2017年07月19日

地域の安寧 〜生根神社さんの夏祭り〜


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大阪市住吉区のわが氏神様である生根神社さんの夏祭り。
長女が子ども太鼓で参加。
 
真夏の炎天下、太鼓を打ち鳴らしながら、お神輿と共にうぶすなを巡る渡御式。
 
この儀式の内的な力によつて、どれほど、わたしたちの地域の安寧が保たれてゐるか。本当にありがたく、かたじけない念ひ。儀式を毎年、粛々と続けて下さつてをられる方々に感謝、感謝・・・。
 
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昨夜の宵の宮では太鼓お披露目。
演劇仲間の『丹生都比売』メンバーと一緒に。
子どもも大人も一緒になつて夏の夜のひとときを過ごす。 

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2017年06月28日

山の姿をした樹木 〜鹽竃神社を訪ねて〜


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鹽竃(しほがま)神社。
 
和歌山駅から車で20分ほどのところの和歌の浦と呼ばれてゐる海辺の神社に夫婦でお参りしてきました。
 
御祭神は、山幸神を竜宮へといざなはれた鹽槌翁尊(しほづちのおじのみこと)です。
 
この社は「輿の窟(こしのいわや)」と呼ばれてゐた岩穴の中に鎮座されてゐます。
 
その薄暗い岩の壁を見ると、それは巨大な樹木の根そのものでした。
 
この社の御神体は、山の姿をした巨大な巨大な樹木でした。
 
写真に写つてゐるこの山がすべて樹木からできてゐるやうでした。
 
この山の頂上に登ることができました。
 
岩肌がすべて樹木でした。
 
そもそも生きて動いてゐた植物状態の地球が、だんだんと死したものとなつて固体化してゐるのが、わたしたちが足の下に踏んでゐる土や岩石なのでせうが、このやうに山まるごとが樹木であつた面影をまざまざと残してゐること、そして、その山に包まれるやうにひっそりと鎮まつてをられる鹽竃(しほがま)神社に、驚嘆と畏怖の念ひを抱きました。
 
聖さを湛へたそのひそやかな穴の中の空間で、しばらくわたしたちはじつとしてゐました。


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2017年06月22日

雨の季節 〜幾通りもの、ものの言ひ方〜


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昨日は、大雨が通り過ぎた日本列島だつたやうですね。

日本の古典文学研究を中心にする伝承文化研究所を営んでをられる小林隆さんが今朝書かれてゐた記事に、はつとさせられました。
https://www.facebook.com/takashi.kobayashi.737001/posts/1081542811982344
 
「日本人の七割以上の方々は『雨』に對して惡いイメージを持つてゐるやうに思ひます。 これはあくまでも私見であり、裏付けをしつかり取つた譯ではありませんが、その原因としては、日本人が雨といふ語の語彙が戰後極端に喪はれてしまつたことによつて惹起されたものと私は考へてゐます。」
 
ここで、小林隆さんは、「村雨」「霧雨」「こぬか雨」など多くの雨に関することばを挙げられてゐます。  
 
あるひとつの事象に対して、幾通りもの、ものの言ひ方を知つてゐること。そのことによつて、人は豊かで細やかな感じ方ができるやうになつてゆく。ことばを知り、そのことばを己れのものにすることは、それだけ世が深みをもつて感じられ、その人自身の内側も豊かに育まれてゆく。
 
そんなことばと人とのかかはりをわたしたち日本人は大切にしてきました。わたしたちは、さういふ民族でした。だから、和歌(やまとうた)や俳句といつたことばの藝術は、その感覚を磨く上で欠かせないものでした。「はじめにことばありき」といふことを、わたしたち日本民族はまるまる生きてゐました。
 
いま、わたしたちは、古典作品に親しんでいくこと、学んでいくことで、自分なりの、いまならではのことば遣ひに、過去の日本人たちが営んできた言語生活を重ね合はせることができます。
 
その重ね合はせが、その人を日本人にしていきます。その人の内側に歴史が息づきはじめます。自分ひとりで生きてゐるのではなく、過去の先人たちとの繋がりの中で生きてゐる己れを感じはじめます。そして、この繋がりを後の世代の人たちへと伝へていきたく念ひはじめます。
 
 

小林さんは、雨を「山のしずく」と歌つた大津皇子と石川郎女の相聞歌をはじめに掲載して下さつてゐます。萬葉集の第二巻からの歌です。
 

あしひきの山のしづくに妹(いも)待つと
我れ立ち濡れぬ山のしづくに
 107 大津皇子
  
我(あ)を待つと君が濡れけむあしひきの
山のしづくにならましものを
 108 石川郎女
 
 
このふたつの歌の交響に、時の隔たりを超へ、自他の区別を超へ、人と世との隔たりをも超へる、こころとこころのまことのかかはりと深まりを感じます。
 

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2017年06月05日

春過ぎて夏きたるらし

 
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春過ぎて夏きたるらし白妙の衣ほしたり天の香具山 
持統天皇
 
天武天皇亡き後、その皇后であられた持統天皇が藤原宮を造られたのは今から1323年前です。
 
今日は、この御歌通りの天の香具山をその宮址から見はるかしながら、声に出して歌つてみたいと思ひ、足を運びました。
 
蒼く大きく拡がる初夏の空の下、この歌は風を大きくはらんで響き渡りました。何度もことばが響き渡り、そのたびに、清々しい喜びと安堵の念ひが、この無限の空間に立ち上がつてくるのを感じたのでした。
 
歌では、洗ひ清められた衣が、陽の光に白く輝きながら、初夏の風にたなびいてゐる。
 
それは、大規模な遷都のあと、民が再び元通りの暮らしのリズムを取り戻し、神ながらの暮らしぶりに立ち戻つてゐることを教えてくれたのではないでせうか。
 
そして、大空の下、香具山が静かに鎮まつてゐるのが遥かに臨まれます。
 
その山は、天界の高天原から降りてきたからこそ、天の香具山と名付けられてゐる、さう語り傳へられてゐます。
 
また、初代天皇であつた神武天皇が戦によつて死の危機に陥つたとき、その香具山の土で作つた瓦を使つた占ひによつて窮地を脱することができたのでした。
 
夫であつた先帝と共に持統天皇は、神武天皇から続くこの天の香具山に対する信仰心を育みつづけたことでせう。そして、きつと新しい国創りへの志を燃やし続けられたのではないかと思ひます。
 
春過ぎて夏きたるらし白妙の衣ほしたり天の香具山 
 
1300年以上前のことばの芸術が風景と共にいまだに残されてゐるこの日本といふ国、大和の国を本当にこころから愛ほしく想ひます。
 
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2017年05月28日

平和な、平和な時間と空間


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今日は初夏の日差しの下、爽やかな風にも恵まれ、娘たちの運動会へ。
 
特に六年生の長女は、この日のために精一杯練習してきて、全身全霊でこの祭りの日を楽しんでゐる姿がまぶしいぐらいでした。
 
やつぱり、何をやるにも一所懸命が、清々しいよね。
 
運動会の後は、家から歩いて5分のところで行われる帝塚山音楽祭へ。
 
万代池の木陰でビールを飲みながら、ゆる〜い音楽を楽しむ。
 
今年31年目の音楽祭で、本当に、平和な、平和な時間を毎年ここで過ごさせてもらつてゐます。
 
かういふ平和な時間と空間は、すべて、人の意識こそが生み出してゐる。
 
でも、ここ大阪の住吉に長年生きてゐるわたしの実感だけれども、もうひとつ、ここでは神々が働いてくださつてゐる。
 
こんな感じ方、少なくても150年前は多数派だつたらしいんだけど・・・

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2017年05月14日

母の日


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実家の母に花をもつて行きました。
玄関口で本人を前にして何かことばをかけたい気持ちがこみ上げて来たけど、何もたいしたことは言へなかつた。
母。なんとありがたい存在だらう。
おかあさん。なんと素晴らしいことばだらう。
 
娘たちも今日、妻に花を贈りました。

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2017年05月11日

静さを求める激しさ 〜聖武天皇のみささぎにて〜


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奈良の佐保にある聖武天皇のみささぎの前に立ちつつ、こころの中で語りかけさせていただくと、物凄い風が吹き出し、木々の緑がものものしく語つてゐるやうに感じられて仕方がありませんでした。
 
ご在世の頃、どれほど激しい事が、年月を継いで、日を継いで起こつたかを知り、また、そのひとつひとつに立ち向かはれた御至誠を念ひます。
 
今の日本があるのは決して当たり前のことではないことを、風にざわめく緑の木の葉がわたしに教えようとしてゐるかのやうでした。
  

聖武天皇御製歌
あをによし奈良の山なる黒木もち
造れる室(むろ)は座(ま)せど飽かぬかも

(萬葉集 一六三八)
 
奈良の山の黒木で造ったこの室は、いつまで居ても飽きない・・・。
 
 
風が山の木々と親しく密やかな対話を交わし続けてゐるやうに、すめらみことご自身も自然のあらゆるものと親しく内密な対話を交わすことに、この上ないお喜びを感じられてゐたのではないか。
 
風、水の流れ、空のあを、穏やかな日の光、たなびく雲、そして、それらに育てられた樹木で仕立てられる日本の室。
 
そのやうな室の中に身を置いてゐると、外の世にをけるあまりにも激しい有為転変から生まれるこころの動きがだんだんと静められ、今までに見たことのない静かな世が展かれてくる・・・。
 
わたしは、そんな静かさを希求する激しさを感じました。

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2017年05月09日

一目みてこころを決める


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先日のシュタイナー教員養成講座でもお話しさせてもらつたのだけれど、子どもたちだけでなく、まづわたしたち大人自身が、ものをよく「みる」こと、じ〜つと「みる」ことから始めることの意味深さ。
 
「みる」といふことばの底には、「愛(め)づ」「愛(め)でる」といふ極めて感情的なことばが息づいてゐる。「愛(め)づ」といふことばから「めづらし」といふことばも生まれる。
 
人は、何でも見てゐるやうに思ひ込んでゐるが、愛してゐるものしか、実は見てゐないし、見えてゐない。
 


本を讀むときでも、それは当てはまる。
 
本といふ人格と精神が総動員されてゐるものを、まづは、徹底的に信頼して、愛して、目を皿のやうにして愛でて讀むことによつて、本は秘めてゐる秘密を初めて打ち明けてくれる。
 
さうして、そんな「みる」といふ意欲的・感情的な行為から、やがてゆつくりと「考へる」「知る」といふ対話的行為へと、こころが深まつてゆく。
 
そんな行為にいざなふ本こそが、讀むべき本だと感じる。
 
 

昔の日本人は、そんな「みる」力を相当強く養つてゐたやうだ。
 
結婚するために、「お見合ひ」をする。
 
そのとき、相手の年齢や職業などをそこそこ弁えるだけで、あとは、ほとんど、「一目でみて」決めてゐた。
 
相手の趣味や収入や性格やその他様々な情報などは置いておき、たつた「一目みて」こころを決める力を持つてゐた。
 
さういふこころの力を育むことが教育の基だと念ふ。 

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2017年05月06日

伸びてゆくこころ


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昨日、外での仕事から家に帰つてくると、稽古場で、妻と九歳の娘が言語造形の練習をしてゐる声が聴こえてきた。
 
あとで訊いたら、娘は稽古を見てくれと自分から妻に言つたのだそう。
 
人のこころの伸びてゆく様を見せてもらえるのは、なんといふ喜びだらう。
 
今日も、わたし自身のこころが伸びてゆき太つてゆくやうに、このからだを使ひ切つて仕事をしていかうと念ふ。

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2017年04月30日

新しい国づくり

古いものを大切にするからこそ、新しいものを生み出すことができる。
 
かういふことは言はずもがなかもしれないが、個人にをいても、家族の営みにをいても、地域の付き合ひにをいても、国のあり方にをいても、人が人として常に脱皮を繰り返しながら成長していくためには、古いものを徹底的に学び取り、己れの血とし肉とすること。そこからこそ、新しい未来が切り開かれる。
 
長い歴史を生き抜いてゐる国は、どこでも、自国の歴史と文化の継承を重要視し、とりわけ古典文学といふ、讀みつぐべき書物を大切にし、若い世代へと絶対的な信念の下、傳へていつてゐる。
 
古典教育をないがしろにしてゐる国は、必ず亡びる。
 
国が亡びれば、国語は失はれ、文化は断絶し、しきたりも規律もなくなつてゆき、とてつもない混乱が人々の生活に及んでしまふ。いま、現にさう、なつていきつつある。
 
そこになんとか歯止めをかけたい。
 
 
さういふ意識をもつて、わたしも新しい国づくりに加わつていきたい。

すでに、そのやうな意識で仕事をしてゐる方々が、今はまだ少ないかもしれないが、ゐる。
 
 
葦原(あしはら)の 瑞穂(みづほ)の國(くに)は 神(かむ)ながら 言挙(ことあ)げせぬ國(くに) 然(しか)れども 言挙(ことあ)げぞ吾(あ)がする 言(こと)幸(さき)く ま幸(さき)くませと 障(つつ)みなく 幸(さき)くゐまさば 荒磯波(ありそなみ) ありても見むと 五百重波(いほへなみ) 千重波(ちへなみ)しきに
言挙げぞ吾(あ)がする 言挙げぞ吾(あ)がする
(萬葉集 三二五三) 柿本人麻呂歌集より


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2017年04月22日

娘の授業参観から考へさせられたこと


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先日、小学六年生の娘の授業参観に行く。「日本の古典(俳句・短歌)を味わおう」というテーマだつた。この学校は、とりわけ、國語に力を入れて下さつてゐる。そして、初めて、わたしは國語の授業参観に出ることができたのだ。
 
受け持つて下さつてゐる先生は、とても暖かなお人柄で、娘もとても慕つてゐる。参観の時の授業も、先生と子どもたちとの間に親しみと活発さが漲つてゐて、いいクラスだなあと思ふ。
 
しかし、その國語の授業を見させてもらひ、いろいろなことを考へさせられた。
 
教科書に載つてゐる詩歌の何人かの作者の顔写真を黒板に貼り出し、この歌の作者は誰かを子どもたちに当てさせる授業だつた。
 
そこで唱へられる詩歌も、一回だけ、ぼそぼそと発声されるだけで、その詩歌やことばの味わひなど全く感じられなかつた。
 
つまり、詩歌といふことばの芸術作品を先生はどう扱つていいのか分からないのだらう。作者の顔を当てさせたり、その詩歌の中にどんな言葉遊びが潜まされてゐるかを子どもに当てさせるのが、子どもたちの気を引く、その時の最上の手段だと思はれたのだらう。
 
繰り返し言ふが、先生はとても暖かいお人柄で、ユーモアに満ちてをられ、わたしも学校中で最も好きな先生である。娘もわたしも、最後の六年生になつて、この先生に担任を持つてもらへたことを本当に嬉しく思つてゐる。
 
先生を責めるやうなことは決してしたくない。
 
しかし、である。
 
我が國の文化を支へる、最も大切なものである國語教育が、小学六年生の時点でかういふものであることに、あるショックを受けてしまつたのだ。
 
少し前になるが、水村美苗氏によつて書かれた『日本語が亡びるとき』といふ本が随分話題になつた。
 
わたしもその本には魅了され、幾度も讀み返した。
 
子どもたちへの國語教育の質いかんによつて、わたしたちが営むこの社会を活かしもすれば殺しもすることを多くの人が認識してゐないこと。
 
國語教育の腐敗によつて、必ず一國の文明は亡びゆくこと。
 
そのことは、多くの他國の歴史が証明してくれてゐること。
 
その時代の典型的な精神は必ずその時代に書かれた文学作品に現れるが、現代文学の実情を「『荒れ果てた』などという詩的な形容はまったくふさわしくない、遊園地のようにすべてが小さくて騒々しい、ひたすら幼稚な光景であった」と帰國子女である彼女は痛覚する。
 
そんな「ひたすら幼稚」である、現代のわたしたちのことばの運用のあり方から、どのやうにすれば抜け出すことができるのか。
 
未来にとつて最も具体的な、ひとつの処方箋を彼女は挙げてゐる。
 
「日本の國語教育はまずは日本近代文學を讀み継がせるのに主眼を置くべきである」
 
なぜ、さうなのか、この本はとても説得的な論を展開してゐる。詳しくは、ぜひ、この本をお讀みいただきたい。
 
また、水村氏のこの論を、より明確に、より奥深く、批評してをられる小川榮太郎氏の『小林秀雄の後の二十一章』の中の「日本語といふ鬼と偉さうな男たち」も讀まれることを強くお勧めしたい。
 
國語教育の理想とは、〈讀まれるべき言葉〉を讀む國民を育てることである。
 
どの時代にも、引きつがれて〈讀まれるべき言葉〉があり、それを讀みつぐのがその国ならではの文化であり、その國のいのちなのである。
 
子どもたちへの國語教育。わたしたち自身の國語教育。
 
これはわたしたちの國づくりだと念つてゐる。

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2017年04月07日

家といふ存在


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家の中を毎日掃除してゐます。たつた一日で、これだけのほこりやゴミが溜まるものかと驚きます。
 
そして、かう考へました。
 
家とは何とも不思議な場所だと。
 
この家の中で、一日も休まず、人のからだから不要になつたものや不潔なものが脱ぎ捨てられていき、大気の中で軽いものは風に澄んで漂ひ、重いものは濁つて凝つて地に積もつてゆきます。
 
さういふことが可視化して、すぐさま意識化できるのが、家の中です。家の外では、なかなかさういふことが目に見えにくく、すぐには意識化できません。
 
人は、時の経過とともに、からだからの老廃物を捨て去ります。そして、実はそのことによつて、こころを純化し、己れを精神化していく存在でもあるのです。大気が重いものを下に落とし、軽いものを上へと舞い上げるやうに。
 
人は年齢を重ねることによつて、精神がだんだんとからだに通つてゆき、またそれ故にからだから老廃物が捨て去られてゆくのです。
  
家といふものがあつてくれるお蔭で、そしてその家を清潔に保とうとすることで、時間の流れの中で人といふものがだんだんと精神化していくのだといふことを意識することができます。
 
家とは、そんな毎日のわたしたち家族の暮らしの営みから生まれる老廃物を受け止めてくれ、わたしたち人の働きによつてまた何度でも清潔で、人にとつて心地いい場所へと甦つてくれる掛け替へのない空間です。
 
そして実は、家とは、そのやうな穢れと晴れとの数限りない繰り返しを人に経験させることによつて、その中に生きる人に精神の甦りを促し、意識化させようとする存在でもあるのです。
 
家とは、単に物質的なものなのではありません。人を精神的に甦らせてくれるための精神的なシステム・生きている有機的な仕掛けなのです。

「家」とは、人にとつて大切な存在です。
  
復活祭に控えて・・・。

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2017年03月05日

先入觀からの自由


淺はかな世相に便乘して、
「ヘ育敕語」を復唱することを大事にしてゐる人たちを、
非難・揶揄してゐる人たちに、とてもこころが痛む。
 
實物の「ヘ育敕語」を讀んだ方がいいと思ふ。
 
そこには、
自國の歴史・文化・精神を汲みとつた、
人として生きていく上での崇高な理念と期待が、
述べられてゐる。
 
それは、
たかだか戰後七十年の間に
固まつてしまつてゐる價値觀を優に超える、
歴史精神に根差したものだ。
 
アンパンマンの歌を歌ふのもいいだらう。
聖歌を歌ふのもいいだらう。
しかし、自分の國を愛し、
ご先祖樣たちが築きあげてきた文化・文明の粹である、
このやうな「ことば」をからだまるごとで響かせることが、
子どもたちの成長にとつて、
人閧フ成長にとつて、
悪く働きかけていくと思ひこんでゐること。
それは、先入觀ではないだらうか。
 
そのやうな先入觀から自由な、
被害者意識から自由な、
自分自身と家庭と母国の出自に、
誇りをもつ、
そんな日本人が、
これからは世界に必要とされてゐるやうに念ふ。
 
「ヘ育敕語」は、
イデオロギーを植えつけるものだといふ先入觀から、
自由になること。
それはひとつの自己ヘ育である。
 
人は、ヘ育を選ぶ自由があつていい。

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2017年02月28日

遠世の丘 〜土舞臺を訪ねて〜


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今の奈良縣櫻井市に、
千四百年ほど前に聖徳太子が造られた、
我が國最初の國立劇場と演劇研究所である、
土舞臺(つちぶたい)を訪れました。
 
今は、櫻井兒童公園になつてゐるその場に立つてみて、
千四百年前の漲るやうな情熱とこころざしに對する、
盛んな想像力が自分には必要だと感じました。
 
その丘は、何の飾り氣もない、
決して大きくはない廣場でした。
 
しかし、その周圍は、
遠き世を遙かに見渡すやうな景色が擴がつてをりました。
 
すぐ東には、
三輪山をはじめ、
神武天皇による靈畤(まつりのにわ)を頂上にもつ鳥見山、
西には、
大和三山をはじめとして、
はるか向かうに、
生駒山、二上山、金剛山、葛城山が見渡せます。
 
遠世の丘です。
 
そのやうな場に、
我が國の舞臺藝術の育成を、
意識的に、意欲的に、なしていかれた聖徳太子の精神。
 
そこから、
奈良の春日大社や、
大阪の住吉大社、四天王寺での藝能へ、
さらには猿樂、能などへと、
創造的に發展していつたその發祥の精神。
 
大阪の帝塚山の「ことばの家」へ、
その精神を分け御靈(みたま)させていただきたく、
日本の國史の淵源に繋がりたく、
己れの創造力を太くしてゆきたく、
聖地を訪れました。

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2017年02月04日

學びつつ歩きつつ 〜歴史と風土教育〜


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崇神天皇の磯城端垣宮の前の景色


以前に比べて、自分も含めて、
神社や歴史的遺蹟を巡り歩いてゐる人が、
多くなつてきたやうに思ひます。
 
多くの人が、
思ひ出すべき何かを思ひ出さうとして、
さういふ所を訪ね歩いてゐるのだと感じる。
 
ここ数年、奈良の大和路の邊りを歩いてゐて、
つくづく感じたことが、
我が國の文化と歴史を知りながらかういふ所を歩いてゐるのと、
知らないで歩いてゐるのとの違ひは大きい、
とてつもなく大きい、といふことでした。
 
そして、かういふ學びと行爲は本來、
小學生、中學生、高校生のときにやつておきたいよな、
といふことです。
 
いまの大抵の修學旅行や遠足などは、
ただのレクリエイションになつてしまつてゐて、
學校では我が國の歴史や文化のなりたち、
敬ふべき大切なものをなんら教へずに、
ただ子どもたちを名所舊蹟に引つ張つていき歩き廻らせてゐる。
子どもたちには何の感興も感動もない。
酷いものになると、
ディズニーランドや、テーマパークなどに連れて行つて、
子どもたちの淺はかな機嫌を取る。
 
歴史や風土を教へるにも、
子どもたちが我が國、我が土地、我が風土に、
誇りと美しさを覺えるやうな、
人の成長にふさはしい教へ方と内容が必要です。
 
そのやうな教育の根源は、我が國に於ては、
幸ひながら、古典作品に收められてゐます。
聲高に叫んだりしませんが、靜かに收められてゐます。
 
我が國の古典作品は、我が國の土着のものでありながら、
どこまでも高くて深い見識をいまだに湛えながら、
わたしたちのこころのとばりの向かう側に、
ひつそりと佇んでゐます。
 
その古典を學びながら、
そこから歴史と文化を知らうとしながら、
その固有の精神・神々と、
土地の精神・地靈の方々との、
交はりを求めてその傳來の土地の上に足を踏み出していく。
 
その足をもつての學びは、
なぜか人に自己肯定感と、
故郷に戻つた時のやうな、
どこまでも深い安心感を齎すやうに思へてなりません。
 
多くの問題、こころの問題のおおもとは、
己れの出自・源に對する不見識、否定感、不信感にある。
 
個人のこととしても、一國のこととしても、
わたしたちは子どもへの教育のあり方から、
大人自身の自己教育の方向性まで、
自分の足元を見直すやうなあり方を探つていきたい、
さう考へてゐます。

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2017年02月02日

大伴氏への念ひ 〜鳥坂神社、橿原神宮をお参りして〜


今日は、奈良の橿原をひとりでぽくりぽくりと歩きました。
 
わたしは、いま、
萬葉集の作品を舞臺化することに取り組んでゐます。
その萬葉集を編纂した大伴家持と云ふ男が、
わたしの中で大きな存在に感じられてきてゐるのです。
 
ちなみに、わたしが住まひを定めて、
「ことばの家」を營んでゐる大阪の帝塚山は、
奇しくも古代、大伴部一族の屋敷があつたところです。
帝塚山古墳も家持の祖先である大伴金村のものだと云はれてゐます。
 
また、奈良の佐保川の邊り、
聖武天皇の御陵のすぐ前にある「日+月+星」で、
今囘の舞臺をさせてもらふことになりました。
その佐保は、家持が自身の文藝サロンを開き、
多くの美しく才長けた女性たちと共に、
日本の歌の美を磨き上げた場所でもあります。
 
帝塚山も佐保も、わたしの意識の外で導かれた場所なのです。
つい最近、さう云ふご縁に氣がつきました。
不思議ですね。
 
 
 
そんな大伴氏への意識から、
今日は、まづ、その大伴家持の祖先である、
道臣命(みちおみのみこと)が創建なされた、
鳥坂神社へ足を運びました。
ご挨拶と何かしらのお禮をお傳へしたくなつたのです。
 
鳥坂神社は、大伴氏の二祖神、
高皇産靈神と、
その子、天押日命(あめのおしひのみこと)を祭神としてゐて、
高皇産靈神は國創りに、
天押日命は天孫降臨の際大功あつた神です。
そして、道臣命もまた、
大伴部を率ゐて神武天皇の東征を援け、
功績のあつた方でありました。

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道臣命が創立された鳥坂神社

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鳥坂神社内の幾柱もの末社。手前の木の根元に鎮座されているのは住吉大明神。
縄が切れてをられたので、結わひつけさせてもらつた。

 

その神社にお參りしたあと、
次に行く橿原神宮までの道のりで何故か、
急に感情がこみあげてきて涙がぽろぽろこぼれてしまひました。
 
そして、日本第一代の天皇、
神武天皇をお祀りしてゐる橿原神宮を訪れました。
 
雪が羽毛のやうに天から舞ひ降りる中、
重みのある澁い面持ちでそこにをられる。
いまだに坐(ゐま)せられてゐる。
そんな神々しさを感じます。

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橿原神宮の外拝殿(げはいでん)


 
更に、その神宮の末社である長山稻荷社。
その赤い鳥居を幾つもくぐつていくうちに、
神の懐へ入り込んでゆく嚴肅な感覺に包まれるのです。
言靈の神でもあられる豐受氣大神(とようけのおほかみ)をお祀りしてゐるからでせうか。
この稻荷社は、橿原神宮御鎮座以前からこの長山の地にお祀りされてゐたさうです。
 
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畝傍山をうしろに長山稲荷社



大伴家持が萬葉集と云ふことばの藝術を記録する際に貫いた、
志と精神。
それをことばでいふことは簡單ではないですが、
いま、「大君への念ひ」といふことばが、
わたしの中に響きはじめてゐます。
 
橿原の道を歩いてゐて、
懐かしい故郷の道を踏んでゐるやうな、
もう二度と戻れない子どもの頃に急に歸つたやうな、
感情の搖さぶりを覺えたのはなぜなんだらう、
さう想ひながら歸つてきました。

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2017年01月30日

大人としての成熟に向けて 〜蒼井悠人さん「Quotes of the day」より〜


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蒼井悠人さんのブログ「Quotes of the day」の中から、
一年半前の記事ですがシェアさせてもらひます。
http://aoiharuto.squarespace.com/quotes-of-the-day/2015/10/15
 
ここで取り上げられてゐるのは、
昭和十一年に書かれた小林秀雄の『現代の學生層』といふ文章。
 
「大正デモクラシー」といふコトバにまみれるやうにして、
日本の世相が近代化の成熟、爛熟に至つてゐた約十五年間。
 
その大正時代を経て、多くの若い人たちが、
物質的な豐かさ故の虚しさを抱えて煩悶してゐたことを、
わたしは多くの先人たちが殘してくれた文章を通して、
知ることができました。
 
「大正デモクラシーをひと口で言ふと『猫なで声』と答へる」
(山本夏彦) 
 
いつの時代でも、若者たちは、志を己れの内に秘めてゐます。
昭和十年代のその秘められてゐる志に向けて、
小林秀雄は己れの志・ことばの矢を放つてゐます。
ぜひ、蒼井さんの記事でお讀みいただければと思ひます。
 
また、この蒼井悠人さんのやうに、
かういつた文章を選んでわたしたちにそつと指し示す人が、
現代にもゐるといふことに、
こころの泉から清い水が湧き出てくるやうな感慨を感じます。
 
成熟した、もしくは成熟を目指してゐる文章を書く人がゐて、
またさういつた文章を讀む力のある人がゐるといふこと。
さういふ書き手と讀み手が互ひに人としての力を高め合ふ關係性。
それは、本当にこころ強いことだと念ふのです。
 
さういふ關係性を通して、ひとりひとりの人が、
ことば・國語との付き合いを丁寧に育てていく。
 
そのやうな昔からの國語教育が、我が國では
少なくとも明治時代の半ばまで殘存してゐました。
 
その國語力の成熟こそが、
つまるところ、民族の成長力、國力として、
世界の中に於ける独自な貢献力へとなり變はつてゆく。
さう信じてゐます。
 
大きなものに、小さなものに、
みずから貢献する力の一部となりたい、
といふ若い人たちの志に火を点けること、 
さういふ關係性こそが、
わたしなど何よりも生きていく上での励みになります。
 
先人の文章といふものに敬意を抱きつつ、
ことばの道、文章の道、文藝の道が、
尊いものであることを念ひ起こしていく運動に、
わたしも馳せ參じてゐます。
 
ことばの美の道です。

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2017年01月29日

新年(旧暦)の祈り 〜止止呂支比賣命神社に参りて〜


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今日は夫婦ふたりして、まつたくのお休み。
ゆつくりゆつたりと過ごした一日。
 
近くの止止呂支比賣命神社(とどろきひめのみことじんぢや)に、
お參りして、舊暦の新年を改めて祝ひ、お祈りを捧げました。
 
ここは、御祭神に素戔嗚尊と稻田姫尊をお祀りしてゐる神社で、
また承久3年(1221年)、
後鳥羽天皇が行宮(かりみや)をお立てになつたところです。
 
我が國の隱遁詩人の系譜の先人として松尾芭蕉が私淑してゐた、
後鳥羽院です。
 
日本のことばの藝術の行く先を見はるかし、
その一筋の道を守り通した、
後鳥羽院の立たれた地に自分が立てることの、
かたじけなさを念ひました。
 
そして、わたしたちの「ことばの家」の行く末を、
一心にお祈りさせてもらひました。

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2017年01月25日

美の世界・國のかたち

 

 



文藝評論家の小川榮太郎氏が創る日本文化の美を見いだしていく番組『美の世界・國のかたち』を毎囘樂しみに觀てゐます。
 
白洲信哉氏をゲストに迎へての最新の「骨董始めませんか?」と「やきもの大國」も本當に面白く興味深いものでした。
 
おほらかに、かつ輕妙に、日本文化傳來の特質を、
親しく打ち解けて談りあふ、そんな番組です。
 
例へば器のやきものならば、
飾り物として保存するのではなく、
人がこころを籠めて持ち、用い、意識を注いだからこそ、
そのものに美が宿るとする、
そんな「ものへゆくみち」を歩む日本人のあり方。

また、
外國から來るものを決して拒まず、
むしろ、鷹揚として受け入れた上で、
それを自由自在に變形・變容させ、
他のどこにもないほどの高さと深さに練り上げていく、
わたしたち日本人の融通無碍なあり方。
 
そんな昔からの日本人のあり方から、
日本といふ國が古來育んできた文化的特質が生まれてゐます。
 
そのあり方の淵源を探るのは、
これからのひとりひとりの日本人に任されてゐますが、
それは本當に興味深い作業で、
なぜなら、それはみづからの出自に誇りを感じていくための、
人にとつてなくてはならない精神的作業だからです。
 
これからの子どもたちに何を傳へていくかは、
樣々ありますが、
その中でも尤も大切なもののひとつとして、
自國の歴史と文化を深く學ぶことがあります。
 
それは、みづからに對する信頼、
自尊心を養ふことへと繋がつていくのではないでせうか。
 
みづからに對する信頼、
決して傷つけられてはいけない自尊心、
それは、他者との關係性の中で、
よりよきものを生みだしていくための基だと思ふのです。
 
難しい理論ではなく、
暮らしの中で手にするもの、肌に觸れるものを通して、
わたしたちの精神文化の深さへの道を歩んでいく。
 
そんな道へのお誘ひが、
この番組だと思つてゐます。

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2017年01月24日

十年にして初めて神話の日に入る


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十年、眞つ向から何かに取り組んだ者にして漸く、
自分のしてゐることは、
自分だけの力で成り立つてゐるのではなく、
他の力との協働でなければ成り立たないことを身をもつて知る。
 
他の力、他力とは、
もう少し、文學的で本質的なことばにすると、
神の力である。
 
十年にして初めて、
創造とは必ず神の生み出すところによる、
といふことである。
 
「十年にして初めて神話の日に入る」
 
これは極めてリアルなことである。
 
十年である。
 
やはり、十年、要る。
 
人爲ではない、「何か」が生み出されるには、
十年間の修業の日が、修羅の日が、どうしても要る。
 
何かを引きずり囘したつもりが、
實はその何かに引きずり囘されてゐたことを知るのに、
十年はかかるのだ。
 
どんな仕事でも、眞つ向から十年取り組んだ人ならば、
そのことをきつと了解してくれるだらうと思ふ。
 
だから、自分たちの役目として、
若い人たちに、
そんな十年の修羅の時を經させることの可能な土台を、
しつかりと用意し、運營していくことができるのか、
といふことがある。
 
何の大きな組織にも屬してはゐないが、
「ことばの家」を通して自分が、
そのやうなことができるのかどうか、
今年はよく考へながら、探つていきたい。


posted by koji at 00:26 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする