[読書ノート]の記事一覧

2020年11月11日

命ある芸術 〜フルトヴェングラー『音と言葉』〜



124850442_3508777249202296_2952914051898687551_n.jpg



「まさに、我が意を得たり・・・!」
フルトヴェングラーの著書『音と言葉』の中の「作品解釈の問題」を読んでゐて、こころを揺さぶられました。


それは、作曲する者の営みと、その曲を再現・演奏する者の営みとを、対照的に描きつつ、つひには、ひとつのところへと収斂していきながらも、作曲した者も演奏する者も思つてもみなかつた、より広やかでより奥深い境へと解き放たれていく、そんな芸術的な秘儀の道筋を描いてくれてゐる。


かういふことばで言ひ表しにくいことを的確に言ひ表してくれる先人があることは、本当にありがたいことです。


これは、文学作品を音声として芸術化する時にもそのまま当て嵌まるのです。


なかなか、このことは上手く言へないのですが、今日の言語造形のクラスでも実感したこととして、鍵は、足の運び、腕の動きにあります。


つまり、意欲をいかにして芸術的に洗練させるか。眠れる意欲こそが、新しい生き物を産み出す秘訣。特に足の運びは、普段無意識でなされてゐるけれども、その無意識の領域、眠りの領域にまで、ことばを降ろすことができたとき、ことばが命を持ち、また、新しいことばが生まれてくる。


この、眠りの意識にこそ働きかけるありやうは、書く人にも、それを再現する人にも、ことばの生命に預からせます。


ゲーテは、狭い書斎の中を歩き回りながら、『ファウスト 第二部』の彫りの深いことばを次々と秘書に書き取らせていつたさうです。


きつと、『ファウスト』を演じる俳優も、その足の運びが、ものを言ふはずです。


要(かなめ)は、ものに命を吹き込むこと、ものの命を汲み取ること、ものから命を甦らせること、そのためには、人はみづからの意欲をもつて芸術的にものに働きかけていくことだと思ふのです。



posted by koji at 20:25 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月16日

見る、考へる、そして、身を捧げる 〜トーマス・マン「魔の山」を読んで〜


 
IMGP0043.JPG


 
書くわたし自身が、
こころの練習をすることができることもあつて、
拙くもかうした読書ノートをつけてゐます。
 
 
また、ことばの仕事をしてゐるからか、
このノートを読んで下さる方と、
読書による言語芸術の魅力の味はひを、
少しでも分かち合ふことができたら、
といふ身の上知らずの希ひがあります。
 
 
トーマス・マンの『魔の山』を読み終へました。
 
 
マンは、
この作品を十二年といふ長い歳月をかけて書きました。
 
 
わたしは、ゆつくりと読みました。
 
 
それなりの時をかさね、
この作品の精神に沿はうとこころみ、
主人公の青年ハンス・カストルプと共に、
本の中に続くこころのあぜみちを、
わたしも歩いたのでした。
(みちの両側には、
 次々に色合ひの異なる様々な人物が登場し、
 それぞれの色合ひの作物を、
 豊かにも、貧しくも、稔らせてゐるのでした)
 
 
そのみちは、たいがいはぬかるんでゐましたが、
そのぬかるみをまどろこしく感じた時もあれば、
その土壌の柔らかさ・温かさに、
こころの落ち着きと、
このみちを歩いてゆくことに間違ひはないといふ、
確かさとリアリティをも感じたのでした。
 
 
わたしも長い時をかけて読んだためかもしれません、
最後の頁に辿り着いたとき、
肚の底からこみ上げてくる嗚咽と、
深く暗い淵をのぞきこむこころもちに、
ずつと包まれてしまひました。
 
 
しかし、その時間が停止するときの手応へは、
わたしがずつと求め続けてゐるものでした。
 
 
文庫本、上下巻千五百頁にわたる作品であるゆゑ、
再読し尽す時間はもうないかもしれませんが、
この作品の精神が、
わたしの精神に響き続けることは確かに感じます。
 
 
その精神とは何でせう。
 
 
主人公を通して、
人の三つの機能が、
長い、長いときをかけて溶け合ふことの奇跡です。
 
 
見る。考へる。そして、身を捧げる。
この三つの機能です。
 
 
長いときをかけて、
その三つの機能を溶け合はせた果てに、
人は花を一輪咲かせて、
この世を去ります。
  
 
千五百頁の最後に至つて、
人といふものの、その美しさを語り切る。
 
 
それが、この作品の精神だと感じたのです。
 
 

posted by koji at 18:11 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月02日

シェイクスピア「あらし(テンペスト)」


 
61WZG99JK3L._SX331_BO1,204,203,200_.jpg

 
 
シェイクスピアの最後の作品「あらし」
の読後感をまづ言ふなら、
「いま、ここに、わたしはゐる!」
「そして、いま、ここで、
 わたしは何をすることができるだらうか!?」
といふ強い直感にも似たことばになります。
 
 
シェイクスピアは何を描き、何を問ふたか。
 
 
どんなに厳しい状況であらうと、
全く新しい境地へ一歩踏み出すことのできる
「人間の可能性」を描いたのだ。
 
 
そして、夢からのひとりひとりの目覚めと、
その目覚めたところから、
「あなたは何をするのか」といふ問ひを、
観客、そして読者のひとりひとりに突き付けた。
 
 
さう感じます。
 
 
その発せられた問ひは、
400年の時を越えて、
民族の違ひを越えて、
意識のこころを耕すことを課題としてゐる、
いまを生きてゐるわたしに強烈に響いてきます。
 
 
ルドルフ・シュタイナーは、
シェイクスピアについて、
次のやうに述べてゐます。
 
 
「野次馬根性」、
「八方美人性」、
「冷淡さ」、
「全世界的感覚」、そして、
「ただ見る」といふことのアクティビティ、
それらの心的態度をもつて、
意識的に作品のひとつひとつ、
人物のひとりひとりを造形して行つたといふこと。
 
 
特定にこだわるのではなく、
すべての人、ひとりひとりの内に潜む普遍にこそ、
こだわつた、といふこと。
 
 
自分を無にして、
あらゆる人の内面と親和しようとした、
シェイクスピアの「献身性」。
 
 
人の意識の変遷、東と西の照応、天と地の交流、
個と社会の新しいあり方、
そこに問はれるイニシアティブの秘密、
そして不完全・未熟・未完であるからこそ、
人は成長できるのだといふこと、
運命と自由、愛と自由といふこと・・・。
 
 
それらの考へが、
すべてこの作品の中で有機的に繋がり合ひ、
わたしの内に、
今を生き抜いて行かうといふ、
意欲を湧き立たせてくれます。
 
 
文学が、まさに今、
わたしがここにあることの
アクチュアルな問題として切迫してくるのです。
 
 
アントロポゾフィーからの文学研究を、
舞台芸術としての言語造形を通して、
なしていく。
 
 
わたしの後半生のテーマなのです。
 
 
 

posted by koji at 21:46 | 大阪 | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月01日

