2024年03月21日

ゆっくり



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ゴッホ「花咲くアーモンドの木の枝」



まずは、我がからだをゆっくりと使うことから始めてみる。


意識できるとき、気づいたとき、からだをゆっくりと用いるのです。


このキーボードを打つときも、立ち上がるときも、この部屋を出るときも、ゆっくり、ゆっくりと動いてみる。


そして、その動きにていねいさや静かさや落ち着きが湛えられているのを自分自身で感じてみる。


そのゆっくりとした動きが、おのずから、息遣いの穏やかさ、ことば遣いの静かさ、こころもちの安らかさへと導いてくれる。


からだをゆっくりとした時間の中へ入れて行くのです。重さ・重力の中へではなく、軽さ・浮力の中へからだを持って行くのです。


ちょっとした意識の転換で、からだの用い方を変えてみること。


そして、それをゆっくりと習慣にして行くこと。


そのような習慣を身につけることは、一朝一夕には叶わないが、それこそ、ゆっくりと、こつこつと、毎日、やっていけばいい。


なんど、慌てふためき、取り乱すようなことがあろうとも、また、気づいたとき、「ゆっくり」の中へ帰っていけばいい。


そのように、時というものを新しく生きて行くこと。


それは、このからだに授かっている「いのち」を自分自身から甦らせる、本当の保養なのです。





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2024年03月10日

日本のシュタイナー教育における歴史教育



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下北半島の突端から



日本にもシュタイナー教育が入って来て、おそらく50年近く経っていると思われるのですが、わたしの内には、日本でのシュタイナー教育実践においてのひとつの問いがありました。


それは、子どもたちに「歴史」を教えてゆく際に、アントロポゾフィーの人間観・世界観から得られる歴史への見識に基づく授業をすることと、日本の歴史について教える際の、微妙な(もしくは、明らかな)違和感を現場の先生方はどう感じ、実際にどう授業されているのか、という問いでした。


次のような考え方があると思います。


洋の東西南北を問わず世界中の物語の中から、子どもがいま求めているもの、子どもの成長に資するものを、絵姿豊かに語ることが、大切であるということ。


まことにその通りだと思いますが、それを踏まえた上で、やはり、わたし自身の中で、さらなる問いが生まれて来ます。


人がする学びという学びは、つまるところ、己れを知るということ、自己認識を目指しています。


古代ギリシャの密儀の中のことば「汝みずからを知れ」は、いまも、わたしたちに痛切な響きをもたらしているように実感します。


それは、個人個人のことでもありますが、きっと、民族のこと、国家のことでもあるでしょうし、歴史を学ぶとは、人類が人類を知る、民が民を知る、人が己れみずからを知るということに他ならないように思います。


そして、その学びの営みのうちに、二つの方向性がある。


己れみずからを知りたければ、世をみよ。世を知りたければ、己れみずからをみよ。


そして、この二つの意識の方向性は、長いときをかけた学びのうちに、ついには、ひとつになる。「〈わたし〉は世であり、世が〈わたし〉である」。


さて、話は、「歴史教育」のことに戻ります。


世界の中に日本があり、外があるからこそ、内がある。


外国のことをよく知ること、知的にも情的にも世を広く見晴るかし、親しく他者について知りゆくことを通して、内なる国、自国のことを知る、そんな自己認識のありかた。


学びには、そういう側面が欠かせません。


そして、もうひとつ、自分自身の中心軸をしっかりと打ち樹てるべく、我が民族、我が国の独自の精神文化をより深く追求していくこと、足元を深く掘り進んで行くことによる自己認識のあり方。


どちらかひとつではなく、両方の学びの間に釣り合いが取られて、わたしたちは、個人においても、民族のことにおいても、国家のことにおいても、内と外とのハーモニーを健やかに生きることができるように思います。世界史と日本史の間に、ある歴史的繫がりを見いだすべく、わたしたちは学びを進めて行かねばなりません。


小学生から中・高校生の歴史の学びにも、その視点がとても重きをなします。


ただ、ここに大きく深い問題があるように感じています。


それは、日本の近・現代史は、精確に言うならば、日本の精神は、相当、屈折している、もしくは、屈折させられているということです。


明治維新以来、西洋の最新の文明に追いつけ、追い越せという文明開化のスローガンの下、とりわけ、若いエリートたちは、それまでの自国の文明文化をある意味、大いに否定し、父や祖父、母や祖母の持っていた考え方、生き方を古臭いものとして葬り去ろうとして来た、そんな近代の歩みであったからです。


言い方を変えますならば、もともと成長していた樹木を、真ん中、もしくは根もとからぶった切って、全く違うところで育った木を接ぎ木した上で、「それ生えろ、それ伸びろ、それ花咲け、それ稔れ」とばかりに大急ぎでやってきたものですから、無理がたたる。


それは、外国から開国を要求され、植民地化されるかどうかという瀬戸際での国家的判断からなされたことですので、歴史の必然としか言いようがない、けれども、何とも言えないような苦しみと哀しみを感じざるを得ないことがらです。


その無理が無理のまま最後に爆発してしまったのが、79年前の世界大戦での日本の大敗北であったのではないかと思うのです。


そして、戦後、明治維新以来の無理の反動でしょうか、わたしたちは自主独立する心意気など全く失い、しかし、また、明治維新以来のヨーロッパとアメリカこそが主(あるじ)であり、我々は従(おきゃく・しもべ)であるという底深い観念・心情がこころの奥底に染み付いてしまっているように思われますが、どうでしょう。


そして、シュタイナー教育が、今は亡き子安美知子さんの「ミュンヘンの小学生」という一冊の新書の1975年発刊以来、約50年近くに亘って、日本に少しずつ広まって参りました。


ヨーロッパからの精神文化として伝わって来たシュタイナー教育運動、その日本における伝播においても、やはり、先ほど書きました、日本民族の近・現代にずっと引きずっている、どうしようもない屈折とコンプレックス、自己不信感が、多くの場合、自覚なく、伴われて来たのではないだろうか。


いわゆる、「自虐史観」の囲いの中で自国の歴史を捉えて来たがゆえに、シュタイナー教育においても、その影が無自覚に教育実践の上に落とされて来た嫌いはなかろうか。


わたし自身の問題意識として、そのことがずっとあります。


子どもたちに歴史を教えるということは、そういう事情の上になされることだからこそ、わたしたち大人の意識のありようがまことに難しい。


その屈折を屈折のまま子どもに伝えることもひとつの教育と言えるのかもしれませんが、やはり、大人自身が、明治維新以来の屈折を、ひとり、引き受け、人としてその屈折をまっすぐにしようという意識と気概が要るように念うのです。


屈折を屈折と自覚せずに、子どもたちに歴史を教えることは、子どもたちを複雑な、まさに屈折せざるを得ない存在へと育ててしまうことにならないだろうか・・・。


わたしたち昭和の後半から平成に教育を受けて来た者たちは皆、そういう教育を受けて来たのではないだろうか。だからこそ、内において、皆、とても屈折している・・・。


アントロポゾフィーを学ぶわたしたち日本人は皆、そのことに向き合い始めていると思います。


そして、これは、大変なことだであり、だからこそ、この問い、この考える営みを持続させていくことが大切なことだと、わたしは考え続けています。


さらには、実際の教育現場を創りなしてゆくことで、新しい時代の教育を新しく創ってゆくことが、この問いに答えを見いだしゆくプロセスになるでしょう。


それは、わたしにとっての人生の大きな課題のひとつなのです。





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2024年02月10日

からだとこころと靈(ひ)が奏でる調べ



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旧暦では今日が一月一日。個人的にも新しい年の初めを感じる。


昨日までおほよそ20日間ほど、風邪でずつと寝込んでゐた。


夜になると咳の苦しみで眠られず七転八倒してゐる最中にも、精神的な取り組みだけで、このからだの自己回復力を頼んでゐたのだが、どうにもかうにも仕様がなく、やうやく昨日、いいお医者さんに出会ひ、人工的な処置をたくさんしていただいた。


そして、今朝、本当に久しぶりに健やかな目覚めを感じたのだ。まさに元日である。


当たり前のことだらうが、現代医学の助けを借りなければならない自分自身のからだの弱さを認めざるを得ない。


なほかつ、それでもやはり、我がものの考へ方、想ひ方、感じ方にこそ、病の根本の原因はあると思はざるを得ない。


そして、青い森自然農園の齋藤 健司さんと豊泉 未来子さんにいただいた、昨年収穫された大切な新しいお米を炊いていただく。頬が落ちるほど旨い。


素朴な食べ物と素朴なこころ。


その享受を即座に喜びの情で応へてくれるのが、我がからだである。


そのこころとからだのハーモニーに、ますます、靈(ひ)として、ことばが天(あめ)より流れ降りて来る。


からだとこころと靈(ひ)が奏でる調べを、今年から、歌つて行きたい。






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2024年01月22日

未来に芽吹いて行く種



昨日、京都の青い森自然農園から遥々、我が家を訪ねてくれた齋藤 健司さんと豊泉 未来子さん。おふたりから様々な未来に芽吹いて行く種をいただく。


その種とは、「からだ」にまで意識を確かに降ろすといふこと。


抽象的な思弁に右往左往するのではなく、毎日毎日、「からだ」といふものを慈しみながら生きて行くこと。


そして、暮らしの中で、歌と踊りとことばの美がおのづから湧き上がつて来る、そんな生き方を、暮らしの「かたち」を、ゆつくりと創り上げて行くこと。


そこには、食と仕事と芸術が、自然な調べを奏でてゐる。


豊かな充足と活力と安らかさをもたらしてくれる、そのやうな精神。


そんな古くて新しい生き方を、いま一度、意識的に創つてゆかうといふ試みをこの春から始めたいといふ、おふたり。


わたし自身、この「からだ」と「こころ」を超えた靈(ひ)なるものの自由な羽ばたきをもつて、なほかつ、この「からだ」のすみずみにまで降り切つて汗を流しながら新しい生を創つて行かうといふ新しく生まれて来た念ひを持つてゐて、その念ひとおふたりの想ひが重なり合ふ。


しづかな瞑想。活力に満ちた仕事。こころ満ち足りる芸術と学問。


シンプルな、念ひと暮らし。


その精神は、日本といふ「くに」に連綿と伝わつてきてゐる「祭り」の精神。


きつと、かういふ生き方は、これから3年から10年の間に、日本の社会に驚くほど広まつてゆくだらうと思ふ。





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2024年01月11日

大丈夫だよ 



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年のはじめから思はぬことが勃発し、わたしたち日本の民は、安らかならざるこころもちを抱えて、この令和六年、2024年を生き始めてゐます。


かうしてゐるうちにも、寒さで凍えるやうな思ひでをられる方もゐらつしゃることに、想ひを馳せます。


しかし、わたしたちは、かういふ時こそ、「大丈夫だよ」といふ靈(ひ)からの念ひを積極的に抱きたいと念ひます。


メディテーションの折りや、普段の何気ないひとときに、この「大丈夫だよ」といふ念ひを拡げてゆくのです。


決して「かわいそう」だとか、「お気の毒に」ではなく・・・。


年末に、仙台でいたしました言語造形劇『古事記(ふることぶみ)の傳へ』の最後の場面で、天岩戸が開き、天照大御神様がふたたびお出ましになられた時、八百万の神々が唱へることばがありました。このことばは、『古事記』には記されてゐないのですが、『古語拾遺(こごじうゐ)』といふ大切な古書に記されてゐるものです。


あはれ
あな おもしろ
あな たのし
あな さやけ
おけ


たつぷり息を吸つてから、次に長く息を吐きながら、この詩の一音一音の音韻を空間に向かって解き放つやうに綺麗に発声するのです。


さうしますと、物理と精神の空間が、まこと晴れやかに輝かしく照り映え出し、わたしたちのこころの恐れや不安が祓ひ浄められるのを体験いたします。


この営みを、日々のメディテーションや想ひの中で、ひめやかにしていきます。


それは、ひめやかな営みですが、きつと、ひめやかに人のこころに及んでゆくのです。


日本人みんなが自覚的に、余計な悪しき想念や不安に苛まれることから自由になり、この精神を生きることに専念するなら、それは本当の陽の力の甦りをもたらす。


それは、物質的な次元から、靈(ひ)の境へと、自由に羽ばたくことのできる、これからの人の生き方を指し示すものです。





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2023年12月29日

馬鹿の治癒



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大阪の住吉大社の太鼓橋



今年の仕事納めに、仙台での教員養成講座をさせていただいたのですが、一年の最後だからこそ、とりわけ、鮮やかに、自分自身にとって最も大切なことに気づかせてもらえたように感じています。


それは、法則に沿うことの尊さ、美しさです。


今回、演劇創りで参加された受講生のおひとりの方が、とりわけ、ご自身の内側において葛藤されていました。誰に不平を言うでもなく、ひたすらに自分自身の内側で、葛藤されていました。


その葛藤とは、これまでの自分自身の生き方の中ではさほど意識の上にのぼって来なかった、あることが、この言語造形という芸術に取り組むことで浮かび上がって来るのだということ。


そう、その方自身が静かに語ってくれたのです。


そのあることとは、己れみずからの偽りない情を偽りなく表現することへの恐れでありました。


演劇は、役を演じることを通して、様々な情に通われることであり、そして、その訪れて来た客としての情を、嘘偽りなく全身全霊で表現していくことに取り組んで行く芸術です。


その嘘偽りなく全身全霊で表現するという芸術、ことばの本質に取り組むという芸術を体験することで、浮かび上がって来た、恐れでありました。


恐れとは、現代を生きているすべての人におのおののすがたで巣食っているものですが、すべての人がそのことを自覚しているとは限りません。


そのことに気づくことは、意識の上で、情の上で、「揺れ」「動揺」「取り乱し」を生じさせます。ですので、多くの人は、取り乱したくないので、巣食っている恐れの上にふたをしてできうる限り自分自身で見ないようにしています。


しかし、その方は、この三日間の内に、ご自身の中で、そのような闇の中での葛藤を経たのちに、「わたしが何を求めているのかではなくて、ことばそのものがどうわたしに表現されたがっているのかに思い至る」、その気づきに至られたのでした。


個人的なわたしの満足ではなく、ことばというものが精神としてどう人によって表現されたがっているか、というところにまでその方の意識は至られたのです。


法則とは、そもそも、堅苦しいものではなく、精神からの靈(ひ)なる道筋なのです。


しかし、人は、たやすくその道筋を見いだすには、あまりにも幼い。だからこそ、何度ものこの世への生まれ変わりを経る必要がある。


そして、何度もの生まれ変わりを経て、その生きることにおける闇をくぐりゆくからこそ、光を見いだす道の端緒に就くことができる。


闇を経るからこそ、光を見いだす。


わたしは、そのことが、「まこと」であることを痛感しています。


その端緒に就かれた方の表現は、まこと、まこと、めざましいものでありました。


すべての仕事、すべての技術、すべての芸術は、それぞれに固有の法則を持っています。


そして、舞台の上での表現、さらには、ことばというもの、ことばづかいというものにも、固有の法則が通っているのです。


その方は、その固有の法則があることに、ある苦しみを通して実感として気づかれたのでした。


さて、わたしは、わたしに与えられた仕事を貫く法則に則ることができているだろうか。


その問いを一晩かかって問い続けておりますと、答えが朝やって来てくれたのでした。


わたしは、まだ、その法則に則れていない。


まだまだ、自分自身の考え方、想い方、感じ方の癖に引きずられて、これまでの自分に巣食っている宿痾のようなものを完全に自覚するに至っていない。


そのことを、受講しておられる方のこころのありようを拝見させてもらい、気づかせてもらえたのです。


これは、一年の終わりに至って、これ以上ないほどの本当にありがたい気づきでありました。


馬鹿は死ぬまで治らない、と言いますが、来年、もっと、その馬鹿の治癒、精神の健やかさの回復、そこから、世へ仕えることへと勤しんで行きたいと強く念願します😌





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2023年12月25日

友へ メリークリスマス




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三年前のクリスマスイブの日に、友人から電話があった。


彼とは、それまでの10年近くの間、本当に親しくつき合ってきた間柄だった。


その年の夏ごろ、すでに始まっていたコロナウイルス禍によってわたしの仕事がなくなって行くことを心配して、少なくないこころづけまで送ってくれた彼だった。


その彼が、その夜の電話で語ってくれたことは、自分が犯した罪を償うためにこれから牢屋に入るのだ、ということだった。


彼は、彼自身と一緒に写っているわたしの写真はあらゆるところから全部削除してくれ、と言った。そうしないと、わたしに迷惑がかかるから、と言った。


そして、いまどこにいて、これからどこに収容されるかもわたしに全く言わなかった。


こんなことがあっていいのかと思った。


どうして、こんなことが起こるのだろう。


どうして、こんな悲しみが訪れるのだろう。


不条理というものがあることをはっきりと感じた。


彼の話を聴きながら、彼と共にいた時間の中のいろんなことごとを想い起こした。


電話の最後で、彼は「メリークリスマス」と言って、電話を切った。


メリークリスマス。メリークリスマス。メリークリスマス。


今年も、どうか、静かで、聖き夜が訪れますように。






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2023年12月11日

ありがたい 59歳になりました



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59歳になりました。年齢のせいにしては駄目ですが、少し抜けているところが多くなってきたようなのです(汗)。これは本当に気をつけなければ・・・!

ひと様との約束や時間を大事にしていきたい。ひと様からいただいている思いに少しでも応えていきたい。

そして、何より、このわたしを産んでくれた母が元気でいてくれること、本当にありがたい。

娘たちが想いをこめて絵を描いてくれ、メッセージをしたためてくれ、時間をかけてコーヒーカップを選んでくれました。

本当にありがたい。

わたし自身、より、からだを動かし、汗を流して、新しい生活に向かって行く一年にしようと思っています。

また、皆さま、なにとぞ、なにとぞ、どうぞよろしくお願いいたします。

諏訪耕志

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2023年12月08日

当たり前に思つてゐた近代的生活からの脱却



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自主独立とは、本当のところ、どういふ状態を言ふのだらうか。そんなことを我が身で考へ続けてゐる。


そして、保田與重郎の全集二十四巻に収録されてゐる『農村記』を丹念に読み続けてゐる。


「農村生活の改良を云ふ人々は多少とも農民生活を快適にし、負担を軽くしてやらうと思ふ人々である。農村の父たちはさういふ文化的都会生活的動向を、家のため、村のため、さらに国のためにおそれてゐるのである。・・・ある農家の青年に、君らが毎日重い荷物を運ぶ時これを馬車に一鞭あてて運ぶと云つたことを想像しないかと問うたところ、彼は言下に自分らはもつと大事なことを考へてゐると一蹴した・・・。」


「農村に於て誰の目にも自明な改良策をこばむものは、固陋でもなく、無智でもなかつた。それはアジアの自衛そのものであつた。」


「血気軽率の人は、必ず欺瞞に立脚した扇動者に奉仕するに到るだらう。かの扇動者らは、己の祭る幽霊や悪魔を、軽率な善人の祭る神とすりかへ、彼らに幽霊や悪魔を祭らせ、扇動して犠牲となす技術を了知してゐるのである。故に多事の日にこそ文学を深く学んで、美辞麗句の欺瞞性を見破らねばならぬ。困苦欠乏と貧乏を固守すると見える古い百姓の、その心持と考へ方を、その原因に於てさまざまに考へることは、今日の文學の緊急の課題の一つである。」



令和の代において、もはや、農民だけでなく、都会に住む大多数の日本人が「困苦欠乏」の中で生きてゐる。


しかし、ここに言ふ「農村生活」を「令和の代の市民生活」と言ひ換へたとしても、「生活の改良をこばむ父」は、どこにゐるだらう。


そして、日本中、「血気軽率の人」ばかりになつてしまつてゐて、扇動者が言ひ募る「時間がない!」といふことばに見事に煽られてゐはしないか。


快適さ、効率性、利便性、それらよりも「もつと大事なこと」とは何だらう。


「家のため、村のため、さらには国のため」に護らねばならない「もつと大事なこと」とは何だらう。


それらのことを、扇動者に動かされず、ぢつと立ち止まつて、ひとり考へる力。


2023年、令和五年の終はりに近づき、わたしたちは、ますます、この力の重要性を痛感せざるをえない状況ではないか。


どうしても、立ち上がつて来る問ひがある。


果たして、これまで当たり前に思ひ込んでゐた「経済を盛んにして、国民を豊かにするべく、我々から富を奪ひ盗つてゐるこの社会の仕組みを変へていかねばならない!」といふことは、本当に真実なのだらうか。


悪事を働いてゐる者を制することは当然のことだとして、しかし、搾取してゐる一部の者たちからその富を奪ひ返すといふ考へ方そのものに、近代を生きて来たわたしたち現代人の大いなる強欲さがすでにどこかに潜んではゐないだらうか。


本当に、難しい議論である。この近代的な生活を二十世紀から変はらずにさらに二十一世紀においても追ひ続けて行くことが、人の「みち」なのであらうか。いまさらと多くの人は思ひ、そんなこと、出来るはずがないと多くの人が鼻であざ笑ふだらうが、近代的生活のあり方を止めることができないかといふことである。


しかし、丁寧に、礼儀正しく、しかし、情熱を持つて、考へ続ける人と人とが出会ひ、語り合ひ、「もつと大事なこと」を確かめ合ひ、創り出すことが、きつと、できる。


そんな2024年、令和六年にするべく、いまから、ひとりひとり、各々、何かを始めることができる。




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2023年11月28日

透き通つた明るさを勝ち取つてゆくこと



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参政党の内紛を観てゐて、あらためて分かつて来たことがある。


人の世は、つまるところ、政治では埒が明かない。いや、むしろ、近代政治は、人の世をとことん貶めるところまで貶めるだらう。


そして、近代政治が行はれ続けてゐるかぎり、世はますます混乱を来たし、破局が訪れるかもしれない。そして外なるものの支へが失はれるやうな惨状を呈するときが来るかもしれない。


しかし、それらやつて来るすべてには意味がある。


それは、さうなるからこそ、物質的なものへではなく、靈(ひ)・精神の方へと、初めて人の眼差しを向けさせ、こころに水平の次元ではなく、垂直の光の柱を樹てさせる。


さうなるからこそ、人の靈(ひ)・精神が、漸く目覚める。人は、そこからこそ、初めて、奮ひ立つ。


世に、外なる支へを求めることができなくなつて初めて、自分自身から世に光と熱を放つてゆかねばならないことを悟る。


それは、生き方の大転換だ。


人と人とが諍ひ、罵り合ひ、傷つけ合ひ、果ては殺し合つて、悲しいことだが、漸く、人はまことの観点に立つことができるのだらう。


争ひには、勝者と敗者が生まれるが、もしくは、どちらも、敗者となりうるが、とりわけ、敗者の内にこそ、偉大なる靈の目覚めが生まれうる。


人は、敗れて、心底打ちのめされて、初めて、気がつく。


だから、人生の中で、敗れ去ることを恐れてはいけない。


敗れても敗れても、何度でも立ち上がるのだ。


この世の力に敗れるからこそ、あの世の光をへりくだりつつ求める。そして、神なるものに我が身が通はれることを、心底、乞ひ求める。


神と共にあり、神と共に働きつつ、生きてゆくことを至上の喜びとするやうになる。


それは、靈(ひ)と共に生きることであり、この身がだんだんと靈(ひ)に浸され、通はれ、貫かれ、透き通つた明るさを勝ち取つてゆくことである。


神への無言の直観。 靈(ひ)の訪れ。 大地の底から立ち上がつて来る倫理の原液。


多くの人が叩く減らず口に惑はされず、そこに決して同調せず、我がこころの内こそを清浄に整へる。


そして、目の前のもの、人、すべてと、自分自身との間に流れてゐる透き通つたものを観る訓練をしていくこと。


この生き方を、我が国では「神(かむ)ながらの道」といつて来たし、パウロが告げ続けたキリストのこころざしを生きることでもある。



ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くくるとは 
在原朝臣業平 (百人一首17)







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2023年11月07日

世は美しい 〜国語教育のこれから〜



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秋深まりたる箕面山



何年も前になるのですが、「百人一首の歌をいまやつてるねん」と言ひながら、小学生の次女が、国語の教科書を持つてきました。


奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の
声聞く時ぞ秋は悲しき 
猿丸大夫


秋風にたなびく雲の絶え間より
もれ出づる月の影のさやけさ
左京大夫顕輔


嵐吹く三室の山のもみぢ葉は
龍田の川の錦なりけり
能因法師


鹿の鳴き声が悲しいといふこと。


雲からもれ出づる月の光をうち見るときの感覚を「さやけさ」といふことばで言ひ表すといふこと。


川面に落ちたたくさんのもみぢの葉の流れる様を「錦」と見立てること。


子どもにとつては、いまだ経験したことのない景色と感情かもしれません。


しかし、まづ、このやうに、日本人は、詩人によつて「選ばれたことば」で、世を観ることを習つてきたのです。


さうして、鳴く鹿の声は悲しく哀れだ、と感じてきたのです。


そのやうに詩に、歌に、ことばで誰かによつて言ひ表されてゐなければ、ただ、鹿が鳴いてゐるだけであり、ただ、月が出てゐるだけであり、ただ、川に葉っぱが流れてゐるだけとしか、人は感じられないはずです。


国語とは、価値観であり、世界観であり、人生観であり、歴史観です。


世は美しい。


その情を最も豊かに育むことができるのは、小学生のころ。


国語の風雅(みやび)を謳歌してゐる古い詩歌が、そんな教育を助けてくれます。


その時、その高い情は、決して先生や大人から押し付けられるのではなく、子どもひとりひとりの内側でおのづから生まれてくるのを待たれる情です。


しかし、その高い情を、大人がまづ真実、心底、感じてゐなければ話になりません。


そのやうな、子どものうちにことばの芸術を通して生まれてくる情を待つこと、それが国語教育です。決して、決まり切つた情、決めつけられた作者の意図などを教え込むことが国語教育ではありません。


作者の意図を汲み取らせることなど、特に小学校時代には意味がありません。知性で意図されたものなど、たかが知れてゐます。ことばといふものは、それを話す人、それを書く人にも、意識できないところを含んでゐて、その意識できないところに潜んでゐる豊かな世界を、それぞれひとりひとりの人が汲み上げて行く喜び。それこそが国語芸術の存在意義です。そのやうな含む所豊かな本物の文章しか、時代を超えて残りません。どんな小さな子にも本物を与えることが、大人に課せられてゐる課題です。


この世がどんな世であらうとも(いま!)、子どもたちのこころの根底に、「世は美しい」といふ情が脈々と流れ続けるやうに、わたしたちができることは何だらう。


そんなことを念ひます。







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2023年11月05日

ひとりの人に降りて来た神の意志 〜令和五年度 土舞台顕彰会 前田英樹氏講演「保田與重郎」〜



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奈良の桜井といふ場。


そこがどのやうな意味を持つ場であるか。


神々の神々しい足跡、先人の尊い足跡が、深く大地の底に鎮められているだけでなく、山や川の様相に今も残っている場、それが桜井であること。


そのことを親しみをもつて、かつ明らかに語つたのは、この桜井出身の昭和の文人、保田與重郎でありました。


この春、『保田與重郎の文学』を上梓された前田英樹氏は、この日の講演を次のやうなことばから切り出されました。


「保田與重郎こそは、その身に神が降りて来られ、神の意志のままに語り、動き、生きざるを得なかつた、歴史にまれに現れるひとりの文人である」と。


100年少し前の桜井といふ地にそのやうな人が出現したといふことも、奇(くす)しくも驚くべきことではないかと、前田氏は桜井市民に向かつて、真つ向から語るのでした。


この桜井といふ地で保田與重郎が一身を賭けて説かうとした、たいせつな精神を知りゆき、引き継ぎゆき、繰り出しゆく必要が令和のこの時代にどうしてもある。


19世紀後半、ドイツのヴァイマールに設立されたゲーテ・シラー文庫において、近代化に抗するまことのドイツ精神を守らうとしたルードルフ・シュタイナーをはじめとする人々の仕事のやうに、まことの日本精神を学び、守り、伝へゆき、さらには、芸術的、教育的な発展を生み出してゆくためのセンターを桜井に創ること。


その仕事をわたしは担ふのだといふ、念ひ。


前田氏のことばを聴きつつ、わたしはそのことを考へてゐたのでした。


また、前田氏によつて、保田の親しみに満ちた趣深いことばが紹介されました。


それは、日本といふ国を支へてゐるたいせつな何かを知り、その上で現代に生きてゐるわたしたちが何をなしてゆくことができるか。そのことについて、「相談を人々にもちかけたい」といふことばです。


相談を互いにもちかけあひ、談らひあふ。


そこからこそ、ひとり、また、ひとりの人のこころの深い内側に火(靈)が灯る。


こころの内に灯る靈(ひ)・精神の働きこそ、ひとりひとりの自主独立を求めるものはありません。


さうして、初めて、人と人とがまことの意味で力を合はせて働くことができる。


前田氏、そして桜井の土舞台顕彰会の方ともお話を交はすことができ、そんな想ひをさらに暖めることができた、わたしにとつては、かけがへのない一日で、また、桜井の保田與重郎の生家の前に立ち寄り、礼をして、大阪に帰つて来たのでした。


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2023年10月31日

もののあはれを知る人を育てる教育


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ほとんど雲ひとつない秋晴れで、穏やかなことこの上ない今朝、天王寺公園でひとときを過ごしていました。少しずつ秋も深まって来ました。


春、夏、冬は、「深まる」とは言わないのに、秋だけは「深まる」と言いますね。秋という季節の移りゆきと共に、ものを思うこころも深まって来るからでしょうか。


ものを思うこころの深まり。それは、こころの内なる空間が、濁りをだんだんと去って、澄んで来るがゆえにだと感じます。澄み切った秋の高い空のように、こころの内も透明度を増してゆくように感じるのですが、皆さんいかがでしょうか。


本居宣長の歌論『あしわけ小船』から『石上私淑言(いそのかみささめごと)』を続けて読んでいます。何度目かの再読ですが、本当に勉強になるなあ、と今朝もため息をついていました。


そう、この「ため息」。この「ため息」「嘆息」をつくときの人のこころのありようを表すことばをこそ、「あはれ」と言うのだと宣長は説いています。


♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾


阿波礼(あはれ)といふ言葉は、さまざま言ひ方は変はりたれども、その意(こころ)はみな同じ事にて、見る物、聞く事、なすわざにふれて、情(こころ)の深く感ずる事をいふなり。

俗にはただ悲哀をのみあはれと心得たれども、さにあらず。すべてうれしとも、おかしとも、たのしとも、かなしとも、恋しとも、情(こころ)に感ずる事はみな阿波礼(あはれ)なり。


♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾ ♾


「あはれ」とは、まさに、なににつれ、「あぁ・・・」と胸から、こころから、息が吐かれるときに湛えられている情のありようです。


その吐息には、どれほど、その人の嘘のない、まごころが籠められていることでしょう。また、籠もってしまうことでしょう。


息を吐いてみる。声に出してみる。ことばにしてみる。


そのように、人は、己れの内にあるものを外に出して、初めて我がこころを整えることができ、鎮めることができる。そうして、ようやく、自分自身に立ち戻ること、立ち返ることができる。


さらには、外に響くことばの調べをより美しく整えて行く。その吐息に乗って、整えられたことばづかい、それが和歌(うた)です。


不定形だったこころのありさまを、和歌(うた)として整えられた調べへと造形することによって、人は、「もののあはれを知る」ことができるのでした。それは、「己れを知る」ということへとおのずから繋がってゆき、さらには、「人というものを知る」ことへと、道を歩いて行くことができるのでした。


そして、宣長は、和歌(うた)とは「もののあはれを知る」ことにより生まれて来るものである、と説くのでした。そしてその和歌(うた)に習熟していくことによって、人はますます「もののあはれを知る」人になりゆくのだと。


本居宣長は、そのような、この国の歴史の底にしずしずと流れていることばの生命力を、ひとりひとりの人がみずから汲み上げることの大いなる価値を、その生涯の全仕事を通して謡い上げ、語り尽くしたのです。


わたしは、いまも、いや、これからますます、この「もののあはれを知りゆく」ことが、子どもから大人にいたるすべての人にとっての最もたいせつな教育目標であると考えています。


日本人が日本人であること、それは、「もののあはれを知る」人であるということではないでしょうか。


そのためには、国語教育、文学教育が、どれほど重きをなすことでしょう。


小学校へ上がる前は、たっぷりと、昔話やわらべ歌、美しい詩歌や和歌を全身で聴くことができるように、そばで大人が語り、詠ってあげる。


小学校へ上がってからは、子どもたち自身が全身で詠う和歌(うた)から授業を始めるのです。ことばの意味は措いておいてもいい。まずは、ことばの流れるような調べを、先生の声、自分自身の声の響き、震えを通して、全身で味わうところから。そうして、国語の授業だけでなく、色々な授業を通して、ゆっくり、だんだんと、自分自身のことばを整えてゆくことを学んで行く。


ことばを整えてゆくことによって、子どもたちは、自分自身のこころを整えてゆくことを学んで行くことができるのです。


こころとことばとが、ひとつに重なること。これは、本当にたいせつなことです。


なぜなら、人は、ことばによってこそ、ものを考え、「もののあはれ」を感じ、自分自身のこころを決めることをなしとげるからです。


吐かれる息づかいに、顔に表れる表情に、することなすことに、その人のこころのありようが写しだされます。


しかし、とりわけ、こころのありようは、すべて、ことばに表れます。選択されることばの趣きに、発せられることばの響きの後ろに、表れます。


小学校時代には、知識を詰め込むのでもなく、知識に取り組むのでもなく、外なる世に現に向き合っている自分のこころに豊かな情が育ってゆくことこそを、子どもたちは求めています。その情の育みのためには、こころとことばが美しく重なった言語生活が最もものを言うのです。


これまで、国語教育では、正しいことばづかいは教えられてきたのかもしれません。しかし、これからは、美しいことばづかいを学んでゆくことに、人としての教育の如何が懸かっています。


重ねて言いますが、その美しさは、表面的なものではなく、こころとことばがひとつに重なる美しさです。


和歌(うた)から学びを始めること。美しいハーモニー。調べをもったことばづかい。


宣長は、その日本人が古来たいせつにして来た精神の伝統を甦らせてくれた人なのです。





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2023年10月20日

恩寵の秋



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奈良県天理市にある崇神天皇陵から遥か東の二上山を眺める



内なるこころの育みに向けての実践の書である、ルードルフ・シュタイナーの『いかにして人が高い世を知るにいたるか』。


この書に、もう二年半ほどの間、毎週取り組み続けていただいてゐるオンラインクラスをさせてもらつてゐます。


秋も少しづつ深まつて来て、その秋といふ季節からのおのづからな働きを受けるやうに、わたしたちのクラスにも、ある稔りを感じるのです。


この季節になると、決まって思ひ出すことがありまして、それは、もう十数年前にわたしの師、鈴木一博さんが行つた秋の祝祭に関する講演の内容です。


そこでは、確か、松尾芭蕉と与謝蕪村の俳句が紹介されて、その句を精神の観点から注釈することで、秋といふ季節がわたしたちに何をもたらさうとしてゐるのかが見事に解き明かされたのでした。


秋深き隣は何をする人ぞ 芭蕉
 

江戸の元禄の頃の長屋の暮らしに限らなくてもいいと思ひますが、何も隣家の人の動静を伺つてゐるのではなく、まさに、人への深く熱い想ひから、「あなたは何をする人なのですか」「あなたは何をするべくこの世に生きてゐるのですか」といふ、滅多に他人に問ふことのない問ひを芭蕉はこころの奥底で響かせてゐる。


それは、隣人といふ隣人への問ひであり、つまりは、己れみづからへの問ひでせう。「あなたは何をする人ですか」。秋とは、そのやうな問ひを立てるべく、考へる力によつて意識が明るんで来る、そんな季節。


わたしたちのオンラインクラスにおいても、二年半といふ時の流れからも、おのづと熟して来たものがあり、それは成果を期することなく、ただ学び続けることの手応へ、そしてメンバー同士の互いへの信頼といつてもいいやうに思ふのです。そこから、この『いかにして人が高い世を知るにいたるか』の書においても、おのづからのごとく、「人のこころを観る、聴く」といふことに取り組む段に入つて来たのでした。


書の上で読むだけでなく、わたしたちのクラスの共に学び合ふ者ひとりひとりが、己れのこころがまこと求めてゐることをことばにしてみる、そのことばにしづかに周りの者は耳を澄ます、さうしますと、クラスのあと過ごす一週間、仲間が語つてくれた願ひや念ひが我がこころにずつと響き続けてゐるのをありありと感じるのです。


その一週間は、まさに、芭蕉の「秋深き隣は何をする人ぞ」といふ句が孕む精神に対するエコーのやうな調べをこころに揺曳させるかのやうな時の流れであり、語つてくれたその人その人の存在が、まさに「隣人」として親しく、深く、こころに響いてゐる。その調べを感じてゐる。そんな、人の現存を感じる時の流れです。その隣人は、物理的には遠くにありますが、心理的、精神的には、まさに我がこころの「となり」にゐてくれてゐます。


また、与謝蕪村の句にも、本当にしみじみと秋の精神に感じ入ることのできる注釈を鈴木さんはしてくれたのでした。


己が身の闇より吠えて夜半(よは)の秋 蕪村


我が身において、闇があること。それは、闇であるのにもかかはらず、その闇が闇として見えるといふこと。そして、闇が極まる夜中「夜半」、己が身の闇よりわたしは吠えざるをえないこと。泣かざるをえないこと。叫ばざるをえないこと。


そのありやうは、己れの身のうちに闇などないと思ひ込んでゐる者との間に、雲泥の精神の開きを感じないでせうか。己れの内なる悪に無自覚な者と自覚してゐる者とでは、また、単なる無知と、己れが無知であることを知つてゐる無知とでは、生き方においてどれほどの違ひが生まれて来ることでせう。


そして、秋といふ季節は、己が身の闇を闇として捉える光が差し込むときだといふこと。何も見えてゐないといふことが見えて来た。何も分かつてゐないといふことが分かつて来た。そのこころのあり方にこそ、光が訪れて来ないだらううか。


そんな精神からの光が訪れ、我が胸がときめき始める。そこには、希みが兆し、生きてゆく勇気が湧き上がつて来はしないだらうか。こんな自分にも、ここに生かされてあることへの感謝と、〈わたしがある〉ことへの信頼がいただけないだらうか。


その勇気、感謝、信頼は、持たうと思つて持てるものではなく、隣人と己れみづからへの親しみからの、愛からの、考へる働きによつてこそ、おのづから我がこころに訪れる恩寵です。


己が身の闇をまつかうから認め、意識することによつて、その闇から正直に、素直に、語ること、歌ふこと、泣くこと、吠えることによつて、そして、その声を誰かに聴いてもらふことによつて、また、たとへ誰もゐなくとも自分自身で聴くことによつて、恩寵がこころに訪れる。


そんな秋です。













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2023年10月06日

神話を見いだす



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若き日のミヒャエル・エンデ



暮らしと芸術が、深いところで通い合っていた時代があった。


その通い合いが、暮らしと芸術の互いを生命力で満たしていた時代があった。


連綿と続く、そういう営み、育みがあるということが、文化に型があるということなのではないか。


文化の型が失われ、いや、文化そのものが失われ始めて、どれほどの年月が経ったのか。


わたしは、文化ということばを、物語と言い替えてもいいかもしれないと思っている。


物語が、わたしたちから失われてしまった。物語るとは、ものを語ることであり、ものとは、そもそも、見えないもの、聴こえないもの、さわれないもののことを指す。


物語りとは、人のこころ、夢、内なる秘め事、表沙汰にはならない隠されていたこと、そして通常の感覚を超えた英知を語ることであり、果ては、神のことを語ることを指す。


だから、物語は、そもそも神話だ。神話とは、神自身が語られたことばをそのまま人が語り継ぐことから始まり(古事記)、神に触れ、神に通われるような、驚くべき、畏るべき経験を語ることであった。


文化に型があった時には、物語の共有、神話の共有がなされていた。


わたしたちは、共有する物語を失い、神話を失い、文化の型を失い、文化そのものさえも失ってしまっている。人と人とをむすぶエレメントを失ってしまっている。


だから、いま、人は、自分自身の神話を見出すしかない。芸術を真摯に生きようとする人は、とりわけそうだ。


ひとりひとりが孤独に夢を織り続け、その孤独の中に、自分ひとりだけの神話を見いだし、聴きとること。そして見いだしたもの、聴きとったものを、下手でもなんでもいいので、外に表し続ける。


そのような神話の個人的な表出の仕方が、いったい何にむすびつくのだろう。


自分自身の足元を掘って掘って掘り進むことによって、見たこともない岩盤にたどり着くかもしれない。その岩盤はとても古く、そしてとても新しい。その岩盤が語りだす物語は、新しい共有性を持つ可能性はないだろうか。


芸術を通して、人と語り合う今日この頃。




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2023年10月05日

新しい祭りづくりを目指して



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京都府南丹市園部の山間の小さな村。齋藤 健司さんと豊泉 未来子さんのゐる青い森自然農園。そこで、ほんの少しだけれども、稲刈りのお手伝ひをさせていただく。


古い農家の中で質実な暮らしをされてゐるおふたりのすがたとこころのひろやかなありやうに、連れて行つたふたりの娘も深く深くこころに何かを受け取つてゐるやうで、大阪の家に帰つて来てから、ひたすら青い森自然農園のおふたりのことを喋つてゐる。


おふたりは、本当に、静かである。


こころが、静かである。


おふたりも、きつと、人生の旅をし続けてをられることと思ふのだが、その静かさが、優しさとなつて、客人を包む。


娘たちは、その静かさ、その優しさが、帰ってきた後も、こころにしづしづと流れて続けてゐるのを感じてゐるのかもしれない。


わたし自身も、そこへ足を運ばせてもらふたびに実感することがあつて、それは、彼らおふたりを通して、日本といふ国の生命がいまだ滔々とみづみづしく流れてゐる、その瀬音を聴かせていただいている感覚である。


米づくりといふ営み。


その収穫の時である、秋。


すべて手で稲を刈り、刈り取つた稲をはざに掛けること。


秋ならではのこの営みを日本人は、何百年、何千年、し続けてきたことだらう。


そこには、機械労働では決して得られない、天と人と地とを繋いで流れてゐる神々の生命に触れる感覚があり、この何百年、何千年間の日本の農を生きた方々との繋がりを持てたやうな喜びを感じさせてもらへてゐるのは確かなのだ。


そして、この収穫した米を炊き、餅に搗き、酒に醸し、神に捧げつつ、その新しき収穫を感謝をもつて神と共にいただく。それが、我が国古来の祭り。そのように神々と語り合ひ、飲み合ひ、祝ひ合ふ、新嘗祭(にひなめのまつり)が、我が国では毎年、旧暦の十一月の末に行はれてゐたし、新暦になつてしまつてゐるがいまも行はれてゐる。その祭りといふ行ひそのものが、そもそも、神々と通じ合ふ、たいせつな営みであつた。


そのやうに、神々の生命に触れることで、人は、甦る。


疲れてゐる人、病んでゐる人も、いのちの甦り、こころの甦りをいただく。


無意識に毎年繰り返される経済の営みとしての農といふあり方を突き抜けて、天と人と地を繋ぐものとしての米づくりといふ意識を積極的に持ち、その勝ち取られた意識から新しく祭りを創つてゆくことが、育ちゆく子どもや若者、そしてすべての大人たちにとつて、どれほど必要なことだらう。


何はともあれ、わたくしごころを排して、いつも、わたしたちを迎へて下さる、おふたりから、そんな祭りの新しい創造へ向かつての基本的な人としてのあり方を学ばせてもらつてゐる。


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2023年09月28日

草薙劍(くさなぎのつるぎ)


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安田靫彦「草薙剣」



秋、それは意識の目覺めが訪れていいときです。


夏の暑さ、光、色彩の輝き、さういつたものが鎭まつてゆき、風の音に、蟲の音に、靜かさに、耳を澄ますことのできる季節の到來です。


その靜かさこそが、内なる〈わたし〉の目覺めへと導いてくれます。


秋、それは宇宙から鉄が地球へと、人のからだの内へと、降り注ぐ季節であることを、シュタイナーは語つてゐます。


からだの内を流れる血に鉄が注ぎ込まれる季節、秋。


その鉄は、わたしたちに、みづからに目覺める力、こころを決める力、意志の強さを與へようとしてゐます。


我が國の神話では、建速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)が八岐大蛇(やまたのをろち)といふ大蛇を成敗した後、その大蛇の尾から取り出したのが、草薙劍(くさなぎのつるぎ)だと語られてゐます。


その劍は、人をあやめるためのものではなく、草を薙ぐためのもの。


こころに生ひ茂る、弱氣、怠惰、虚僞、執念、情欲など、樣々な邪念や惡しき想念、不健康な情を一刀のもとに斷ち切つて、こころの草原を見晴らしの良いものにし、一筋の歩みゆく道を見いださせてくれるもの、それが、すべての人のこころに鎭まつてゐる「草薙劍」です。


それは、ひとりひとりの人が、みづから手に握ろうとすればこそ、その働きをなす、精神からの鉄の劍です。


自分自身のこころに精神の鉄の劍、草薙劍をもち、自分自身が歩いて行く道を見いだし、そして、一歩一歩、自分の歩幅で歩き始める、そんな秋(とき)が訪れてゐます。


わたしたちすべての人に、その劍は與へられてあります。





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2023年09月08日

国を守る根底の仕事



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鎌倉の妙本寺境内にある「萬葉集研究遺跡」の石碑



鎌倉時代、隣国の元からの軍事的襲来の間際、鎌倉の地において、仙覚(せんがく)といふ僧侶は、萬葉集の注釈を施してゐた。


そして、同じころ、日蓮は、法華改宗を宣伝し、来たる国難を叫んでゐた。


このふたりは、ともに、この国を根底から守らうとした人である。


前者の仙覚は、漢字ばかりの萬葉仮名で書かれてゐる萬葉集の和歌を後代の日本人に親しく傳へてゆくために、古い日本語の調べ(訓み方)をなんとか汲み上げる仕事をなしとげた人。


国語を守つた人である。


国のことばを守るといふことがどれほど大切なことか、たいていの人は気づいてゐない。


元といふ大国が日本に侵略して来ようとしてゐる、そのとき、防人たちが日本中から九州北部に集結し、実際に闘い抜いてくれた。


しかし、国語や日本人のこころを守るといふ精神の仕事を仙覚や日蓮は担ったのだ。


この、国を支える根底の仕事である、こころとことばを守り、育てゆくこと。


これこそが、教育の一番の基である。


そして、国防の最も基となるものである。


一国一国が自主独立できてゐるとき、そこに住む人たち、ひとりひとりは、自由を、自主独立を生きることができる。


国難に先駆けて、平時の時から、このことを意識して教育を作り上げてゐることが、わたしには大切なことのやうに思へてならない。


先代の方々の仕事の内、かういつた精神の仕事は、見逃されやすいことではないだらうか。





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2023年07月28日

地下の水脈

 

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先日、生徒さんと話しをしてゐて、男性性と女性性の話になつたのです。


女性性のことはともかくも、自分は男性であるので、つい自分に引きつけて、「男性は遠くを見晴るかしながら、先のことを、先のことを、考へてゐるやうに思ふ」と話したのでした。


つまり、何かを目指して、目的をもつて、毎日仕事をしていくのが、男性性では、と云ふ思ひでした。


しかし、その後、よくよく、考へ直してみると、何かの目的をもつて仕事をすると云ふのは、表層のことで、こころのより深みでは、「生きるために仕事をしてゐる」と云ふのが本當のところだなと氣づくのでした。


それは、「生きて行くためにはお金が必要でそのために仕事をする」と云ふ意味ではなく、仕事してゐなくては生きてゐる心地がしないと云ふ感覺に近い。


自分の場合は、人樣に言語造形とアントロポゾフィーからの人間學を傳へると云ふことの他、言語造形の稽古と作品創り、そして讀書が仕事なのだが、いづれも、手足を使つて汗を流しながらしてゐる。


手足を使つて仕事をしてゐなければ、生きてゐると云ふ心地がしない。


だから、生きて行くために、毎日、仕事をしてゐる。


さう云ふ仕事をしたいから、さう云ふ仕事をしてゐる。


若し、仕事をしてゐなければ、どんな餘計なことを考へ、どんな餘計なことにいらつき、どんな餘計なことをしでかしてしまふか分からない。


そんな感覺です。


しかし、しかし、更に考へてみると、何かをする、しないにかかはらず、時間が充實してゐると云ふこと。


さう云ふときこそ、人が人として生きてゐると云ふときであり、わたしが<わたし>としてあると云ふことぢやないか。


さう云ふときを生きるためには、こころの内に何かが育ちつつあること、しずかさの内に何かが根附き始めてゐること。


さうして、つまるところ、何をしてゐてもいいし、何もしてゐなくてもいい、と云ふ<わたし>がここにあると云ふ情。


それは、考へと云ふよりも、情。


だから、その情がこころに根附くには、練習の積み重ねが要る。長いときがかかる。


そして、その情が導き手となつて、仕事をして行く。


シュタイナーの『いかにして人が高い世を知るにいたるか』の中に、こんなことばがあります。


「闇から光を目指してみづからと渉(わた)りあふことをやりぬかうとする人」


道は果てしなく續きます。




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地下の水脈

 

IMGP0047.JPG



先日、生徒さんと話しをしてゐて、男性性と女性性の話になつたのです。


女性性のことはともかくも、自分は男性であるので、つい自分に引きつけて、「男性は遠くを見晴るかしながら、先のことを、先のことを、考へてゐるやうに思ふ」と話したのでした。


つまり、何かを目指して、目的をもつて、毎日仕事をしていくのが、男性性では、と云ふ思ひでした。


しかし、その後、よくよく、考へ直してみると、何かの目的をもつて仕事をすると云ふのは、表層のことで、こころのより深みでは、「生きるために仕事をしてゐる」と云ふのが本當のところだなと氣づくのでした。


それは、「生きて行くためにはお金が必要でそのために仕事をする」と云ふ意味ではなく、仕事してゐなくては生きてゐる心地がしないと云ふ感覺に近い。


自分の場合は、人樣に言語造形とアントロポゾフィーからの人間學を傳へると云ふことの他、言語造形の稽古と作品創り、そして讀書が仕事なのだが、いづれも、手足を使つて汗を流しながらしてゐる。


手足を使つて仕事をしてゐなければ、生きてゐると云ふ心地がしない。


だから、生きて行くために、毎日、仕事をしてゐる。


さう云ふ仕事をしたいから、さう云ふ仕事をしてゐる。


若し、仕事をしてゐなければ、どんな餘計なことを考へ、どんな餘計なことにいらつき、どんな餘計なことをしでかしてしまふか分からない。


そんな感覺です。


しかし、しかし、更に考へてみると、何かをする、しないにかかはらず、時間が充實してゐると云ふこと。


さう云ふときこそ、人が人として生きてゐると云ふときであり、わたしが<わたし>としてあると云ふことぢやないか。


さう云ふときを生きるためには、こころの内に何かが育ちつつあること、しずかさの内に何かが根附き始めてゐること。


さうして、つまるところ、何をしてゐてもいいし、何もしてゐなくてもいい、と云ふ<わたし>がここにあると云ふ情。


それは、考へと云ふよりも、情。


だから、その情がこころに根附くには、練習の積み重ねが要る。長いときがかかる。


そして、その情が導き手となつて、仕事をして行く。


シュタイナーの『いかにして人が高い世を知るにいたるか』の中に、こんなことばがあります。


「闇から光を目指してみづからと渉(わた)りあふことをやりぬかうとする人」


道は果てしなく續きます。




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