[読書ノート]の記事一覧

2017年03月16日

岡倉天心『茶の本』を讀んで


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天心の詩情溢れる文章。
英文で執筆されたものを、
桶谷秀昭氏の飜譯で讀む。
 
茶が供され、茶が服される。
その一點一事を眞ん中に、
人と人とが、
人と空間とが、
人と自然とが、
人と宇宙とが、
自由な闊達さと安らかな休息の調べを奏でる。
 
さういふ空間と時間が、
いかにして成り立つのか。
茶室といふ場で、
宇宙の大いなる息遣ひとの調和が、
茶人によつていかに織りなされるのか。
茶といふものをあひだにする、
人と人との磨かれたこころのありやうが、
いかにその空間と時間を無限に深いものにしうるのか。
日本人が美の神にいかにして仕へてきたか。
またそのためにいかにして己れを律することに努めたか。
この本では、
それらのことが磨かれたことばで述べられてゐる。
 
小册子だが、
あまりにも拔き書きしたい名文に溢れてゐる。
ひとつだけ書き冩してみる。
  
  おのれを美しくしなければ、
  美に近づく權利がない・・・
  茶人たちは藝術家以上の何ものか、
  藝術それじたいにならうとした。


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2017年03月02日

伊東静雄といふ男 〜執行草舟氏『友よ』から〜


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執行草舟氏が、
著書『友よ』の中で、
一遍の詩、
「そんなに凝視めるな」を取り上げながら、
伊藤靜雄といふひとりの詩人、
ひとりの男について、
書いてゐる。
 
 
 私は、その詩もさることながら、
 この簡單な人生をこそこよなく尊敬する。
 現今の世の中を見るにつけ、
 伊藤靜雄のやうな旧い男の美しさが
 より鮮明にわかる時代となつた。
 つまり伊藤靜雄の人生を考へる時、
 私は日本の男の生き方を考へてゐるのだ。
 いはゆる恩に生き、
 名聲を求めず、
 簡素に生き、
 默々と働く。
 そして家族の生活を支へ、
 文句を言はず、
 減らず口は叩かず、
 眞の生活から生まれる行によつて、
 肚の底から絞り出されるものだけを
 この世に殘し、
 默つて死ぬ。
 これが眞の日本男子の生き方だと
 考へさせられるのである。

 (原文は、現代假名遣ひ、當用漢字、改行なし)
 
 
 
この文章の後、
詩「そんなに凝視めるな」の一行一行が、
執行氏によつて讀み込まれる。
 
人間の深い優しさから溢れ出てくる、
逆説のことば。
 
そのやうな、
生きることの、
痛みと悲しみを知るが故の優しさ。
その優しさから生まれてくる、
逆説的なことばを発する人に、
わたし自身これまでの人生で接したことがなかつた。
 
それ故、
伊藤靜雄の詩をこれまで愛唱してきたが、
その詩には、長いあひだ、
その内なるたましいを豫感しながらも、
なぜか、こころにほどきえぬ、
隔靴掻痒のもどかしい想ひを抱いてゐた。
 
が、執行氏によつて、
この詩が取り上げられ、
長い年月のあひだのこほりが溶けたやうに感じた。
 
この『友よ』といふ書、
執行氏の全体重がかけられた一文一文で綴られる、
そのやうな文章が全四十五章。
四十五の詩歌が取り上げられ、
どの章を讀んでも、
その詩と詩人に惚れ込んでしまふ。
 
 
伊藤靜雄の詩をここに記しておきます。
 
 
そんなに凝視(みつ)めるな わかい友
自然が与へる暗示は
いかにそれが光耀(くわうえう)にみちてゐようとも
凝視めるふかい瞳にはつひに悲しみだ
鳥の飛翔の跡を天空(そら)にさがすな
夕陽と朝陽のなかに立ちどまるな
手にふるる野花はそれを摘み
花とみづからをささへつつ歩みを運べ
問ひはそのままに答へであり
堪へる痛みもすでにひとつの睡眠(ねむり)だ
風がつたへる白い稜石(かどいし)の反射を わかい友
そんなに永く凝視めるな
われ等は自然の多様と変化のうちにこそ育ち
あゝ 歓びと意志も亦そこにあると知れ
         (「そんなに凝視めるな」伊東静雄)


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2017年02月22日

「覺悟」といふ精神の系譜 〜『保田輿重郎と萬葉集』(小川榮太郎著)を讀んで〜


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『保田輿重郎と萬葉集』(小川榮太郎著)を讀んで
(月刊『VOICE』平成二十八年十・十一月号掲載)

 小川榮太郎氏によるこの論説を讀み、保田與重郎による『萬葉集の精神』を讀み、大伴家持による『萬葉集』をひもとき續ける。そんな毎日が續いてゐる。

 そんな毎日がわたしに何をもたらしてゐるか。それは、「覺悟」といふ精神の系譜である。その系譜を自分自身で踏んで歩くための力である。靜かだけれども、人のこころの奧底に確かに在る「こころざし」そのものの持つ力である。

 新しく小川氏によつて書き表されたこの文章を熟讀する人がゐるならば、かそけきものかもしれぬが、この國にきつと傳來の精神の底流が途切れず保持される。わたしは、さう感じてゐる。

 日本といふ國に於て、皇室の存在意義を搖るがすやうな危機は、これまでの長い歴史の中で幾度かあつた。それは同時に我が國の危機であつた。古き神ながらの道・古神道から離れゆく政治的・文化的情勢の怒涛のやうな流れに對する悲哀と慟哭を強く感覺した者が、まづもつて柿本人麻呂であり、大伴家持であり、幕末維新の志士たちであり、保田與重郎であり、そして、この論説を起こした小川榮太郎氏である。

 その危機が最初に大きく現前した壬申の亂をどのやうに捉へ、どのやうなことばをもつて記述するか。それによつて、以後の一國のあり方が決められていく。地に堕ちた人のことば(言挙げ)だけでやりくりしようとするのか。神々との繋がりの中で響き來ることば(言霊)にみづからをさらしつつ語つてゆくのか。江戸時代の國學者たちは、後者のことばの力に依つた古典を古事記と萬葉集、とりわけこのふたつをその代表するものとした。さう、ことばの力(言靈)こそが、人のこころを救ひ、國の歴史を定め、後の世の流れを左右するのだ。萬葉集は、そのことばが、イデオロギーに依るのではなく、民の心情・草莽のこころざしから記された我が國最高の古典なのである。