エックハルト説教集


95216935_2972371256176234_4304409558261956608_o.jpg


まづ、最初の章の
「こころといふ神の社について」から、
こころを摑まれるのです。
 
 
神の社とは人のこころであり、
そこは、
キリストのみが入つて行き、
彼のみが語り給ふべき場であり、
だからこそ、
イエスはそこから商人たちを追ひ出した。
 
 
商人とは、
自分が何かよいことをすれば、
神から恵みをいただける、
さう思ひつつ生きてゐる人であります。
 
 
紛れもなく、
わたしのことでありました。
 
 

posted by koji at 17:21 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月24日

精神を体現した美しい人『ゲーテとの対話』


 
IMGP0154.JPG


 
これまで何度か、
この書を愛読して来たのですが、
読み継ぎつつ終はりが近づくにつれて、
つまり、ゲーテの死が近づくにつれて、
このたびほど悲しみが込み上げてきたことは
なかつたやうに思ひます。
 
 
ゲーテといふ、
溌剌として美しい精神を宿した人が、
この世から去つていくことが、
こんなにも悲しい。
 
 
これほどまでにゲーテの精神を
面目躍如として描くことができたのは、
ひとえに、エッカーマンといふ人の持つ、
ゲーテに対する尊敬と愛ゆゑに他ならない。
 
 
最後まで読み終へ、
ゲーテの亡骸の胸に、
エッカーマンが手を当てるところに至ります。
 
 
その静かな、静かな時。
 
 
その時に、
エッカーマンが感じたであらう、
悲しみと惜別の念の何十分の一かをわたしも感じ、
込み上げてくる涙を抑えることができませんでした。
 
 
精神を体現した美しい人がこの世を去ることほど、
わたしの胸を強く深く打つものはありません。
 
 
 

posted by koji at 17:58 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月05日

幼な子たちの御靈に〜『ファウスト』を読んで〜


 
maxresdefault.jpg

 
 
ゲーテの『ファウスト』を
初めてしつかりと読み終へました。
 
 
最後の節、
「深山の谷」の、
夭折した幼な子の靈たちのことばを読み、
慟哭せざるを得ませんでした。
 
 
【夭折した幼な子たちの合唱】
 
教へて下さい 善き父よ
わたしたちはどこを漂ひ
わたしたちは誰なのか
わたしたちはみな 仕合はせです
わたしたちはみな ここにゐて
こころ穏やかです
 
互ひに手を繋ぎ合ひ
ひとつの喜びの輪になりませう
空をゆつくり巡りながら 声を合はせ
清きこころを歌ひませう
神の教へを受けて育つものは
疑ふことなく信じます
敬ひ信じるあの方を
 
   (『ファウスト』「深山の谷」より) 
 
 

いま、現実の世界でも、
多くも多くの幼な子たちが、
閉じ込められてゐたところから、
救ひ出されてゐるやうですね。
 
 
そんなときに、
この『ファウスト』を読むことができたこと、
そして読み終へた後、
これまでに夭折してしまつた、
幼な子たちの御靈(みたま)が、
いま微笑みながら、
見上げた空に浮かんでゐた小さな雲として、
天へと消ゑて行つたことが、
奇しき「しるし」のやうに思へてなりませんでした。
 
 
 
 
 

『ファウスト』とは、
悪魔と契約を交わした男のお話です。
 
 
彼は最後には、救はれて、
聖なるをとめのもとへと昇つてゆきます。
  

とても僭越なこととは思ひながらも、
先日演じたわたしたちの劇『 をとめ と つるぎ 』と、
この『ファウスト』の大河のやうな精神とは、
ひとすじ繋がつてゐることを知り驚きました。
 
 
これは、『ファウスト』を読み、
また『 をとめ と つるぎ 』を
聴いていただいてゐなければ、
なんのことだか分からないことだと思ふのですが・・・。
 
 
ただ、『ファウスト』の最後のことばだけ、
ここに挙げておきたいと思ひます。
 
 
【神々しく秘めやかな合唱】
 
なべて過ぎゆくものは
たとへに過ぎず
地の上にては至らざりしもの
ここにまったきものとして現はれ
おほよそ ことばに言ひがたきこと
ここになる
とこしへなるもの をとめなるもの
われらを彼方へと導きゆく
 
   (『ファウスト』「深山の谷」より)
 
 
 
をとめと神は いまも ひとつです
神 われらの親なり われらの親なり
神と人 そも親子なり
   (『 をとめ と つるぎ 』より)
 
  



 

posted by koji at 20:54 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月28日

愛読のよろこび


 
blog0068.jpg

 
 
前田英樹氏の『愛読の方法』を再読。
 
 
一冊の本を愛読する。 
それは、わたしに、
静かな時間、熱い時間を取り戻させてくれます。
 
 
つまり、真に「読む時間」に、
わたしは立ち戻ることができるのです。
 
 
真に「読む時間」。
さういふ時間がどれほど侵食されてゐるか。
それは、ひとりで生きる時間です。
より精確に言ふと、
尊敬する先人と共に生き、
ことばを交はし合ふ時間です。
 
 
愛読に愛読を重ねる。
さうして、もはや、
嘆賞するしかないところまで、
その本の一文一文の底へと掘り進める。
 
 
さういふ喜びが、
こころの柔らかな人の前に拡がる。
 
 
一冊の本の前に留まつて愛読すること。
それは、こころを耕すことです。
こころの硬くなつた表土を、
掘り起こして、掘り起こして、
柔らかく鋤き込むことです。
 
 
さういふ喜びに向かふ行為は、
尊敬する人との対話に熱中できる喜びであり、
とくに古典の場合には、
遠く死んだ人への祈り、礼拝でもあります。
 
 
そんな無私の、からっぽの自分に立ち返り、
ただ、強い振動だけが自分の中に満ちる時間。
 
 
その喜びを重ねていきたい。
さう思ひます。
 
 
 
 
●古典は、ひとつの時代にたくさんの読者を得た本ではない。ひとつの時代にゐる少数の読者が、絶えることなく蘇つては、読み継いでゐる本である。そこには、時代を貫いて生き続ける愛読者の系譜といふものがある。古典を巡る愛読者の系譜にみづから入り込むことほど、多くの人間が、孤独や絶望や嫉妬や怨恨から救はれる道はないやうに思はれる。
(ちくま新書 102ページ) 
 
 

posted by koji at 14:43 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月23日

月と六ペンス



41Bm92awtaL.jpg

 
 
サマセット・モームの『月と六ペンス』。
初めて読みました。
 
 
上っ面なことばを一切発しない男、
チャールズ・ストリックランドの物語。
 
 
芸術と精神。
 
 
男と女の間に生まれる魔の相。
 
 
人間といふものの醜さと悲しさと崇高さに、
こころがきりきりと、
時間から時間のさらに奥へと、
引き摺り込まれてしまふ、
わたしにとつてはそのやうな作品でした。
 
 
しかし、ここに描かれてゐる、
生と死を突き破つても、
まだ進むことを止めない精神といふものを
我が身で生きないうちは、
この作品の本当の怖さを感じることはできない、
さう思ふ。
 
 
死といふものを
目前に据えざるをえないときがあるならば、
そのとき、またふたたび、
この作品に出会へるだらうか、
さう思ふのです。
 
 
いや、むしろ、
かう言つた方がいいのかもしれません。
この作品にぶち当たることができるやうな、
人生を創ること。
 
 
崇高な作品は、
凡人であるわたしを叱咤激励するのです。
 

posted by koji at 14:24 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月20日

我が身を切る痛さ 〜漱石『明暗』を読んで〜



71gZ2I2BYiL.jpg



漱石の『明暗』を、
この齢になつて初めて読み終へました。
 
 
これまで三十代、四十代と、
おそらく十年に一度づつ、
読まうとしたことがあつたのですが、
いずれも途中で読み切らずに投げ出してゐました。
 
 
このたび、やうやく、読み終へることができました。
 
 
主人公を中心として、
人のエゴとエゴが絡み合ひ、擦れ違ひ、ぶつかり合つて、
読んでゐて胸が苦しく、やり切れなくなるほど・・・。
 
 
にも関はらず、
今回はなぜ、
最後までぐんぐんと読み進めることができたのだらう。
 
 
この作品の中に描かれてゐるエゴが、
紛れもなく、わたし自身のうちに、
幾重にもしぶとく絡み合つて巣食つてゐること。
 
 
そのことを五十代になつてやうやく、
痛いほどに感じることができたからこそ、
読み抜くことができたとしか思へません。
 
 
人と人とが傷つけ合ふとき、
たいていは、
エゴとエゴとがぶつかり合つてゐるのではないでせうか。
 
 
しかし、
エゴから解放されてゐる人と、
エゴをもつ人とは、
ぶつかり合はない。
 
 
エゴをもつ人は、
エゴから解き放たれてゐる人の前から、
すごすごと退散するしかない。
 
 
この作品は、
その退散していく姿を描かうとして、
描く前に未完に終はつてゐます。
 
 
漱石が病で倒れ、そのまま亡くなつてしまつたからです。 
 
 
わたくしを去つて、天に則る。
 
 
そんなことばを漱石は晩年、
弟子たちにしきりに語つてゐたさうです。
 
 
わたくしを去ることの、
我が身を切るやうな痛さと難しさ。
 
 
わたし自身もこの作品を読み、
その痛さと難しさに、
光りを当てていかざるをえません。

posted by koji at 10:20 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月04日

【小川榮太郎】美の行脚(第四回):小林秀雄『本居宣長』について《前編》






いやあ、これはこたへられない面白さです・・・。
 
 
文章の内側に、
ひとりの人といふ、
唯一無二の存在が息づいてゐるものこそが、
文学であるならば、
思想も歴史も、文学でなければならない。
 
  
どんどん零落していく日本の文化力を、
水際で押しとどめた仕事として、
小林秀雄の『本居宣長』といふ作品があると、
感じてゐるわたしにとつて、
この小川氏と石村氏の対談は本当に嬉しいものです。
 
 
小林の『本居宣長』一冊、全50章を、
一年間かけて高校生などと読むことができたら、
どんな豊かな時間が生まれるだらう。
 
 
学ぶとはどういふことか、
人として生きるとはどういふことか、
民族精神の伝統に則つた学問観と死生観といふ、
ふたつの大いなる問ひを抱く機縁を摑むことができる。
 
 
そんな一冊だと信じてゐるのです。



posted by koji at 19:57 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月28日

覚悟といふ精神の系譜 〜小川榮太郎著『保田與重郎と萬葉集』(月刊『VOICE』掲載)を読んで〜

 
IMGP0420.JPG
奈良県桜井市にある保田與重郎ご生家
 

 
わたしは思ふのです。
 
 
これから先、わたしたちの国の将来において、
たとへ何が亡びて行かうとも、
偉大なる先人が書き上げた偉大なる文業は、
残つて欲しい。
 
 
優れた先人による優れた文学は、
残つて欲しい。
 
 
それらの作品が、
この国の精神の証だからです。
 
 
文芸評論家の小川榮太郎氏は、これまで、
事実に基づく記述による、
徹底的な検証が重ねられた仕事を、
たくさん重ねてをられます。
 
 
日本といふ国を守るため、
人が人として生きるための尊厳を守るための、
志高い、かつ、大変質の深い仕事をし続けてをられます。

 
下に掲げるのは、
月刊雑誌『VOICE平成二十八年十・十一月号』に掲載の、
小川榮太郎氏の論文「保田與重郎と萬葉集」に対する、
三年前のわたしの拙い感想文です。
 
 
この論文は、
密やかに、この国の底の底でわたしたちを支へ続けてきた、
我が国ならではの精神文化について論じられたものです。
 
  
「日本の巨きな亡びの自覚」は、
国史上、極めて少数の文学者によつて、
極めて意識的に、ことばにされてきました。
 
 
そしてそれを熟読する読者が、
極めて少数かもしれませんが、ゐたことと思ひます。
 
 
その精神の継承あつてこそ、
日本はいまだ、日本として、
なんとか、存続しえてゐると念ふのです。
 
 
それゆゑ、この三年前の論文の感想文を、
いま、また、掲載します。
 
 
小川氏によるその非常に素晴らしい論文は、
いつか一冊の書籍の中に収録されるのでせうか。
 
 
そのことを強く希みます。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー
 



小川榮太郎氏による論文『保田與重郎と萬葉集』を読む。
 
 
そして、保田與重郎による『萬葉集の精神』を読む。
 
 
さらに、大伴家持による『萬葉集』をひもとき続ける。
 
 
そんな毎日が続いてゐる。

 
ここに記されてあるのは、「覚悟」といふ精神の系譜だ。
 
 
そのやうなこの国に伝来の精神が、
しづしづとわたしのこころの中に流れ入つて来るのを感じる。
 
 
その「覚悟」とは、
その精神の系譜を踏んで歩くのだと腹を決めることである。
 
 
それは、静かだけれども、
こころの奥底に確かに響いてゐる「志」からの声である。
 
 
新しく小川氏によつて書き表されたこの文章を熟読する。
 
 
さう、熟読を通してこそ、 
この精神の流れは、きつと、
こころある人から人へと承け渡されるのだから。
 
 
 
 
【大伴家持の覚悟】
   
 
日本といふ国において、
皇室の存在意義を揺るがすやうな危機は、
これまでの長い歴史の中で幾度かあつた。
 
 
それは同時に我が国の危機であつた。
 
 
古き神ながらの道・古神道から離れゆく、
政治的・文化的情勢の怒涛のやうな流れ。
 
 
その流れに対する悲哀と慟哭を強く感覚した者が、
まづもつて柿本人麻呂であつた。大伴家持であつた。
おどろの下の道を歩いた幾人もの詩人たちであり、
さらに、幕末維新の志士たちであり、岡倉天心であり、
保田與重郎であつた。
 
 
そして、いま、
この論文を起こしてゐる小川榮太郎氏である。
 
 
その危機が最初に大きく現実化した壬申の乱。
 
 
それをどのやうに捉へ、
どのやうなことばをもつて記述するか。
 
 
その記述によつて、以後の一国のあり方が決められていく。
 
 
地に堕ちた人のことば(言挙げ)だけでやりくりしようとするのか。
 
 
それとも、
神々との繋がりの中で響き来ることば(言霊)に、
みづからを啓きつつ語り、歌つてゆくのか。
 
 
江戸時代の国学者たちは、祝詞と古事記と萬葉集、
とりわけこの三つこそがことばの力に依つた古典であるとした。
 
 
さう、ことばの力(言霊)こそが、
人のこころを救ひ、国の歴史を定め、後の世の流れを左右するのだ。
 
 
萬葉集の歌は、
粗暴なイデオロギーから歌はれたのではなく、
秘めやかな民の心情・草莽のこころざしから歌はれた。

 
国史への悲哀と慟哭が、壬申の乱の後に、
大君に仕へる宮廷歌人である柿本人麻呂によつて歌はれ、
そのいくつもの長歌には、
この国の精神を救ふ偉大なることばの力が見いだされる。
 
 
人麻呂は、
天智天皇・天武天皇、両統の間での、
正邪を断じて正統性を争ふやうな、
そのやうな言挙げを決してしなかつた。
 
 
内乱を描いても敵対や分離を示さなかつた。
 
 
あくまで「国の心の一つに凝り固まらうとする」、
尊皇によるこの国の根本義をもつて壬申の乱を描く。
 
 
その人麻呂の詠歌によつて、
日本の歴史は救はれ、皇室の純粋性は保たれたのだといふ、
家持の直感、保田の深い見識を、小川氏は浮かび上がらせる。
 
 
そのやうな、国の精神を救つた、
人麻呂の神ながらともいへる志からのことば遣ひを、
そのままの精神で掬ひ上げ、
萬葉集として記録したのが編纂者・大伴家持である。
 
 
しかし、藤原氏の政治的専横・暴虐によつて、
自分たち大伴氏族の勢力だけでなく、
大君を慕ひ、仕へ奉る勤皇の精神が、
政治の中枢から失墜し続けてゐる当時。
 
 
その運命的状況の中で、
家持は既に人としての
迷ひ、弱さ、絶望を充分に味はひ知つた人であつた。
 
 
だからこそ、彼こそは当時の時流に抗して、
明晰な意識をもつてその言霊に宿る精神を記録し、
みづからも歌つたのだつた。
 
 
その行為は、
己れ以外のものからの圧力や命令によるものではなく、
ひたすらに己が身の奥底から溢れ出てくる、
大君への真情、草莽のこころざしからのものであつた。
 
 
小川氏はその家持の「覚悟」を見事に描き出してゐる。
 
 
「新しい政治・文化状況を認めない。
 が、政治陰謀には加担しない。認めない事を、
 人麻呂以来の歌の伝統を継ぐことで証立てる。
 ― これが家持の覚悟だつたと見ていい。」
 
 
人の世を生き抜き、この世の栄華を勝ち誇るのではなく、
政治的に必敗の、
このやうな生き方を家持に選ばせたのは、
いつたいどのやうな念ひだつたのか。
 
 
それは、「かけまくも 畏き」「大君の思想」である。
 
 
家持は、
人麻呂の神の力に通はれたやうな志からの歌を、 
歴史の藻屑と消え去つていくことから掬ひ出した。
 
 
さらにその心境にみづから重なるやうに己れの歌を歌つた。
 
 
そして四千五百首以上の優れたやまとことばによる歌を集め、
萬葉集を編んだ。
 
 
さうして、家持は、人麻呂の大君への念ひを、継ぐ。
 
 
その継承からさらに、
家持はその念ひを、
「大君の思想」へと練り上げたのだ。
 
 
現実世界からの逃げではなく、
ことばの精神に生きることこそが
国を究極には救ふのだ。
 
 
そのやうな家持の「見識」と「覚悟」が、
萬葉集といふ我が国最高の古典の源泉、真髄であり、
その覚悟に至るまでの彼の葛藤・勘案が、
萬葉集を貫くリアリティーだつた。
 
 
家持は、
志を述べること、述志こそが、
和歌の真髄であることを意識して実行した、
一人の人だつたのである。
 
 

 
 
【保田與重郎の覚悟】
  
 
昭和の文人、保田與重郎は、
萬葉集に少年時代から親しみ、
江戸時代の土佐の国学者・鹿持雅澄の『萬葉集古義』に、
その「覚悟の系譜」を学び続け、
大東亜戦争勃発直前に、
『萬葉集の精神』といふ著述のために筆を執つた。
 
 
異常な緊張に漲つてゐた当時、
彼は己れの「覚悟」をその家持の「覚悟」に重ねた。
 
 
そしてその態度は、戦後も一貫するのである。
 
 
彼は、
当時のアララギ派を中心とした近代歌論を明確に否定し、
一首一首に表れる美、
ひとりひとりの歌人に表れる美学よりも、
それらを土台で支へる
「国の心の一つに凝り固まらうとする」
志こそが、本質なのだといふ、
萬葉集に対するもつとも古く、もつとも新しい見立てを行ふ。
 
 
そして、戦前、戦中、
ヒステリックに叫ばれる国策としての萬葉集の利用を根柢から侮蔑する。
 
 
そのヒステリックな叫びは、
右往左往する国際情勢からの、
場当たり的な論から生まれたものであり、
国のおほもとに立ち返つての、
揺るがぬ志からのものではなかつたからである。
 
 
当時のアメリカと日本の、
物量における圧倒的な彼我の差は、
当然保田にも認識されてをり、
その上で絶叫される戦意昂揚などに、
彼は全く同調することはできない。
 
 
ここで、小川氏は、
文業に対する保田の身を賭してのあり方を鮮やかに、
かう書き記してゐる。
 
 
「戦が始まつたことをまづ神意と見た上で、
 日本の祷りを行くしかない、
 これは狂信ではなく、
 あの時代に一文学者の立ち得る
 唯一の合理だつたとさへ言へるであらう。
 その意味で、これは寧ろ、時局を批判しながら、
 大東亜戦争の精神を救ふ立場だといふべきではないか。」
 
 
この立場に徹することが、保田の第一の「覚悟」であつた。
 
 
さういふ保田の姿勢を理解したものは、
出征していつた多くの多くの若者たちだつた。
 
 
そして年老いたインテリゲンチャほど、
その草莽のこころざしを理解できなかつた。
 
 
さういふ状況は、彼自身出征し、
帰国した戦後も変はりなく、
戦前親交を持つてゐた亀井勝一郎にさへ、
保田は曲解されてゐる。
 
 
さうして彼は戦後、
アメリカのGHQによる公職追放だけでなく、
文壇からの追放といふ四面楚歌のやうな立場に追ひ込まれる。
 
 
ここで、二つ目の保田の挺身、
「覚悟」が小川氏によつて記されてゐる。
 
 
それは、友であつた亀井のことばに端的に表されてゐるやうな
「いひがかり」に対する戦後のことばである。
 
 
その「いひがかり」とは、
保田の文業が多くの若者を
無残にも戦争に駆り立てたのではないか、
そのことに対する反省は如何、といふものだつた。
 
 
GHQによる占領検閲下の昭和二十四年、
戦前の日本は全否定され、
連合軍の正義と日本軍国主義の悪は絶対的なテーゼだつた。
 
 
その時に、保田は亀井勝一郎に答へる形で、
「小生は戦争に行つた日と同じ気持で、
 海ゆかばを歌ひ、
 朝戸出の挨拶を残して、死す」
と書いた。
 
 
「海ゆかば」とは、大伴家持によつて、
「大君の辺にこそ死なめ 顧みはせじ」
と詠はれた長歌のことである。
 
 
小川氏は書く。
 
 
「戦後かういふことを明確に、
 それもここまで激しい言葉で堂々と言ひ放つた文学者は、
 川端康成や小林秀雄を含め、
 残念ながら他に一人もゐないのである。」
 
 
 
  
 
【覚悟といふ精神の系譜】
  
 
この「覚悟」の系譜を小川氏は改めて家持から辿る。
 
 
壬申の乱後約八十年が経つた後でも、
防人をはじめとする草莽の民たちによつて、
大君への純粋な念ひが詠われる。
 
 
そして、その純粋を裏切るやうな藤原氏の陰謀の政治。
 
 
その間に立つて、
絶大な責任を感じた家持は歌をもつて
「国の柱となり神と民との中間の柱になるものは」
自分以外にないといふ自覚に達したのである。
 
 
昭和十年代に於いて保田與重郎は、
この家持の自覚・覚悟を引き継ぎ、
我が国未曽有の危機である大東亜戦争に面して、
みづからも文人として、
この神と民との間に立つ柱となる自覚を覚える。
 
 
「保田は萬葉集を解いたのではなく、
 自らの言葉で同じ道を踏まうとしたのである。
 保田自身が現に経験してゐた、
 日本の更に巨きな亡びの自覚が、
 それを彼に強ひたからだ。」
 
 
そして、この文章の最後に、
筆者小川榮太郎氏の「覚悟」が、
韜晦のかたちに包まれて記されてゐる。
 
 
「・・・真の戦ひは全く終はらぬまま、
 『国の柱となり神と民との中間の柱となる』
 覚悟のない七十年が過ぎ、
 我々は亡びの過程を今も下降し続けてゐる。
 萬葉集は決して過去の詩歌集などではない
 といふやうな言葉が、
 一体今、誰に届くのかを怪しみながら、
 ひとまづ、私は筆を擱く。」
 
 
文学者とは、
ともすれば離叛していかうとする、
精神と物質を仲介する橋にならうとする人である。
 
 
ことばをもつて、
神と民との中間の柱になることを念じ、
悲願し、
志す人である。
 
 
さういふこころざしを持つ人の系譜が、
柿本人麻呂から大伴家持へ、
そして幕末ごろの国学者たち、維新の志士たちへ、
更に保田與重郎へと引き継がれてゐることを
小川氏は書き記した。
 
 
そして、さらに小川氏自身が、
この系譜の尖端に立つてゐることをも、
わたしは改めて強く感じることである。
 
 
現実の世の混乱・危機から、
人のこころを救ふのは、
究極において、ことばである。
 
 
人のこころを覚醒させ、
非本質的なところから
本質的なところに立ち返らせる、
そんなことばなのである。
 
 
小川氏によるこの
『保田與重郎と萬葉集』といふ文章は、
さういふことばを発し続ける覚悟を固めた人の系譜を記してゐる。
    
 
 
平成二十九年二月 「ことばの家 諏訪」 諏訪耕志
(令和元年十月三十一日 加筆修正)


posted by koji at 21:49 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月23日

小川榮太郎氏『国柄を守る苦闘の二千年』を読んで


images.jpg


雑誌『天皇こそ世界の奇跡』といふ雑誌に、
寄稿された小川榮太郎氏による文章。


何度も読んでゐますが、
そのたび、感銘を深くしてゐます。


この文章を読むことから、
学ばせてもらへることは数多ありますが、
最初の一文が、まづもつて、驚きをもたらすのです。


「私たちは今、日本史上、
天皇と国民の距離の最も近い時代、
心情的にも自然な一体感を味はへる幸福な時にある。」


確かに、
昨日の新しい天皇陛下による「即位礼正殿の儀」も、
インターネットの画面で生中継で見ることができました。


さういふメディアの発達によつて、
「天皇と国民の距離の近さ」が醸成されてゐることも、
確かにあるでせう。


しかし、そんなことよりも、より本質的なことがある。


その近さとは、
江戸後期、
第119代光格天皇がなされた朝廷儀式の再興と、
それを準備したとも言へる、
水戸学や国学などの江戸思想、
それらが生み出した「新しい天皇像」ゆゑのことだつたのです。
 
 
それまでは、
「天皇と国民との紐帯が
終始一貫してゐたといふわけにはゆかない。」


「天皇伝統」は、
明治維新から本格的に再興したのです。


「伝統」とは、
人によつて明確に意識されてこそ、
初めて「伝統」たりえます。


まぎれなく考へられてこそ、
初めて人のこころに、
「引き続き大切なものごとが守られ育まれてゐる」
といふ「引き続き」に対する自覚が生まれるのです。


天皇伝統、
保田與重郎はそれを「大君の思想」と呼びましたが、
我が国の歴史の中で、
極めて高い精神をもつ幾人かの文学者たちが、
その伝統を己れの生命をもつて密かに生きました。


文芸の伝統として、言霊の思想として、
「おどろが下の道」「奥の細道」を歩んできたのです。


そして、何より、誰より、
代々の天皇ご自身が、
我が国の天皇のあり方を研究され続け、
どのやうな外的状況に国が晒されても、
その伝統意識を守り、育み続けて来られました。


小川氏は記します。


「天皇伝統とは、
その一歩一歩の危ふひ歩みの必死の務めの中から、
(天皇ご自身が)
苦心惨憺創造され続けてきたものなのである。」


その一歩一歩の危ふひ歩みのいかなるかが、
各段落ごとに歴史の流れに沿つて描かれてあります。
 

それらすべての描写は、
小川氏が最後に書かいてゐる、
ひとつの「問ひ」に向かつて、
収斂していきます。
 
 
その「問ひ」とは、かうです。
 
 
二千年以上の間、一国を、
政治的・経済的共同体たらしめて来ただけでなく、
ひとりひとりの民の自由闊達な生き方を促すやうな、
「精神的共同体」たらしめるために、
代々の天皇陛下がなされて来た苦闘に対して、
わたしたち国民はどうお応へするべきか。


いま、わたしたちは、歴代の御苦闘の果てに、
新しい天皇陛下をお迎へしてゐます。
 
 
わたしは、
いはゆる「天皇制」なるものの議論などよりも先に、
その御存在と歴史について謙虚に学ぶことが、
なによりも先であると思ふのです。
 
 
大嘗祭が施行されるこの令和元年、
まづは、わたしたち国民の中から、
天皇といふ御存在について学び始める、
そんな熱意と気運を起こしていくこと。
 
 
わたしも始めて行きたいと考へてゐます。




 
さて、この雑誌にもたくさんの寄稿文が掲載されてゐます。
 
 
しかし、石平氏や数人の外国の方の文章、そして、
在日朝鮮人でボクシング連盟前会長の山根明氏の文章を除き、
ほとんどの寄稿者の文章が、
やや情緒的で紋切り型の考へやものの言ひ方に
安住してしまつてゐる感が否めません。
 
 
天皇といふ御存在あるからこそ引き続いて来た、
またこれからも引き続いて行くべき、
我が国の歴史精神。


この歴史精神に対し、
ひとりの現代人としてどう向き合つて行くのか。
 
 
この決して他人事にはできない切羽詰まつた問ひが、
この小川氏の文章には貫かれてゐます。
 
 
この文章のうしろには、
書く人、小川氏本人の、
生活の、人生の、切羽詰まつたやうな哀感が滲んでゐます。
 
 
人生を懸けて問うてゐる問ひと、
この時代がもたらす状況との間に、
必然的に生じる不協和音が響いてゐるのです。
 
 
さうであつてこそ、
評論や批評は、
文学たりえるのではないでせうか。
 
 
そして、造形された文章・文体だからこそ、
そこに精神が存在してゐます。
 
 
文章のうしろには、精神がある。
 
 
その精神といふ光が読み手のこころにもたらす、
形、運動、色彩、陰翳・・・。
 
 
論理をもつてだけでなく、
それらを感覚させてくれる文章を書く人が、
現代とても少なくなつて来てゐるやうに思はれてなりません。




posted by koji at 19:31 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月12日

『平成記』(小川榮太郎氏)


IMGP0006.JPG

 
●この年(平成十四年・2002年)も日本語ブームが続いた。齋藤孝の『声に出して読みたい日本語A』が計240万部の大ベストセラーになつたのである。が、残念ながらこの日本語ブームは、文学の読者層を殆ど開拓しなかった。 
 
 
●文化では啓蒙も大事だが、啓蒙がその場しのぎのビジネスになると、寧ろ文化を衰弱させる。文化で重要なのは、層を拡大する以上に、ヒエラルキーの頂点を構築する事だ。鴎外、漱石、露伴から三島由紀夫、大江健三郎を読む伝統を保持しさえすればすそ野は逆に広がる。この文化事業の基本に、平成出版界は逆行し続けた。
 
 
●一流の飲食店が味でしのぎを削れば、安価なファストフードの味も向上する。逆にマクドナルドを無限に増やしても、食文化の向上に繋がらず、資本や才能がファストフードにばかり集中すれば、食文化は崩壊する。文壇・論壇では平成を通じてそれが起きた。
 
 
●マクドナルドを増やすのでなく、高み、偉大さを求心力とした共同体を形成すべきだったが、「脱構築」の冷笑主義に飲み込まれ、業界ギルドの安易に流れ、文化事業の逆説を真に理解する者がいなかった。平成日本の最大の悲劇である。
 
 
(225ページ)
 
 
 

出版界だけでなく、平成時代のわたしたち男は、各々、頂点を極めるための熾烈な闘ひを己れに課すことを止めてしまつたのではないかなあ。
 
三十年といふ時間、わたしが大学を出てからの三十年間なのだ・・・。
 
いま、令和といふ新しい時代に入つたばかり、元年。
 
経済界であれ、政治の世界であれ、学問・芸術の世界であれ、本当に生きがいを感じたいなら、ひとりひとりが精神の高みを目指して自分の人生を全身全霊で生き切ることだと、強く念ふ。
 
さうして、日本の文化そのものが再び精神のヒエラルキーを築き上げ、若い人や子どもたちが、いや、この自分自身が、その高みを目指して、発奮しながら生きて行く、そんな令和の時代をつくつていきたいと、強く念ふ。
 
それは、男性性の健やかな発露である。
 
 

posted by koji at 17:54 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月22日

永遠(とこしへ)に焦がれる 〜執行草舟氏『「憧れ」の思想』〜


IMGP0181.JPG
  
●私は「憧れ」に生きることこそが、人間の本質と考えている。憧れは、燃えさかる悲しみである。自己の生命が燃焼し、その燃え尽きた先にある「何ものか」だ。
(『「憧れ」の思想 』 執行草舟 著)
 
 
己れのいのちを燃やし尽くしたその先にあるものに向かふ。その時、人は「憧れ」に生きてゐる。執行氏はさう書いてゐる。
 
憧れとは、そもそも、ぼやつとした曖昧なものではない。「あこがれ」であり、わたしたちは焦がれるのだ。「あ」に向かつてこころ焦がすのだ。
 
「あ」とは、世の始源である。天地(あめつち)の初発(はじめ)である。「はじめのとき」とは、永遠(とこしへ)である。
 
その永遠に於いて、わたしは何に焦がれてゐるのか。どのやうな「憧れ」を抱いて生きようとしてゐるのか。
 
それは、もはや、単一のことばでは言ひやうがない。百万言費やしても言ひ尽くせないもの、それがわたしたちの「憧れ」ではないだらうか。
 
その言ひ尽くせないものに向かふとき、人は己れのいのちを燃やし尽くさねばゐられない。だからこそ、執行氏は憧れとは燃えさかる悲しみであると記してゐる。
 
いのちとは、脈打ち、波打つものである。勢ひよく流れることもあれば、澱み、濁り、疲れ果てることもある。
 
そのいのちの働きが、人生の様々な幸せ・不幸せに出会ふ。
 
その幸せ、不幸せを貫く「仕合はせ」を受け入れ、味はひ、つんざいて、進んでいく。
 
そこに悲しみが伴はずにゐられようか。
 
死に向かつて生きてゐるわたしたちは、死の向かうにある何かにこころ焦がして生きていく。
 
「憧れ」。それは、決して、この世に於いては成就しない、永遠(とこしへ)へと向かふ、人の性(さが)である。
 
ちなみに、この書『「憧れ」の思想』は、「本を読むことは、死ぬことである」とあつて、ここまで書き記してくれてゐる読書の奨めはないやうに思ふ。
 
 
ーーーーーーーーーー
2019年1月開校!
『言語造形と演劇芸術のための学校』
https://kotobanoie.net/school/
 

posted by koji at 12:58 | 大阪 | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月16日

愛読書 〜古典といふもの〜


IMGP0520.JPG
九月の末に行つた天武天皇の都があつた近くの飛鳥の里。 

このところ、集中して『古事記伝(ふることぶみのつたへ)』の読書を楽しんでゐます。
 
一千年間、誰もまともに読むことができなかつた『古事記』。 

漢字ばかりの難読書だつたその『古事記』を、本居宣長はよくもこれだけ、やまとことばのみで訓み下して下さつたことだ、と心底、感嘆します。
 
古い日本人が語つてゐた日本語の調べ、その語りの調べを大切に守りながら天武天皇が改めて語られ、稗田阿礼が全身で聴きとり憶へ込んだ、その調べを、宣長は見事に甦らせたのです。
 
大事なのは、調べです。
 
その調べこそが、言霊であります。
 
そこに、日本人ならではの身振り、さらには神代(かみよ)の手振りが伺はれるのです。
 
理屈ではなく、身振り、手振りにこそ、日本人の信仰の拠りどころがあります。
 
ですので、この日本には、宗教書や倫理を教唆するやうな書物は、どこかそぐひません。
 
『古事記』は物語です。
 
確かな「もの」を「ものものしく」語り伝へようとしてゐます。
 
そして、その調べを漢字のみで記録せざるをえなかつたのにも関はらず、それをなしとげた太安万侶も偉い人です。
 
そのやうな、精神のリレーがなしとげられた一冊の本。
 
心底尊敬できる著者。
 
一度読んだだけではよく分からないからこそ、何度でも愛読できる本。
 
これを座右に置くことができることは、仕合はせなことだと思ひます。
 
 

 

posted by koji at 17:06 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月26日

国語への痛切な思ひ 〜ドーデ『最後の授業』〜


o0350051112643170053.jpg


フランスの作家ドーデの『最後の授業』をご紹介したい。
 
1871年、普仏戦争に敗れたフランスはドイツに領土を奪はれる。いよいよ祖国と別れなければならないといふ深刻な悲劇を迎える、その朝、村の小学校のアメル先生が、フランス語の最後の授業に立つ。
 
「みなさん、わたしが授業をするのはこれが最後です。アルザスとロレーヌの学校では、ドイツ語しか教へてはいけないといふ命令がベルリンから来ました。・・・新しい先生が明日見えます。今日はフランス語の最後のお稽古です。どうか注意してください。」
 
先生のことばに愕然として、いつもとは全く違つた真剣なまなざしで耳を傾ける子どもたちの前で、先生はフランス語について話しを始める。
 
「フランス語が、世界中でいちばん美しい、いちばんはっきりした、いちばん力強いことばであること」
 
「ある民族が奴隷となつても、その国語を保つてゐる限りは、その牢獄の鍵を握つてゐるやうなものだから、わたしたちの間で、フランス語をよく守つて決して忘れてはならないこと」
 
そのやうなことをアメル先生は語る。
 
「とつぜん教会の時計が十二時を打ち、続いてアンジェリリュスの鐘が鳴つた。と同時に、調練から帰るプロシア兵のラッパがわたしたちのゐる窓の下で鳴り響いた・・・。アメル先生は青い顔をして教壇に立ちあがつた。これほど先生が大きく見えたことはなかつた。
 
『みなさん』と彼は言つた。『みなさん、わたしは・・・わたしは・・・』
しかし何かが彼の息を詰まらせた。彼はことばを終えることができなかつた。そこで彼は黒板の方へ向きなおると、白墨をひとつ手に取つて、ありつたけの力でしつかりと、できるだけ大きな字で書いた。

『フランスばんざい!』
 
さうして、頭を壁に押しあてたまま、そこを動かなかつた。そして、手で合図をした。

『もうおしまひだ・・・。お帰り』」
 
 
このやうな国語への痛切な思ひをもたないで、子どもたちに何を伝へると言ふのだらうか。
 

posted by koji at 22:51 | 大阪 ☔ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月08日

形を見る詩人の直覚 〜小林秀雄『歴史の魂』を読んで〜

 
352f00e1.png

 _______________________
 
あの本(本居宣長『古事記伝』)が立派なのは、はじめて彼が「古事記」の立派な考証をしたといふ処だけにあるのではない。今日の学者にもあれより正確な考証は可能であります。
 
然しあの考証に表れた宣長の古典に対する驚くべき愛情は、無比のものなのである。彼には、「古事記」の美しい形といふものが、全身で感じられてゐたのです。さかしらな批判解釈を絶した美しい形といふものをしつかりと感じてゐた。そこに宣長の一番深い思想があるといふことを僕は感じた。僕はさういふ思想は現代では非常に判りにくいのぢゃないかと思ふ。
 
美しい形を見るよりも先づ、それを現代流に解釈する、自己流に解釈する、所謂解釈だらけの世の中には、「古事記伝」の底を流れてゐる様な本当の強い宣長の精神は判りにくいのぢゃないかと思ひます。
(中略)
 
・・・歴史を記憶し整理する事はやさしいが、歴史を鮮やかに思ひ出すといふ事は難しい、これには詩人の直覚が要るのであります。

 
________________________
 
 
解釈・判断をしばらく置いておき、「形を見ること」「動きを聴くこと」に習熟していく。
 
そして、考へる力がゆっくりと熟してくるのを待つ。
 
あらかじめの考へや意見を、ものや人に当て嵌めてものを言ふのは、そのものや人だけでなく、自分自身を損なつてしまふ。
 
解釈や思惑を置いておき、そのときに見えてくる形、聴こえてくる動きを直覚する。
 
その感覚が、美しいものに触れることへとだんだんと近づいていく。
 
古典に対する、芸術に対する、ものといふものに対する、とても大事なあり方だと思ひます。
 

posted by koji at 06:38 | 大阪 ☔ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月03日

本を読むC 〜シュタイナー『テオゾフィー』〜


11025790_797566210337345_5099010493590062006_n.jpg


もう十年以上前ですが、この『テオゾフィー』といふ本をご紹介したく書いた拙文です。
 
ここのところ意識の真ん中にある「読書」といふことと重なるものなので、再掲します。
 
ーーーーーーーーー
   
 
『シュタイナー「テオゾフィー(鈴木一博訳)」を読み終へて』
http://www.seikodo-store.com/show1.php?show=c0006
  

先日、主宰してゐる講座で、シュタイナーの主著ともいへる一冊『テオゾフィー』を読み終へることができた。
 
なんとありがたいことだらう。足掛け三年半に渡つて、毎月二回通つてくださつた方々に本当にお礼を言ひたい。
 
当たり前のことかもしれないが、聴いてくださる方がゐて、初めてわたしは語ることができる。
 
そして、この講座があるお陰で、わたし自身、この三年半の間、集中してシュタイナーの思考に寄り添ふことができた。
 
ある人の思考に寄り添ふといふことは、その思考に迎合するとか、無批判に信じ込むといふこととは違ひ、自分をいつたんは置いておいて、客を迎へる、そんなこころの筋肉を鍛へるやうなところがある。
 
自分を置いておける、それは実は、自分に対する意識・自己意識がとても深い状態だ。
 
自己意識が深いからこそ、自分を置いて、客を迎へることができる。
 
そんなふうに、自己意識を深めることに繋がつていく読書だつたやうに感じる。
 
3年半前、みんなでこの本に向かひ合つた時は、この本を通して、それぞれのおのれの中に光を求めて歩き出さうとしてゐた。
 
さうして、読み進め、いくつもの山や谷や川を越え、読み終はつた今、この『テオゾフィー』を読むプロセスは、光と愛がひとつになりゆくやうなプロセスだつたのだなと、強く感じる。どこか、ルーツイファーとキリストがひとつになるやうな・・・
 
 
 
ある人のブログに出会ひ、読書していくことについて書いてくれてゐるのを読ませてもらつて、意を強くしてゐる。
  
 
____________________________
 
 
「必要なのは読んではまた再読し、傑出した作品に親しむやうになることだ。とにかく熟視することを学ばねばならない。教養が主な敵とするのは駆け足で行き、けつして帰つてもこず、けつして立ち止まりもしないやうな読み方だ」
         (アラン『著作集7』225頁)
 

『蒼天航路』といふコミックに出てくる呉の君主の孫権も、
「漢王朝とは何か」
「曹操と戦ふ理由は何か」
「大義とは何か」
「天下三分の計とは何か」
などについてひたすら考へ詰める。
呉の都にやつてきた劉備が、
「天下三分てなあーなあ、要は……」と云はうとすると、
「“要は”で答へるな玄徳!」と一喝する。
 
 
あるユダヤ教のラビは、聖典のたつた3行を読むのに3時間を費やしてゐたといふ。今でも真摯な神学の徒はみなさうかもしれない。
 
 
プラトンでもゲーテでも西田幾多郎でも誰でもいいから、じぶんの気に入つた作家や思想家を一人さだめ、たつぷりと時間をかけてその人の著述を隅からすみまで読みつくす・・・といふ経験をもつておくと、後々すごい財産になつていくやうな気がします。
 
 
智識はマクロ方面にまんぜんと広げるだけでは片肺飛行で、ミクロ方面にも深く根を下ろしていくことで、軸足ができ、バランスが保たれるのではないかなと思つてゐます。
   
 
___________________________
 

posted by koji at 10:04 | 大阪 | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月23日

この上ない文学的感銘 〜谷ア昭男著「保田與重郎」を読んで〜


IMGP0214.JPG


保田與重郎といふひとりの日本人。
 
「会つてみると、『一時ぼく等は誰も彼も保田党であつた』と言ひたくなるくらゐ、魅力ある男である」
 
さう壇一雄は対面した時の印象を記してゐるさうである。

先入観や浅薄なさかしさに惑わされずに、「会つて」みて、初めて感じられるその魅力を谷ア氏は「つとめて文学のことばで記したい」とはしがきに述べてゐる。
 
生前親しくその謦咳に接してゐた谷ア氏にとり、保田與重郎という人は、一言で云つて「畏き人」であつたといふ。そして、その人の死の後、全四十五巻の保田與重郎全集の編纂を荷はれた。その編纂そのものが氏の保田與重郎論であるといふ谷ア氏ご自身の述懐に、わたしは大いなる感謝と共に深く頷く者である。
 
そして、この一冊の評伝のあとがきに、執筆するのに予定よりも十年以上遅れてしまつたゆゑが述べられてをり、それをご自身の怠惰によらしむるところだとしてをられるが、仕上げられたこの書自体が、決してさうではないことを証してくれてゐる。
 
まづ一読した後、わたしが思ふのは、人といふものにこれだけ深く親しく踏み込まうとする書をものするには、懸ける必要のある時間ならば可能な限り、懸けなければならぬといふことである。
 
そして、この一書に於いては、その懸けられた時間が隅々にまでものを言つてゐることを感じる。
 
本文の最後の一文を讀み終へ、次の頁を繰ると、白紙であつた。その真っ白な頁をみたとき、わたしは保田與重郎といふひとりの人の生涯が終はりし後、宇宙の虚空に自身が放り投げられたやうな感覚に包まれたのである。それは、この上ない文学的感銘であつた。
 
日本の文学史のみならず日本の精神史に記されるべき保田與重郎といふ人を、後世のこころざしある者に伝へるべく、この評伝が著されたことは全集刊行と共に、谷ア昭男氏の偉業であると思ふ。
  
 

posted by koji at 15:28 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月20日

丁寧で深切な讀み方 伊東静雄


IMGP7406.JPG

 
「讀書といふものは、丁寧で深切でありたいものだ。一字一字を指で押へて、丁度著者が書いてゆくのと同じくらいの速度で讀みたい・・・」
 
さう、伊東静雄といふ昭和の初期に生きた詩人が「讀み方」といふ散文の中に書いてゐる。
 
長崎の諫早出身の彼は、昭和四年(1929年)から大阪の住吉中学(のち住吉高校)の国語教師として肺結核で倒れるまで約二十年間働き続けた。
 
彼は、続けてこんなことを書いてゐる。
 
「わが國の文學の道は、言靈(ことだま)の風雅(みやび)といふことにある。それは、文字の隠微なところに宿るのだ。・・・助詞や助動詞のやうな、それだけでは意味のない言葉こそが、名詞や動詞のやうに誰にも明瞭である言葉より大切だ・・・、その大切さは、深切な讀み方でだけわかる。」
 
彼の全集にこの文章を見いだし、なにとぞこの精神の血縁をと希つてしまふ。
 
「そのへんのことを腹にしみて悟るために、自分は古来の和歌を毎日二、三首づつ讀むことを、忙しい日の読書法としてゐる」
 
精神の成長のために、ほんの少しだが具体的な処方を指し示して下さつてゐる先達に出逢へることほど、ありがたいことはないと思ふ。
 
「古典を讀むといふことが、廣く行はれてゐるさうだが、そこから知識を得てくることよりも、むしろわが國の本当の讀書法を悟ることの方を、期待してゐる。正しい讀み方で、不知不識の間に養はれる志の方に期待してゐる」
 
本を讀むといふことは、本を讀み漁ることとは根本から違ふ。さういふ精神を彼は青年たちに伝へようとしてゐたのだらう。
 
住吉高校は、我が家から歩いて十分ほどのところにある。ちなみにわたしが入試落第したところ。
 
今も走つてゐる南海の上町線(路面電車)に、伊藤静雄も毎日乗つて学校に通つてゐた。
 
初出勤の時、ぼろぼろでだぶだぶの背広を着てゐて、「乞食」といふニックネームを生徒たちからつけられてゐたさうだ。
 
挙げたい詩作品は数多あれど、今日は、こころの清澄と悲しみ、そして静かな氣の漲りを伝へるふたつの作品を挙げたい。
 
 
 
『咏唱』
 
秋のほの明い一隅に私はすぎなく
なつた
充溢であつた日のやうに
私の中に 私の憩ひに
鮮(あたら)しい陰影になつて
朝顔は咲くことは出來なく
なつた
 
 
『野の樫』
 
野にひともとの樫立つ
冬の日の老いた幹と枝は
いま光る緑につつまれて
野の道のほとりに立つ
 
 往き還りその傍らをすぎるとき
 あかるい悲哀と
 ものしづかな勇氣が
 人の古い想ひの内にひびく
 


posted by koji at 19:44 | 大阪 | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする