2015年11月29日

子どもが視る神さま


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今朝早起きして、ひとりでいたら、
次女がやってきて、彼女が先日視た神さまの話しをしてくれた。
 
家族みんなで家で仲良く話ししているときに、
次女がふと向こうを見ると、
微笑みを浮かべ合掌をしながら、古い衣装を着た女性が光に包まれてこちらを見守ってくださっていたそうだ。
 
そのときは、あまりの神秘な感じに、
そのことを家族には言えなかった、と。
 
小学校にひとりの座敷わらしが現れ、
子どもたちと一緒に遊び戯れたが、
尋常一年生の小さい子どもらの他には見えず、
「小さい子がそこにいる」と言っても大人にも年上の子にも見えなかった、
と柳田國男も報告している・・・。
 
次女がそんな話しをしてくれたあと、
朝だというのに、昔話を話して聴かせ、
そのお話にもお互い感じ入りながら、昔話についてひとくさり。
昔は、子どもだけでなく、多くの大人も神さまたちを視ていたんだよ。
 
そのあと、
クリスマスツリーという依り代である聖樹に、
12月という聖なる月に備えて、飾りつけをした。

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2015年11月21日

引き続いている「密やかな、来し方」と「密やかな、いま」


つい、先日、あまりの腹部の痛みに、救急車に乗せられて真夜中病院に担ぎ込まれた。

そのとき、30代ぐらいの年齢とおぼしき担当医二人が施してくれたことは、何度も機械のなかにわたしのからだを横たえさせ、検査ということを繰り返し、そして最後には、「これといった原因が分からないので、しばらく様子を見るしかないので、お引き取り下さい」ということばを4〜5メートル離れたところからコンピューターの画面を見ながら言うだけであった。

一方、20代に見える若い方お二人も傍にいて、その方々は、親しく声をかけてくれ、痛みにうめくわたしのからだを支えてくれたり、何よりも目の前のわたしという「人」に向き合い、寄り添って下さった。

それは、ありがたいことだった。
科学的な検査結果ではなく、目の前の生きている「人」を診てくれる本当のお医者さんに出逢えた感覚で、感謝でいっぱいになった。


「いま」というときには、二種類あるように感じている。

「表に表れている、いま」と「密(ひめ)やかな、いま」。

「表に表れている、いま」において、人はいつも先のことを考えつつ、その「いま」にいる。未来のことがこころにかかり、より安全でより有益な未来に進むために、「いま」というときを費やす。しかし、その「未来のためのいま」を生きるところからは、本質的には、何の安心も、何の救いも、見いだせない。

人は、「密やかな、いま」においてこそ、「人」としてこの世に生かされている喜びと安らかさを感じることができる。そのような「いま」においてこそ、人は人間的になれる。

そして「密やかな、いま」は「密やかな、来し方」と結びついているのを感じる。

あの若い方々は、なぜ、あのような人間的な優しいありかたができたのだろうか。

きっと、彼らはこれまでの人生の中で、両親に、または他の多くの誰かに、人間的に、優しく、相対(あいたい)してもらったことがあるに違いない。そして、人と人とが愛し合い、語り合い、助け合う、そんな姿を身をもって感じたことがあるに違いない。それは、その人の中に、まさしく「密やかな、来し方」として息づいているからこそ、「いま」の中にも「密やかさ」を見てとることができるのだろう。

しかし、そのような人間的な経験(密やかな、来し方)は、就職の際に出される面談表や、成績通知書や、学位証明書や学歴などには表れでない。


どの人にも、「密やかな、来し方」が、きっとある。

要(かなめ)は、己れの「密やかな、来し方」を、想い起こすことかもしれない。とにもかくにも、こうして「人」として生きてくることができたということ。誰かに育ててもらったからこそ、こうして「いま」があるということ。そして、その想い起こしを積極的にしていくうちに、人の起源というような宗教的な想い起こしにまで至ること。

そして、わたしたちは、それぞれ、「密やかな、いま」を見いだすことのできる通路が、いたるところにあることに気づく。

人として生きていくうちには、いろいろなことがあるが、「密やかな、いま」を共有できる人と出逢える喜びは、本当にかけがえのないものだ。


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2015年10月02日

こころの安らかさ、静けさ、そしてまぎれなく考える 

 
南沢シュタイナー子ども園の園長をされている吉良創さんと、
先日、仕事でご一緒させてもらったのですが、
そのときに彼が言っていたことが、ずっとこころに響き続けています。
 
「その人のこころの内側に、静けさがなければ、平和な外側の世界は生まれない」
 
こころの安らかさ、静けさ。
ここにこそ、<わたし>がある。
ここにこそ、個人があり、
さらには、個人というパーソナリティーをも超える、
<人>(インディヴィジュアリティー)がある。
 
意識のこころの培いは、人と議論をしたり、批判的に考えたりすることによってではなく(それは15世紀以前の分別のこころの培いにおいてなされてきたことでした)、意識的にみずからのこころを静かに、安らかにする訓練の中から生まれてくる精神の声に耳を澄ますことによってこそ、促される。
 
それが、「まぎれなく考える」ということ。
(シュタイナーはそのことを「reine Denken」と言っていますが、「純粋思考」という訳語はわたしには分かりにくく、「まぎれなく考える」という言い方をさせてもらっています)
 
ある観点、ある立場のもとに立って考えることによって、
そうではない観点、そうではない立場を批判すること。
「批判的にものごとを考える」というあり方は、どうしてもそのようなあり方にならざるをえないのではないでしょうか。
 
一方、「まぎれなく考える」というあり方は、
そのように、批判的にものごとを捉えることを言うのではなくて、
ものごとをまずは、
優劣なしに、高低なしに、正邪なしに、純粋と不純を分けることなしに、
ありのままに、迎え、親しく付き合ってみることを言います。
そうでこそ、まさしく、理性的なあり方に立つことができるのではないでしょうか。
そこからこそ、本質的なところが、本質的でないところからおのずと別れる道が開けてくるのではないでしょうか。

そのことは、わたしたちのこれまでの習いのありようには、いまだ、馴染まない、ある種の跳躍を要求します。

きっと、練習が要ると思っています。
 
だからこそ、意識のこころの培いです。
 
その培いの備えが「こころの安らかさ、静けさ」ですし、
外なる世が安らかになりゆくことへの礎に、きっと、なります。

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2015年09月28日

静かな声 〜母国語への愛〜

 
「愛国心」などと口に出すと、途端に「ああ、この人は右寄りの人、保守系なんだな」というような先入観がついてくるように感じられる。
 
これは、いつから、こんな「感じ」になってしまったんだろうと考えてみると、おそらく70年前の敗戦以降ではないだろうか。
 
どういう回路でそうなってしまったのか、ここでは書かないが、戦後の教育が、どこか、いわゆる、左寄りの、自虐的史観に塗りつぶされていて、それ以外のものの見方や考え方が封殺されてきたように思われる。
 
それは、精神的なものに対する、嫌悪、逃避、排斥というような意識となり、ひたすら唯物的な思考、生活スタイルを促してきた。
 
一方で、右寄りというと、他国に向かって、他者に向かって、暴力的に、我が国のことを、大声で、拡声器を使って、喚き散らす。どこか幼稚な、コスプレチックな、そんなイメージがある。
 
 
わたしが想うに、「愛国心」とは、他人に向かって大声で叫びたてるようなものではなく、他人に強要するものでもなく、密やかに、己れのこころのなかに響き続けている静かな声のようなものだ。
 
失われていく、もしくは失われてしまった、この国の固有の文化に湛えられていた美しさ、尊さを乞い求め、それらと自分たちの生き方が不可分のものだったことへの静かな誇り。
 
そのようなこころが代々、守られてきた。
 
そして、そのこころは、国語への愛、ことばへの愛、母国語への愛に基づいていて、主に、こころざしを失くさない文学者たちによって守られてきた。
 
そのようなあり方が、保守であり、ひいては温故知新という生き方・学び方に繋がっていたのだろう。
 
母国語を静かに大事にする人が増えること、それが何よりの、防衛ではないだろうか。
 
母国語の精神が人の中で崩れてしまい、それへの愛が失われてしまったところに、おのずから母国への愛も育ちようがなく、世界全体の中でも、己れに自信がない、おずおずとしたありようで右往左往し、立ち尽くさざるをえない人々の集団になってしまう。
 
70年前に断絶させられたように見える精神の流れが、実は、いまだに密かに連続していること。
 
決して失われ切ってはいないこと。
 
そのことをいまの現代人が実感していく道を探っていく。
 
微力でもなんでもいい。
それが、わたしの仕事、「ことばの家」があることの意味でもある。 

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2015年09月23日

ありがとう、ルンペルシュティルツヘン!


今日まで五日間連続で、あるシュタイナー教員養成講座での仕事をさせていただいていた。朝9時から夜7時ごろまで、ずっとアントロポゾフィーと言語造形漬けの毎日。
 
こういう仕事が何を教えてくれるかって、自分は決して独りで生きている訳じゃないってこと。
 
共に仕事をし、その仕事を支えて下さっている仲間の方々とのあいだの信頼感、そして受講生の皆さんからの真摯な関心。
 
さらに、毎日の仕事を裏で支えてくれている、精神の世の方々。
 
とりわけ、こういった集中したセッションが続く毎日では、この精神の世の方々との協働がなければ、とても、もたない。
 
自分の場合は、夜寝る前のメディテーションやメルヘンや昔話を改めて味わうことが必要不可欠で、その行為が次の日のそれらの方々との協働に必ず繋がる。
 
今回は、グリムメルヘンの『ルンペルシュティルツヘン』が特に味わい深く、そして自分を支えてくれた。
 
夜の間に藁を紡いで金にすることができる小人、ルンペルシュティルツヘン。
 
わたしのなかの藁なるところを、今回も金に変えてくれた、そんな気がしている。ありがとう、ルンペルシュティルツヘン!

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2015年09月15日

神(かむ)ながらの道 〜「もの」に対する敬意と習熟〜

「芸術」という言葉を見たり、聞いたりすると、わたしたち多くの現代人はどのような感情・考えを抱くだろうか。

食べることや働くことなど、生きていく上で絶対に必要なことごとと比べて、付属品、嗜好品、贅沢品のような感覚が醸されないだろうか。

また、テレビやその他多数の娯楽に比べても、「芸術」という言葉は、どこか縁遠いもの、「高尚なもの」として感じられることが多いのではないだろうか。

なぜだろう。

それは、きっと、子どもの頃に受けた教育のうちに、芸術というものがありあわせていなかったからだ。

それは、絵を描くことや踊ることを学ぶような特別な芸術教育ということではなく、
国語、算数、理科、社会などの授業そのものが芸術であること。
子どもに向かい合うということそのことが、芸術行為における素材に向き合うことと同じであること。
人であるということそのことを、科学的に観察していくことに先立って、芸術的に見てとっていくこと。

そんな授業を通して、子どもたちは、きっと、人を、世を、美しいもの、善きもの、まことなるものとして見てとっていく力をみずから育んでいくだろう。

わたしたち現代人が「芸術」というものを縁遠いものに感じてしまわざるをえないのは、そのようなことが教育のうちにありあわせていないことに原因があるように思う。

若い人に、
「科学としての、学問としての教育研究」「教育学」を教室や机上で学ぶよりも、
「芸術としての教育」「教育芸授」を全身で学び知る場を提供していくことはできないだろうか。

そして、教師と共に、大人と共に、子どもたちが教育芸術を生きる毎日を創っていくことはできないだろうか。



芸術とは、素材のなかに、飽きることなく、繰り返し繰り返し、入っていく行為のこと。

外側に立って客観的にものを眺め回すことではなく、
「もの」のうちに入っていくこと、通じていくことであり、
「ものへゆく道」を歩むことであろう。

その道を歩むには、「もの」に対する敬意と習熟こそが必要だと思う。

言語造形において、
人は、「ことばというもの」に対する敬意と習熟が要されることに時間をかけて気づいていく。
日本人が日本語という母国語に対する敬意と習熟を改めて習っていく。
その道は、ただただ、練習があるだけで、まさしく「ものへゆく道」である。
その「ものへゆく道」を昔の日本人は「神(かむ)ながら」と言い、芸術とはその神ながらの道である。

子どもたちや若い人たちにも、この「ものへゆく道」を歩いていく喜びを知ってもらえるような生活をしていきたいなあと毎日思っている。

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2015年09月08日

血潮

美しいことをからだまるごとで知っている人。
そういう人になるためには努力も苦労も厭いたくない。
幾つになっても、この世は謎だ。
 
子どもの頃、全身で夕日を浴びたことがあるか。
大地に背をあずけて、たえだえに鳴く虫の音に空を見上げたことがあるか。
人の深い切ないこころに触れたことがあるか。
 
幾つになっても、遅くはない。
赤い血潮を注ぎ込みたい。





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2015年09月07日

 
この世界には、美しいものが、きっとある。
 
しかし、それは、表にはあらわれていない。

失われている、もしくは、隠れている。
 
だからこそ、脈を探り出そうと思う。
 
かけらとかけらを繋ぐ脈を見いだしたいと思う。

余所の場所ではなく、
自分自身の立つ場所、
我が身、我が家、我が地域、我が国においてだ。

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2015年09月03日

「・・・であるべし」からの自由 〜和歌山モモの会〜


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未来の学校をつくる会さんからの投稿をシェアします。
昨日の和歌山のモモの家での手作り(?)教員養成講座のひとこまです。
 
「学校」という存在そのもの自体を問い直してみる。
「シュタイナー学校」といわれているもの自体をも問い直してみる。
 
人間学をこそ深く体得すること。
芸術こそがすべての教科を貫くものであることをありありと実感すること。
教師である大人自身が他の誰よりも変容していくこと。
それはアントロポゾフィーという精神科学を弛まず学んでいくことから成り立っていくということ。
 
これは、すぐさま授業実践に役立たせるための授業テクニックやノウハウを身につけることでは、きっとないでしょう。
 
けれども、それだからこそ、「人というもの」「世というもの」の内に潜んでいる美しさ、真実、善きところに、こころ動かされ、こころ震わされ、こころ律される毎日を送っていきたい・・・!
そんな希いを育てていくことこそが、教員養成かもしれませんね。

20世紀から21世紀に入って、15年ほど経ちますが、
「シュタイナー教育は〜あるべし」
「シュタイナー学校は〜であるべし」というような、
「〜であるべし」という考えに潜んでいる嘘に気づき出している若い人が多くなってきていることを感じます。
 
「・・・であるべし」に知らず知らず取り込まれているこころもちよりも、
「自分はこれからもずっと成長していくのだ」
「腑に落ちない他人のペースに合わせていくのではなく、自分自身を知っていくことに向かいながら自分自身のペースで成長していくのだ」
というこころもちを大事にしたい。
そんなところから「働きたい!」という意欲が出てくるんじゃないかな。
 
『自由への教育」を目指すシュタイナー教育に携わる大人自身が、
自由になろうとしているか、他人をも自由になりゆく人として遇しているか、
そのことが大事に、意識的に、問われていいことだと思います。

「教師こそは、子どものことを一番大事に思って、そのために毎日働くべき」
という考えの内容自体は、何も間違っていないのですが、
そのような「・・・するべき」「・・・であらねばならない」という考え方が、
人を自由という理想に向かって育てる方向に行かず、だんだんと人の自由を殺いでいきます。

「べき」を自分自身と他者に押し付けるのではなく、
その人その人が己れのこころの奥底で求めていることを認め、大事にしていくことを学んでいく必要が、アントロポゾフィーの学び、そしてシュタイナー教員養成の学びにあることを感じています。

「わたしなんて、まだまだ未熟だから・・・」という思いにこころが占められて、仕事に取り組むことができなくなるのは、もったいなく、残念なことだと思うのです。



以下、未来の学校をつくる会さんの昨日の会の紹介文です。
________________________
 
9月の普遍人間学水曜クラスとエポック勉強会。
人間学の初めに、諏訪先生が南米チリのマイクロスクールのお話をしてくれました。
「そもそも、学校ってなんだろう」という問いから始まった、小さなコミュティの挑戦。
学校はこうあるべきという私たちの概念をひっくり返えすような、働く大人と共にある教育。環境そのものが子どもの学び、また、大人自身の学びの場となる、教育する環境づくりに取り組んでいるということでした。

挑戦することはとても勇気がいることだけど、「私」が心の奥に意志したことを、あきらめずに生きていくことが今ここ和歌山でも試みられているのもしれません。

午後からの勉強会では、フォルメンの体験をしました。
まず、大人自身が芸術体験をすることの大切さを再確認し、これからは、歌や、水彩や、演劇など、私たち自身の心が感動するような体験ができたらいいな〜。とまたやりたいことが膨らみました。

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2015年08月06日

七十年前の八月六日から十五日にかけて



七十年前の八月六日から十五日にかけて。

その九日間、わたしたち日本人は何を感じ、考え、欲して、生きていたのだろう。

広島に世界最初の原子爆弾がアメリカによって落とされ、
その三日後に長崎にも投下され、
その惨状を知りゆきつつ、
B29が自分の住んでいる地の上を飛来してくる音を聴くとき、
わたしたち日本人は何を観念したのだろう。

それまでの戦争による極度の緊張状態から、さらにひとつもふたつも、奥を観たのではないだろうか。

一億の日本人全員が、死刑台の上に上らされているような状態の中で・・・。

そんなときを、わたしたち日本人は確かに生きたのではないだろうか。

たかだか七十年前なのである。



わたしはこの夏、
なぜか、二重のこころの生を生きているように感じている。

夏の陽射しと共に、子どもたちと共に、喜びと共に、毎日を精一杯生きる。

そして、それと同時に、七十年前の人たち、とりわけ、戦争によって亡くなっていった方々と共に、
密かに毎日を生きている感じなのだ。

その方々は、どうも、現代のわたしたちとはものの考え方、感じ方において、随分違っていた。

彼らの感じていたこと、考えていたこと、欲していたことが、現代人であるわたしたちには分かりにくい、理解しにくいものであったらしいことを知るにつれて、わたしは生きること、命を持ち、育み、讃えることについて、これまでの戦後社会の中で当たり前のように思っていたわたしなりの考え方、感じ方の枠を拡げさせられ、壊されるような夏である。

七十年という月日は、何か特別な働きをわたしに運んでくれているのだろうか。

当時の人々のこころのありようを忖度するのではなく、そのありように沿うことが、これほど困難になっていることに、わたしは驚きと共に悲しみを味わわざるをえない。

戦後七十年の間に何が日本人の精神のなかに進行したのか。

そして、その敗戦後とそれまでの敗戦前の日本のあり方との結節点ともいえる一九四五年八月十五日に、日本人の精神に何が起こったのか。

そのことへの認識を深めることから始めて、わたしはこれからの生を強く明るく照らし続けていきたい。

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2015年05月17日

太宰治の手紙から、想い起こす

太宰治書簡 河盛好蔵宛

  文化と書いて、それに文化(ハニカミ)とルビを振る事、大賛成。
 私は優という字を考えます。
 これは優れるという字で、優良可なんていうし、優勝なんていうけど、
 でも、もう一つ読み方があるでしょう?
 優しいとも読みます。
 そうして、この字をよく見ると、人偏に憂うると書いています。
 人を憂うる、ひとの淋しさ侘しさ、つらさに敏感な事、これが優しさであり、
 また人間として一番優れている事じゃないかしら、
 そうして、そんな、やさしい人の表情は、いつでも含羞(はにかみ)であります。
 私は含羞で、われとわが身を食っています。
 酒でも飲まなけりゃ、ものも言えません。
 そんなところに「文化」の本質があると私は思います。
 「文化」が、もしそれだとしたなら、それは弱くて、敗けるものです、
 それでよいと思います。
 私は自身を「滅亡の民」だと思っています。
 まけてほろびて、その呟きが、私たちの文学じゃないのかしらん。



自分の仕事ってなんだろうなと、改めて考えていて、この太宰の手紙のことを想い起こしました。

我が国ならではのもの、その根もとに息づいているものを意識すること。

太宰は、それを優しさ、とも、含羞(はにかみ)、とも、表現される「文化」だと言っています。
古来、我が国の詩人たちは、その奥底に息づいているものを様々に言い表してきました。
「言霊の風雅(みやび)」、「侘び」、「寂び」、「しおり」・・・
本居宣長に至って、「もののあはれを知ること」とも言い表されました。

それは、特に自分の場合、
日本語という、ことばを意識していくことでもあって、
日本語ならではの調べに意を注ぎながら、
ことばの運用を大事にしていくことでもあります。

日本では、特に、こころを整えてから、ことばを話す、というよりも、
ことばを整えることで、こころを整え、育んでいく、
そんな道があることに、ある種の驚きと誇りをも感じるのです。

言語造形を通して、
その根もとに息づいているものを、
葉と繁らせ、花と開かせ、実とならせること。

それこそが、自分の仕事であるのだな。
そして、もしかしたら、それこそが、世界中に通じていくような、
まこと遍き意味(こころの味わい)をもつのではないだろうか。
よその国の人がこころから感心しうるもの、
それは、日本なら日本ならではの、こころの味わいの深さ、豊かさ。

これは、己だけ(日本だけ)を観ていて済むことでは、きっと、なくて、
他者(外の国、民族)との出会いの中でこそ見いだされていくことでしょうが、
自分自身の足許をこそ深く掘ってゆく、
そんなおおもとの志が大きくものを言うように思われます。

また、こんなことも考えるのです。

わたしたち日本人の意識の深みに古代から引き続きずっと憩っているもの。
それは、「神から引き離されてしまったわたし」ではなく、
いまだに「神とひとつである<わたし>」
いわば、「神(かむ)ながら」であること・・・。

もし、そうであるならば、その奥底にあるものをこそ、改めて意識に引き上げ、
それを、活き活きと、溌剌と、表現し、表に顕していくこと。
それは、わたしたち日本人が荷っていっていい、ひとつの役割かもしれない。

ヨーロッパやアメリカを中心とした「文化」のあり方は、
やがて、古来から秘められ続けているアジア、
とりわけ日本の「文化」のあり方と、出会うでしょう。
これは、未来のことだと思うのです。

その時、どちらかがどちらかを征服するのでなく、
真に出会う未来に向けて、
わたしたちは、己の本来もっているものを磨き、研ぎ澄ませるぐらいの意識を育んでいくことが大事だなと思うのです。

でも、そんなことは、たいてい、
日常の生活の中では忘れ去られてしまっているものですから、
だからこそ、想い起こす必要がある。

慎ましく、かつ、怠ることなく。

なんだか、大風呂敷をひくようなことを書いてしまった嫌いがありますが、
そんなことを考えつつ、仕事をしています。


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2015年04月05日

人としての芯をつくる 〜シェア『働くママ&パパに役立つノウハウ情報サイト「日経デュアル」』〜


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働くママ&パパに役立つノウハウ情報サイト「日経デュアル」によるシュタイナー幼児教育を紹介する記事をシェアさせてもらいます。↓
http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=3540&page=1
 
東京の広尾シュタイナーこども園の園長をされている赤川幸子さんへのインタヴューから書かれた記事で、これを書いた方の力量にもとても嬉しくなりました。
 
アントロポゾフィーということばは一語も出てこないけれども、赤川さんのお仕事ぶりを読ませてもらうと、幼児教育というものは、人というものの原型を知っている芸術家による仕事だと思わされます。
 
芸術をする人とは、ものごとの深みを見ようとする人と言ってもいいように思うのです。
 
更に、幼児教育の場は、現代において本来的には、(誤解を恐れずに言えば)教師という司祭に司られる礼拝、儀式の場であっていい、ということを改めて感じるのです。
 
それは、幼児期の子どもは、本来、周りのすべてを信頼し、世は善きところであるという前提のもとに生きようとしているからです。
 
子どもは教師の一挙手一投足、ことばのひとつひとつ、息遣いや、考え、情にいたるまで、その善きことを信頼して、すべてをからだの奥まで取り入れるのです。
 
そんな幼児期を過ごすことができた人は、おのれの老年期において、ただ、そこにいるだけで、何もせずとも、他者に祝福を分かち与えることができる・・・。
 
わたしも、深みを見据えたこのような人間観が当たり前に世間に受け取られてゆくような仕事をしていこうと希んでいます。

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2015年03月30日

和歌山岩出・モモの会のこれから


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先週の土曜日、和歌山は岩出にあるシュタイナー幼児教育の場モモの会(こども園ほしの子)http://momo-society.org/index.html でのむかしばなしの会がありました。
 
ぽかぽかとした春の日差しの中、言語造形によるお話をじっくりと聴く時間。
 
子どもだけでなく、多くの親御さん方にとっても、そんなこころの落ち着きどころを得るような時間は貴重なものだったようです。
 
昔話の後、お団子やお菓子を頂きながら、大人たちはこんな時間を創っていくこと、ことばを大切にする生活を営んでいくことの大切さを語り合いました。

わたしの娘ふたりもお邪魔させてもらい、お話を聴き、お団子をたらふく頂いた後、たくさんの子どもたちと一緒に、園のお庭の小山に川を造って水を流すことに一生懸命。泥まみれになりながら、果てしなく遊びを繰りなして、飽きることがないようでした。
 
このこども園ほしの子は、和歌山市内から車で30分ほどの紀の川市にあります。
http://momo-society.org/accessmap.html
 
これからも、幼稚園から保育所への移行、乳幼児と親のためのクラス、小学生のためのクラス、大人のためのアントロポゾフィーと芸術の学びが、ここを中心になされていきます。
 
幼い子どもが田畑に囲まれたこのような場所で朝から過ごすことができるということは、その子にとって、これからの人生を生きていく上でかけがえのないことになるでしょう。
 
そして、親たちにとっても、静かで穏やかな「こころの時」を持つことの豊かさを取り戻す、いい機会になると思うのです。

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2015年03月16日

小学校時代における胸の領域の育み 〜春の落語祭り〜


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「住の屋なつみかん」高座での初めての落語体験。
 
超満員のお客様の前で、子どもたち、みんなよ〜く頑張りました。
 
こういった体験は、第二七年期にある子どもの成長にとってとても大きく深く働きかけていくものだと感じます。
 
小手先でことばを操ろうとはせず、空間に向かってはっきりとことばを発声していくことは、子どもの呼吸器官、心臓を中心とした胸の領域が活き活きと働き、感情の耕しに資するところ大なのです。
 
この時期に、その胸の領域を育むことで、情において確かさと柔軟さが培われることにこそ、わたしたち大人は気をつけてあげたいと思っています。
 
空堀ことば塾の皆さん、本当にありがとうございました。
そして本当に、今日はお疲れ様でした。

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2015年03月09日

ことばの力だけで充分 〜百年長屋での狂言の会〜


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百年長屋さんでの狂言の会に家族そろって参加させてもらいました。
 
御年八十歳になられるという大和座の安東伸元さんのお声の力強さと艶には、本当にからだまるごとで驚きました。
 
最前列に座っていたせいか、娘二人も妻も舞台に乗せていただき、『柿山伏』という作品に沿って安東元(あんどう げん)さんの指導の下、演習をさせてもらいました。
 
 
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全身を振り絞って声を出す気持ちよさを改めて感じたようで、終わった後、「本当に楽しかった、気持ちよかった!」と飛び跳ねながら言う娘たち。


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狂言や能にとりわけ顕著に顕れている、西洋の近代写実主義的なあり方とは全く方向を異にしている、我が国の舞台芸術のあり方。
 
ことばの力だけで、人の想い描く力と響き合うことを目指す舞台創り。
 
そういった我が国の文化ならではのこころざしを明確に育みつづけている彼ら狂言師の方々との出会いは、わたし自身にとっても、言語造形との重なりをおおいに感じることのできた得難いものでした。
 
この四月から毎月、家族そろって、狂言の世界に触れられる、こんな機会を用意して下さった百年長屋さんに、こころから感謝します。

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2015年03月03日

ひな祭りと春の女神


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三月三日の桃の節句。
と言っても桃の花はまだ咲いていません。
 
本来の桃の節句は、旧暦における三月三日ですから、
新暦では、今年は四月二十一日になります。
 
本来は、花の桃色の美しさを讃えて祭りを行っていたのでしょうが、
そもそも桃は古来、邪気を払い百鬼を制するという魔除けの信仰がありました。
 
伊邪那岐神(イザナギノカミ)が黄泉の国で醜い姿となった伊邪那美神(イザナミノカミ)に驚き、黄泉平坂(ヨモツヒラサカ)まで逃げてきたとき、なおも追ってきた黄泉醜女(ヨモツシコメ)にそこの桃の実を三つ取って投げると、逃げて帰ったといいます。
 
桃の節句における行事として「穢れを祓う」ということの我が国ならではの古来からの宗教的意味合い。
 
それと合わせて、キリスト教の伝統における復活祭の意味合いとが想い起こされます。
 
それは、真東から昇りゆく太陽(春分)と甦る月(満月)とを柱として、人のこころと精神における甦り(死して成ること)を祈念する祭りです。(In Christo morimur)
 
その復活祭の日は、今年は四月五日です。
 
復活祭のドイツ語 Ostern は、ゲルマンの春の女神から来ていると推測されているそうです。
 
桃の節句におけるひな祭り。
そして、復活祭における春の女神を讃えること。
 
 
我が家「ことばの家」では、復活祭あたりまでお雛様を飾ってお祀りを続けようと思っています。 

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2015年01月22日

人生は短し、されど芸術は永し

ここ十日間以上、風邪をこじらせてしまい、2月1日の公演に向けての稽古をしては寝込み、稽古をしては寝込み、という毎日。
風邪をひいたとき、以前ならば熱がぐっと上がって、汗としてからだの内側にあった余計なものが出ていってくれたのですが、今回は熱も上がらず、しかし常に微熱があるような感じです。
そんな体調の中、想いはぐるぐると同じようなところを廻るばかりで、少しも明瞭さに辿りつかない。
自分にしては、おそらく生まれて初めての、二週間近くのそんな経験でした。

今朝、からだを奮い起こして、また稽古に臨んでみました。
「人生は短し、されど芸術は永し」
改めて、そんなことを念いました。

ことばの響きに耳を澄ませていると、その音が希んでいる動き、かたちが見えてきて、「もっと、こう、動けるんじゃないか」とか、「ほら、もっと、こう、かたち造れるよ」というように、ことば自体が人を促してくれるのです。

そんな、ことばというものがそもそも持っている特性を引き上げたい。

からだの具合がどうであれ、人生の長さがどれぐらいであれ、その仕事に取り組んでいけば、このからだもまた動き出してくれるだろうし、このからだが動き続けるまでこの仕事をやっていけばいいんだ。

そんな意欲がまた起こってきました。

わたしたち人が、ことばというものを卑俗さから高貴さに引き上げる仕事をするほどに、
ことばという芸術が、わたしたち人を健康と不健康を超える地点へと引き上げてくれる。
そう感じました。

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2015年01月01日

「いや重け吉事」 明けましておめでとうございます


新しき 年の始の 初春の 今日降る雪の いや重(し)け吉事(よごと)
                                   大伴家持

 
家族四人で、大声で、この歌を唱えました。
旧暦における年の初めに歌われた歌だし、大阪には今日雪は降ってはいないけれども。
 
何度も唱えて、ことばの家の空間が清爽な息吹に満たされていきます。
 
これは『萬葉集』最後の歌で、編纂者大伴家持最後の歌。
 
家持は、その歌に自分自身のその時の境遇における希いを籠めたのでしょう。
 
またそれだけでなく、『萬葉集』の最後にこの歌を置くことで、とこしえになべての日本人が年の初めに唱え、ことばの精神と共になること、その宗教的な希い、念いをもって、この日本最初の和歌(やまとうた)のアンソロジーを閉じたのでしょう。
 
そもそも、和歌とは、ことばの精神、ことばの神と繋がるべく、学ばれ修され実践されたひとつの信仰のかたちでした。
 
今年も「ことばの家」では、言語造形をもって、ことばの精神に芸術的に取り組むことで、その信仰に繋がってゆくような仕事を深めていきます。

いや重け吉事 (いやましに重なりゆけ、よきことよ)。
 
今年も、どうぞ、よろしくお願い申し上げます。 

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2014年10月23日

人の成長を祝う


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季節の節目が巡り来るごとに、花や月の光を愛でながら、日本人は毎年、寄って集まって飲めや歌えやの宴を楽しんでいる。
それって、実は、目にも見えず、触ることもできない、何かを祝っている。
何を祝っているのだろう。
 
人生の節目にも、その人の周りに縁ある人々が集まって、何かを祝う。
何を祝っているのか、よくは意識できなくとも、祝福と喜びを分かち合う。
 
 
今回、自分の娘(次女)が、こうした生まれて七年目の節目を迎えて、実にはっきりとこの祝祭の意味を感じることができた。
 
人の成長。
それこそが、大いなる存在・神なるものが希っているものだということ。
 
そして、人の成長は、社会の繰りなしにだけでなく、季節の巡りを含む世の繰りなし、宇宙の繰りなしに、資するところ、大だということ。
 
 
遠くから七五三のお祝いに駆けつけてくれたお義父さん、お義母さんに、そして、娘の成長を見守り、喜んでくださっている大いなる方に、こころから感謝します。


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娘よ。
 
あなたは、これまで、世は善いもの、ということをまるごと生きてくれました。
 
その輝きは、ずっと、ずっと、失われないよ。
 
いま、一つ目の大きな橋を渡ったね。

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2014年09月24日

闇はだんだんに光をとらえるにいたる (再掲)

 
例えば、シュタイナー教育の実践の場や、わたしが取り組んでいる言語造形の練習場や「ことばとメディテーション」の場など、精神的なものの実現・定着を目指している場において、気をつけなければならないな、と感じ、考えていることがある。
 
そのような「光の場」において、人は、みずからの内に深くしまいこんでいる闇が出て来てしまうのではないか、ということ。
 
その場が、光を目指すほどに、闇が忍び寄ってくる。
 
そして、その闇の忍び寄り方には、ふたとおりある。
 
普段、どちらかというと、
熱狂しやすく、陶酔しやすく、熱くなりやすく、またその反動で冷たくなってしまう、
そのような質(たち)をわたしが持っているならば、
光の場に入ると、
その場がここちよく感じられるあまりに、
「このことのみが真実だ、
 他はたいしたことがない、
 いつまでもここにいたい、この場からもう、出て行きたくない」
と感じる方へわたしは傾いてしまう。
更には、他人を責め、批判し、自分こそが正しいことを殊更に言い募ってしまう。
 
一方、
精神的なものごとを信じている、信じていないに関わらず、
精神から離れている生活を営んでしまっているようなとき、
ものごとはすべて計算で割り切れると思い込み、
すべては計画通りに進んでいってもらいたいとの偏った希みを抱き、
人のことも自分のことも信じられなくなってしまうようなとき、
光の場に入ると、
その場の雰囲気が嘘臭く思えたり、
こんなものは現実的ではない、と思ったり、
早くこの場から出て行きたい、と願ったり、
疲れや失望を過剰に感じたり、
その向きへとわたしは傾いてしまう。
更には、自分自身への呵責の念が募って行ってしまう。
 
どちらも、わたしの内にないことではない。
 
前者はルーツィファーという精神のものからの、後者はアーリマンという精神のものからの、強い働きかけを被っていて、その時わたしは自分の中心軸を見失っていて、他者への対応、他者との交流のなかでトラブルを抱えることになる。 

光の場だからこそ、そのように闇が強くふたとおりに人のこころを通して忍び寄ってくる。
 
光の場は、きっと、いま、人に、強く求められている。
 
わたしたちは、気づいた者から、そのような光の場を各地に創っていくことを始めている。
 
そして同時に、そのような場に闇が忍び寄ってくることに、遅かれ早かれ誰しもが直面する。
 
直面して初めて人は学ぶことができると思う。
 
光の場を創っていく上で、イニシアティブを持って創っていく人は、己のこころに忍び寄ってくるふたとおりの闇に意識的であることが大切なことだと、自戒している。
 
そして、そのふたとおりの闇のあり方に傾かず、その間でバランスを取って立つとはどういうことなのか、それを意識的に追い求めていかざるをえない。
 
シュタイナーは『ヨハネ福音書講義』の第二講でこう語っている。
 
   光、闇にそそぎき、闇、光をとらえずありき (ヨハネ一)
   闇はだんだんに光をとらえるにいたります。

 
それは、「人が内なるところにおいて闇に打ち勝ち、ロゴスの光を知る」との意味だ。


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