 その國史への悲哀と慟哭が、壬申の亂の後に、大君に仕へる宮廷歌人であり草莽の民である柿本人麻呂によつて詠はれ、そのいくつもの長歌には、この國の精神を救ふ偉大なることばの力が見いだされる。人麻呂は、天智天皇・天武天皇、兩統の間での正邪を斷じて正統性を爭ふやうな言舉げを決してせず、内亂を描いても敵對や分離を示さず、あくまで「國の心の一つに凝り固まらうとする」尊皇によるこの國の根本義をもつて壬申の亂を描く。その人麻呂の詠歌によつて、日本の歴史は救はれ、皇室の純粹性は保たれたのだといふ、家持の直感、保田の深い見識を、小川氏は浮かび上がらせる。

 そのやうな、國の精神を救つた、人麻呂の神ながらともいへるこころざしからのことば遣ひをそのままの精神で掬ひ上げ、萬葉集として記録したのが大伴家持である。しかし、藤原氏の政治的專横・暴虐によつて、自分たち大伴氏族の勢力だけでなく、大君を慕ひ、仕へ奉る勤皇の精神が政治の中樞から失墜し續けてゐる當時の運命的状況の中で、家持は既に人としての迷ひ、弱さ、絶望を充分に味はひ知つた人であつた。だからこそ、彼こそは當時の時流に抗して、明晰な意識をもつてその言靈に宿る精神を記録し、またみづからも詠つたのだつた。その行爲は、己れ以外のものからの壓力や命令によるものではなく、ひたすらに己が身の奧底から溢れ出てくる大君への眞情、草莽のこころざしからのものであつた。小川氏はその家持の「覺悟」を見事に描き出してゐる。「新しい政治・文化状況を認めない。が、政治陰謀には加擔しない。認めない事を、人麻呂以來の歌の傳統を繼ぐことで證立てる。‐ これが家持の覺悟だつたと見ていい。」

 人の世を生き拔き、この世の榮華を勝ち誇るのではなく、政治的に必敗のこのやうな生き方を家持に選ばせたのは、いつたいどのやうな念ひだつたのか。それは、「かけまくも 畏き」「大君の思想」である。人麻呂の神の力に通われたやうなこころざしからの歌。それらを歴史の藻屑と消え去つていくことから掬ひ出し、更にその心境にみづからも重なるやうに己れの歌を詠ひ、そして四千五百首以上の優れたやまとことばによる歌を集めて萬葉集を編むことで、家持は人麻呂の大君への念ひを繼ぐ。その繼承によつて、家持はその念ひを「大君の思想」へと練り上げたのだ。

 現實世界からの逃げではなく、ことばの精神に生きることこそが國を究極には救ふのだといふ、その家持の「見識」「覺悟」こそが、萬葉集といふ我が國最高の古典の源泉、眞髄であり、その覺悟に至るまでの葛藤・勘案が萬葉集を貫くリアリティーだつた。家持は、美學の洗煉の中で古今集以後失はれてしまつたこころざしを述べること、述志こそが和歌の眞髄であることを意識して實行した、一人の人だつたのである。

 少年時代からその萬葉集に親しみ、江戸時代の土佐の國學者・鹿持雅澄の『萬葉集古義』にその「覚悟の系譜」を學び續けた保田與重郎は、大東亞戰爭勃發直前に『萬葉集の精神』といふ著述のために筆を起こした。異常な緊張に漲つてゐた當時、彼は己れの「覺悟」をその家持の「覺悟」に重ねた。 そしてその態度は、戰後も一貫するのである。

 彼は、當時のアララギ派を中心とした近代歌論を明確に否定し、一首一首に表れる美、ひとりひとりの歌人に表れる美學よりも、それらを土臺で支へる「國の心の一つに凝り固まらうとする」こころざしをこそ本質だとする、萬葉集に對するもつとも古く、もつとも新しい見立てを行ふ。

 そして、戰前、戰中、ヒステリツクに叫ばれる國策としての萬葉利用を根柢から侮蔑する。その叫びは、右往左往する國際情勢からの場當たり的な論から生まれたものであり、なんら國のおほもとに立ち返つての搖るがぬこころざしからのものではなかつたからである。

 當時のアメリカと日本の、物量に於る壓倒的な彼我の差は、當然保田にも認識されてをり、その上で絶叫される戰意昂揚などに彼は全く同調することはできない。

 ここで、小川氏は、文業に對する保田の身を賭してのあり方を鮮やかにかう書き記してゐる。
 「戰が始まつたことをまづ神意と見た上で、日本の祷りを行くしかない、これは狂信ではなく、あの時代に一文學者の立ち得る唯一の合理だつたとさへ言へるであらう。その意味で、これは寧ろ、時局を批判しながら、大東亞戰爭の精神を救ふ立場だといふべきではないか。」この立場に徹することが、保田の第一の「覺悟」であつた。
 
 さういふ保田の姿勢を理解したものは、出征していつた多くの多くの若者たちだつた。そして年老いたインテリゲンチャほど、その草莽のこころざしを理解できなかつた。さういふ状況は、彼自身出征し、歸國した戰後も變はりなく、戰前親交を持つてゐた龜井勝一郎にさへ、保田は曲解されてゐる。さうして彼は戰後、アメリカのGHQによる公職追放だけでなく、文壇からの追放といふ四面楚歌のやうな立場に追ひ込まれる。
 
 ここで、二つ目の保田の挺身・「覺悟」が小川氏によつて記されてゐる。それは、友であつた龜井のことばに端的に表されてゐるやうな「ものいひ」に對する戰後のことばである。その「ものいひ」とは、保田の文業が多くの若者を無殘にも戰爭に驅り立てたのではないか、そのことに對する反省は如何、といふものだつた。GHQによる占領檢閲下の昭和二十四年、戰前の日本は全否定され、聯合軍の正義と日本軍國主義の惡は絶對的なテーゼだつた。その時に、保田は龜井勝一郎に答へる形で、「小生は戰爭に行つた日と同じ氣持で、海ゆかばを歌ひ、朝戸出の挨拶を殘して、死す」と書いた。「海ゆかば」とは、大伴家持によつて「大君の邊にこそ死なめ 顧みはせじ」と詠はれた長歌のことである。小川氏は書く。「戰後かういふことを明確に、それもここまで激しい言葉で堂々と言ひ放つた文學者は、川端康成や小林秀雄を含め、殘念ながら他に一人もゐないのである。」

 論説文の最後に、この「覺悟」の系譜を小川氏は改めて家持から辿る。

 壬申の亂後約八十年が経つた後でも、防人をはじめとする草莽の民たちによつて大君への純粹な念ひが詠われる。そして、その純粹を裏切るやうな藤原氏の陰謀の政治。その間に立つて、絶大な責任を感じた家持は歌をもつて「國の柱となり神と民との中間の柱になるものは」自分以外にないといふ自覺に達したのである。

 昭和十年代に於いて保田與重郎は、この家持の自覺・覺悟を引き繼ぎ、我が國未曾有の危機である大東亞戰爭に面して、みづからも文人として、この神と民との間に立つ柱となる自覺を覺える。小川氏は書く。「保田は萬葉集を解いたのではなく、自らの言葉で同じ道を踏まうとしたのである。保田自身が現に經驗してゐた、日本の更に巨きな亡びの自覺が、それを彼に強ひたからだ。」

 そして、この論説文の最後に、筆者小川榮太郎氏の「覺悟」が、韜晦のかたちに包まれて記されてゐる。「・・・眞の戰ひは全く終はらぬまま、『國の柱となり神と民との中間の柱となる』覺悟のない七十年が過ぎ、我々は亡びの過程を今も下降し續けてゐる。萬葉集は決して過去の詩歌集などではないといふやうな言葉が、一體今、誰に屆くのかを怪しみながら、ひとまづ、私は筆を擱く。」

 文學者とは、ともすれば離叛していかうとする精神と物質を仲介する橋にならふとする人である。ことばをもつて、神と民との中間の柱になることを念じ、悲願し、志す人である。さういふこころざしを持つ人の系譜が、柿本人麻呂から大伴家持へ、そして幕末ごろの國學者たち、維新の志士たちへ、更に保田與重郎へと引き繼がれてゐることを小川氏は書き記した。そして、さらに小川氏自身が、この系譜の尖端に立つてゐることをも、わたしは改めて強く感じることである。

 現實の世の混亂・危機から、人のこころを救ふのは、まづもつて、ことばである。人のこころを覺醒させ、非本質的なところから本質的なところに立ち返らせる、そんなことばなのである。小川氏によるこの『保田與重郎と萬葉集』といふ文章は、さういふことばを發し續ける覺悟を固めた人の系譜を記してゐる。

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2017年02月10日

本居宣長 うひ山ふみ


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 吾は、あたら精力を、外の國の事に用ひんよりは、
 わがみづからの國の事に用ひまほしく思ふ也、
 その勝劣のさだなどは、しばらくさしおきて、
 まづ、よその事にのみかかづらひて、
 わが内の國の事をしらざらんは、くちをしきわざならんや

 

よその事にのみかかづらふ、
その口惜しさは、よく分かるやうに思ひます。
 
なぜ口惜しいか。
 
それは、よその事にかかづらはつてゐるうちに、
いつしかおのづから己れの内のことを蔑ろに思ふやうになり、
あちらを優に持ち上げ、
こちらを劣に貶めるやうになつてしまふからです。
 
まことは、優か劣か、といふ問題ではなく、
比較を絶した、
主體性の問題だと思ふ。
 
つまり、「わたしはわたしである」、
さらには、「わたしはある」といふ、
神の名そのものでもある、このことばを、
深く己れのものにすることにあるのでは・・・。
 
己れをみづから貶めてしまふことの弊害は、
恐ろしいものです。
 
個人のことから國家のことにまで、
そのことは云へるやうに思ひます。
 

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2017年01月13日

川端康成『雪國』ヲ再讀ス


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何十年ぶりに川端康成の『雪國』を讀む。
二十代の時に讀んだ時もこの作品には強く惹かれた。
しかし、五十代になってゐるいま、
ここに登場してくる女や男の悲しみが、
以前よりいつさう身に沁みるやうに感じる。
 
昨年暮れ、東京の講演会で桶谷秀明氏の話しを聴き、
その時の彼のことばでとても印象的だったのが、
この作品についての感想であつた。
 
作品の最後のところ、
女が気が狂つてしまつた時、
男は己れのなかへ、
夜空に高く流れてゐた天の河が、
さあと音を立てて流れ落ちて來るやうに感じる。
 
そこのところを、
桶谷氏はとりわけ感銘深く受け取られ、
日本文學の粋であるというやうなことを、
仰つてをられたやうに記憶してゐる。
 
自分自身の宿阿を吹き飛ばすやうな、
人の生死の境に出逢ふ時、
天から何かが急に己れのうちに流れ込んで來て、
それによつて、
激しく揺さぶられ、攫(さら)はれ、洗はれ、
そして、生まれ変わつてしまふといふこと。 
わたし自身、若い時には分からなかつたその感覚。
 
今回はいつさうのリアリティーに迫られて感銘深く頁を閉じた。

後の世代の日本人が、
かういつた文学を愛讀していく、
そんな機縁を生み出していくために仕事をしていくのだ。
 

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2016年10月17日

『わが萬葉集』(保田與重郎) 〜淨々たる新しい國學・萬葉學へのいざない〜


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戰中の昭和十七年に畢生の大著たる『萬葉集の精神』を世に送った著者が、
その約三十年後、昭和四十六年から五十四年まで約九年かけて、
五十回に分けて雜誌に連載したこの『わが萬葉集』。
 

文庫本にして約600頁にわたる本書。
一首ごとの注釋は、
三十年前に比してさらに圓熟味を増し、
わたしも二回通讀したが、讀めども讀めども盡きない滋味あふれたものだ。

萬葉の多くの歌が、讀み手に現世とは別の世の感覺をもたらす。
その感覺がもたらす現世の時閧フ停止。
その「まさか」の(ま)こそが、
言靈の風雅(みやび)が息づくときである。

