2023年11月28日

透き通つた明るさを勝ち取つてゆくこと



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参政党の内紛を観てゐて、あらためて分かつて来たことがある。


人の世は、つまるところ、政治では埒が明かない。いや、むしろ、近代政治は、人の世をとことん貶めるところまで貶めるだらう。


そして、近代政治が行はれ続けてゐるかぎり、世はますます混乱を来たし、破局が訪れるかもしれない。そして外なるものの支へが失はれるやうな惨状を呈するときが来るかもしれない。


しかし、それらやつて来るすべてには意味がある。


それは、さうなるからこそ、物質的なものへではなく、靈(ひ)・精神の方へと、初めて人の眼差しを向けさせ、こころに水平の次元ではなく、垂直の光の柱を樹てさせる。


さうなるからこそ、人の靈(ひ)・精神が、漸く目覚める。人は、そこからこそ、初めて、奮ひ立つ。


世に、外なる支へを求めることができなくなつて初めて、自分自身から世に光と熱を放つてゆかねばならないことを悟る。


それは、生き方の大転換だ。


人と人とが諍ひ、罵り合ひ、傷つけ合ひ、果ては殺し合つて、悲しいことだが、漸く、人はまことの観点に立つことができるのだらう。


争ひには、勝者と敗者が生まれるが、もしくは、どちらも、敗者となりうるが、とりわけ、敗者の内にこそ、偉大なる靈の目覚めが生まれうる。


人は、敗れて、心底打ちのめされて、初めて、気がつく。


だから、人生の中で、敗れ去ることを恐れてはいけない。


敗れても敗れても、何度でも立ち上がるのだ。


この世の力に敗れるからこそ、あの世の光をへりくだりつつ求める。そして、神なるものに我が身が通はれることを、心底、乞ひ求める。


神と共にあり、神と共に働きつつ、生きてゆくことを至上の喜びとするやうになる。


それは、靈(ひ)と共に生きることであり、この身がだんだんと靈(ひ)に浸され、通はれ、貫かれ、透き通つた明るさを勝ち取つてゆくことである。


神への無言の直観。 靈(ひ)の訪れ。 大地の底から立ち上がつて来る倫理の原液。


多くの人が叩く減らず口に惑はされず、そこに決して同調せず、我がこころの内こそを清浄に整へる。


そして、目の前のもの、人、すべてと、自分自身との間に流れてゐる透き通つたものを観る訓練をしていくこと。


この生き方を、我が国では「神(かむ)ながらの道」といつて来たし、パウロが告げ続けたキリストのこころざしを生きることでもある。



ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くくるとは 
在原朝臣業平 (百人一首17)







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2023年11月07日

世は美しい 〜国語教育のこれから〜



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秋深まりたる箕面山



何年も前になるのですが、「百人一首の歌をいまやつてるねん」と言ひながら、小学生の次女が、国語の教科書を持つてきました。


奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の
声聞く時ぞ秋は悲しき 
猿丸大夫


秋風にたなびく雲の絶え間より
もれ出づる月の影のさやけさ
左京大夫顕輔


嵐吹く三室の山のもみぢ葉は
龍田の川の錦なりけり
能因法師


鹿の鳴き声が悲しいといふこと。


雲からもれ出づる月の光をうち見るときの感覚を「さやけさ」といふことばで言ひ表すといふこと。


川面に落ちたたくさんのもみぢの葉の流れる様を「錦」と見立てること。


子どもにとつては、いまだ経験したことのない景色と感情かもしれません。


しかし、まづ、このやうに、日本人は、詩人によつて「選ばれたことば」で、世を観ることを習つてきたのです。


さうして、鳴く鹿の声は悲しく哀れだ、と感じてきたのです。


そのやうに詩に、歌に、ことばで誰かによつて言ひ表されてゐなければ、ただ、鹿が鳴いてゐるだけであり、ただ、月が出てゐるだけであり、ただ、川に葉っぱが流れてゐるだけとしか、人は感じられないはずです。


国語とは、価値観であり、世界観であり、人生観であり、歴史観です。


世は美しい。


その情を最も豊かに育むことができるのは、小学生のころ。


国語の風雅(みやび)を謳歌してゐる古い詩歌が、そんな教育を助けてくれます。


その時、その高い情は、決して先生や大人から押し付けられるのではなく、子どもひとりひとりの内側でおのづから生まれてくるのを待たれる情です。


しかし、その高い情を、大人がまづ真実、心底、感じてゐなければ話になりません。


そのやうな、子どものうちにことばの芸術を通して生まれてくる情を待つこと、それが国語教育です。決して、決まり切つた情、決めつけられた作者の意図などを教え込むことが国語教育ではありません。


作者の意図を汲み取らせることなど、特に小学校時代には意味がありません。知性で意図されたものなど、たかが知れてゐます。ことばといふものは、それを話す人、それを書く人にも、意識できないところを含んでゐて、その意識できないところに潜んでゐる豊かな世界を、それぞれひとりひとりの人が汲み上げて行く喜び。それこそが国語芸術の存在意義です。そのやうな含む所豊かな本物の文章しか、時代を超えて残りません。どんな小さな子にも本物を与えることが、大人に課せられてゐる課題です。


この世がどんな世であらうとも(いま!)、子どもたちのこころの根底に、「世は美しい」といふ情が脈々と流れ続けるやうに、わたしたちができることは何だらう。


そんなことを念ひます。







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2023年11月05日

ひとりの人に降りて来た神の意志 〜令和五年度 土舞台顕彰会 前田英樹氏講演「保田與重郎」〜



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奈良の桜井といふ場。


そこがどのやうな意味を持つ場であるか。


神々の神々しい足跡、先人の尊い足跡が、深く大地の底に鎮められているだけでなく、山や川の様相に今も残っている場、それが桜井であること。


そのことを親しみをもつて、かつ明らかに語つたのは、この桜井出身の昭和の文人、保田與重郎でありました。


この春、『保田與重郎の文学』を上梓された前田英樹氏は、この日の講演を次のやうなことばから切り出されました。


「保田與重郎こそは、その身に神が降りて来られ、神の意志のままに語り、動き、生きざるを得なかつた、歴史にまれに現れるひとりの文人である」と。


100年少し前の桜井といふ地にそのやうな人が出現したといふことも、奇(くす)しくも驚くべきことではないかと、前田氏は桜井市民に向かつて、真つ向から語るのでした。


この桜井といふ地で保田與重郎が一身を賭けて説かうとした、たいせつな精神を知りゆき、引き継ぎゆき、繰り出しゆく必要が令和のこの時代にどうしてもある。


19世紀後半、ドイツのヴァイマールに設立されたゲーテ・シラー文庫において、近代化に抗するまことのドイツ精神を守らうとしたルードルフ・シュタイナーをはじめとする人々の仕事のやうに、まことの日本精神を学び、守り、伝へゆき、さらには、芸術的、教育的な発展を生み出してゆくためのセンターを桜井に創ること。


その仕事をわたしは担ふのだといふ、念ひ。


前田氏のことばを聴きつつ、わたしはそのことを考へてゐたのでした。


また、前田氏によつて、保田の親しみに満ちた趣深いことばが紹介されました。


それは、日本といふ国を支へてゐるたいせつな何かを知り、その上で現代に生きてゐるわたしたちが何をなしてゆくことができるか。そのことについて、「相談を人々にもちかけたい」といふことばです。


相談を互いにもちかけあひ、談らひあふ。


そこからこそ、ひとり、また、ひとりの人のこころの深い内側に火(靈)が灯る。


こころの内に灯る靈(ひ)・精神の働きこそ、ひとりひとりの自主独立を求めるものはありません。


さうして、初めて、人と人とがまことの意味で力を合はせて働くことができる。


前田氏、そして桜井の土舞台顕彰会の方ともお話を交はすことができ、そんな想ひをさらに暖めることができた、わたしにとつては、かけがへのない一日で、また、桜井の保田與重郎の生家の前に立ち寄り、礼をして、大阪に帰つて来たのでした。


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2023年10月31日

もののあはれを知る人を育てる教育


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ほとんど雲ひとつない秋晴れで、穏やかなことこの上ない今朝、天王寺公園でひとときを過ごしていました。少しずつ秋も深まって来ました。


春、夏、冬は、「深まる」とは言わないのに、秋だけは「深まる」と言いますね。秋という季節の移りゆきと共に、ものを思うこころも深まって来るからでしょうか。


ものを思うこころの深まり。それは、こころの内なる空間が、濁りをだんだんと去って、澄んで来るがゆえにだと感じます。澄み切った秋の高い空のように、こころの内も透明度を増してゆくように感じるのですが、皆さんいかがでしょうか。


本居宣長の歌論『あしわけ小船』から『石上私淑言(いそのかみささめごと)』を続けて読んでいます。何度目かの再読ですが、本当に勉強になるなあ、と今朝もため息をついていました。


そう、この「ため息」。この「ため息」「嘆息」をつくときの人のこころのありようを表すことばをこそ、「あはれ」と言うのだと宣長は説いています。


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阿波礼(あはれ)といふ言葉は、さまざま言ひ方は変はりたれども、その意(こころ)はみな同じ事にて、見る物、聞く事、なすわざにふれて、情(こころ)の深く感ずる事をいふなり。

俗にはただ悲哀をのみあはれと心得たれども、さにあらず。すべてうれしとも、おかしとも、たのしとも、かなしとも、恋しとも、情(こころ)に感ずる事はみな阿波礼(あはれ)なり。


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「あはれ」とは、まさに、なににつれ、「あぁ・・・」と胸から、こころから、息が吐かれるときに湛えられている情のありようです。


その吐息には、どれほど、その人の嘘のない、まごころが籠められていることでしょう。また、籠もってしまうことでしょう。


息を吐いてみる。声に出してみる。ことばにしてみる。


そのように、人は、己れの内にあるものを外に出して、初めて我がこころを整えることができ、鎮めることができる。そうして、ようやく、自分自身に立ち戻ること、立ち返ることができる。


さらには、外に響くことばの調べをより美しく整えて行く。その吐息に乗って、整えられたことばづかい、それが和歌(うた)です。


不定形だったこころのありさまを、和歌(うた)として整えられた調べへと造形することによって、人は、「もののあはれを知る」ことができるのでした。それは、「己れを知る」ということへとおのずから繋がってゆき、さらには、「人というものを知る」ことへと、道を歩いて行くことができるのでした。


そして、宣長は、和歌(うた)とは「もののあはれを知る」ことにより生まれて来るものである、と説くのでした。そしてその和歌(うた)に習熟していくことによって、人はますます「もののあはれを知る」人になりゆくのだと。


本居宣長は、そのような、この国の歴史の底にしずしずと流れていることばの生命力を、ひとりひとりの人がみずから汲み上げることの大いなる価値を、その生涯の全仕事を通して謡い上げ、語り尽くしたのです。


わたしは、いまも、いや、これからますます、この「もののあはれを知りゆく」ことが、子どもから大人にいたるすべての人にとっての最もたいせつな教育目標であると考えています。


日本人が日本人であること、それは、「もののあはれを知る」人であるということではないでしょうか。


そのためには、国語教育、文学教育が、どれほど重きをなすことでしょう。


小学校へ上がる前は、たっぷりと、昔話やわらべ歌、美しい詩歌や和歌を全身で聴くことができるように、そばで大人が語り、詠ってあげる。


小学校へ上がってからは、子どもたち自身が全身で詠う和歌(うた)から授業を始めるのです。ことばの意味は措いておいてもいい。まずは、ことばの流れるような調べを、先生の声、自分自身の声の響き、震えを通して、全身で味わうところから。そうして、国語の授業だけでなく、色々な授業を通して、ゆっくり、だんだんと、自分自身のことばを整えてゆくことを学んで行く。


ことばを整えてゆくことによって、子どもたちは、自分自身のこころを整えてゆくことを学んで行くことができるのです。


こころとことばとが、ひとつに重なること。これは、本当にたいせつなことです。


なぜなら、人は、ことばによってこそ、ものを考え、「もののあはれ」を感じ、自分自身のこころを決めることをなしとげるからです。


吐かれる息づかいに、顔に表れる表情に、することなすことに、その人のこころのありようが写しだされます。


しかし、とりわけ、こころのありようは、すべて、ことばに表れます。選択されることばの趣きに、発せられることばの響きの後ろに、表れます。


小学校時代には、知識を詰め込むのでもなく、知識に取り組むのでもなく、外なる世に現に向き合っている自分のこころに豊かな情が育ってゆくことこそを、子どもたちは求めています。その情の育みのためには、こころとことばが美しく重なった言語生活が最もものを言うのです。


これまで、国語教育では、正しいことばづかいは教えられてきたのかもしれません。しかし、これからは、美しいことばづかいを学んでゆくことに、人としての教育の如何が懸かっています。


重ねて言いますが、その美しさは、表面的なものではなく、こころとことばがひとつに重なる美しさです。


和歌(うた)から学びを始めること。美しいハーモニー。調べをもったことばづかい。


宣長は、その日本人が古来たいせつにして来た精神の伝統を甦らせてくれた人なのです。





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2023年10月20日

恩寵の秋



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奈良県天理市にある崇神天皇陵から遥か東の二上山を眺める



内なるこころの育みに向けての実践の書である、ルードルフ・シュタイナーの『いかにして人が高い世を知るにいたるか』。


この書に、もう二年半ほどの間、毎週取り組み続けていただいてゐるオンラインクラスをさせてもらつてゐます。


秋も少しづつ深まつて来て、その秋といふ季節からのおのづからな働きを受けるやうに、わたしたちのクラスにも、ある稔りを感じるのです。


この季節になると、決まって思ひ出すことがありまして、それは、もう十数年前にわたしの師、鈴木一博さんが行つた秋の祝祭に関する講演の内容です。


そこでは、確か、松尾芭蕉と与謝蕪村の俳句が紹介されて、その句を精神の観点から注釈することで、秋といふ季節がわたしたちに何をもたらさうとしてゐるのかが見事に解き明かされたのでした。


秋深き隣は何をする人ぞ 芭蕉
 

江戸の元禄の頃の長屋の暮らしに限らなくてもいいと思ひますが、何も隣家の人の動静を伺つてゐるのではなく、まさに、人への深く熱い想ひから、「あなたは何をする人なのですか」「あなたは何をするべくこの世に生きてゐるのですか」といふ、滅多に他人に問ふことのない問ひを芭蕉はこころの奥底で響かせてゐる。


それは、隣人といふ隣人への問ひであり、つまりは、己れみづからへの問ひでせう。「あなたは何をする人ですか」。秋とは、そのやうな問ひを立てるべく、考へる力によつて意識が明るんで来る、そんな季節。


わたしたちのオンラインクラスにおいても、二年半といふ時の流れからも、おのづと熟して来たものがあり、それは成果を期することなく、ただ学び続けることの手応へ、そしてメンバー同士の互いへの信頼といつてもいいやうに思ふのです。そこから、この『いかにして人が高い世を知るにいたるか』の書においても、おのづからのごとく、「人のこころを観る、聴く」といふことに取り組む段に入つて来たのでした。


書の上で読むだけでなく、わたしたちのクラスの共に学び合ふ者ひとりひとりが、己れのこころがまこと求めてゐることをことばにしてみる、そのことばにしづかに周りの者は耳を澄ます、さうしますと、クラスのあと過ごす一週間、仲間が語つてくれた願ひや念ひが我がこころにずつと響き続けてゐるのをありありと感じるのです。


その一週間は、まさに、芭蕉の「秋深き隣は何をする人ぞ」といふ句が孕む精神に対するエコーのやうな調べをこころに揺曳させるかのやうな時の流れであり、語つてくれたその人その人の存在が、まさに「隣人」として親しく、深く、こころに響いてゐる。その調べを感じてゐる。そんな、人の現存を感じる時の流れです。その隣人は、物理的には遠くにありますが、心理的、精神的には、まさに我がこころの「となり」にゐてくれてゐます。


また、与謝蕪村の句にも、本当にしみじみと秋の精神に感じ入ることのできる注釈を鈴木さんはしてくれたのでした。


己が身の闇より吠えて夜半(よは)の秋 蕪村


我が身において、闇があること。それは、闇であるのにもかかはらず、その闇が闇として見えるといふこと。そして、闇が極まる夜中「夜半」、己が身の闇よりわたしは吠えざるをえないこと。泣かざるをえないこと。叫ばざるをえないこと。


そのありやうは、己れの身のうちに闇などないと思ひ込んでゐる者との間に、雲泥の精神の開きを感じないでせうか。己れの内なる悪に無自覚な者と自覚してゐる者とでは、また、単なる無知と、己れが無知であることを知つてゐる無知とでは、生き方においてどれほどの違ひが生まれて来ることでせう。


そして、秋といふ季節は、己が身の闇を闇として捉える光が差し込むときだといふこと。何も見えてゐないといふことが見えて来た。何も分かつてゐないといふことが分かつて来た。そのこころのあり方にこそ、光が訪れて来ないだらううか。


そんな精神からの光が訪れ、我が胸がときめき始める。そこには、希みが兆し、生きてゆく勇気が湧き上がつて来はしないだらうか。こんな自分にも、ここに生かされてあることへの感謝と、〈わたしがある〉ことへの信頼がいただけないだらうか。


その勇気、感謝、信頼は、持たうと思つて持てるものではなく、隣人と己れみづからへの親しみからの、愛からの、考へる働きによつてこそ、おのづから我がこころに訪れる恩寵です。


己が身の闇をまつかうから認め、意識することによつて、その闇から正直に、素直に、語ること、歌ふこと、泣くこと、吠えることによつて、そして、その声を誰かに聴いてもらふことによつて、また、たとへ誰もゐなくとも自分自身で聴くことによつて、恩寵がこころに訪れる。


そんな秋です。













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2023年10月06日

神話を見いだす



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若き日のミヒャエル・エンデ



暮らしと芸術が、深いところで通い合っていた時代があった。


その通い合いが、暮らしと芸術の互いを生命力で満たしていた時代があった。


連綿と続く、そういう営み、育みがあるということが、文化に型があるということなのではないか。


文化の型が失われ、いや、文化そのものが失われ始めて、どれほどの年月が経ったのか。


わたしは、文化ということばを、物語と言い替えてもいいかもしれないと思っている。


物語が、わたしたちから失われてしまった。物語るとは、ものを語ることであり、ものとは、そもそも、見えないもの、聴こえないもの、さわれないもののことを指す。


物語りとは、人のこころ、夢、内なる秘め事、表沙汰にはならない隠されていたこと、そして通常の感覚を超えた英知を語ることであり、果ては、神のことを語ることを指す。


だから、物語は、そもそも神話だ。神話とは、神自身が語られたことばをそのまま人が語り継ぐことから始まり(古事記)、神に触れ、神に通われるような、驚くべき、畏るべき経験を語ることであった。


文化に型があった時には、物語の共有、神話の共有がなされていた。


わたしたちは、共有する物語を失い、神話を失い、文化の型を失い、文化そのものさえも失ってしまっている。人と人とをむすぶエレメントを失ってしまっている。


だから、いま、人は、自分自身の神話を見出すしかない。芸術を真摯に生きようとする人は、とりわけそうだ。


ひとりひとりが孤独に夢を織り続け、その孤独の中に、自分ひとりだけの神話を見いだし、聴きとること。そして見いだしたもの、聴きとったものを、下手でもなんでもいいので、外に表し続ける。


そのような神話の個人的な表出の仕方が、いったい何にむすびつくのだろう。


自分自身の足元を掘って掘って掘り進むことによって、見たこともない岩盤にたどり着くかもしれない。その岩盤はとても古く、そしてとても新しい。その岩盤が語りだす物語は、新しい共有性を持つ可能性はないだろうか。


芸術を通して、人と語り合う今日この頃。




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2023年10月05日

新しい祭りづくりを目指して



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京都府南丹市園部の山間の小さな村。齋藤 健司さんと豊泉 未来子さんのゐる青い森自然農園。そこで、ほんの少しだけれども、稲刈りのお手伝ひをさせていただく。


古い農家の中で質実な暮らしをされてゐるおふたりのすがたとこころのひろやかなありやうに、連れて行つたふたりの娘も深く深くこころに何かを受け取つてゐるやうで、大阪の家に帰つて来てから、ひたすら青い森自然農園のおふたりのことを喋つてゐる。


おふたりは、本当に、静かである。


こころが、静かである。


おふたりも、きつと、人生の旅をし続けてをられることと思ふのだが、その静かさが、優しさとなつて、客人を包む。


娘たちは、その静かさ、その優しさが、帰ってきた後も、こころにしづしづと流れて続けてゐるのを感じてゐるのかもしれない。


わたし自身も、そこへ足を運ばせてもらふたびに実感することがあつて、それは、彼らおふたりを通して、日本といふ国の生命がいまだ滔々とみづみづしく流れてゐる、その瀬音を聴かせていただいている感覚である。


米づくりといふ営み。


その収穫の時である、秋。


すべて手で稲を刈り、刈り取つた稲をはざに掛けること。


秋ならではのこの営みを日本人は、何百年、何千年、し続けてきたことだらう。


そこには、機械労働では決して得られない、天と人と地とを繋いで流れてゐる神々の生命に触れる感覚があり、この何百年、何千年間の日本の農を生きた方々との繋がりを持てたやうな喜びを感じさせてもらへてゐるのは確かなのだ。


そして、この収穫した米を炊き、餅に搗き、酒に醸し、神に捧げつつ、その新しき収穫を感謝をもつて神と共にいただく。それが、我が国古来の祭り。そのように神々と語り合ひ、飲み合ひ、祝ひ合ふ、新嘗祭(にひなめのまつり)が、我が国では毎年、旧暦の十一月の末に行はれてゐたし、新暦になつてしまつてゐるがいまも行はれてゐる。その祭りといふ行ひそのものが、そもそも、神々と通じ合ふ、たいせつな営みであつた。


そのやうに、神々の生命に触れることで、人は、甦る。


疲れてゐる人、病んでゐる人も、いのちの甦り、こころの甦りをいただく。


無意識に毎年繰り返される経済の営みとしての農といふあり方を突き抜けて、天と人と地を繋ぐものとしての米づくりといふ意識を積極的に持ち、その勝ち取られた意識から新しく祭りを創つてゆくことが、育ちゆく子どもや若者、そしてすべての大人たちにとつて、どれほど必要なことだらう。


何はともあれ、わたくしごころを排して、いつも、わたしたちを迎へて下さる、おふたりから、そんな祭りの新しい創造へ向かつての基本的な人としてのあり方を学ばせてもらつてゐる。


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2023年09月28日

草薙劍(くさなぎのつるぎ)


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安田靫彦「草薙剣」



秋、それは意識の目覺めが訪れていいときです。


夏の暑さ、光、色彩の輝き、さういつたものが鎭まつてゆき、風の音に、蟲の音に、靜かさに、耳を澄ますことのできる季節の到來です。


その靜かさこそが、内なる〈わたし〉の目覺めへと導いてくれます。


秋、それは宇宙から鉄が地球へと、人のからだの内へと、降り注ぐ季節であることを、シュタイナーは語つてゐます。


からだの内を流れる血に鉄が注ぎ込まれる季節、秋。


その鉄は、わたしたちに、みづからに目覺める力、こころを決める力、意志の強さを與へようとしてゐます。


我が國の神話では、建速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)が八岐大蛇(やまたのをろち)といふ大蛇を成敗した後、その大蛇の尾から取り出したのが、草薙劍(くさなぎのつるぎ)だと語られてゐます。


その劍は、人をあやめるためのものではなく、草を薙ぐためのもの。


こころに生ひ茂る、弱氣、怠惰、虚僞、執念、情欲など、樣々な邪念や惡しき想念、不健康な情を一刀のもとに斷ち切つて、こころの草原を見晴らしの良いものにし、一筋の歩みゆく道を見いださせてくれるもの、それが、すべての人のこころに鎭まつてゐる「草薙劍」です。


それは、ひとりひとりの人が、みづから手に握ろうとすればこそ、その働きをなす、精神からの鉄の劍です。


自分自身のこころに精神の鉄の劍、草薙劍をもち、自分自身が歩いて行く道を見いだし、そして、一歩一歩、自分の歩幅で歩き始める、そんな秋(とき)が訪れてゐます。


わたしたちすべての人に、その劍は與へられてあります。





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2023年09月08日

国を守る根底の仕事



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鎌倉の妙本寺境内にある「萬葉集研究遺跡」の石碑



鎌倉時代、隣国の元からの軍事的襲来の間際、鎌倉の地において、仙覚(せんがく)といふ僧侶は、萬葉集の注釈を施してゐた。


そして、同じころ、日蓮は、法華改宗を宣伝し、来たる国難を叫んでゐた。


このふたりは、ともに、この国を根底から守らうとした人である。


前者の仙覚は、漢字ばかりの萬葉仮名で書かれてゐる萬葉集の和歌を後代の日本人に親しく傳へてゆくために、古い日本語の調べ(訓み方)をなんとか汲み上げる仕事をなしとげた人。


国語を守つた人である。


国のことばを守るといふことがどれほど大切なことか、たいていの人は気づいてゐない。


元といふ大国が日本に侵略して来ようとしてゐる、そのとき、防人たちが日本中から九州北部に集結し、実際に闘い抜いてくれた。


しかし、国語や日本人のこころを守るといふ精神の仕事を仙覚や日蓮は担ったのだ。


この、国を支える根底の仕事である、こころとことばを守り、育てゆくこと。


これこそが、教育の一番の基である。


そして、国防の最も基となるものである。


一国一国が自主独立できてゐるとき、そこに住む人たち、ひとりひとりは、自由を、自主独立を生きることができる。


国難に先駆けて、平時の時から、このことを意識して教育を作り上げてゐることが、わたしには大切なことのやうに思へてならない。


先代の方々の仕事の内、かういつた精神の仕事は、見逃されやすいことではないだらうか。





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2023年07月28日

地下の水脈

 

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先日、生徒さんと話しをしてゐて、男性性と女性性の話になつたのです。


女性性のことはともかくも、自分は男性であるので、つい自分に引きつけて、「男性は遠くを見晴るかしながら、先のことを、先のことを、考へてゐるやうに思ふ」と話したのでした。


つまり、何かを目指して、目的をもつて、毎日仕事をしていくのが、男性性では、と云ふ思ひでした。


しかし、その後、よくよく、考へ直してみると、何かの目的をもつて仕事をすると云ふのは、表層のことで、こころのより深みでは、「生きるために仕事をしてゐる」と云ふのが本當のところだなと氣づくのでした。


それは、「生きて行くためにはお金が必要でそのために仕事をする」と云ふ意味ではなく、仕事してゐなくては生きてゐる心地がしないと云ふ感覺に近い。


自分の場合は、人樣に言語造形とアントロポゾフィーからの人間學を傳へると云ふことの他、言語造形の稽古と作品創り、そして讀書が仕事なのだが、いづれも、手足を使つて汗を流しながらしてゐる。


手足を使つて仕事をしてゐなければ、生きてゐると云ふ心地がしない。


だから、生きて行くために、毎日、仕事をしてゐる。


さう云ふ仕事をしたいから、さう云ふ仕事をしてゐる。


若し、仕事をしてゐなければ、どんな餘計なことを考へ、どんな餘計なことにいらつき、どんな餘計なことをしでかしてしまふか分からない。


そんな感覺です。


しかし、しかし、更に考へてみると、何かをする、しないにかかはらず、時間が充實してゐると云ふこと。


さう云ふときこそ、人が人として生きてゐると云ふときであり、わたしが<わたし>としてあると云ふことぢやないか。


さう云ふときを生きるためには、こころの内に何かが育ちつつあること、しずかさの内に何かが根附き始めてゐること。


さうして、つまるところ、何をしてゐてもいいし、何もしてゐなくてもいい、と云ふ<わたし>がここにあると云ふ情。


それは、考へと云ふよりも、情。


だから、その情がこころに根附くには、練習の積み重ねが要る。長いときがかかる。


そして、その情が導き手となつて、仕事をして行く。


シュタイナーの『いかにして人が高い世を知るにいたるか』の中に、こんなことばがあります。


「闇から光を目指してみづからと渉(わた)りあふことをやりぬかうとする人」


道は果てしなく續きます。




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地下の水脈

 

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先日、生徒さんと話しをしてゐて、男性性と女性性の話になつたのです。


女性性のことはともかくも、自分は男性であるので、つい自分に引きつけて、「男性は遠くを見晴るかしながら、先のことを、先のことを、考へてゐるやうに思ふ」と話したのでした。


つまり、何かを目指して、目的をもつて、毎日仕事をしていくのが、男性性では、と云ふ思ひでした。


しかし、その後、よくよく、考へ直してみると、何かの目的をもつて仕事をすると云ふのは、表層のことで、こころのより深みでは、「生きるために仕事をしてゐる」と云ふのが本當のところだなと氣づくのでした。


それは、「生きて行くためにはお金が必要でそのために仕事をする」と云ふ意味ではなく、仕事してゐなくては生きてゐる心地がしないと云ふ感覺に近い。


自分の場合は、人樣に言語造形とアントロポゾフィーからの人間學を傳へると云ふことの他、言語造形の稽古と作品創り、そして讀書が仕事なのだが、いづれも、手足を使つて汗を流しながらしてゐる。


手足を使つて仕事をしてゐなければ、生きてゐると云ふ心地がしない。


だから、生きて行くために、毎日、仕事をしてゐる。


さう云ふ仕事をしたいから、さう云ふ仕事をしてゐる。


若し、仕事をしてゐなければ、どんな餘計なことを考へ、どんな餘計なことにいらつき、どんな餘計なことをしでかしてしまふか分からない。


そんな感覺です。


しかし、しかし、更に考へてみると、何かをする、しないにかかはらず、時間が充實してゐると云ふこと。


さう云ふときこそ、人が人として生きてゐると云ふときであり、わたしが<わたし>としてあると云ふことぢやないか。


さう云ふときを生きるためには、こころの内に何かが育ちつつあること、しずかさの内に何かが根附き始めてゐること。


さうして、つまるところ、何をしてゐてもいいし、何もしてゐなくてもいい、と云ふ<わたし>がここにあると云ふ情。


それは、考へと云ふよりも、情。


だから、その情がこころに根附くには、練習の積み重ねが要る。長いときがかかる。


そして、その情が導き手となつて、仕事をして行く。


シュタイナーの『いかにして人が高い世を知るにいたるか』の中に、こんなことばがあります。


「闇から光を目指してみづからと渉(わた)りあふことをやりぬかうとする人」


道は果てしなく續きます。




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2023年07月26日

米づくりの一端に触れさせていただきました



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猛暑極まる夏の京都。しかし、ここは、標高650メートル近くあるとても爽やかな光と涼しい風に恵まれてゐる山あひの一村。南丹市園部町に住まはれてゐる齋藤さんご夫妻のご自宅を訪ね、田に入らせていただき、お米づくりの一端に触れさせてもらふ。


苗の植ゑ付けを遅らせられたとのことで、水はまだ抜かれてをらず、今月初めに植ゑられ終はつた苗たちの根が水の下の柔らかい土に根を伸ばし始めてゐるところ。


水の漲つてゐる田に這ひつくばつて、稲の苗と苗の間の水中に生え伸びてゐる草を引き抜く。二時間ほどだけだが、水田の泥の中に膝まづきながら、匍匐前進していく。それは、稲といふ植物との親しい、密やかな対話をさせてもらつてゐるやうな時間だつた。


稲に対する愛、米に対する敬意がおのづから自分自身の内側に根付いて来る。


そして、そのこころに育つものこそが、暮らしを、生を、人生を織りなして行く予感。それは、社会といふ人と人とのかかはりあひを作る目に見えない基盤なのではないだらうか。


米といふ天与の糧を植ゑて育てて刈り取りいただくといふ「米づくり」こそが、わたしたちの「くにづくり」の基なのだと神話は語つてゐるが、そのリアリティーのほんの一端だけれども触れさせてもらつた。


齋藤 健司さん、豊泉 未来子さん、二日間にわたつてお世話になりました。こころからお礼を申し上げます。本当にありがたうございました。


おふたりとの静かな語らひの時間。語り合ふといふことがメディテーションそのものであるといふこと。そして、からだとこころにひたすら滋養と回復を与へる、こころづくしのお料理。


ありがたい、ありがたい、時間をいただきました。


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2023年07月09日

プロレタリア?



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ルードルフ・シュタイナーの「社会の生きた織りなしの三分節」の研究に取り組んでゐて、まづ思ふのは、ここに述べられてゐる「プロレタリア(労働者)」とは、一階級の人たちのことを言ふことばじやなく、100年後のいまでは、現代人の多くも多くの人を指すことばじやないかと思ふのです。


プロレタリアは、四つの観念に縛られてゐるといひます。


一つ目は、「経済がすべてだ。自分たち労働者の暮らしをよくするためには、経済システムを改善すること。これに尽きる」といふ経済至上主義の観念。


二つ目は、「労働者である我々は一部の資本家たちに我々の富を搾取されてゐる」といふ階級差別の観念。


三つめは、「我々の労働にはすべて価格がつけられてゐる。我々の労働自体が商品のひとつにすぎないのだ」といふ自己疎外の観念。


そして、四つ目は最も奥深い観念だと思はれるのですが、「我々の人生にとつて、経済生活だけがリアルなものなのであり、精神や理想なんてものは単なるイデオロギー(死んだ概念)にすぎない」といふ唯物主義的な観念。


かうして、四つ目が、また、一つ目に帰つてゆき、ぐるぐるとこの四つの観念を巡り廻つてゐるのが、プロレタリアの心理状態であるといふことなのです。


これつて、現代のわたしたちの大部分の者の意識状態に似てゐませんか。


その結果、わたしたちひとりひとりは、自分自身への不信感、矮小感、無力感に苦しんではゐないでせうか。


200年前にこの世に生を享けたカール・マルクス。その思想が、ソ連邦の崩壊で政治的には崩壊したやうに見えましたが、かえつて、思想的、文化的に、深く、執拗に、わたしたちの内部に入り込んで、わたしたちの意識を眠りへといざなっているやうに思へてなりません。


このことは、国際的な問題として、また、歴史的な問題として、想像以上に、複雑で困難な問題であり、特に2020年からは、グローバリズム(全体主義)の明確な台頭として現象面で顕はになつて来てゐます。


しかし、すべては、ひとりひとりの意識の目覚めからしか、始まらないのだと思ひます。


この四つの観念をひとつひとつよく吟味して、それぞれの観念から、わたしたちは、どうしたら、目覚め、自由になりうるのか、勉強していきたいと思つてゐます。




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2023年06月25日

わたしたちの暮らしを支える礎とは何かA



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大阪市住吉区の生根神社の夏祭り



これまで「国家」といふことばが発せられるときになぜか生じる多くの人の反感の似た情動に対して、わたしはどこか違和感を感じて来ました。


「国家」について考へること、ことばに出して言ふこと、それらがなぜか憚られるやうな雰囲気が、これまでのわたしたちにありはしないでせうか。


普段日頃の人との付き合ひにおいて、「国家」について話すこと、「政治」について語り合ふこと、それらがどこか避けられてゐるし、自分自身も避けてゐる、そんな風に感じられてゐる方は多いのではないでせうか。


それは、こういう理由からではないかと思ひます。


幕末の黒船来航以来、西洋からの軍事的、文化的侵略に対抗すべく、どうしても成り立たせねばならなかつたもの、それが「国家」であつた。


明治維新以来、急造されたものとしての「国家」、すなはち、「近代国家」です。


それが、「国家」といふ名で、現代人が意識してゐる(させられてゐる)ものなのではないでせうか。


その「国家」とは、自国の尊厳や希望からではなく、ましてや他国との協調、友愛から生まれたものなどでは全くなく、争ひ、闘ひ、反目、緊張の中でこしらえざるをえなかつたものだつたのではないでせうか。


その経緯は、この日本という国が歩まねばならなかつた運命の必然、しかし近代史のまことに特異な特徴です。


さう、わたしたちの「国家」は、始めも始めから「近代国家」でした。ある意味、無理強いされて作らざるをえなかつた近代国家でした。


ですので、「国家」といふことばを聞くと、反射的に、「戦争」「軍事国家」といふイメージを思ひ浮かべてしまふのです。


日本の歴史を丹念に振り返つてみますと、この日本はそもそも、そのやうな「国家」ではなかつたことに思ひ至ります。もちろん、「国家」といふことばはありました。しかし、明治維新が起こると同時に、わたしたちのご先祖様たちは、外圧によつて、近代的な「国家」を打ち樹てざるをえなかつたのです。そのときのスローガンは、「文明開化」と「富国強兵」です。


この日本はそもそも、そのやうな「国家」ではなかつた、と書きました。


古くからある他の多くの国家は、自分たちの「神話」を持つてゐます。それは、自分たちの国を生み出し、世界を生み出し、地球を生み出し、宇宙を生み出した神々の物語です。


そして、我が国、日本にも神話がありがたいことに残つてゐます。そのひとつが「古事記」ですが、そこに記されてあることは、人と人とのエゴのぶつかり合ひ、弱肉強食の世界から結果的に生まれた、いはゆる「国家」ではなく、この国もまた、天つ神(あまつかみ)から授かつた「くに」を実現しようとして、葛藤の末、成り立つて来たものであること、それは、神々の崇高な意図を人が受け継いで生まれたものとしての「くにつち」でありました。


つまり、そもそも、他のいくつかの国々と等しく、日本も、天から降りて来たものである「くに」であるといふ神話を持ち続けてゐたのでした。


わたしたちは、その神話の中にずつと長く生きて来た民でした。神話が語り継がれて来たからこそ、少なくても何千年にわたつて、ひとつの「くに」が引き続いて来られたのです。神話がなければ、絶対に、途中で、「くに」は奪はれ、他の民族に「くにつち」は侵され、侵入され、転覆してゐたことでせう。


いま、わたしたちは、「神話」をもつてゐるでせうか。


「神話」とは、ひとつの民族が「くに」といふ人の共同体をとこしへに引き続かせてゆくための大事なストーリー・物語です。「神話」とは、人が、自由な人へと成長して行くための、とこしへに続く精神の糧です。なぜなら、物語こそ、ことばこそが、人をその人たらしめる、源の精神だからです。


ひとりひとりの人に精神的な履歴が確かにあつて初めて、その人はその人であるといふことが自他ともに意識されるやうに、ひとつひとつの共同体もさういふ履歴をしつかりと持つといふことがその共同体の存続にとって重要なことです。さらには、ひとつひとつの「くに」が健やかに自身を成長させていくためには、己れの精神の履歴、精神の歴史を意識し続けていく必要があるのです。


さういふ精神の履歴、精神史がその「くに」を貫いてゐるからこそ、未来に向けて、「こういうくにでありたい」といふことば、絵姿をもつた想ひ、ビジョンを、ひとりひとりの人が持つことができ、その「くに」のさらなる歩みを導いて行きます。


そのビジョンとは、ことばを換へて言ふならば、建国の精神です。


この日本には、そのビジョンが、建国の精神が、はじまりのことばが、あつたのです。


それは、決して、「富国強兵」「文明開化」ではありませんでした。


天の高天原からのことよさしとして、「天地(あめつち)極まりなく栄へゆかむ」といふものでした。


しかし、そのビジョンは、共有されなければ、何の意味もありません。


どのやうにして、そのビジョンは共有されてゐたのでせうか。


それは、経典でも教説でもなく、米作りを中心とした神と人との共同作業をもつて営まれる暮らしの営みそのもの、そして、その暮らしの連続に句読点を打つ祭りをもつてです。


それは、手足の働きからぢかに生まれて来た神々の叡智でありました。


そして、いま、わたしたちに、共同体のビジョン、「くに」のビジョンを描くためには何が必要でしょうか。


それには、米作りを中心とした農、漁、林といふ第一次産業の新しい立て直しによる食生活の見直しや、祭りの精神的な意味に目覚めること、その他多くも多くの課題があります。


しかし、より本質的なことは、その共同体に参加するひとりひとりのこころの内に、ビジョンがしつかりと描かれてゐることです。


ひとりひとりの人が、みづからのこころの内で、わたし自身がどのやうな人になりたいのか、どのやうな人生を送りたいのか、そしてそこからこそ、わたしはこの国をどういふ「くに」にして行きたいか、と熱く考へ、想ふことです。


とりわけ、現代に生きているわたしたちは、誰かひとりの人によって、リーダーによつて、ビジョンが描かれるのではなく、ひとりひとりの人が意識を目覚めさせ、みづから己れのこころの内に明確にビジョンを描かなければならない時代に生きてゐます。





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2023年06月24日

わたしたちの暮らしを支える礎とは何か@



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住吉大社の夏越祓神事



人の意識が、時代の流れの中で、移り変はつて來てゐます。


これまで当たり前だつた家庭のあり方。これまで当たり前に通つてゐた學校と云ふところ。これまで当たり前だつたお金の稼ぎ方、働き方、生き方。


さういつたもののあり方、存在する意味が、特に、ここ十年ほどの間、少しづつ少しづつ、しかし、はつきりと変はつてきてゐることを実感します。


それは、これまであつたそれぞれの共同体のあり方が崩れて來てゐるといふことであり、ひとりひとりの人が「個人であること」を確立しようとする方向性に向かつてゐるといふことではないかと思ふのです。


しがらみや窮屈な人間関係から自由になりたくて、多くの人が、これまで当たり前のものとしてゐたそれらの共同体からの離脱をなしてゐるやうに思はれます。


それは、人とは「自由」を求める存在であるといふ、時代の徴(しるし)です。時代が進むにつれて、その願ひ、こころざしはだんだん強まつてきました。


しかし、それは同時に、ひとりひとりが孤立していく方向性の加速を意味してゐます。


21世紀の20年代のいま、自由を求める上で必然的に生じて來る自分自身のエゴイズムとの葛藤、挌鬪を經ずして、それをそのまま放置してきたあまり、ひとりひとりが真にその人自身を生きるといふ、まことの自由を味はふことができずに、單なる孤立に追ひ込まれてゐる己れのありように苦しんでゐます。


そして、人は、これまで離脱してきた家庭や地域社会やその他樣々の人間關係が、実は、他の何よりも自分自身の成長にとつてかけがえのないものであつたことに氣づき始めてゐる、さう感じます。


つまり、目覺めつつある若い人ほど、共同体なるものへの憧れ、人と協力し合つて生きること、暮らすことへの憧れが増して來てゐるといふことなのです。


人は獨りきりで生きることなどできませんし、獨りきりでゐて自由になることもできません。


人は他者との關係性の中でこそ、だんだんと、その人自身になつてゆくのであり、共同体といふ背景があつて初めてひとりの人としての自立と自由への道を歩きうるのです。


まことの自由とは、ひとりひとりの人と、社会共同体との間に、活き活きとしたこころのこもつたやりとり、精神に滿ちたやりとりがなされてゐる時に、育つてゆくものです。


いま、わたしは、その共同体のひとつとして、いきなり大きな話になるやうですが、「国家」い云ふものをあらためて、しつかりと、考へてみたいと思つてゐます。


なぜならば、「国家」とは、ひとつの言語を共有してゐる民族を樣々な意味でまとめつつ共生して行く上での、最大の共同体であることが、ひとつ。


しかし、その国家といふものが、わたしたちの暮らしを覆ふ唯一の傘のやうなものではないのだといふことが、二つ目。


そして、三つ目は、日本といふ国で、戰後、「国家」について、しつかりと、確かに、考へさせる教育といふものがほとんどなされてゐないといふことを思ふからです。そして、わたし自身、これまで積極的にそのことを學んで來なかつたからです。


いま、ここでは、一つ目、二つ目のことはとても意味深いことですので、わたし自身これから更にゆつくりと考へて行くことにします。そこで、順序が逆になつてしまひますが、三つ目のことから考へて行きたいと思ひます。





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2023年06月15日

「人」 剣聖 持田盛二



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明治から昭和にかけて生きられた剣道十段であり剣聖とも言われた持田盛二といふ方のこんなことばがある。


♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾


わたしは剣道の基礎をからだで覚えるのに五十年かかつた。


わたしの剣道は五十を過ぎてから本当の修行に入つた。こころで剣道しようとしたからである。


六十歳になると足腰が弱くなる。この弱さを補ふのはこころである。こころを働かせて弱点を強くするやうに努めた。


七十歳になるとからだ全体が弱くなる。今度はこころを動かさない修行をした。こころが動かなくなれば、相手のこころがこちらの鏡に映つてくる。こころを静かに動かされないやうに努めた。


八十歳になるとこころが動かなくなつた。だが時々雑念が入る。こころの中に雑念を入れないやうに修行してゐる。


♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾


まことに穏やかなお人柄であつたといふその人の八十歳にならんとしてをられた頃の動画を観たが、風を切る鋭さと大地に根づく確かさとが、静かさの中で常に統べられてゐる様に圧倒される。


かういふ方が実際にをられるからこそ、弱弱しい自分自身を本当の自分自身へ導いて行くことができるやうに感じてゐる。





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2023年05月19日

仕合はせに沿ふことの喜び



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おほよそ3年ぶりですが、新横濱のある企業に足を運び、對面での言語造形の時間を持ちました。


コロナウイルス禍の下、全くもつて、研修でもある對面での藝術活動をなすことができなかつたのですが、本當に久しぶりに皆さんとお會ひすることができたのでした。


かういつた場をコーディネイトして下さる方を通して、再び、このやうな場を持つことができたことの仕合はせ(運命)。


それは、我が能力などを全く超えた仕合はせ・幸せだと感じます。


その仕合はせのしからしめに沿ふて、言語造形といふ藝術を仕事として全力でさせてもらへる喜び。


萬葉集と古今和歌集からの和歌に取り組みました。


ことばの内側に入り込み、その精神の世を經めぐるひととき。


それは、難しいことを全部拔きにして、誰もが直感でき、自分のさかしらな思ひを超えた世を生きる、素直できれいなひとときなのです。


だから、そんなひとときは、人を子どもの頃のその人に還します。


男たちが(最近は女たちも)、藝術をもつこと。


そのことの値と必要性を感じるのです。


普段の日常性と、精神の氣高さを、ひとりの人の内側に共存させることの大切さを傳へるべく、仕合はせがわたしを促がしてくれてゐます。


ありがたいことです。




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2023年04月23日

この学びの眼目 それは人と分かり合ふこと






すべて、問題の原因は、他人にあるのではないこと。

すべて、己れの内にあるといふこと。

アントロポゾフィーは、そのことを身を持つて知るための、切実な学びです。

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2023年04月22日

ある授業参観から考えさせられたこと シュタイナー教育



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ある小学校での六年生の授業参観、テーマは「日本の古典(俳句・短歌)を味わおう」です。


先生は、教科書に載っている詩歌の何人かの作者の顔写真を黒板に貼り出します。


なんと、歌の作者は誰かを子どもたちに当てさせる授業でした。


そこで声に出して唱えられる詩歌も、一回だけ、ぼそぼそと発声されるだけで、その詩歌やことばの味わいを残念ながら感じることはできません。


つまり、詩歌ということばの芸術作品を先生はどう扱っていいのか分からないのだろうと思われるのです。


作者の顔を当てさせたり、その詩歌の中にどんな言葉遊びが潜まされているかを子どもに当てさせるのが、子どもたちの気を引く、その時の最上の手段だと思われたのでしょう。


我が国の文化を支える、最も大切なものである国語教育が、小学六年生の時点でこういうものであること。


本当に、様々なことを考えさせられました。


随分と前になりますが、水村美苗氏によって書かれた『日本語が亡びるとき』という本が随分話題になりました。


わたしもその本を幾度も読み返しました。


子どもたちへの国語教育の質いかんによって、わたしたちが営むこの社会を活かしもすれば殺しもすることを多くの人が認識していないこと。


国語教育の腐敗によって、必ず一国の文明は亡びゆくこと。


そのことは、多くの他国の歴史が証明してくれていること。


その時代の典型的な精神は必ずその時代に書かれた文学作品に現れるが、現代文学の実情を「『荒れ果てた』などという詩的な形容はまったくふさわしくない、遊園地のようにすべてが小さくて騒々しい、ひたすら幼稚な光景であった」と帰国子女である彼女は痛覚します。


そんな「ひたすら幼稚」である、現代のわたしたちのことばの運用のあり方から、どのようにすれば抜け出すことができるのか。


未来にとって最も具体的な、ひとつの処方箋を彼女は挙げています。


「日本の国語教育はまずは日本近代文学を読み継がせるのに主眼を置くべきである」


なぜ、そうなのか、この本はとても説得的な論を展開しているのです。


また、水村氏のこの論を、より明確に、より奥深く、批評している小川栄太郎氏の『小林秀雄の後の二十一章』の中の「日本語という鬼と偉そうな男たち」も読み、我が意を強くしました。


国語教育の理想とは、〈読まれるべき言葉〉を読む国民を育てることである。


どの時代にも、引きつがれて〈読まれるべき言葉〉があり、それを読みつぐのがその国ならではの文化であり、その国のいのちなのです。


子どもたちへの国語教育。わたしたち自身の国語教育。


それは、30年後、50年後、100年後を視野に入れた、人の根もとへと働きかける教育なのです。


わたし自身、その仕事を始めて行こうと思っています。





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2023年03月29日

大阪のオバチャン



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今日、久しぶりに大阪市営バスに乗ったのです。


すると、来ました来ました、典型的と言ってもいいような「大阪のオバチャン」。


バスに乗り込んでくるやいなや、二人席の奥に先に乗って座っておられたご婦人の横に座って、そのオバチャン、大きな声でお話になり出されました。横のご夫人とは、初めて会った人です、きっと。


「アタシ、ほんまに、この前も、バス乗ったとき、若い人にゆうたんです。お年寄りに席譲ってあげてねって。そりゃ、万にひとりぐらいは、『なんで席譲らなあかんねん、おばはん』ゆうてくる人もいますけど、ていねいに理を尽くしてゆえば、分かってもらえますねん。」


私が座っている席のすぐ後ろで、いきなりそんな話を始められたもんですから、「あっ、俺のことゆうてんのかな、しかし、俺は若ないしな。いや、どうやろ・・・」と複雑な気持ちでいたのです。


そうしましたら、次から次へと話は展開していくのでした。


「いや、ほんまに、今どきの人は、そういうことから始まって、この国のこと、どう思うてますんやろ。生き方ゆうたらええんでっしゃろか、道徳ゆうたらええんでっしゃろか。ほんで、外国のもん、ばっかり買(こ)うて、日本製のもん、買(か)えへんさかい、こんなに産業も衰退して、国も弱あなってるんとちゃいますか。この国は、ほんまにええ国やのに、こんなに恵まれてんのに、それを当たり前みたいに思うてる。どないなってまんねやろうなあ」と明るく元気な声で国のことを憂えてはります。


「そやけど、なんでんな。毎日、アタシも元気発散してますねん。くよくよしてても、しゃあないですもんねえ。この前、バス乗るのに列並んで待ってます時に、前に並んでる人に『お互い、こうやって長いこと立ちながら待ってんのん、しんどいことですなあ』ってアタシいいましてん。ほしたら、その前の人、ニコッと笑うて『ほんまですなあ』ゆうてくれましてん。アタシ嬉しなったから『今年120歳なりましたから、ほんましんどいですわ』言いましたら、列に並んでるみんな、ぎょろっとこっち見ますねん、ぎょろっと。毎日、そんな、アホみたいなことばっかりゆうてますねん。」


まだまだ続きます。


「コロナ前のいつやったか忘れましたけど、今日みたいな天気のええ日に大阪城の下でお花見しましてねえ。その時、隣のシートのグループさんと仲良うなりましたさかい、『まあ、一杯、酒飲みませんか』ゆうてお酒勧めてくれはりますねん。アタシ、嬉しゅうて、『いややわあ、あんまり、飲ませんといて下さいね』いいましてん。ほしたら、そのグループの人、『おばさん、お酒、いけそうなお顔してますやん』言いはりますから、アタシ『そら、二十歳(はたち)は過ぎてますからねえ』言いましてん。これは、嘘ちゃいますやろ。もう、毎日、そんなアホみたいなことばっかりゆうて発散してますねん」


もう少し続きます。


「大阪の人は、おもろい、おもろい、って、よそ様から、ようゆわれますやん。そやさかい、こっちかて、おもろせなあかんかな、思うて、またバス乗る前、列並んでるときに、前に仲良う話してるお母さんと息子さんおりましたから、わたしもいつのまにか話の仲間に入って、話してましてん。話も弾んでだんだん興に乗ってきて、指でピストル撃つ真似したら、知らん人でも大阪人は『ううっ』ゆうてリアクションするゆう話になって、試しにやってみましょか、ゆうことになって、列の後ろの人にやったんです。ほしたら、男の人やったんですけど、何もリアクションしませんねん。『しょうもないことして、すみません』ゆうて、その男の人に謝ったら、その人『弾、はずれたさかい』いいますねん。」


わたしは、前の席で、笑いをこらえるのに、どれだけ我慢したか・・・。多分、バスの中のみんなもそうやったと思います。春のひととき、緩みました( ´艸`)。




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