新しい誕生に向けて、
極めて秘めやかな機縁にするのも、わたしたち次第である。

そのことを陛下は心中深く希っておられる、
そう感じた。




今日は、旧暦の七月七日、七夕の日だ。
家族そろって、祈りのことば、願いのことばを書き記し、
庭の木に吊り下げた。
天への祈りは、
この大地に立つわたしたち人から捧げられる。

この夏、この本の文庫本が出た。
文庫本のみの桶谷秀昭氏によるあとがきも滋味深いこと限りない。
こころからお勸めします。

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2016年03月25日

文学の希み 〜竹西寛子短編集『五十鈴川の鴨』〜


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またまた、本屋に関することなのですが、
インターネットで本を購入することと違い、
時間をかけて本屋にわざわざ足を運ぶ、
そういう楽しみがあります。
 
それは、
本屋の棚に並んでいる背表紙を次々に見ているうち、
引き寄せられるが如くに、
新しい本、新しい作者、新しい作品を手に取り、
頁を繰り、眼を走らせ、そこで立ち止まらされ、
「これは買って、腰を据えて読まずにはいられない」
という思いをもたせてくれる本に出会うことができる、
そんな楽しみなのです。

先日は、短編集『五十鈴川の鴨』という竹西寛子氏の作品に出会い、
これは腰を据えて読まなければ、と感じ、購入しました。

もともと、竹西氏の評論作品は長年の間、読んできて、
深い感銘を受けてきたつもりでいたのですが、
わたし自身の不明から彼女の小説にはなぜかこころが向かなかった、
向き合えなかったのです。

しかし、いま、この短編集のすべての物語において描かれている、
人というものの陰影の深さに、静かに、強く、こころを動かされています。

人のこころに寄り添うということが、
いったいどれほどの労力を用いるものなのか、
いかに細やかで粘り強い内なる力を要するかということを、
恥ずかしながら、これまでは、よく分からずにいたのだと思います。

人のこころとは、
なんという尊さと聖さをもちうるものであり、
また怖しく、畏しいものであることだろう。

静かな調べを奏でている竹西氏の文章の奥深くに、
そのことへの畏怖が流れているのを感じます。

人というものを、深みから、細やかに、汲みとる。

文を刻むとは、その行為そのものであるように思われます。

そうして文学は、つまるところ、人というものへの希みと愛を想い出させる。

竹西氏の文章からそのことを改めて鮮烈に感じさせられています。

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2016年02月04日

志村ふくみさんの『一色一生』を読んで


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静かな時間と静かなこころを取り戻し、
花瓶にさされてある花を観る。
 
その花に通っているいのちが、
こんなにも活き活きとしたみずみずしい色を齎してくれている。
 
花という外なる自然が、
こころという内なる自然に働きかけてくる。
 
色の向こうに息づいているいのち。
 
そのいのちを迎えて、
こころに波のような動きが生まれる。
 
その内なる動きは、
こころに新しいいのちを甦らせる。
 
花のいのちが、こころのいのちとなる。
 
二十年前に購い、愛読した、
染織家、志村ふくみさんの『一色一生』を、
なぜか再び手に取って熱心に読む。
 
彼女は、ものというものを見るとき、
そこに、ものの向こうに顕れる何かを、
ことばにしている。
 
  
 これを織った山陰の一人の女性は、
 何からこの軽妙洒脱な図柄を盗み取ったのだろう。
 まだ明けきらぬ静けさの中で、
 ふと蚊帳の一隅を見て触発されたのであろうか。
 私はふと、
 彼女を包む白い領域とでもいうようなものを思い浮かべた。
 彼女は知らずして、
 夫や子供のために心をこめて機を織っている。
 そのとき、何かが彼女を助け、
 白い領域にいざなって
 この仕事をなさしめたのではないだろうか。
 今の人は精巧な計算尺を持っていて、
 驚くほど巧緻な絣を織ることが出来る。
 しかし彼女達は質素な計算尺しか持っていなかった。
 ただ家族のうえを思う計算尺だった。

 
 
ものの向こうに、
暮らしのなかに、
いのちを観る。
こころを観る。
精神を観る。
 
そのような眼を、
わたしたち日本の民は永く持っていたのではないだろうか。

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2016年01月07日

聖なる消費としての我が国の祭 〜柳田國男『日本の祭』を読んで〜


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永い間、昔の日本人は、
自分たちが何を信じ、何を敬い、何を尊んで生きているかを、ことばにはしなかった。
あまりにも当たり前のこととして自分たちの信仰心のありようを言挙げしなかった。
それは、あえて、しなかったのだ。

人は、視えているものを、あえて、ことばにしようとはしない。
理屈で述べようとはしない。
行為と感覚で応じ、応えるだけだ。

昔の日本人たちは、何を視ていたのか。
柳田は、それを「何か普通の宗教の定義以上に、更に余分のもの」と言っている。
その余分のものとは、
「天然又は霊界に対する、信仰といふよりも寧ろ観念と名づくべきもの」と言っている。
その観念とは、きっと、
精神というものの、あるがままの生きた絵姿と言ってもいいのではないか。

わたしたち日本人は、
その精神のリアリティーを失わずに保ち続けていた時間が、
西洋の人に比べて随分と長かったのではないだろうか。

そのように、神さまを親しく迎え、リアルな精神的絵姿(ヴィジョン)とともに、
喜びと感謝と畏れをもって、
その年にとれた米や酒を、神さまと共にいただく行為が、我が国の「祭」である。

祭において、神さまと共に、喜び、食べ、飲み、歌い、舞う。
そこにいたる備えとして、ひとりひとりが身を、こころを、浄める。
その浄めがあってこそ、その神人同食が聖なるものになり、
祭そのものが、聖なる消費となって、
わたしたちの生活を単なる物質の営みに堕することから救い出してくれていたのだろう。

昭和16年夏、大学で理工農医を学びに地方から東京に出てきた学生たちに、
諸君たちが後にしてきた故郷の暮らしの中にこそ、
文字だけを頼りにしていては学ぼうとしても学びえない「真実といふもの」があること、
その「人生の事実」は、諸君が学ぼうとしている「学問」よりも遥かに大事な事なんだ、
そう柳田は、アメリカとの戦争を目前にして、
静かに、しかし、切実に、語り伝えようとしている。

21世紀を生きているわたしたちが人間らしく健やかに生きていくために、
この本を読むことで、昔の我が国の固有の信仰のあり方を学び知ること。

そして、さらに、わたしたちの暮らしのなかに、新しい意識をもって、
新しい「祭」を創り出していくこと。

そのことを追い求めていきたいと、考えている。


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