2017年04月30日

新しい国づくり

古いものを大切にするからこそ、新しいものを生み出すことができる。
 
かういふことは言はずもがなかもしれないが、個人にをいても、家族の営みにをいても、地域の付き合ひにをいても、国のあり方にをいても、人が人として常に脱皮を繰り返しながら成長していくためには、古いものを徹底的に学び取り、己れの血とし肉とすること。そこからこそ、新しい未来が切り開かれる。
 
長い歴史を生き抜いてゐる国は、どこでも、自国の歴史と文化の継承を重要視し、とりわけ古典文学といふ、讀みつぐべき書物を大切にし、若い世代へと絶対的な信念の下、傳へていつてゐる。
 
古典教育をないがしろにしてゐる国は、必ず亡びる。
 
国が亡びれば、国語は失はれ、文化は断絶し、しきたりも規律もなくなつてゆき、とてつもない混乱が人々の生活に及んでしまふ。いま、現にさう、なつていきつつある。
 
そこになんとか歯止めをかけたい。
 
 
さういふ意識をもつて、わたしも新しい国づくりに加わつていきたい。

すでに、そのやうな意識で仕事をしてゐる方々が、今はまだ少ないかもしれないが、ゐる。
 
 
葦原(あしはら)の 瑞穂(みづほ)の國(くに)は 神(かむ)ながら 言挙(ことあ)げせぬ國(くに) 然(しか)れども 言挙(ことあ)げぞ吾(あ)がする 言(こと)幸(さき)く ま幸(さき)くませと 障(つつ)みなく 幸(さき)くゐまさば 荒磯波(ありそなみ) ありても見むと 五百重波(いほへなみ) 千重波(ちへなみ)しきに
言挙げぞ吾(あ)がする 言挙げぞ吾(あ)がする
(萬葉集 三二五三) 柿本人麻呂歌集より


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2017年04月22日

娘の授業参観から考へさせられたこと


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先日、小学六年生の娘の授業参観に行く。「日本の古典(俳句・短歌)を味わおう」というテーマだつた。この学校は、とりわけ、國語に力を入れて下さつてゐる。そして、初めて、わたしは國語の授業参観に出ることができたのだ。
 
受け持つて下さつてゐる先生は、とても暖かなお人柄で、娘もとても慕つてゐる。参観の時の授業も、先生と子どもたちとの間に親しみと活発さが漲つてゐて、いいクラスだなあと思ふ。
 
しかし、その國語の授業を見させてもらひ、いろいろなことを考へさせられた。
 
教科書に載つてゐる詩歌の何人かの作者の顔写真を黒板に貼り出し、この歌の作者は誰かを子どもたちに当てさせる授業だつた。
 
そこで唱へられる詩歌も、一回だけ、ぼそぼそと発声されるだけで、その詩歌やことばの味わひなど全く感じられなかつた。
 
つまり、詩歌といふことばの芸術作品を先生はどう扱つていいのか分からないのだらう。作者の顔を当てさせたり、その詩歌の中にどんな言葉遊びが潜まされてゐるかを子どもに当てさせるのが、子どもたちの気を引く、その時の最上の手段だと思はれたのだらう。
 
繰り返し言ふが、先生はとても暖かいお人柄で、ユーモアに満ちてをられ、わたしも学校中で最も好きな先生である。娘もわたしも、最後の六年生になつて、この先生に担任を持つてもらへたことを本当に嬉しく思つてゐる。
 
先生を責めるやうなことは決してしたくない。
 
しかし、である。
 
我が國の文化を支へる、最も大切なものである國語教育が、小学六年生の時点でかういふものであることに、あるショックを受けてしまつたのだ。
 
少し前になるが、水村美苗氏によつて書かれた『日本語が亡びるとき』といふ本が随分話題になつた。
 
わたしもその本には魅了され、幾度も讀み返した。
 
子どもたちへの國語教育の質いかんによつて、わたしたちが営むこの社会を活かしもすれば殺しもすることを多くの人が認識してゐないこと。
 
國語教育の腐敗によつて、必ず一國の文明は亡びゆくこと。
 
そのことは、多くの他國の歴史が証明してくれてゐること。
 
その時代の典型的な精神は必ずその時代に書かれた文学作品に現れるが、現代文学の実情を「『荒れ果てた』などという詩的な形容はまったくふさわしくない、遊園地のようにすべてが小さくて騒々しい、ひたすら幼稚な光景であった」と帰國子女である彼女は痛覚する。
 
そんな「ひたすら幼稚」である、現代のわたしたちのことばの運用のあり方から、どのやうにすれば抜け出すことができるのか。
 
未来にとつて最も具体的な、ひとつの処方箋を彼女は挙げてゐる。
 
「日本の國語教育はまずは日本近代文學を讀み継がせるのに主眼を置くべきである」
 
なぜ、さうなのか、この本はとても説得的な論を展開してゐる。詳しくは、ぜひ、この本をお讀みいただきたい。
 
また、水村氏のこの論を、より明確に、より奥深く、批評してをられる小川榮太郎氏の『小林秀雄の後の二十一章』の中の「日本語といふ鬼と偉さうな男たち」も讀まれることを強くお勧めしたい。
 