そして、保田は、
萬葉集の精神を三十年前に變わらず一貫して説いている。

萬葉集全體を貫く精神に、
一回ごとのテーマに沿って樣々な觀點から光を當てて、
繰り返しこの國民文學の本質をあぶりだすような記述なのだ。

この集が大伴家持によって殘されなかったならば、
日本人はみずからの歴史の信實を知り得なかったかもしれない。
日本語、そして日本という國も、殘されていなかったかもしれない。
この萬葉集こそが、「日本書紀」や「續日本紀」以上に、
わが國史の信實、「皇神(すめがみ)の道義(みち)」をわたしたちに傳えている。

保田は、そう、繰り返し、説いている。

「萬葉集古義」において土佐の國學者・鹿持雅澄が、、
「皇神(すめがみ)の道義(みち)は、言靈の風雅(みやび)に顯れる」
というおおいなる日本文學の精髓を掬いだし、
保田は、その一點をこそ、己れの精神の泉のありかだと見定めたように思える。

生きた激しい生命の文學としての、古典の注釋。
生きた文學であるからこそ、
各々の國民のこころの奧深くに鎭まっている歴史を掘り起こすことができる。

國學とは、そのような注釋という行爲そのものである。

江戸時代の國學者たちがなしあげたその仕事は、
文明開化、富國強兵という大忙しの世情の中で、
明治と大正の代ではなきものにされてしまった。

保田は、その大仕事を昭和の代に新しく引き繼いだ。

わたしたちは引き繼ぐことができるだろうか。

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2016年08月09日

わたしたちの神學〜長谷川三千子著『神やぶれたまはず』を再々讀して〜


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日本人であること。
それはどういうことなのか、という問いに取り組んでいて、
ある勤しみがどうしても欠かせないとあるときいたく感じた。

「God」や「the Almighty」、「divine」、「Got」、「Dieu」などとは違い、
わたしたちの言語によって言い表されている「かみ」「カミ」「神」とは、
いったい何を表し、
また「天皇」という御存在は何を意味するのか、
それらの意味の深みを汲み取りつづけていくこと。
その勤しみである。

そのためには、我が国の歴史と傳統を學び直すことが、
自分にはどうしても必要だった。

その基本的な學びのはじめとして、
わたしはこの本を平成二十六年七月に手に入れ、
それ以来、一年に一度讀み返し、この夏で三回目の再々讀。


先の戰爭における昭和二十年八月十五日正午。
そのとき、いったい何が起こっていたのか。
そのとき、
多くの日本人に感じ取られたという「あのしいんとした靜けさ」に、
何を聴き取ることができるか。

そのことの解き明かしをもって、
わたしたちは、日本人の神學を打ち樹ててゆく。

日本人が日本人として生きていくためには、
自分たちの神學がどうしても要る。

それは、わたしたち日本人と神との關係、
わたしたち日本人と天皇との關係を解き明かしていく學びだ。

普遍的な人間など、どこにもいない。
日本人は、日本人になろうとする勤しみの中で、
おのずから普遍的な眞理をからだの奥底から立ち上げていくのだから。

それは、決して、
知識の輸入物でないのは勿論のこと、
外部からの装着によって身につく代物ではない。

普遍性は土着性からのみ生まれてくる。

そう、神學とは、己れの立っている場所において、
精神を汲み取り聴き取る、その営みから始まる。

そして、私たち日本人にとって、
先の戰爭とそのあとの時間の流れの内實を、
歴史の流れの中で見はるかし、見とおし、見定めていくことが、
わたしたちの未來を健やかに導いていく。


  昭和二十年八月十五日、
  われわれの時間は或る種の麻痺状態に陥って、
  そのまま歩みを止めてゐる。
  しかし、その麻痺状態は、それ自體が一つの手がかりである。
  そこに何か大事なものがあり、
  それを忘れ去ってはならないことを、
  人々が無意識のうちに察知してゐるからこそ、
  日本人の精神史は、そこで凍結し、歩みを止めてゐるのである。
                          (序文より)


七十一年前の八月十五日に発せられたあの玉音放送から始まった、
我が國における精神の凍結。精神の不在。

そして、昨日、八月八日十五時の、
ビデオメッセージによる今上天皇のおことば。

それを、わたしたちの精神の解凍、新しい誕生に向けて、
極めて秘めやかな機縁にするのも、わたしたち次第である。

そのことを陛下は心中深く希っておられる、
そう感じた。




今日は、旧暦の七月七日、七夕の日だ。
家族そろって、祈りのことば、願いのことばを書き記し、
庭の木に吊り下げた。
天への祈りは、
この大地に立つわたしたち人から捧げられる。

この夏、この本の文庫本が出た。
文庫本のみの桶谷秀昭氏によるあとがきも滋味深いこと限りない。
こころからお勸めします。

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2016年03月25日

文学の希み 〜竹西寛子短編集『五十鈴川の鴨』〜


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またまた、本屋に関することなのですが、
インターネットで本を購入することと違い、
時間をかけて本屋にわざわざ足を運ぶ、
そういう楽しみがあります。
 
それは、
本屋の棚に並んでいる背表紙を次々に見ているうち、
引き寄せられるが如くに、
新しい本、新しい作者、新しい作品を手に取り、
頁を繰り、眼を走らせ、そこで立ち止まらされ、
「これは買って、腰を据えて読まずにはいられない」
という思いをもたせてくれる本に出会うことができる、
そんな楽しみなのです。

先日は、短編集『五十鈴川の鴨』という竹西寛子氏の作品に出会い、
これは腰を据えて読まなければ、と感じ、購入しました。

もともと、竹西氏の評論作品は長年の間、読んできて、
深い感銘を受けてきたつもりでいたのですが、
わたし自身の不明から彼女の小説にはなぜかこころが向かなかった、
向き合えなかったのです。

しかし、いま、この短編集のすべての物語において描かれている、
人というものの陰影の深さに、静かに、強く、こころを動かされています。

人のこころに寄り添うということが、
いったいどれほどの労力を用いるものなのか、
いかに細やかで粘り強い内なる力を要するかということを、
恥ずかしながら、これまでは、よく分からずにいたのだと思います。

人のこころとは、
なんという尊さと聖さをもちうるものであり、
また怖しく、畏しいものであることだろう。

静かな調べを奏でている竹西氏の文章の奥深くに、
そのことへの畏怖が流れているのを感じます。

人というものを、深みから、細やかに、汲みとる。

文を刻むとは、その行為そのものであるように思われます。

そうして文学は、つまるところ、人というものへの希みと愛を想い出させる。

竹西氏の文章からそのことを改めて鮮烈に感じさせられています。

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2016年02月04日

志村ふくみさんの『一色一生』を読んで


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静かな時間と静かなこころを取り戻し、
花瓶にさされてある花を観る。
 
その花に通っているいのちが、
こんなにも活き活きとしたみずみずしい色を齎してくれている。
 
花という外なる自然が、
こころという内なる自然に働きかけてくる。
 
色の向こうに息づいているいのち。
 
そのいのちを迎えて、
こころに波のような動きが生まれる。
 
その内なる動きは、
こころに新しいいのちを甦らせる。
 
花のいのちが、こころのいのちとなる。
 
二十年前に購い、愛読した、
染織家、志村ふくみさんの『一色一生』を、
なぜか再び手に取って熱心に読む。
 
彼女は、ものというものを見るとき、
そこに、ものの向こうに顕れる何かを、
ことばにしている。
 
  
 これを織った山陰の一人の女性は、
 何からこの軽妙洒脱な図柄を盗み取ったのだろう。
 まだ明けきらぬ静けさの中で、
 ふと蚊帳の一隅を見て触発されたのであろうか。
 私はふと、
 彼女を包む白い領域とでもいうようなものを思い浮かべた。
 彼女は知らずして、
 夫や子供のために心をこめて機を織っている。
 そのとき、何かが彼女を助け、
 白い領域にいざなって
 この仕事をなさしめたのではないだろうか。
 今の人は精巧な計算尺を持っていて、
 驚くほど巧緻な絣を織ることが出来る。
 しかし彼女達は質素な計算尺しか持っていなかった。
 ただ家族のうえを思う計算尺だった。

 
 
ものの向こうに、
暮らしのなかに、
いのちを観る。
こころを観る。
精神を観る。
 
そのような眼を、
わたしたち日本の民は永く持っていたのではないだろうか。

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2016年01月07日

聖なる消費としての我が国の祭 〜柳田國男『日本の祭』を読んで〜


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永い間、昔の日本人は、
自分たちが何を信じ、何を敬い、何を尊んで生きているかを、ことばにはしなかった。
あまりにも当たり前のこととして自分たちの信仰心のありようを言挙げしなかった。
それは、あえて、しなかったのだ。

人は、視えているものを、あえて、ことばにしようとはしない。
理屈で述べようとはしない。
行為と感覚で応じ、応えるだけだ。

昔の日本人たちは、何を視ていたのか。
柳田は、それを「何か普通の宗教の定義以上に、更に余分のもの」と言っている。
その余分のものとは、
「天然又は霊界に対する、信仰といふよりも寧ろ観念と名づくべきもの」と言っている。
その観念とは、きっと、
精神というものの、あるがままの生きた絵姿と言ってもいいのではないか。

わたしたち日本人は、
その精神のリアリティーを失わずに保ち続けていた時間が、
西洋の人に比べて随分と長かったのではないだろうか。

そのように、神さまを親しく迎え、リアルな精神的絵姿(ヴィジョン)とともに、
喜びと感謝と畏れをもって、
その年にとれた米や酒を、神さまと共にいただく行為が、我が国の「祭」である。

祭において、神さまと共に、喜び、食べ、飲み、歌い、舞う。
そこにいたる備えとして、ひとりひとりが身を、こころを、浄める。
その浄めがあってこそ、その神人同食が聖なるものになり、
祭そのものが、聖なる消費となって、
わたしたちの生活を単なる物質の営みに堕することから救い出してくれていたのだろう。

昭和16年夏、大学で理工農医を学びに地方から東京に出てきた学生たちに、
諸君たちが後にしてきた故郷の暮らしの中にこそ、
文字だけを頼りにしていては学ぼうとしても学びえない「真実といふもの」があること、
その「人生の事実」は、諸君が学ぼうとしている「学問」よりも遥かに大事な事なんだ、
そう柳田は、アメリカとの戦争を目前にして、
静かに、しかし、切実に、語り伝えようとしている。

21世紀を生きているわたしたちが人間らしく健やかに生きていくために、
この本を読むことで、昔の我が国の固有の信仰のあり方を学び知ること。

そして、さらに、わたしたちの暮らしのなかに、新しい意識をもって、
新しい「祭」を創り出していくこと。

そのことを追い求めていきたいと、考えている。


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2014年09月08日

形を見る詩人の直覚 〜小林秀雄『歴史の魂』を読んで〜


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あの本(本居宣長『古事記伝』)が立派なのは、
はじめて彼が「古事記」の立派な考証をしたといふ処だけにあるのではない。
今日の学者にもあれより正確な考証は可能であります。
然しあの考証に表れた宣長の古典に対する驚くべき愛情は、無比のものなのである。
彼には、「古事記」の美しい形といふものが、全身で感じられてゐたのです。
さかしらな批判解釈を絶した美しい形といふものをしつかりと感じてゐた。
そこに宣長の一番深い思想があるといふことを僕は感じた。
僕はさういふ思想は現代では非常に判りにくいのぢゃないかと思ふ。
美しい形を見るよりも先づ、
それを現代流に解釈する、自己流に解釈する、
所謂解釈だらけの世の中には、
「古事記伝」の底を流れてゐる様な本当の強い宣長の精神は判りにくいのぢゃないかと思ひます。
(中略)
・・・歴史を記憶し整理する事はやさしいが、
歴史を鮮やかに思ひ出すといふ事は難しい、
これには詩人の直覚が要るのであります。




夥しく人から人へと飛び交っている観念、思弁、定説、スローガンなどに捉われ、振り回され、惑わされてしまうとき、人は、その人ではなくなってしまう。

わたしは、わたしであるように、気をつけたい。

そのために、解釈・判断をしばらく置いておき、「形を見ること」「動きを聴くこと」に習熟していく。

そして、考える力がゆっくりと熟してくるのを待つ。

あらかじめの考えや意見を、ものや人に当て嵌めてものを言うのは、そのものや人だけでなく、自分自身を損なってしまう。


言語造形をするとき、わたしたちは発せられることばの響きの中に、同じく、形を見、動きを聴きます。

解釈や思惑を置いておき、そのときに見えてくる形、聴こえてくる動きを直覚する。

その感覚が、美しいものに触れることへとだんだんと近づいていく。

そこに、稽古の喜びがあります。

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2014年07月05日

小林秀雄の『助言』


小林秀雄が「作家志願者への助言」という文章を書いている。
 
    助言というものは決して説明でない、分析でない、
   いつも実行を勧誘しているものだと覚悟して聞くことだ。
   親身になって話しかけている時、
   親身になって聞く人が少ない。
   これがあらゆる名助言の常に出会う悲劇なのだ。

 
話す人が覚悟して話しているならば、聞く人もその覚悟に応ずるような態度で聞こうとすること、それは人と人との関わり合いとして極めてまっとうなことであり、健やかなことではないか。
 
助言を求めてもいない時、問うてもいない時に、その人に助言やアドバイスや答えを与えたり、教えたりしようとする人が時々いるが、それはやめた方がいいと思う。
 
しかし、人と人との間で問いと応えが交わされるとき、親身になって話しかけ、親身になって聴くということの深みが感じられてくることほど、生きている喜びを感じさせてくれることもなかなかない。
 
彼は五つの助言を作家志望者に向けて書いている。
 
    一. つねに第一流作品のみを読め
   二. 一流作品は例外なく難解なものと知れ
   三. 一流作品の影響を恐れるな
   四. 若し或る名作家を択んだら彼の全集を読め
   五. 小説を小説だと思って読むな

 
これは作家志望者だけではなく、創造的な仕事をしていこうとするすべての人にとっての名助言だと思う。
 
特に、三つ目について。
自分のすべての感覚を開いて、学ぼうとしていることや仕事に飛び込んでみること。その対象に全身全霊をもって交わり、ひとつになるのだ。その交わりの中からこそ、己のことば(オリジナリティー)を汲み出しえる。まずは己を空にして対象に交わりつづけるのだ。
 
対象から距離を置いて、自分に都合のいいところだけを抜き取ろうというような態度では、何も得るところがない。それでは、自分が生まれ変わるということが起こりえない。
 
自分の仕事にすぐに役立てようというような態度だと、何も学ぶことはできないということを特に深く感じる。
 
「もの」の内側に入って行かないと、何も始まらないのだ。

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2014年06月29日

未来のセザンヌ論 〜前田英樹『セザンヌ 画家のメチエ』を読んで〜


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画家とは、何をする人なのか。
道楽で絵を描くのではなく、「仕事」として絵を描くとはどういうことか。

セザンヌのその「仕事」が過酷なまでに自然から命ぜられたことであり、「感覚を実現すること」、それこそが彼の「仕事」であったことを、彼が荷ったモチーフやひとつひとつの作品に沿いながら、前田氏は書き記していく。

この前田氏の作業は、セザンヌというある意味での透視者の仕事の内側に入ろうとしなければ成り立ち得ないものだ。

セザンヌが強い意欲をもって、ものを見ようとすればするほど、自然が自然そのものの内に秘めている持続的な、強い、時に巨大な「もの」を彼に流し込んでくる。
それはすでに肉体の目を超えて受信される「もの」である。

セザンヌによって受信されたその「もの」が、キャンバスの上で絵画記号としての色彩に転換される様を描こうとするには、従来の外側から(例えば、パースペクティブのことなど)の視点に拠る評論では埒があかないだろう。

その様を書き記す前田氏自身がその「もの」の受信に通じていなければ、書くことができないはずだ。

その意味で、前田氏のこのセザンヌ論は、おそらく、未来においてより深くより広く理解されてゆくものだろうと思う。

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2014年06月26日

「ことよさし」されている仕事 〜前田英樹『日本人の信仰心』を読んで〜


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わたしたちはめいめい仕事を持っている。

その仕事というものが、機械によってではなく、その人その人によってからだとこころを総動員させながら数限りない反復を通してなされる時、その反復は極めて微妙で繊細ながらも確かな手応えというものを人に授ける。

それは、仕事という「もの」のなかにその人が入りこんで、共に呼吸をするような具合とも言える。

その時、自身のこころが静まり、清まり、深まっていることにも気づく。

そして、そのようなこころのありようによって喜びと感謝と共に初めて見えてくるもの・ヴィジョンがあることをも知っている。

それをわたしたち日本人は、神として捉えてきた。

前田氏はこの本で、幾人かの先人たちの仕事を通して、そのことの内実を観ようとしている。

保田與重郎、小林秀雄、柳宗悦、柳田國男、本居宣長・・・
その先人たちはいずれも、「もの」のなかに入り込むことによって仕事をした人たちである。

彼らは、無数の無名の水田耕作者が神からの「ことよさし」である米作りを通して、植物的生命の中に入り込み、神への感謝と喜びと畏れと共に生活してきた、その信仰を身をもって感じ取っていたからである。

日本人の信仰は、経典や説教や伝道で育まれて来たのではない。

米作りという生産生活そのものが信仰を育んできたのだし、米作りによる祭の生活そのものが信仰生活だった。

それは、「神ながらの道」「ものへゆく道」であった。

「言挙げ」を拒む静かな日々の労働、無言の反復こそが、人を神に導く。

いま、わたしたちは、各々、各自の仕事を「ことよさし」された仕事として捉え直すことができるだろうか。

そして、外側の何かに反発するのでも同調するのでもなく、自分の生業に静かに立ち戻り、感謝をもってそれに取り組むことができるだろうか。

それ以外の言動や行動は、結局のところ、いったい何を引き起こすことになるのだろうか。

あまりにもかまびすしい「言挙げ」に満たされている現在、いかにしてあえて目を塞ぎ、耳を閉じ、理屈を言わずに、手足を動かしていくか。

その胆力が問われている。

_______________________________________

この本には、これまでの前田氏の仕事のエッセンスすべてが注ぎ込まれているように思われる。

そして、2010年の12月に出版されたこの本が、その約三ヶ月後に起こった未曾有の出来事に対して、すでに、ある「ことば」を予兆のように鳴らしている。

それは、人に根本的な覚醒を促す呼びかけの「ことば」である。


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2014年05月13日

詩人に神は現れる 〜保田與重郎『芭蕉』を読んで〜


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「わが(国の)歴史は祭りの歴史であった。文芸の歴史も、実に詩人にあらはれた神を祭る歴史に他ならなかったのである」

保田與重郎は『芭蕉』の冒頭に近いところでそう書いている。

詩人に神は現れる。
その現れた神を祭る歴史が文学史である。
その歴史の最期に位置するのが江戸の元禄期に生涯を終えた芭蕉である。
その芭蕉がいかにして俳諧をもって神を祭ることに人生を賭けたかを保田は論じている。

2011年3月11日以降、明治維新以来近代的経済成長を至上価値としてきた日本に生きるわたしたちは、その行き詰まりまで経験したのではないか。
そして、これほどの惨事を経験したいま、「神を祭る」ということの現実的意味を多くの人が求め始めているのではないか。
しかし、詩人たちが代々守り通してきたその精神は、現代を生きるわたしたちにとって、外側に何かを求めて探し回るようなものではなく、己の内側にすでにずっと流れているいのちの原理であって、何も特別なものではない。
その精神は、教義の中にあるのではなく、米作りを中心にした日本人の生活の中にある。その当たり前の生活こそが、神(かむ)ながらの道であるからだ。

その生活と分離せず一如である精神を、おおらかに軽みをもって、かつ激しく謳い上げたのが、芭蕉である。

そのような歴史を一貫する志の道を明確にあぶりだす保田の論は、彼自身の志とひとつになっている。論じる対象と自分自身の生きる原理たる志がひとつになっている。

保田のものを読む時の爽快感は、その言行一致のあり方、研究と志の一体性、そして自己と国の歴史を貫く精神の一貫性によっている。

芭蕉が、古人の跡を求めず古人の求めたるところを求めよ、と弟子に言い残したように、この本を書いた保田與重郎も、芭蕉を求めるのではなく芭蕉が求めたものを求めて生涯を生き抜いた。

この本を読む人も古人の跡を慕うのではなく古人の求めたるところを求めて生きていくことができるのだ、という励ましが文章の背後に満ち満ちているように感じる。

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2014年04月22日

俗語を正す詩人たちの歴史 〜保田與重郎『日本の文学史』を読んで〜


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この本の一頁一頁は、なんと熱い情と遠くを見はるかす深い見識に裏打ちされていることだろう。頁を繰るごとにそう感嘆する。

俗世ではとかく紛れがちな、「人間らしく生きることとは何か」「人は本来何を求めて生きようとするのか」という、人のこころの奥底にある憧憬。

その憧れを人と人との間で育み、確かめ、守ろうとする時、人は日常生活においてある指針、規範を求める。

我が国においてその指針、規範は、神代の初めからもうすでに「皇國(みくに)の道義(みち)」として与えられており、その「皇國の道義」は「言霊の風雅(みやび)」として現れる。
それを大切に守ろうとしてきたのが都風(みやこぶり)の文化であり、王朝の文学、ことばの芸術であった。

人のこころの乱れは、ことばの乱れとしても現れる。

だからこそ、多くの俗耳にも、
芸術的なことばから生まれる美を入れるために、
「皇國の道義」「言霊の風雅」を育み、守るために、
代々の詩人たちは胸に熱い情を滾らせて「俗語を正す」べく働いてきた。

ヨーロッパその他の国から輸入した精神史、文学史からの理論を下敷きにせずに、
今も日本人のこころの奥底に流れている情をこそ基にして、
ことばの美を目指して築き上げられてきた先人たちの営為のみを見て、
歴史を一貫している「みち」を明らかにすることで書き上げられた、
保田與重郎氏の『日本の文学史』。

この一貫しているものを感じ、知ることができるということは、
自分の国と国語への愛を自覚し、育んでいくためにはとても大切なことではないだろうか。

自分の国、自分の国のことば、そして自分自身を愛するがこそ、
他の国、他の国語、そして他者を愛することができるのだから。



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2014年01月07日

倭(やまと)し 美(うるは)し 〜保田與重郎の『ふるさとなる大和 日本の歴史物語』を読んで〜

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昨日買った、保田與重郎の『ふるさとなる大和 日本の歴史物語』。

ロマノ・ヴルピッタ氏による序文も素晴らしく、ここに引用します。

  保田の理解では、
 日本文化と民族国家としての日本の本質と精神的基盤は「しきしまの道」、
 つまり国語や文学、とりわけ和歌である。
 この観点から見ると、「百人一首」は日本における聖書のようなものであり、
 「百人一首」の伝播は日本文化と民族意識の伝播そのものである。
 
 ・・・一人の日本人でも日本の生活様式を守れば、日本文化は滅びないと確信した彼 (保田)・・・。




わたしが「ことばの家」の仕事を通してやっていきたいと念じているのも、
ことばの芸術を通して、
「道」の奥へと歩いていくことです。

ここでは「しきしまの道」というように言われています。

ひとりの人である<わたし>が己の精神的基盤に立つこと、
それを促すために、
ことばの芸術の奥へとだんだんと入って行くこと。

そのために、日本語の芸術作品を味わっていきたい。
もっと取り組んでいきたい。
もっと使っていきたい。

『古事記』『萬葉集』、和歌、物語、俳諧、近代文学、現代文学・・・。
まずは、自分の関心の向くところから。

しかし、これら日本語の芸術に、特に古典作品に、
自分たち多くの現代人は、馴染みがなく、親しみを持てず、
むしろ外国からの翻訳文学よりも縁遠く感じているのではないか。

だから、改めて、まず自分たち大人が、
国語による古典文学に親しみ、少しずつ通じていく。
面白み、喜び、深みを見いだしていく。

今年は、このことをわが身に徹底させようと思っています。

今日、幼稚園がまだ冬休みなので、
5歳の次女と一緒に、
倭建命(やまとたけるのみこと)の故郷をしのぶ歌を朗々と声に出してみました。

 倭(やまと)は 国のまほろば
 たたなづく 青垣山(あをかきやま)
 隠(ごも)れる 倭(やまと)し 美(うるは)し


なんと、想い、念い、憶いの深く織りなされている歌だろう。
この深さ、強さは、何度も声にしてみなければ、到底感じ得ないものに思われます。
娘も大声で暗唱できるようになりました。





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2013年07月29日

フタリッキリデ暮ラスノダ 〜谷川俊太郎エトセテラ リミックス〜

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(画像を二回クリックしていただくと、読みやすくなります)

『谷川俊太郎エトセテラ リミックス』(いそっぷ社)
赤塚不二夫さんとのコラボ劇画詩集より

「まことのわたし」と「日常のわたし」との二人暮らしなのだ。
それはずっと、ずっとありつづける事実なのだ。
その事実にどう気づき、どう向き合っていくかを問うていくだけなのだ。
こうしてことばにしてくれて、谷川さん、ありがとう。
赤塚さんの画もいい。
これは繰り返し声に出しながら詠んでいきたい。

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2013年05月12日

憧れの喚起 〜前田英樹『 民俗と民藝 (講談社選書メチエ) 』を読んで〜



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2015年11月、再読後、書き改める。

柳田國男と柳宗悦の仕事。
それは「似ている」というような次元でここで語られているのでは全くない。
この『民俗と民藝』という本は、ゆっくりと再読、愛読することで、そのことをはっきりと分からせてくれる。
まえがきでも、こう述べられている。
「実際、この本は、早く読み終わる必要など少しもない本なのだから」

柳田と柳の実際の出会いは、すれ違いに終わったのだが、二人の仕事は、精神の次元において、全く軌を一にしている。
二人は、まさに、前田氏の言う「原理としての日本」を認め、愛し、失われてゆくのを惜しむところから、何か大きなものに動かされるように、それぞれ自分の仕事をしたのである。
この『民俗と民藝』という本は、その二人の精神の邂逅を見てとり、描き切った前田氏の傑作のひとつである。

「原理としての日本」とは、米作りを基とする手足を投じてなされる暮らしそのものであり、それがそのまま信仰の道でもある生き方である。

それは、二人が生きた頃から随分と時を経たこの現代においては、表側ではほとんど徹底的に破壊されたように見えてはいる。

しかし、それでも、いまだに密やかにひとりひとりの日本人の内側も内側に息づいているのではないか、と、この本を読み終えて、わたしは感じている。

たとえ、自分自身が米作りに携わってはいないとしても、この繰り返される毎日のなかから、いかにして精神の産物を産みだしていくことができるか。
そのことを問い続けながら暮らしを創造的に織りなしていくことが、きっと、できる。

繰り返される毎日の暮らし。毎日の仕事。
その中で営まれる当たり前の幸せ。
そのような、いまも、わたしたち日本人の精神に微かに流れ続けている、生きること自体の美しさ、正しさ、善さへの訴求は、決して、止んではいないと、思う。

前田氏は、その清流の微かな流れの音を聴き取り、その調べを、まさしくフーガのごとく美しく、かつ力強く、歌うように奏でた。

この本に注ぎ込んだ前田英樹氏の精神の労働量をまざまざと感じる。

________________________________
以下、以前に書いたもの。

この前田氏の本は、柳田國男と柳宗悦、各々の本を更に読み深めていきたいという欲求をわたしのうちに呼び起こしてくれる。

自分自身が生きていくための指針を思い起こしたいという、こころの深い憧れを刺激するからだと思う。

柳田と柳が仕事において貫こうとした主要なモチーフが、今の日本で生きる自分自身のリアリティーと深いところでいまだ繋がっていて、その繋がりを更にこれから積極的に育んでいきたいという憧れだ。

そのリアリティーとは、この肉体は先祖の血を引き継いで、いま、ここにあるが、その肉体を通してこそ、先祖や民族を超える普遍的な生を生きること。

肉体をもって、いかに精神を生き切るか。

この肉体に秘められている血の深みを踏まえつつ、いかにして精神の骨を天に向けて直立させるか。

その問いがわたしにとってリアリティーを持つ。

この本を再読したくなるのも、自分自身の人生とこの本とを繋げるためだと感じている。

前田氏は、そんな憧れを読む者に呼び起こさせる文章を書き続けてくれている。




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2009年09月26日

ぼろぼろになるまで

 ・・・と言っても、自分のことではなく、本のこと。
 本を読んでいて、自分の手で気づいたことを書き込み、線を引き、ぼろぼろになるまで何十回と繰り返し読み込んでいく、そんな本に出合えたなら、それは本当に幸福なことだと思える。
 なぜなら、一冊の本とは、ひとりの人間だからだ。そんな本に出合えたということは、そこまで信頼を寄せることのできるひとりの人に出会えたということに等しい。そして、その信頼する人を通して大事なことをとことん学ぶべく、腰を据えてその本に付き合い続ける。
 素晴らしい本は、何度読んでも、そのたびの発見、気づき、驚きがあり、こころが動かされる。そこに書かれてあることに潜んでいる細やかさ、味わい深さは、付き合い続けてみないと、前もっては決して分からない。本がそうなら、人なんて、もっとそうだ。だから結婚は、腰を据えてひとりの人と付き合い続けるということの深み、細やかさを知る上で願ってもない機会だ。(これは、また、別のはなし)
 そこで、またまた、シュタイナー。
 彼の『いかにして人が高い世を知るにいたるか』の前書きにこんなことが書いてある。

    こころの育みとして述べられていることを迎えるにおいては、
    他の論を迎えるときのように内容に親しむだけには尽きないことが必要である。
    述べられていることを親しく深めて生きることが必要である。 (P.9)

    ここでのように、生きられてほしいことごとが述べられ、見てとられるにおいては、
    内容をいくたびもとらえかえす必要があるということが明らかになる。
    ・・・人が多くをみずからにとって満ち足りのゆくようにわきまえるにいたるのは、
    いよいよそれを試し、試したあとでに、その事柄の細やかさに、
    いささかなりとも気づくにおいてである。
    その細やかさは、前もっては気づかれないものである。 (P.10)


 繰り返し読み、そこで書かれてあることを自分で試し、また繰り返し読み、また試す。そのプロセスを重ねていく程に、また人生における経験を積んでいく程に、そこにある細やかさに気づくことができるように、その本は書かれてある。時間とともに自分だけでなく本までもが成熟していくというそのことには、驚きとともに喜びがある。
 一冊の本を読み込むということの大切さ、そのことの人生におけるおおいなる意義。アントロポゾフィーの学びには多くの入り口があるが、そこのところを自分で確認しておきたかった。言いたかった。

posted by koji at 14:32 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする