2021年10月12日

芸術としての文章 遠山一行著作集(二)



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ふと、購つてそのままにしておいた『遠山一行著作集(二)』を読み始めました。


ヨーロッパのクラシック音楽に対する批評文集です。


はじめの数十頁を読んだだけですが、すぐさま感じとられたのは、昭和の文人による文章の素晴らしさです。


想ひが思索によつて整へられ、奥行きのある清潔な文体。


著者にとつては、その対象は音楽ですが、対象が何であれ、考へる働きをもつてこころを導きながら、己れの想ひを深めて行くことのできる対象に出会へたとき、その人は仕合はせです。


そのやうな「もの」との出会ひ方、つきあひ方、取り組み方ができたとき、その人は対象についての知だけではなく、己れみづからの〈わたし〉といふものの充実をも受け取ることができる。


それが、科学的認識とは一線を画する芸術体験(芸術的認識)のもつ意味なのです。


そのやうな芸術的認識へと導くものこそが、批評といふものだと思ひます。


文章といふものそのものが、芸術になりうる。遠山氏の文章も、そのやうな文章であります。


たとへ、そこに記されてある音楽をこの身で聴いたことがなかつたとしても、文章そのものを読む喜び、感動、知的刺激を得ることができる。


芸術としての文章、そのやうなものをたくさん読みたい、声にも出してみたい、と念ふのです。


先人の織りなしてきた文目(あやめ)豊かな文章の織物に触れ、それを着こなして己れのものにする、そんな自己教育のあり方を模索していかうと念ふのです。


こころを慰め、疲れを癒し、喜びを感じること、それは人が何よりも芸術に求めるものですが、そこだけに尽きない、考へる働きを促し、想ひを拡げ、得心を深める、そんなこころの使ひ方をしたくなるやうな芸術や文章に出会ひたい。


時代から時代へとそのつど情勢は移りゆきますが、それらを貫いて、決してそれらに左右されない根本の精神を語り、謡ふ、文芸の道、ことばの道を指し示してゐる数多の本を読み込んでいく、その喜びを子どもたちにも伝へて行きたい。


また、これは大変な身の程知らずの不遜な言ひ方になつてしまひますが、自分自身もそのやうな芸術作品を生み出していきたい、と切に希ふのです。




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2021年09月18日

精神の教科書 詩集ソナタ/ソナチネ



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石村利勝氏の第一詩集が出版されました。


これほど出版を待つた本は、これまでになかつたことでした。


春、夏、秋、冬、四季の巡りに添つて「詞(ことば)」が綴られ、最後に「SONATINE」と題された一連の恋愛詩で構成された、一冊の詩集です。


いにしへにおいては、本を読むといふことが、晴れやかな日の晴れのことであつたこと。


第一頁を開き、まづはそのやうなことを想ひ起こしてしまふ、懐かしくも不思議な手触りを感じたのでした。


この混乱した世情のさなか、しかし、季節は確かに秋へと移りゆく、このとき、わたしは、この詩集の【秋の詞】ばかりを、手元に届いてからのこの三日間、ずつと、夜更けに訓み続けてゐます。


さうして訓むことで、こころの深みからなにがしかが引き出されて来るのをゆつくりと覚えるのです。


その覚えは、こころにありありと感覚されるそれでありつつも、しかし、ことばにできない、風の色のやうな、立ち上がり、舞い上がり、吹きすぎてゆくやうなおぼろな絵姿なのです。


それら様々な絵姿・イマジネーションは、我が胸の奥を突くやうにわたしに働きかけて来、情を揺さぶり、震はせます。


さらには、我がこころから引き出されて来る、これらの力が、創造的、生産的な力であることも、いま、予感されてゐます。


まだ、秋の詞にしか接してゐないのですが、これらの作品が、この世の次元を超える遥かな過去をどこかわたしには感じさせるのにも関はらず、確かなリアリティーと共に、すべてがまことの人間性を湛へてゐると直感されるがゆゑに、この一冊は創造性と生産性をわたしに促す精神の教科書になつてゆく、そんな予感なのです。


この詩集には、著者が21歳(1990年)から27歳(1996年)までに書き記した最初期の作品が選ばれてゐます。


青年のこころと精神が織りなしたこれらの作品に、56歳の自分がこのやうに胸を衝かれるのは、どういふことなのだらうと、考へて続けてもゐるのです。


ひとりの人の、こころからの敬ひが注ぎ込まれた、日本の文学。


そして、著者の友であり、文芸評論家である小川榮太郎氏の真実の献身により、根底で支へられた日本の文学。


まづは、そのやうに、感じてゐます。



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2021年08月30日

語り口調の闊達さ 福翁自傳



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明治31年(1898年)、福沢諭吉が65歳の時、速記者を前にして語り尽くし、みづから校正し出版した『福翁自傳』。


幕末から明治にかけての激動の時代を、本当にさばさばした気性と透徹した先見性をもつて駆け抜けた男。


読んでゐて、そんな印象が最初から最後まで持続する、無類に面白い自伝でありました。


人生におけるなんとも身軽で闊達な彼の足取りは、その文体が如実に表してゐますが、とりわけ、この作品は口から語られたことばの並びをそのまま活かしてゐるので、その息遣ひとことばの運びが彼の気質とひとつになつて、まぎれもなく、ここに福沢諭吉といふひとりの人がゐるといふ感覚を読み手にもたらしてくれるのです。


ここに人がゐる、といふ感覚。ここで人が語つてゐる、といふ感覚。


それは、この上なく、貴重なものです。


このやうな健やかな人を知ることで、彼のことばを読む人、聴く人にも、その健やかさが流れ込んできます。


その健やかさは、自分自身を信じ、何かをとことんまでやり抜く、その貫く力から生まれて来てゐます。


すがすがしいのです。



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2021年04月16日

柳田國男 ささやかなる昔(その一)



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柳田國男全集第三十一巻(ちくま文庫)に入つてゐる「ささやかなる昔」が、味はひ深く、読んでゐて面白くて堪らない。


その巻頭の文章「萩坪翁追懐」から、すでに、抜き書きしたくなつたので、しておかうと思ふ。


♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾


(わたしが十七年間の感化を受けた松浦先生は)まさしく「昔」を人にしたやうな、徳川時代足利時代を超脱して、もつと古い処へ腰をかけたやうな心行きの人であつた。


私は初め歌を修行するために先生の門に入つたのであつたが、歌よりほかに露骨にいへば人生の観方といふやうなものをも教へられた。先生の訓によつて日本の歌に限つて「人の心の真(まこと)より」といふやうな特殊の条件のあるのを奇異とは感じなくなつた。先生の説では歌は紙に書いて人に見せての面白味よりも、いはゆる口吟(ずさ)むといふ興味を尚(たつと)ぶべきものだといふことであつた。新しい言葉で説明するならば、理解の労力なしに自分の感情を伝へるのを専(もつぱら)にすべきものだといふ趣旨であつた。


(先生は)時として幽冥を談ぜられた事がある、しかし意味の深い簡単な言葉であつたから私には遂に了解し得られなかつた。「かくり世」は私と貴方との間にも充満してゐる、ひとりでゐても卑しい事はできぬなどと折々いはれた。


♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾




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2021年03月08日

幸田露伴 〜美しい生き方〜



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ここ二週間ほど、明治から昭和初期にかけての文人、幸田露伴をずつと読んでゐました。二十年ぶりぐらゐの再読です。


娘の幸田文から読み始めたら、まう、その父親のものを読まずにはゐられなくなつたのでした。


「五重塔」から始めて、「太郎坊」「貧乏」「夜の雪」「雁坂越」「蒲生氏郷」に、とりわけ魅せられました。改めて、堪えられない味はひだと思ひました。


二十四歳の時に「五重塔」を書いたなんて、まう天才としか言ひやうがありません。小学校は成績不良で落第し、中学校は中退し、図書館で独りで学びつつ、こつこつ、こつこつと、文章道に邁進して行きました。


「努力論」「音幻論」といつた随筆もとても魅力的ですが、露伴の何がわたしにとつて最も魅力的かといふと、「人としての美しい生き方」をこの人は尊んで、文章に刻み込んでゐるといふ一点です。


その骨の部分を娘の幸田文も確かに最大の敬意と畏れと愛情をもつて受け止め、彼女ならではの筆の運びの細やかさと闊達さと艶を感じさせますが、やはり父親は偉大でした。


美しい生き方。


それは、いくらしたくても言ひ訳などせず、自分の仕事に全身全霊を注ぎ込む人にして初めて表れるものであること。


さういふ生き方を、文章で示してくれる文人を、本当にわたしは好みます。ありがたいです。自分を恥じます。たいせつなことを想ひ起こさせてくれます。

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2020年11月11日

命ある芸術 〜フルトヴェングラー『音と言葉』〜



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「まさに、我が意を得たり・・・!」
フルトヴェングラーの著書『音と言葉』の中の「作品解釈の問題」を読んでゐて、こころを揺さぶられました。


それは、作曲する者の営みと、その曲を再現・演奏する者の営みとを、対照的に描きつつ、つひには、ひとつのところへと収斂していきながらも、作曲した者も演奏する者も思つてもみなかつた、より広やかでより奥深い境へと解き放たれていく、そんな芸術的な秘儀の道筋を描いてくれてゐる。


かういふことばで言ひ表しにくいことを的確に言ひ表してくれる先人があることは、本当にありがたいことです。


これは、文学作品を音声として芸術化する時にもそのまま当て嵌まるのです。


なかなか、このことは上手く言へないのですが、今日の言語造形のクラスでも実感したこととして、鍵は、足の運び、腕の動きにあります。


つまり、意欲をいかにして芸術的に洗練させるか。眠れる意欲こそが、新しい生き物を産み出す秘訣。特に足の運びは、普段無意識でなされてゐるけれども、その無意識の領域、眠りの領域にまで、ことばを降ろすことができたとき、ことばが命を持ち、また、新しいことばが生まれてくる。


この、眠りの意識にこそ働きかけるありやうは、書く人にも、それを再現する人にも、ことばの生命に預からせます。


ゲーテは、狭い書斎の中を歩き回りながら、『ファウスト 第二部』の彫りの深いことばを次々と秘書に書き取らせていつたさうです。


きつと、『ファウスト』を演じる俳優も、その足の運びが、ものを言ふはずです。


要(かなめ)は、ものに命を吹き込むこと、ものの命を汲み取ること、ものから命を甦らせること、そのためには、人はみづからの意欲をもつて芸術的にものに働きかけていくことだと思ふのです。



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2020年07月16日

見る、考へる、そして、身を捧げる 〜トーマス・マン「魔の山」を読んで〜


 
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書くわたし自身が、
こころの練習をすることができることもあつて、
拙くもかうした読書ノートをつけてゐます。
 
 
また、ことばの仕事をしてゐるからか、
このノートを読んで下さる方と、
読書による言語芸術の魅力の味はひを、
少しでも分かち合ふことができたら、
といふ身の上知らずの希ひがあります。
 
 
トーマス・マンの『魔の山』を読み終へました。
 
 
マンは、
この作品を十二年といふ長い歳月をかけて書きました。
 
 
わたしは、ゆつくりと読みました。
 
 
それなりの時をかさね、
この作品の精神に沿はうとこころみ、
主人公の青年ハンス・カストルプと共に、
本の中に続くこころのあぜみちを、
わたしも歩いたのでした。
(みちの両側には、
 次々に色合ひの異なる様々な人物が登場し、
 それぞれの色合ひの作物を、
 豊かにも、貧しくも、稔らせてゐるのでした)
 
 
そのみちは、たいがいはぬかるんでゐましたが、
そのぬかるみをまどろこしく感じた時もあれば、
その土壌の柔らかさ・温かさに、
こころの落ち着きと、
このみちを歩いてゆくことに間違ひはないといふ、
確かさとリアリティをも感じたのでした。
 
 
わたしも長い時をかけて読んだためかもしれません、
最後の頁に辿り着いたとき、
肚の底からこみ上げてくる嗚咽と、
深く暗い淵をのぞきこむこころもちに、
ずつと包まれてしまひました。
 
 
しかし、その時間が停止するときの手応へは、
わたしがずつと求め続けてゐるものでした。
 
 
文庫本、上下巻千五百頁にわたる作品であるゆゑ、
再読し尽す時間はもうないかもしれませんが、
この作品の精神が、
わたしの精神に響き続けることは確かに感じます。
 
 
その精神とは何でせう。
 
 
主人公を通して、
人の三つの機能が、
長い、長いときをかけて溶け合ふことの奇跡です。
 
 
見る。考へる。そして、身を捧げる。
この三つの機能です。
 
 
長いときをかけて、
その三つの機能を溶け合はせた果てに、
人は花を一輪咲かせて、
この世を去ります。
  
 
千五百頁の最後に至つて、
人といふものの、その美しさを語り切る。
 
 
それが、この作品の精神だと感じたのです。
 
 

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2020年05月02日

シェイクスピア「あらし(テンペスト)」


 
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シェイクスピアの最後の作品「あらし」の読後感をまづ言ふなら、「いま、ここに、わたしはゐる!」「そして、いま、ここで、わたしは何をすることができるだらうか!?」といふ強い直感にも似たことばになります。
 
 
シェイクスピアは何を描き、何を問ふたか。
 
 
どんなに厳しい状況であらうと、全く新しい境地へ一歩踏み出すことのできる「人間の可能性」を描いたのだ。
 
 
そして、夢からのひとりひとりの目覚めと、その目覚めたところから、「あなたは何をするのか」といふ問ひを、観客、そして読者のひとりひとりに突き付けた。
 
 
さう感じます。
 
 
その発せられた問ひは、400年の時を越えて、民族の違ひを越えて、意識のこころを耕すことを課題としてゐる、いまを生きてゐるわたしに強烈に響いてきます。
 
 
ルドルフ・シュタイナーは、シェイクスピアについて、次のやうに述べてゐます。
 
 
「野次馬根性」「八方美人性」「冷淡さ」「全世界的感覚」、そして、「ただ見る」といふことのアクティビティ、それらの心的態度をもつて、意識的に作品のひとつひとつ、人物のひとりひとりを造形して行つたといふこと。
 
 
特定にこだわるのではなく、すべての人、ひとりひとりの内に潜む普遍にこそ、こだわつた、といふこと。
 
 
自分を無にして、あらゆる人の内面と親和しようとした、シェイクスピアの「献身性」。
 
 
人の意識の変遷、東と西の照応、天と地の交流、個と社会の新しいあり方、そこに問はれるイニシアティブの秘密、そして不完全・未熟・未完であるからこそ、人は成長できるのだといふこと、運命と自由、愛と自由といふこと・・・。
 
 
それらの考へが、すべてこの作品の中で有機的に繋がり合ひ、わたしの内に、今を生き抜いて行かうといふ、意欲を湧き立たせてくれます。
 
 
文学が、まさに今、わたしがここにあることのアクチュアルな問題として切迫してくるのです。
 
 
アントロポゾフィーからの文学研究を、舞台芸術としての言語造形を通して、なしていく。
 
 
わたしの後半生のテーマなのです。
 
 
 

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2020年05月01日

エックハルト説教集


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まづ、最初の章の「こころといふ神の社について」から、こころを摑まれるのです。
 
 
神の社とは人のこころであり、そこは、キリストのみが入つて行き、彼のみが語り給ふべき場であり、だからこそ、イエスはそこから商人たちを追ひ出した。
 
 
商人とは、自分が何かよいことをすれば、神から恵みをいただける、さう思ひつつ生きてゐる人であります。
 
 
紛れもなく、わたしのことでありました。
 
 

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2020年04月24日

精神を体現した美しい人『ゲーテとの対話』


 
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これまで何度か、この書を愛読して来たのですが、読み継ぎつつ終はりが近づくにつれて、つまり、ゲーテの死が近づくにつれて、このたびほど悲しみが込み上げてきたことはなかつたやうに思ひます。
 
 
ゲーテといふ、溌剌として美しい精神を宿した人が、この世から去つていくことが、こんなにも悲しい。
 
 
これほどまでにゲーテの精神を面目躍如として描くことができたのは、ひとへに、エッカーマンといふ人の持つ、ゲーテに対する尊敬と愛ゆゑに他ならない。
 
 
最後まで読み終へ、ゲーテの亡骸の胸に、エッカーマンが手を当てるところに至ります。
 
 
その静かな、静かな時。
 
 
その時に、エッカーマンが感じたであらう、悲しみと惜別の念の何十分の一かをわたしも感じ、込み上げてくる涙を抑えることができませんでした。
 
 
精神を体現した美しい人がこの世を去ることほど、わたしの胸を強く深く打つものはありません。
 
 
 

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2020年04月05日

幼な子たちの御靈に〜『ファウスト』を読んで〜


 
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ゲーテの『ファウスト』を初めてしつかりと読み終へました。
 
 
最後の節、「深山の谷」の、夭折した幼な子の靈たちのことばを読み、慟哭せざるを得ませんでした。
 
 
【夭折した幼な子たちの合唱】
 
教へて下さい 善き父よ
わたしたちはどこを漂ひ
わたしたちは誰なのか
わたしたちはみな 仕合はせです
わたしたちはみな ここにゐて
こころ穏やかです
 
互ひに手を繋ぎ合ひ
ひとつの喜びの輪になりませう
空をゆつくり巡りながら 声を合はせ
清きこころを歌ひませう
神の教へを受けて育つものは
疑ふことなく信じます
敬ひ信じるあの方を
 
   (『ファウスト』「深山の谷」より) 
 
 

いま、現実の世界でも、多くも多くの幼な子たちが、閉じ込められてゐたところから、救ひ出されてゐるやうですね。
 
 
そんなときに、この『ファウスト』を読むことができたこと、そして読み終へた後、これまでに夭折してしまつた、幼な子たちの御靈(みたま)が、いま微笑みながら、見上げた空に浮かんでゐた小さな雲として、天へと消ゑて行つたことが、奇しき「しるし」のやうに思へてなりませんでした。
 
 
 
 
 

『ファウスト』とは、悪魔と契約を交わした男のお話です。
 
 
彼は最後には、救はれて、聖なるをとめのもとへと昇つてゆきます。
  

とても僭越なこととは思ひながらも、先日演じたわたしたちの劇『 をとめ と つるぎ 』と、この『ファウスト』の大河のやうな精神とは、ひとすぢ繋がつてゐることを知り驚きました。
 
 
これは、『ファウスト』を読み、また『 をとめ と つるぎ 』を聴いていただいてゐなければ、なんのことだか分からないことだと思ふのですが・・・。
 
 
ただ、『ファウスト』の最後のことばだけ、ここに挙げておきたいと思ひます。
 
 
【神々しく秘めやかな合唱】
 
なべて過ぎゆくものは
たとへに過ぎず
地の上にては至らざりしもの
ここにまったきものとして現はれ
おほよそ ことばに言ひがたきこと
ここになる
とこしへなるもの をとめなるもの
われらを彼方へと導きゆく
 
   (『ファウスト』「深山の谷」より)
 
 
 
をとめと神は いまも ひとつです
神 われらの親なり われらの親なり
神と人 そも親子なり
   (『 をとめ と つるぎ 』より)
 
  



 

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2020年02月28日

愛読のよろこび


 
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前田英樹氏の『愛読の方法』を再読。
 
 
一冊の本を愛読する。それは、わたしに、静かな時間、熱い時間を取り戻させてくれます。
 
 
つまり、真に「読む時間」に、わたしは立ち戻ることができるのです。
 
 
真に「読む時間」。さういふ時間がどれほど侵食されてゐるか。それは、ひとりで生きる時間です。より精確に言ふと、尊敬する先人と共に生き、ことばを交はし合ふ時間です。
 
 
愛読に愛読を重ねる。さうして、もはや、嘆賞するしかないところまで、その本の一文一文の底へと掘り進める。
 
 
さういふ喜びが、こころの柔らかな人の前に拡がる。
 
 
一冊の本の前に留まつて愛読すること。それは、こころを耕すことです。こころの硬くなつた表土を、掘り起こして、掘り起こして、柔らかく鋤き込むことです。
 
 
さういふ喜びに向かふ行為は、尊敬する人との対話に熱中できる喜びであり、とくに古典の場合には、遠く死んだ人への祈り、礼拝でもあります。
 
 
そんな無私の、からっぽの自分に立ち返り、ただ、強い振動だけが自分の中に満ちる時間。
 
 
その喜びを重ねていきたい。さう思ひます。
 
 
 
 
●古典は、ひとつの時代にたくさんの読者を得た本ではない。ひとつの時代にゐる少数の読者が、絶えることなく蘇つては、読み継いでゐる本である。そこには、時代を貫いて生き続ける愛読者の系譜といふものがある。古典を巡る愛読者の系譜にみづから入り込むことほど、多くの人間が、孤独や絶望や嫉妬や怨恨から救はれる道はないやうに思はれる。
(ちくま新書 102ページ) 
 
 

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2020年02月23日

月と六ペンス



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サマセット・モームの『月と六ペンス』。初めて読みました。
 
 
上っ面なことばを一切発しない男、チャールズ・ストリックランドの物語。芸術と精神。男と女の間に生まれる魔の相。
 
 
人間といふものの醜さと悲しさと崇高さに、こころがきりきりと、時間から時間のさらに奥へと、引き摺り込まれてしまふ、わたしにとつてはそのやうな作品でした。
 
 
しかし、ここに描かれてゐる、生と死を突き破つても、まだ進むことを止めない精神といふものを我が身で生きないうちは、この作品の本当の怖さを感じることはできない、さう思ふ。
 
 
死といふものを目前に据えざるをえないときがあるならば、そのとき、またふたたび、この作品に出会へるだらうか、さう思ふのです。
 
 
いや、むしろ、かう言つた方がいいのかもしれません。この作品にぶち当たることができるやうな、人生を創ること。
 
 
崇高な作品は、凡人であるわたしを叱咤激励するのです。
 

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2020年02月20日

我が身を切る痛さ 〜漱石『明暗』を読んで〜



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漱石の『明暗』を、この齢になつて初めて読み終へました。
 
 
これまで三十代、四十代と、おそらく十年に一度づつ、読まうとしたことがあつたのですが、いずれも途中で読み切らずに投げ出してゐました。
 
 
このたび、やうやく、読み終へることができました。
 
 
主人公を中心として、人のエゴとエゴが絡み合ひ、擦れ違ひ、ぶつかり合つて、読んでゐて胸が苦しく、やり切れなくなるほど・・・。
 
 
にも関はらず、今回はなぜ、最後までぐんぐんと読み進めることができたのだらう。
 
 
この作品の中に描かれてゐるエゴが、紛れもなく、わたし自身のうちに、幾重にもしぶとく絡み合つて巣食つてゐること。
 
 
そのことを五十代になつてやうやく、痛いほどに感じることができたからこそ、読み抜くことができたとしか思へません。
 
 
人と人とが傷つけ合ふとき、たいていは、エゴとエゴとがぶつかり合つてゐるのではないでせうか。
 
 
しかし、エゴから解放されてゐる人と、エゴをもつ人とは、ぶつかり合はない。
 
 
エゴをもつ人は、エゴから解き放たれてゐる人の前から、すごすごと退散するしかない。
 
 
この作品は、その退散していく姿を描かうとして、描く前に未完に終はつてゐます。
 
 
漱石が病で倒れ、そのまま亡くなつてしまつたからです。 
 
 
わたくしを去つて、天に則る。
 
 
そんなことばを漱石は晩年、弟子たちにしきりに語つてゐたさうです。
 
 
わたくしを去ることの、我が身を切るやうな痛さと難しさ。
 
 
わたし自身もこの作品を読み、その痛さと難しさに、光りを当てていかざるをえません。





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2020年02月04日

【小川榮太郎】美の行脚(第四回):小林秀雄『本居宣長』について《前編》






いやあ、これはこたへられない面白さです・・・。
 
 
文章の内側に、ひとりの人といふ、唯一無二の存在が息づいてゐるものこそが、文学であるならば、思想も歴史も、文学でなければならない。
 
  
どんどん零落していく日本の文化力を、水際で押しとどめた仕事として、小林秀雄の『本居宣長』といふ作品があると、感じてゐるわたしにとつて、この小川氏と石村氏の対談は本当に嬉しいものです。
 
 
小林の『本居宣長』一冊、全50章を、一年間かけて高校生などと読むことができたら、どんな豊かな時間が生まれるだらう。
 
 
学ぶとはどういふことか、人として生きるとはどういふことか、民族精神の伝統に則つた学問観と死生観といふ、ふたつの大いなる問ひを抱く機縁を摑むことができる。
 
 
そんな一冊だと信じてゐるのです。



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2019年10月28日

覚悟といふ精神の系譜 〜小川榮太郎著『保田與重郎と萬葉集』(月刊『VOICE』掲載)を読んで〜

 
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奈良県桜井市にある保田與重郎ご生家
 

 
わたしは思ふのです。
 
 
これから先、わたしたちの国の将来において、
たとへ何が亡びて行かうとも、
偉大なる先人が書き上げた偉大なる文業は、
残つて欲しい。
 
 
優れた先人による優れた文学は、
残つて欲しい。
 
 
それらの作品が、
この国の精神の証だからです。
 
 
文芸評論家の小川榮太郎氏は、これまで、
事実に基づく記述による、
徹底的な検証が重ねられた仕事を、
たくさん重ねてをられます。
 
 
日本といふ国を守るため、
人が人として生きるための尊厳を守るための、
志高い、かつ、大変質の深い仕事をし続けてをられます。

 
下に掲げるのは、
月刊雑誌『VOICE平成二十八年十・十一月号』に掲載の、
小川榮太郎氏の論文「保田與重郎と萬葉集」に対する、
三年前のわたしの拙い感想文です。
 
 
この論文は、
密やかに、この国の底の底でわたしたちを支へ続けてきた、
我が国ならではの精神文化について論じられたものです。
 
  
「日本の巨きな亡びの自覚」は、
国史上、極めて少数の文学者によつて、
極めて意識的に、ことばにされてきました。
 
 
そしてそれを熟読する読者が、
極めて少数かもしれませんが、ゐたことと思ひます。
 
 
その精神の継承あつてこそ、
日本はいまだ、日本として、
なんとか、存続しえてゐると念ふのです。
 
 
それゆゑ、この三年前の論文の感想文を、
いま、また、掲載します。
 
 
小川氏によるその非常に素晴らしい論文は、
いつか一冊の書籍の中に収録されるのでせうか。
 
 
そのことを強く希みます。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー
 



小川榮太郎氏による論文『保田與重郎と萬葉集』を読む。
 
 
そして、保田與重郎による『萬葉集の精神』を読む。
 
 
さらに、大伴家持による『萬葉集』をひもとき続ける。
 
 
そんな毎日が続いてゐる。

 
ここに記されてあるのは、「覚悟」といふ精神の系譜だ。
 
 
そのやうなこの国に伝来の精神が、
しづしづとわたしのこころの中に流れ入つて来るのを感じる。
 
 
その「覚悟」とは、
その精神の系譜を踏んで歩くのだと腹を決めることである。
 
 
それは、静かだけれども、
こころの奥底に確かに響いてゐる「志」からの声である。
 
 
新しく小川氏によつて書き表されたこの文章を熟読する。
 
 
さう、熟読を通してこそ、 
この精神の流れは、きつと、
こころある人から人へと承け渡されるのだから。
 
 
 
 
【大伴家持の覚悟】
   
 
日本といふ国において、
皇室の存在意義を揺るがすやうな危機は、
これまでの長い歴史の中で幾度かあつた。
 
 
それは同時に我が国の危機であつた。
 
 
古き神ながらの道・古神道から離れゆく、
政治的・文化的情勢の怒涛のやうな流れ。
 
 
その流れに対する悲哀と慟哭を強く感覚した者が、
まづもつて柿本人麻呂であつた。大伴家持であつた。
おどろの下の道を歩いた幾人もの詩人たちであり、
さらに、幕末維新の志士たちであり、岡倉天心であり、
保田與重郎であつた。
 
 
そして、いま、
この論文を起こしてゐる小川榮太郎氏である。
 
 
その危機が最初に大きく現実化した壬申の乱。
 
 
それをどのやうに捉へ、
どのやうなことばをもつて記述するか。
 
 
その記述によつて、以後の一国のあり方が決められていく。
 
 
地に堕ちた人のことば(言挙げ)だけでやりくりしようとするのか。
 
 
それとも、
神々との繋がりの中で響き来ることば(言霊)に、
みづからを啓きつつ語り、歌つてゆくのか。
 
 
江戸時代の国学者たちは、祝詞と古事記と萬葉集、
とりわけこの三つこそがことばの力に依つた古典であるとした。
 
 
さう、ことばの力(言霊)こそが、
人のこころを救ひ、国の歴史を定め、後の世の流れを左右するのだ。
 
 
萬葉集の歌は、
粗暴なイデオロギーから歌はれたのではなく、
秘めやかな民の心情・草莽のこころざしから歌はれた。

 
国史への悲哀と慟哭が、壬申の乱の後に、
大君に仕へる宮廷歌人である柿本人麻呂によつて歌はれ、
そのいくつもの長歌には、
この国の精神を救ふ偉大なることばの力が見いだされる。
 
 
人麻呂は、
天智天皇・天武天皇、両統の間での、
正邪を断じて正統性を争ふやうな、
そのやうな言挙げを決してしなかつた。
 
 
内乱を描いても敵対や分離を示さなかつた。
 
 
あくまで「国の心の一つに凝り固まらうとする」、
尊皇によるこの国の根本義をもつて壬申の乱を描く。
 
 
その人麻呂の詠歌によつて、
日本の歴史は救はれ、皇室の純粋性は保たれたのだといふ、
家持の直感、保田の深い見識を、小川氏は浮かび上がらせる。
 
 
そのやうな、国の精神を救つた、
人麻呂の神ながらともいへる志からのことば遣ひを、
そのままの精神で掬ひ上げ、
萬葉集として記録したのが編纂者・大伴家持である。
 
 
しかし、藤原氏の政治的専横・暴虐によつて、
自分たち大伴氏族の勢力だけでなく、
大君を慕ひ、仕へ奉る勤皇の精神が、
政治の中枢から失墜し続けてゐる当時。
 
 
その運命的状況の中で、
家持は既に人としての
迷ひ、弱さ、絶望を充分に味はひ知つた人であつた。
 
 
だからこそ、彼こそは当時の時流に抗して、
明晰な意識をもつてその言霊に宿る精神を記録し、
みづからも歌つたのだつた。
 
 
その行為は、
己れ以外のものからの圧力や命令によるものではなく、
ひたすらに己が身の奥底から溢れ出てくる、
大君への真情、草莽のこころざしからのものであつた。
 
 
小川氏はその家持の「覚悟」を見事に描き出してゐる。
 
 
「新しい政治・文化状況を認めない。
 が、政治陰謀には加担しない。認めない事を、
 人麻呂以来の歌の伝統を継ぐことで証立てる。
 ― これが家持の覚悟だつたと見ていい。」
 
 
人の世を生き抜き、この世の栄華を勝ち誇るのではなく、
政治的に必敗の、
このやうな生き方を家持に選ばせたのは、
いつたいどのやうな念ひだつたのか。
 
 
それは、「かけまくも 畏き」「大君の思想」である。
 
 
家持は、
人麻呂の神の力に通はれたやうな志からの歌を、 
歴史の藻屑と消え去つていくことから掬ひ出した。
 
 
さらにその心境にみづから重なるやうに己れの歌を歌つた。
 
 
そして四千五百首以上の優れたやまとことばによる歌を集め、
萬葉集を編んだ。
 
 
さうして、家持は、人麻呂の大君への念ひを、継ぐ。
 
 
その継承からさらに、
家持はその念ひを、
「大君の思想」へと練り上げたのだ。
 
 
現実世界からの逃げではなく、
ことばの精神に生きることこそが
国を究極には救ふのだ。
 
 
そのやうな家持の「見識」と「覚悟」が、
萬葉集といふ我が国最高の古典の源泉、真髄であり、
その覚悟に至るまでの彼の葛藤・勘案が、
萬葉集を貫くリアリティーだつた。
 
 
家持は、
志を述べること、述志こそが、
和歌の真髄であることを意識して実行した、
一人の人だつたのである。
 
 

 
 
【保田與重郎の覚悟】
  
 
昭和の文人、保田與重郎は、
萬葉集に少年時代から親しみ、
江戸時代の土佐の国学者・鹿持雅澄の『萬葉集古義』に、
その「覚悟の系譜」を学び続け、
大東亜戦争勃発直前に、
『萬葉集の精神』といふ著述のために筆を執つた。
 
 
異常な緊張に漲つてゐた当時、
彼は己れの「覚悟」をその家持の「覚悟」に重ねた。
 
 
そしてその態度は、戦後も一貫するのである。
 
 
彼は、
当時のアララギ派を中心とした近代歌論を明確に否定し、
一首一首に表れる美、
ひとりひとりの歌人に表れる美学よりも、
それらを土台で支へる
「国の心の一つに凝り固まらうとする」
志こそが、本質なのだといふ、
萬葉集に対するもつとも古く、もつとも新しい見立てを行ふ。
 
 
そして、戦前、戦中、
ヒステリックに叫ばれる国策としての萬葉集の利用を根柢から侮蔑する。
 
 
そのヒステリックな叫びは、
右往左往する国際情勢からの、
場当たり的な論から生まれたものであり、
国のおほもとに立ち返つての、
揺るがぬ志からのものではなかつたからである。
 
 
当時のアメリカと日本の、
物量における圧倒的な彼我の差は、
当然保田にも認識されてをり、
その上で絶叫される戦意昂揚などに、
彼は全く同調することはできない。
 
 
ここで、小川氏は、
文業に対する保田の身を賭してのあり方を鮮やかに、
かう書き記してゐる。
 
 
「戦が始まつたことをまづ神意と見た上で、
 日本の祷りを行くしかない、
 これは狂信ではなく、
 あの時代に一文学者の立ち得る
 唯一の合理だつたとさへ言へるであらう。
 その意味で、これは寧ろ、時局を批判しながら、
 大東亜戦争の精神を救ふ立場だといふべきではないか。」
 
 
この立場に徹することが、保田の第一の「覚悟」であつた。
 
 
さういふ保田の姿勢を理解したものは、
出征していつた多くの多くの若者たちだつた。
 
 
そして年老いたインテリゲンチャほど、
その草莽のこころざしを理解できなかつた。
 
 
さういふ状況は、彼自身出征し、
帰国した戦後も変はりなく、
戦前親交を持つてゐた亀井勝一郎にさへ、
保田は曲解されてゐる。
 
 
さうして彼は戦後、
アメリカのGHQによる公職追放だけでなく、
文壇からの追放といふ四面楚歌のやうな立場に追ひ込まれる。
 
 
ここで、二つ目の保田の挺身、
「覚悟」が小川氏によつて記されてゐる。
 
 
それは、友であつた亀井のことばに端的に表されてゐるやうな
「いひがかり」に対する戦後のことばである。
 
 
その「いひがかり」とは、
保田の文業が多くの若者を
無残にも戦争に駆り立てたのではないか、
そのことに対する反省は如何、といふものだつた。
 
 
GHQによる占領検閲下の昭和二十四年、
戦前の日本は全否定され、
連合軍の正義と日本軍国主義の悪は絶対的なテーゼだつた。
 
 
その時に、保田は亀井勝一郎に答へる形で、
「小生は戦争に行つた日と同じ気持で、
 海ゆかばを歌ひ、
 朝戸出の挨拶を残して、死す」
と書いた。
 
 
「海ゆかば」とは、大伴家持によつて、
「大君の辺にこそ死なめ 顧みはせじ」
と詠はれた長歌のことである。
 
 
小川氏は書く。
 
 
「戦後かういふことを明確に、
 それもここまで激しい言葉で堂々と言ひ放つた文学者は、
 川端康成や小林秀雄を含め、
 残念ながら他に一人もゐないのである。」
 
 
 
  
 
【覚悟といふ精神の系譜】
  
 
この「覚悟」の系譜を小川氏は改めて家持から辿る。
 
 
壬申の乱後約八十年が経つた後でも、
防人をはじめとする草莽の民たちによつて、
大君への純粋な念ひが詠われる。
 
 
そして、その純粋を裏切るやうな藤原氏の陰謀の政治。
 
 
その間に立つて、
絶大な責任を感じた家持は歌をもつて
「国の柱となり神と民との中間の柱になるものは」
自分以外にないといふ自覚に達したのである。
 
 
昭和十年代に於いて保田與重郎は、
この家持の自覚・覚悟を引き継ぎ、
我が国未曽有の危機である大東亜戦争に面して、
みづからも文人として、
この神と民との間に立つ柱となる自覚を覚える。
 
 
「保田は萬葉集を解いたのではなく、
 自らの言葉で同じ道を踏まうとしたのである。
 保田自身が現に経験してゐた、
 日本の更に巨きな亡びの自覚が、
 それを彼に強ひたからだ。」
 
 
そして、この文章の最後に、
筆者小川榮太郎氏の「覚悟」が、
韜晦のかたちに包まれて記されてゐる。
 
 
「・・・真の戦ひは全く終はらぬまま、
 『国の柱となり神と民との中間の柱となる』
 覚悟のない七十年が過ぎ、
 我々は亡びの過程を今も下降し続けてゐる。
 萬葉集は決して過去の詩歌集などではない
 といふやうな言葉が、
 一体今、誰に届くのかを怪しみながら、
 ひとまづ、私は筆を擱く。」
 
 
文学者とは、
ともすれば離叛していかうとする、
精神と物質を仲介する橋にならうとする人である。
 
 
ことばをもつて、
神と民との中間の柱になることを念じ、
悲願し、
志す人である。
 
 
さういふこころざしを持つ人の系譜が、
柿本人麻呂から大伴家持へ、
そして幕末ごろの国学者たち、維新の志士たちへ、
更に保田與重郎へと引き継がれてゐることを
小川氏は書き記した。
 
 
そして、さらに小川氏自身が、
この系譜の尖端に立つてゐることをも、
わたしは改めて強く感じることである。
 
 
現実の世の混乱・危機から、
人のこころを救ふのは、
究極において、ことばである。
 
 
人のこころを覚醒させ、
非本質的なところから
本質的なところに立ち返らせる、
そんなことばなのである。
 
 
小川氏によるこの
『保田與重郎と萬葉集』といふ文章は、
さういふことばを発し続ける覚悟を固めた人の系譜を記してゐる。
    
 
 
平成二十九年二月 「ことばの家 諏訪」 諏訪耕志
(令和元年十月三十一日 加筆修正)


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2019年10月23日

小川榮太郎氏『国柄を守る苦闘の二千年』を読んで


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雑誌『天皇こそ世界の奇跡』といふ雑誌に、
寄稿された小川榮太郎氏による文章。


何度も読んでゐますが、
そのたび、感銘を深くしてゐます。


この文章を読むことから、
学ばせてもらへることは数多ありますが、
最初の一文が、まづもつて、驚きをもたらすのです。


「私たちは今、日本史上、
天皇と国民の距離の最も近い時代、
心情的にも自然な一体感を味はへる幸福な時にある。」


確かに、
昨日の新しい天皇陛下による「即位礼正殿の儀」も、
インターネットの画面で生中継で見ることができました。


さういふメディアの発達によつて、
「天皇と国民の距離の近さ」が醸成されてゐることも、
確かにあるでせう。


しかし、そんなことよりも、より本質的なことがある。


その近さとは、
江戸後期、
第119代光格天皇がなされた朝廷儀式の再興と、
それを準備したとも言へる、
水戸学や国学などの江戸思想、
それらが生み出した「新しい天皇像」ゆゑのことだつたのです。
 
 
それまでは、
「天皇と国民との紐帯が
終始一貫してゐたといふわけにはゆかない。」


「天皇伝統」は、
明治維新から本格的に再興したのです。


「伝統」とは、
人によつて明確に意識されてこそ、
初めて「伝統」たりえます。


まぎれなく考へられてこそ、
初めて人のこころに、
「引き続き大切なものごとが守られ育まれてゐる」
といふ「引き続き」に対する自覚が生まれるのです。


天皇伝統、
保田與重郎はそれを「大君の思想」と呼びましたが、
我が国の歴史の中で、
極めて高い精神をもつ幾人かの文学者たちが、
その伝統を己れの生命をもつて密かに生きました。


文芸の伝統として、言霊の思想として、
「おどろが下の道」「奥の細道」を歩んできたのです。


そして、何より、誰より、
代々の天皇ご自身が、
我が国の天皇のあり方を研究され続け、
どのやうな外的状況に国が晒されても、
その伝統意識を守り、育み続けて来られました。


小川氏は記します。


「天皇伝統とは、
その一歩一歩の危ふひ歩みの必死の務めの中から、
(天皇ご自身が)
苦心惨憺創造され続けてきたものなのである。」


その一歩一歩の危ふひ歩みのいかなるかが、
各段落ごとに歴史の流れに沿つて描かれてあります。
 

それらすべての描写は、
小川氏が最後に書かいてゐる、
ひとつの「問ひ」に向かつて、
収斂していきます。
 
 
その「問ひ」とは、かうです。
 
 
二千年以上の間、一国を、
政治的・経済的共同体たらしめて来ただけでなく、
ひとりひとりの民の自由闊達な生き方を促すやうな、
「精神的共同体」たらしめるために、
代々の天皇陛下がなされて来た苦闘に対して、
わたしたち国民はどうお応へするべきか。


いま、わたしたちは、歴代の御苦闘の果てに、
新しい天皇陛下をお迎へしてゐます。
 
 
わたしは、
いはゆる「天皇制」なるものの議論などよりも先に、
その御存在と歴史について謙虚に学ぶことが、
なによりも先であると思ふのです。
 
 
大嘗祭が施行されるこの令和元年、
まづは、わたしたち国民の中から、
天皇といふ御存在について学び始める、
そんな熱意と気運を起こしていくこと。
 
 
わたしも始めて行きたいと考へてゐます。




 
さて、この雑誌にもたくさんの寄稿文が掲載されてゐます。
 
 
しかし、石平氏や数人の外国の方の文章、そして、
在日朝鮮人でボクシング連盟前会長の山根明氏の文章を除き、
ほとんどの寄稿者の文章が、
やや情緒的で紋切り型の考へやものの言ひ方に
安住してしまつてゐる感が否めません。
 
 
天皇といふ御存在あるからこそ引き続いて来た、
またこれからも引き続いて行くべき、
我が国の歴史精神。


この歴史精神に対し、
ひとりの現代人としてどう向き合つて行くのか。
 
 
この決して他人事にはできない切羽詰まつた問ひが、
この小川氏の文章には貫かれてゐます。
 
 
この文章のうしろには、
書く人、小川氏本人の、
生活の、人生の、切羽詰まつたやうな哀感が滲んでゐます。
 
 
人生を懸けて問うてゐる問ひと、
この時代がもたらす状況との間に、
必然的に生じる不協和音が響いてゐるのです。
 
 
さうであつてこそ、
評論や批評は、
文学たりえるのではないでせうか。
 
 
そして、造形された文章・文体だからこそ、
そこに精神が存在してゐます。
 
 
文章のうしろには、精神がある。
 
 
その精神といふ光が読み手のこころにもたらす、
形、運動、色彩、陰翳・・・。
 
 
論理をもつてだけでなく、
それらを感覚させてくれる文章を書く人が、
現代とても少なくなつて来てゐるやうに思はれてなりません。




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2019年09月12日

『平成記』(小川榮太郎氏)


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●この年(平成十四年・2002年)も日本語ブームが続いた。齋藤孝の『声に出して読みたい日本語A』が計240万部の大ベストセラーになつたのである。が、残念ながらこの日本語ブームは、文学の読者層を殆ど開拓しなかった。 
 
 
●文化では啓蒙も大事だが、啓蒙がその場しのぎのビジネスになると、寧ろ文化を衰弱させる。文化で重要なのは、層を拡大する以上に、ヒエラルキーの頂点を構築する事だ。鴎外、漱石、露伴から三島由紀夫、大江健三郎を読む伝統を保持しさえすればすそ野は逆に広がる。この文化事業の基本に、平成出版界は逆行し続けた。
 
 
●一流の飲食店が味でしのぎを削れば、安価なファストフードの味も向上する。逆にマクドナルドを無限に増やしても、食文化の向上に繋がらず、資本や才能がファストフードにばかり集中すれば、食文化は崩壊する。文壇・論壇では平成を通じてそれが起きた。
 
 
●マクドナルドを増やすのでなく、高み、偉大さを求心力とした共同体を形成すべきだったが、「脱構築」の冷笑主義に飲み込まれ、業界ギルドの安易に流れ、文化事業の逆説を真に理解する者がいなかった。平成日本の最大の悲劇である。
 
 
(225ページ)
 
 
 

出版界だけでなく、平成時代のわたしたち男は、各々、頂点を極めるための熾烈な闘ひを己れに課すことを止めてしまつたのではないかなあ。
 
三十年といふ時間、わたしが大学を出てからの三十年間なのだ・・・。
 
いま、令和といふ新しい時代に入つたばかり、元年。
 
経済界であれ、政治の世界であれ、学問・芸術の世界であれ、本当に生きがいを感じたいなら、ひとりひとりが精神の高みを目指して自分の人生を全身全霊で生き切ることだと、強く念ふ。
 
さうして、日本の文化そのものが再び精神のヒエラルキーを築き上げ、若い人や子どもたちが、いや、この自分自身が、その高みを目指して、発奮しながら生きて行く、そんな令和の時代をつくつていきたいと、強く念ふ。
 
それは、男性性の健やかな発露である。
 
 

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2018年10月22日

永遠(とこしへ)に焦がれる 〜執行草舟氏『「憧れ」の思想』〜


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●私は「憧れ」に生きることこそが、人間の本質と考えている。憧れは、燃えさかる悲しみである。自己の生命が燃焼し、その燃え尽きた先にある「何ものか」だ。
(『「憧れ」の思想 』 執行草舟 著)
 
 
己れのいのちを燃やし尽くしたその先にあるものに向かふ。その時、人は「憧れ」に生きてゐる。執行氏はさう書いてゐる。
 
憧れとは、そもそも、ぼやつとした曖昧なものではない。「あこがれ」であり、わたしたちは焦がれるのだ。「あ」に向かつてこころ焦がすのだ。
 
「あ」とは、世の始源である。天地(あめつち)の初発(はじめ)である。「はじめのとき」とは、永遠(とこしへ)である。
 
その永遠に於いて、わたしは何に焦がれてゐるのか。どのやうな「憧れ」を抱いて生きようとしてゐるのか。
 
それは、もはや、単一のことばでは言ひやうがない。百万言費やしても言ひ尽くせないもの、それがわたしたちの「憧れ」ではないだらうか。
 
その言ひ尽くせないものに向かふとき、人は己れのいのちを燃やし尽くさねばゐられない。だからこそ、執行氏は憧れとは燃えさかる悲しみであると記してゐる。
 
いのちとは、脈打ち、波打つものである。勢ひよく流れることもあれば、澱み、濁り、疲れ果てることもある。
 
そのいのちの働きが、人生の様々な幸せ・不幸せに出会ふ。
 
その幸せ、不幸せを貫く「仕合はせ」を受け入れ、味はひ、つんざいて、進んでいく。
 
そこに悲しみが伴はずにゐられようか。
 
死に向かつて生きてゐるわたしたちは、死の向かうにある何かにこころ焦がして生きていく。
 
「憧れ」。それは、決して、この世に於いては成就しない、永遠(とこしへ)へと向かふ、人の性(さが)である。
 
ちなみに、この書『「憧れ」の思想』は、「本を読むことは、死ぬことである」とあつて、ここまで書き記してくれてゐる読書の奨めはないやうに思ふ。
 
 
ーーーーーーーーーー
2019年1月開校!
『言語造形と演劇芸術のための学校』
https://kotobanoie.net/school/
 

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2018年10月16日

愛読書 〜古典といふもの〜


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九月の末に行つた天武天皇の都があつた近くの飛鳥の里。 

このところ、集中して『古事記伝(ふることぶみのつたへ)』の読書を楽しんでゐます。
 
一千年間、誰もまともに読むことができなかつた『古事記』。 

漢字ばかりの難読書だつたその『古事記』を、本居宣長はよくもこれだけ、やまとことばのみで訓み下して下さつたことだ、と心底、感嘆します。
 
古い日本人が語つてゐた日本語の調べ、その語りの調べを大切に守りながら天武天皇が改めて語られ、稗田阿礼が全身で聴きとり憶へ込んだ、その調べを、宣長は見事に甦らせたのです。
 
大事なのは、調べです。
 
その調べこそが、言霊であります。
 
そこに、日本人ならではの身振り、さらには神代(かみよ)の手振りが伺はれるのです。
 
理屈ではなく、身振り、手振りにこそ、日本人の信仰の拠りどころがあります。
 
ですので、この日本には、宗教書や倫理を教唆するやうな書物は、どこかそぐひません。
 
『古事記』は物語です。
 
確かな「もの」を「ものものしく」語り伝へようとしてゐます。
 
そして、その調べを漢字のみで記録せざるをえなかつたのにも関はらず、それをなしとげた太安万侶も偉い人です。
 
そのやうな、精神のリレーがなしとげられた一冊の本。
 
心底尊敬できる著者。
 
一度読んだだけではよく分からないからこそ、何度でも愛読できる本。
 
これを座右に置くことができることは、仕合はせなことだと思ひます。
 
 

 

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