國語教育の理想とは、〈讀まれるべき言葉〉を讀む國民を育てることである。
 
どの時代にも、引きつがれて〈讀まれるべき言葉〉があり、それを讀みつぐのがその国ならではの文化であり、その國のいのちなのである。
 
子どもたちへの國語教育。わたしたち自身の國語教育。
 
これはわたしたちの國づくりだと念つてゐる。

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2017年04月07日

家といふ存在


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家の中を毎日掃除してゐます。たつた一日で、これだけのほこりやゴミが溜まるものかと驚きます。
 
そして、かう考へました。
 
家とは何とも不思議な場所だと。
 
この家の中で、一日も休まず、人のからだから不要になつたものや不潔なものが脱ぎ捨てられていき、大気の中で軽いものは風に澄んで漂ひ、重いものは濁つて凝つて地に積もつてゆきます。
 
さういふことが可視化して、すぐさま意識化できるのが、家の中です。家の外では、なかなかさういふことが目に見えにくく、すぐには意識化できません。
 
人は、時の経過とともに、からだからの老廃物を捨て去ります。そして、実はそのことによつて、こころを純化し、己れを精神化していく存在でもあるのです。大気が重いものを下に落とし、軽いものを上へと舞い上げるやうに。
 
人は年齢を重ねることによつて、精神がだんだんとからだに通つてゆき、またそれ故にからだから老廃物が捨て去られてゆくのです。
  
家といふものがあつてくれるお蔭で、そしてその家を清潔に保とうとすることで、時間の流れの中で人といふものがだんだんと精神化していくのだといふことを意識することができます。
 
家とは、そんな毎日のわたしたち家族の暮らしの営みから生まれる老廃物を受け止めてくれ、わたしたち人の働きによつてまた何度でも清潔で、人にとつて心地いい場所へと甦つてくれる掛け替へのない空間です。
 
そして実は、家とは、そのやうな穢れと晴れとの数限りない繰り返しを人に経験させることによつて、その中に生きる人に精神の甦りを促し、意識化させようとする存在でもあるのです。
 
家とは、単に物質的なものなのではありません。人を精神的に甦らせてくれるための精神的なシステム・生きている有機的な仕掛けなのです。

「家」とは、人にとつて大切な存在です。
  
復活祭に控えて・・・。

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2017年03月05日

先入觀からの自由


淺はかな世相に便乘して、
「ヘ育敕語」を復唱することを大事にしてゐる人たちを、
非難・揶揄してゐる人たちに、とてもこころが痛む。
 
實物の「ヘ育敕語」を讀んだ方がいいと思ふ。
 
そこには、
自國の歴史・文化・精神を汲みとつた、
人として生きていく上での崇高な理念と期待が、
述べられてゐる。
 
それは、
たかだか戰後七十年の間に
固まつてしまつてゐる價値觀を優に超える、
歴史精神に根差したものだ。
 
アンパンマンの歌を歌ふのもいいだらう。
聖歌を歌ふのもいいだらう。
しかし、自分の國を愛し、
ご先祖樣たちが築きあげてきた文化・文明の粹である、
このやうな「ことば」をからだまるごとで響かせることが、
子どもたちの成長にとつて、
人閧フ成長にとつて、
悪く働きかけていくと思ひこんでゐること。
それは、先入觀ではないだらうか。
 
そのやうな先入觀から自由な、
被害者意識から自由な、
自分自身と家庭と母国の出自に、
誇りをもつ、
そんな日本人が、
これからは世界に必要とされてゐるやうに念ふ。
 
「ヘ育敕語」は、
イデオロギーを植えつけるものだといふ先入觀から、
自由になること。
それはひとつの自己ヘ育である。
 
人は、ヘ育を選ぶ自由があつていい。

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2017年02月28日

遠世の丘 〜土舞臺を訪ねて〜


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今の奈良縣櫻井市に、
千四百年ほど前に聖徳太子が造られた、
我が國最初の國立劇場と演劇研究所である、
土舞臺(つちぶたい)を訪れました。
 
今は、櫻井兒童公園になつてゐるその場に立つてみて、
千四百年前の漲るやうな情熱とこころざしに對する、
盛んな想像力が自分には必要だと感じました。
 
その丘は、何の飾り氣もない、
決して大きくはない廣場でした。
 
しかし、その周圍は、
遠き世を遙かに見渡すやうな景色が擴がつてをりました。
 
すぐ東には、
三輪山をはじめ、
神武天皇による靈畤(まつりのにわ)を頂上にもつ鳥見山、
西には、
大和三山をはじめとして、
はるか向かうに、
生駒山、二上山、金剛山、葛城山が見渡せます。
 
遠世の丘です。
 
そのやうな場に、
我が國の舞臺藝術の育成を、
意識的に、意欲的に、なしていかれた聖徳太子の精神。
 
そこから、
奈良の春日大社や、
大阪の住吉大社、四天王寺での藝能へ、
さらには猿樂、能などへと、
創造的に發展していつたその發祥の精神。
 
大阪の帝塚山の「ことばの家」へ、
その精神を分け御靈(みたま)させていただきたく、
日本の國史の淵源に繋がりたく、
己れの創造力を太くしてゆきたく、
聖地を訪れました。

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2017年02月04日

學びつつ歩きつつ 〜歴史と風土教育〜


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崇神天皇の磯城端垣宮の前の景色


以前に比べて、自分も含めて、
神社や歴史的遺蹟を巡り歩いてゐる人が、
多くなつてきたやうに思ひます。
 
多くの人が、
思ひ出すべき何かを思ひ出さうとして、
さういふ所を訪ね歩いてゐるのだと感じる。
 
ここ数年、奈良の大和路の邊りを歩いてゐて、
つくづく感じたことが、
我が國の文化と歴史を知りながらかういふ所を歩いてゐるのと、
知らないで歩いてゐるのとの違ひは大きい、
とてつもなく大きい、といふことでした。
 
そして、かういふ學びと行爲は本來、
小學生、中學生、高校生のときにやつておきたいよな、
といふことです。
 
いまの大抵の修學旅行や遠足などは、
ただのレクリエイションになつてしまつてゐて、
學校では我が國の歴史や文化のなりたち、
敬ふべき大切なものをなんら教へずに、
ただ子どもたちを名所舊蹟に引つ張つていき歩き廻らせてゐる。
子どもたちには何の感興も感動もない。
酷いものになると、
ディズニーランドや、テーマパークなどに連れて行つて、
子どもたちの淺はかな機嫌を取る。
 
歴史や風土を教へるにも、
子どもたちが我が國、我が土地、我が風土に、
誇りと美しさを覺えるやうな、
人の成長にふさはしい教へ方と内容が必要です。
 
そのやうな教育の根源は、我が國に於ては、
幸ひながら、古典作品に收められてゐます。
聲高に叫んだりしませんが、靜かに收められてゐます。
 
我が國の古典作品は、我が國の土着のものでありながら、
どこまでも高くて深い見識をいまだに湛えながら、
わたしたちのこころのとばりの向かう側に、
ひつそりと佇んでゐます。
 
その古典を學びながら、
そこから歴史と文化を知らうとしながら、
その固有の精神・神々と、
土地の精神・地靈の方々との、
交はりを求めてその傳來の土地の上に足を踏み出していく。
 
その足をもつての學びは、
なぜか人に自己肯定感と、
故郷に戻つた時のやうな、
どこまでも深い安心感を齎すやうに思へてなりません。
 
多くの問題、こころの問題のおおもとは、
己れの出自・源に對する不見識、否定感、不信感にある。
 
個人のこととしても、一國のこととしても、
わたしたちは子どもへの教育のあり方から、
大人自身の自己教育の方向性まで、
自分の足元を見直すやうなあり方を探つていきたい、
さう考へてゐます。

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2017年01月30日

大人としての成熟に向けて 〜蒼井悠人さん「Quotes of the day」より〜


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蒼井悠人さんのブログ「Quotes of the day」の中から、
一年半前の記事ですがシェアさせてもらひます。
http://aoiharuto.squarespace.com/quotes-of-the-day/2015/10/15
 
ここで取り上げられてゐるのは、
昭和十一年に書かれた小林秀雄の『現代の學生層』といふ文章。
 
「大正デモクラシー」といふコトバにまみれるやうにして、
日本の世相が近代化の成熟、爛熟に至つてゐた約十五年間。
 
その大正時代を経て、多くの若い人たちが、
物質的な豐かさ故の虚しさを抱えて煩悶してゐたことを、
わたしは多くの先人たちが殘してくれた文章を通して、
知ることができました。
 
「大正デモクラシーをひと口で言ふと『猫なで声』と答へる」
(山本夏彦) 
 
いつの時代でも、若者たちは、志を己れの内に秘めてゐます。
昭和十年代のその秘められてゐる志に向けて、
小林秀雄は己れの志・ことばの矢を放つてゐます。
ぜひ、蒼井さんの記事でお讀みいただければと思ひます。
 
また、この蒼井悠人さんのやうに、
かういつた文章を選んでわたしたちにそつと指し示す人が、
現代にもゐるといふことに、
こころの泉から清い水が湧き出てくるやうな感慨を感じます。
 
成熟した、もしくは成熟を目指してゐる文章を書く人がゐて、
またさういつた文章を讀む力のある人がゐるといふこと。
さういふ書き手と讀み手が互ひに人としての力を高め合ふ關係性。
それは、本当にこころ強いことだと念ふのです。
 
さういふ關係性を通して、ひとりひとりの人が、
ことば・國語との付き合いを丁寧に育てていく。
 
そのやうな昔からの國語教育が、我が國では
少なくとも明治時代の半ばまで殘存してゐました。
 
その國語力の成熟こそが、
つまるところ、民族の成長力、國力として、
世界の中に於ける独自な貢献力へとなり變はつてゆく。
さう信じてゐます。
 
大きなものに、小さなものに、
みずから貢献する力の一部となりたい、
といふ若い人たちの志に火を点けること、 
さういふ關係性こそが、
わたしなど何よりも生きていく上での励みになります。
 
先人の文章といふものに敬意を抱きつつ、
ことばの道、文章の道、文藝の道が、
尊いものであることを念ひ起こしていく運動に、
わたしも馳せ參じてゐます。
 
ことばの美の道です。

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2017年01月25日

美の世界・國のかたち

 

 



文藝評論家の小川榮太郎氏が創る日本文化の美を見いだしていく番組『美の世界・國のかたち』を毎囘樂しみに觀てゐます。
 
白洲信哉氏をゲストに迎へての最新の「骨董始めませんか?」と「やきもの大國」も本當に面白く興味深いものでした。
 
おほらかに、かつ輕妙に、日本文化傳來の特質を、
親しく打ち解けて談りあふ、そんな番組です。
 
例へば器のやきものならば、
飾り物として保存するのではなく、
人がこころを籠めて持ち、用い、意識を注いだからこそ、
そのものに美が宿るとする、
そんな「ものへゆくみち」を歩む日本人のあり方。

また、
外國から來るものを決して拒まず、
むしろ、鷹揚として受け入れた上で、
それを自由自在に變形・變容させ、
他のどこにもないほどの高さと深さに練り上げていく、
わたしたち日本人の融通無碍なあり方。
 
そんな昔からの日本人のあり方から、
日本といふ國が古來育んできた文化的特質が生まれてゐます。
 
そのあり方の淵源を探るのは、
これからのひとりひとりの日本人に任されてゐますが、
それは本當に興味深い作業で、
なぜなら、それはみづからの出自に誇りを感じていくための、
人にとつてなくてはならない精神的作業だからです。
 
これからの子どもたちに何を傳へていくかは、
樣々ありますが、
その中でも尤も大切なもののひとつとして、
自國の歴史と文化を深く學ぶことがあります。
 
それは、みづからに對する信頼、
自尊心を養ふことへと繋がつていくのではないでせうか。
 
みづからに對する信頼、
決して傷つけられてはいけない自尊心、
それは、他者との關係性の中で、
よりよきものを生みだしていくための基だと思ふのです。
 
難しい理論ではなく、
暮らしの中で手にするもの、肌に觸れるものを通して、
わたしたちの精神文化の深さへの道を歩んでいく。
 
そんな道へのお誘ひが、
この番組だと思つてゐます。

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2017年01月24日

十年にして初めて神話の日に入る


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十年、眞つ向から何かに取り組んだ者にして漸く、
自分のしてゐることは、
自分だけの力で成り立つてゐるのではなく、
他の力との協働でなければ成り立たないことを身をもつて知る。
 
他の力、他力とは、
もう少し、文學的で本質的なことばにすると、
神の力である。
 
十年にして初めて、
創造とは必ず神の生み出すところによる、
といふことである。
 
「十年にして初めて神話の日に入る」
 
これは極めてリアルなことである。
 
十年である。
 
やはり、十年、要る。
 
人爲ではない、「何か」が生み出されるには、
十年間の修業の日が、修羅の日が、どうしても要る。
 
何かを引きずり囘したつもりが、
實はその何かに引きずり囘されてゐたことを知るのに、
十年はかかるのだ。
 
どんな仕事でも、眞つ向から十年取り組んだ人ならば、
そのことをきつと了解してくれるだらうと思ふ。
 
だから、自分たちの役目として、
若い人たちに、
そんな十年の修羅の時を經させることの可能な土台を、
しつかりと用意し、運營していくことができるのか、
といふことがある。
 
何の大きな組織にも屬してはゐないが、
「ことばの家」を通して自分が、
そのやうなことができるのかどうか、
今年はよく考へながら、探つていきたい。


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2017年01月05日

人と國の美しさ 〜天橋立への旅〜


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新春早々、夫婦二人で京都の丹後、天橋立に旅してきました。
 
宮津灣と阿蘇海。
丹後半島の根元にひつそりと奧まつて位置してゐるふたつの海。
天橋立はそのあひだにまるで浮かんでゐるやうです。
 
いづれも靜かに波打つ水面が、
女性的なものを感じさせてくれるからでせうか。
こころを穩やかにときめかせてくれます。
 
そして西から東へ天高く吹く風が、
わたしたちをまるで、
遠い神代の世界に連れていつてくれるやうな、
そんな夢のやうな時間でした。
 
天から乙女らが舞ひ降りてきたのは、
まさにここぢやないかと、感じたのでした。
 
百人一首の歌を想ひ出しました。
 
天津風(あまつかぜ)雲の通ひ路(かよひじ)吹き閉ぢよ
をとめの姿 しばしとどめむ    僧正遍照

 
 
夜、おいしい魚とお酒を求めて驛前の店に入ると、
思ひもかけず、地元の方にご案内いただいて、
更に旨い店での堪へられない舌鼓と人のこころの優しさ・・・。
 
この宮津と云ふ土地を、
こころから愛してゐる方々と出會へた歡びは、
旅を本當に深く豐かなものにしてくれました。
 
美しい人、そして美しい風土。
 
日本と云ふ國はこんな豐かさと美しさをいまだに湛えてゐる。
そのことを今囘の旅でも全身で感じさせてもらへたのでした。


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2017年01月01日

あけましておめでたうございます


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皆さま、あけましておめでたうございます。
 
昨年中、お世話になりました皆さま、
本當にこころからのお禮を申し上げます。
 
今年も更に「ことばの家」諏訪印は、
皆さんのこころに觸れるやうな仕事に邁進していきますので、 
なにとぞ、どうぞ、よろしくお願ひ申し上げます。
 
平成二十九年一月一日 ことばの家 諏訪耕志・千晴

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2016年12月28日

日本の家庭 (三・完) 〜父の姿〜


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この連載の第一囘目に、
大東亞戰爭の敗戰以前の、
日本の家庭觀、父親像に就いて考へてみたいと書きました。
 
それは、さう云ふ家庭觀、父親像に、
わたし自身が人間と云ふ存在の美しさを感じるからなのです。
 
わたし自身、昭和三十九年(1964年)と云ふ、
高度經濟成長期の眞つ只中に生まれたのにも關はらず、
自分の父親からそこはかとなくそのやうな像を感じてゐたからかもしれません。
 
以下の考察は、
保田與重郎全集第二十二卷収載の『日本の家庭』から、
わたしが自由に書き起こしたものです。
 
仁義禮智忠信孝悌と云つた徳目や神佛への信仰を、
道徳と云ふ形で荷つてゐたのは、昔の日本の父親でした。
 
父は先祖祭りを儀式として荷ひ、
母は祭りの團居(まどひ)に從事してゐました。
 
昔の日本の父は、
現世的な權力や威力によつて、
子弟たちを教育しようとすることは決してなく、
常に神棚と佛壇の前からものを言ひました。
祖先の靈から始まる、幾世もの先つ祖の、
更におほもとである神々を嚴重に信奉しました。
 
汝も日本人ではないのか。
 
祖先の靈をどう思つてゐるのか。
 
そのやうな數少ないことばと、位牌をもつて、
家の道徳、國の道徳を、守つてゐました。
それは決して、
理屈や教義によつて説かれたのではありませんでした。
 
日本の父のそのやうな無口が、日本の支柱でした。
 
そして長男は、父からの神聖な根據に立つ威嚴を具へるやうな、
家を精神的に繼いでいく存在として教育されてゐました。
 
次男、三男は、きつと家庭に因りますが、
軍人として、官吏として、商人として、
願はくば國の恩、世の中の恩に仕へ奉ろうなどと考へられてをりました。
 
しかし、明治の文明開化の代から始まるわたしたちの歴史は、
そのやうな父の意志、意力を、
だんだんと無口な悲しさへと追ひこんで行つたことを教へてくれます。
 
異國風の新しい教育學や思想に對面せざるを得なくなり、
以前よりいつさう無口になつて己れの信ずる祖先の靈と共に悲しんでおりました。
 
日本の家庭に於る教育環境を司り、
教養階級そのものであつた父が、
父たる傳統を失つた、その時から、
この連載の第二囘で述べた爐邊の母の物語も失はれていきました。
 
そして、やがて、日本の家庭が決定的に崩されはじめたのは、
大東亞戰爭の敗戰によつて敷かれたGHQによる占領政策以來のことです。
 
新しい教育學、保育學、教養論が、ますます人のこころを染めていきました。
 
そして、わたしたちは日本人であることを何か劣つた、
恥づかしいこととして、
云々するやうになりました。
自分自身への信頼をだんだんと失つていきました。
 
 
 
しかし、決して理論鬪爭を試みず、
神仏や先祖と繋がれて生きてゐる己れのありかたを
深く信じてゐた日本の父の姿は、
完全に失はれたのでせうか。
 
家の儀式祭祀を司り、
そこからおのづと家の道徳、躾、たしなみを、
ことばを越えたところで子孫に傳へていく父の道は、
果たして消え去つてしまつたのでせうか。
 
わたし自身、そのやうな昔の父の姿、風貌を新しく見いだし、
自分自身の中で新しく育て、
新しく次世代へ守り傳へていかうと考へてゐるのです。
 
第一囘 http://kotobanoie.seesaa.net/article/444941046.html?seesaa_related=category
第二囘 http://kotobanoie.seesaa.net/article/445052442.html?seesaa_related=category 



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2016年12月19日

日本の家庭 (二) 〜靈異なる巫女性〜  


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昔の日本の家庭の中に於る父親像を見るまへに、
まづは母親像、女性と云ふもののありやうを
見てみたいと思ひました。
 
女性のしてゐたことのひとつは、
夜ごと爐邊で、昔噺を語ることでした。
 
その昔噺とは、輸入物の寓話や譬喩ではなく、
家の物語であり、村の物語であり、
また國の歴史に繋がる物語でした。
 
それは、素朴なかたちの「神がたり」でした。
 
その語りは、インタヴューできない對象を語るのであつて、
人智で測りきれないものを物語るのでした。
 
わたし個人の想ひ出ですが、
祖母が同じ噺を繰り返し繰り返し布團の中で、
幼いわたしをあやしながら語つてくれました。
 
その噺は、家のお墓にまつはる實話で、
何度聽いても、
身の震へを抑へられない怖い噺だつたのにもかかはらず、
わたしは幾度も祖母にその話をしてとせがんだものでした。
 
祖母は、その噺が眞實であることを固く信じてゐました。
それは彼女の暮らしの底から生まれてゐる、
生きた人生觀からのものだと感じました。
わたしたちの人生は、すべからく、
神佛が見守り導いて下つてゐるとの信でした。
その信仰のあり方は、祖父が持つてゐた觀念的なものよりも、
より親身なものであり、靈感的なもののやうでした。
 
民族學者である柳田國男の『妹の力』を讀んでみますと、そこには、
古來から女性のもつてゐる靈異な力に就いて描かれてをり、
その力が實に家の運命をも左右するものであることを、
體感・痛感せざるをえなかつたため、
いかに家の男性がその「妹の力」を畏れてゐたかが描かれてゐます。
 
ある場所や、ある期間に於て、女性を忌む風習も、
實はその靈異の力を尤もよく知る男性が、
それを敬して遠ざけてゐたことから生まれてきたのだと云ふことが分かります。
 
祭祀や祈祷の宗教上の行爲は、悉く婦人の管轄であつたこと。
 
巫(みこ)は、我が國に於ては原則として女性であつたこと。
 
昔は、家々の婦女は必ず神に仕へ、
その中の尤もさかしき者が尤も優れた巫女であつたこと。
 
なぜこの任務が女性に適すると考へられたのか。
それはその感動しやすい習性をもつて、
何かことあるごとに異常心理の作用を示し、
不思議を語り得た點にあると云ふこと。
 
女性は、男性にはしばしば缺けてゐる精緻な感受性をもつてゐること。
その理法を省み、察して、更に彼女たちの愛情から來る助言を、
周りがいま一度眞摯に受け取らうとするなら、
その仕合はせは、
ただ一個の小さな家庭を恵むにとどまらないであらうと云ふこと。
 
 
このやうな妹の力が、
爐邊の女性による物語りとして、神がたりとして、
わたしたちの昔の暮らしの内々に息づいてゐたのでせう。
 
しかし、この爐邊の妹の物語り、母の物語りも、
日本の父が荷つてゐた道徳の文化、
教養のしきたりが失はれていくにつれて、
共に失はれてきたのです。

第一囘 http://kotobanoie.seesaa.net/article/444941046.html?seesaa_related=category
第三囘 http://kotobanoie.seesaa.net/article/445318564.html?1482901681


 

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2016年12月16日

日本の家庭 (一) 〜我が國固有の文化としての〜


CIMG0404.JPG


 
我が家の長女も十一歳。
ここ一年ほどの間に、
親の言ふことにはすべて從つてゐたこれまでとは、
當然のこと變はつてきて、
所謂「難しいお年頃」になつてきました。
 
親子の間、家庭の中に、日々いろいろなことが起こりますが、
いま、とりわけ、かう感じてゐます。
 
生まれてからお凡そ十年間、
彼女は父と母のことを
とてつもなく大きな愛と無條件の信頼で見守つてくれ、
なによりすべてを許してくれました。
 
これからの十年間は、
こころの自立に向かつてゐる彼女を、
わたしたち夫婦が、
からだもこころもべつたりだつた時のやうな愛ではなく、
より精神的な愛と信頼をもつて見守り、
その自立を促し、世間へと送り出していく時期なのだなあ・・と。
 
さう感じてゐる今日この頃、
自分は男であり、
娘との向かひ合ひにも必然的に意識的にならざるをえません。
そこで、改めて、
「父親」と云ふ役割に就いて考へることが最近増えてきました。
 
わたしは、このご時世の中、
いろいろなものが入り混じつてゐて、
ここ日本が東洋なのか西洋なのか、
判然としないありさまに生きていゐます。
 
世の中には樣々な價値觀があり、
また時の移り行きの中で、
その時代その時代特有の價値觀もあると思ふのですが、
わたしはひとりの日本人として、
何か確かなもの、
美しいと感じられるもの、
地に足の着いた土着のもの、
つまり我が國固有の文化を求める氣持ちの高まりを
強く感じてゐます。
 
そこで、先の大東亞戰爭の敗戰以前の、
日本の家庭觀、
日本の父親像と云ふやうなものを調べ、考へてゐます。
 
戰後のあまりにも偏向した左翼的な教育思想から、
できるかぎり自由になりたいと考へてゐます。

第二囘 http://kotobanoie.seesaa.net/article/445052442.html?seesaa_related=category 

第三囘 http://kotobanoie.seesaa.net/article/445318564.html?1482901746



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2016年12月13日

ことばの道がわからなくなってしまつてゐる文学者


流行語大賞の審査員である俵万智氏の次の発言を讀みました。


 「死ね」が、いい言葉だなんて私も思わない。
 でも、その毒が、ハチの一刺しのように効いて、
 待機児童問題の深刻さを投げかけた。
 世の中を動かした。そこには言葉の力がありました。
 お母さんが、こんな言葉を遣わなくていい社会になってほしいし、
 日本という国も日本語も、心から愛しています。



さらに、前衆議院議員の杉田水脈氏が、この発言について、かう仰つてゐる。
 

流行語大賞の審査員である俵万智氏の発言が話題になっているようです。
この問題、何度も言いますが、前提条件が間違っています。
今回の俵氏の発言も然りです。

1.「保育」は福祉施策です。
 福祉とは、“私達の税金”を使って生活力の乏しい人を支援するものであって、
 誰でもが自由に受けられるサービスではありません。
 ブログを書いた人が保育所に入れなかったのは、
 もっと必要度が高い人がいたというだけのことです。
 実際、この人は自分で何とかできるレベルだったのではないでしょうか?
 その後、このブログの主が「保育所に預けられないので生活が困窮した」
 という話は全く出ていません。

2.この問題は各自治体レベルの問題です。
 実際に待機児童が発生している自治体は、全体の1割に満たない。
 それ以外の自治体は子供が減って保育所や幼稚園を減らす方向です。
 「待機児童の深刻さを投げかけた」という発言は
 一部の都会の人にしか理解されていません。

3.地方の問題なのに国会で取り上げた山尾しおり議員ですが、
 結局、何の結果も出せていません。当たり前です。
 国の問題ではないので、法律や規則の変えようがないからです。
 「世の中を動かした」とおっしゃいますが、何も動いていません。



ことばは、
それを言つた人、書いた人から、分離して、
一人歩きして、世に働きかけ、影響を及ぼすもの。
 
だから、ことば遣ひや文章は畏るべきもので、
尊ばねばならないと思ふ。
 
これは、日本と云ふ國の古代からのしきたりである。
 
こころが濁つてゐるとき、
その濁つたこころが、
ことばをもって世に働きかけてしまふ。
 
だからこそ、
我が國では古來、ことばの運用に意識的になることで、
こころを整える道を弁えてゐた。
 
その道を荷ってゐたのは文学者だつた。
 
俵さんは、何を言つてゐるのだらう。
 


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2016年11月30日

時の主(あるじ)

 
さう、時閧ニは區切ることができないものなのですね。
 
ここまでは仕事の時閨A
ここまでは家族につきあふ時閨A
ここからは自分だけの時閨E・・
なんていふことは本當はあり得ない。
 
この人生でわたしに與へられてゐるすべての時は、
誰にも奪はれることはないし、
わたしは、何かや誰かのために、
自分の時閧費やすことなど絶えてない。
 
どんな時でも、すべての時閧ェ、自分自身のものです。
 
だから、どの人とゐても、どの場所にゐても、
他の誰のものでもない、
すべて自分自身の時閧生きてゐる。
 
そのことを踏まえたうえで、更に希ふことは、 
わたしは、できる限り、仕事場にゐたい。
そして、できる限り、家族と一緒に過ごしたい。
 
それは、
仕事こそがわたしのいのちを最高に熱く高めてくれますし、
家族こそがわたしのいのちの最善の據りどころだからです。
 
すべての時閧ェ、わたしの時閧ナす。
 
だから、わたしは、時の主(あるじ)になることができます。
 

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2016年11月27日

憧れ


わたしには憧れてゐることがあります。
 
日本語を話すこと。聽くこと。
そのことが藝術であることを、
多くの日本人が想ひ出すことです。
 
想ひ出して、日本語を大切にする氣風が甦ることです。
 
さうなると、日常生活にをいても、
日本人自身が日本語を叮嚀に扱ひ始めます。
 
叮嚀に扱はれるとき、
ことばはことば自身が持つてゐる力を放ち始めます。
 
そして、ことばそのものが、
人のこころを活き活きと輝かせ始めるのです。
 
こころが活き活きとしてゐるから、
ことばが力を持つのではないのです。
ことばが叮嚀に扱はれるからこそ、
人のこころが叮嚀に育まれ、輝き始めるのです。
 
表面的に「ことばを美しく話す」と云ふ、
おためごかしのことではなく、
ことばそのものに誠實に向き合ふ、
全身全靈でことばに向かひ合ふと云ふ、
そんな、ことばの道が、
昔から日本では大事にされてきました。
 
昔の日本では、かう云ふことは、
云はば當たり前のことだつたのかもしれません。
 
いまのやうに、なんでも、
見たり、聞いたり、言へたりできるやうな世ではなく、
云はば「見ざる、聞かざる、言はざる」と云ふ、
三猿の教へのやうなものが、
昔は當たり前に人の身についてゐたゆゑに、
人はことばにもつともつと敏感だつたのでしやう。
 
しかし、いまは、
そんな當たり前のことを本當に大切に守り、育まなければ、
それらがどんどん壞され、失はれていきます。
 
わたしは、そんな道が展かれるやうな仕事に就きたい、
新しい日本の傳統が樹てられるやうな仕事の一助になりたい、
そんな憧れを抱きながら言語造形と云ふ仕事をして、
毎日を過ごしてゐます。
 
言語造形と云ふことばの藝術は、
日本の精神文化の中で意識的に育まれていくことで、
これから先、數百年以上をかけて、
新しい日本文化の傳統のひとつになつてゆきます。

そして、それはわたしたち日本人の、
古(いにしへ)からの眞の傳統文化でもあるのです。
 
そんな憧れをもつてゐると、
毎日學びたいこと、したいことが一杯です。
 
樣々な分野でも、一脈通ふやうな、
同じやうな憧れをもつていらつしやる方、同志よ、
ご縁があるならば、どうぞこの憧れを共に荷つてください。
 
來年に向けて、具體的なことを、
少しづつ語つていきたいと思つてゐます。
 
どうぞよろしくお願ひします。
 

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井戸端会議はやめた方がいい

 
語りあふ、と云ふことから程遠い「おしやべり」。
それはできうる限り避けた方がいい、と思ふのです。
 
そこでは、その人の身の奧の奧にこびりついてゐる泥や垢のやうなものが、
ことばとなつて不注意にまき散らかされるからです。
 
さうしてそのやうなおしやべりには、
似た者同士が寄つてくることにきつとなつてゐるから、
互ひに己れの内なる泥を舐めあつて安心することができます。
 
己れと同じ程度に互ひを引きずり降ろして人心地つくことができます。
 
そのとき、人は己れの品格をみづから下げてしまひます。
 
そして、口から出た不注意なことばは、
必ず廻り囘つて人の聞くところとなり、人韋酔Wを壞してしまひます。
 
更に必ず最後にはそのことばは己れのところに歸つてきて、
自分自身を傷つけてしまひます。
 
井戸端會議での不注意なおしやべりはロクなことにはならない。

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2016年11月23日

袖ふる、といふことば 


茜(あかね)さす紫野(むらさきぬ)ゆき標野(しめぬ)ゆき
野守(ぬもり)は見ずや君が袖ふる 

 

今日の萬葉集クラスで生徒さんと稽古した額田王の歌です。
 
この歌に祕められてゐる切なさには、自分自身の乏しい體驗のうちにも、いくつかの憶へがあるので、この歌を聽いてゐて、とても甘酸つぱいやうな情が胸の奧からせり上がつて來るのでした。
 
もう何十年も前ですが、南の國のある港から出航していく船に乘つていくわたしを見送つて、岸壁でいつまでも袖を振つてくれてゐる人を船中の窓から見ながら、なぜだか滂沱の涙が止まらなかつたこと。
 
空港のゲートをくぐり拔け、後ろを振り返ると、周りの多くの人に遠慮しながらも袖を振つて見送つてくれた人に、こころが熱くなつたこと。
 
一首の歌の、ひとつのことばが、まるつきり忘れてゐた想ひ出をみづみづしく甦らせてくれることがあるのですね。
 
 
また、この歌の調べのよさ。
 
茜(あかね)さす紫野(むらさきぬ)ゆき標野(しめぬ)ゆき
野守(ぬもり)は見ずや君が袖ふる 

「あ」の母音から始まり、
「う」の母音が歌を導いていくその切なさ。
 
そして下の句に入つて、「野守(ぬもり)は見ずや」の
最後の音「や」で、また一氣に「あ」の音が擴がり、
紅に色づく女の頬が見えてくるやうです。
 
最後は、「袖ふる」で終はり、
「う」の母音が切なさをいつさう深めながら、
餘韻としてやがて消えゆきます。
 
 
一千四百年ほど前に詠まれた、見事な歌です。

posted by koji at 00:19 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月06日

その地にて朗唱す 〜二上山に登って〜


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日本の古典の學び。
 
それは、一册の本を何年もかけて、
丹念に繰り返し讀み深めること、
更に、歌枕や傳説の地と謳はれ語られてゐるところに、
足を運ぶこと、
さう云ふ長い年月の意欲の働きによつて、
稼がれていくものだなあと感じてゐます。
 
自分にまとはりついてゐる先入觀や、
現代風の考へ方、感じ方、などから自由に離れつつ、
いにしへの人の「こころ」に近づかうと希ひつつです。
 
また、より直かな古典の學びとして、
わたしたちは、
そのやうな歌枕や聖なる地に立つて、
まさにそこで歌はれた和歌(やまとうた)や、
物語の一節を朗ずることができます。
 
その聲がかすかにでも響く、そのとき、
既にこの世から離れられた、
わたしたち日本人の先御祖(さきつみおや)の方々との、
ひそやかですが、
確かに感じられる交はりが生まれ、
慰めと安らかさの情が立ち上がり、
わたしたち自身のこころも太るやうに感じるのです。
 
千年とそれ以上の年月を閧ノ於て、
いにしへの方とわたしたちの閧ナ、
歌とことばを介して交流が生じます。
 
そんなことを直かに感じることができるのも、
その地に足を運ぶからでもあります。
 
今日は、大津皇子(おほつのみこ)が死を賜り、
葬られてゐる二上山(ふたかみやま)に登りました。
 
皇子が死を目前にして詠んだ歌です。
 
  角障(つぬさは)ふ 磐餘(いはれ)の池に 鳴く鴨を
  今日のみ見てや 雲隱(くもがく)りなむ
 
 
さらに、皇子の姉である大伯皇女(おほくのひめみこ)が、
弟の死を悼んで歌つた歌です。
 
  うつそみの 人なる吾(あれ)や 明日よりは
  二上山を 我が兄(せ)と吾(あ)が見む



posted by koji at 22:46 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする