2019年09月09日

人は必ず育つ、といふことを考へる

 
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なぜだかとても疲れた時などには、いろんな疲労回復法があるのだらうけれども、自分はよくシュタイナーの『自由を考える』を読む。
 
そして、そこに書かれてある文に沿つて、考へることによつて、自分自身の偏つてゐるこころを立て直すことができ、救はれることがよくある。
 
第5章の「世を知る」を読むと、そこにこんなことが書いてある。
 
 
___________________
 
 
いま、わたしが、蕾をつけた薔薇の枝をもつてゐるとすれば、きつと、その枝を水に活けるだらう。
 
なぜか。
 
薔薇の蕾は、薔薇の花となるからだ。
 
薔薇が蕾の状態であることも、薔薇であることのひとつのプロセスだし、花開いてゐる状態も、薔薇であることのひとつのプロセスだ。
 
しかし、プロセスの中のそのときそのときの面持ちを見るだけでは、これこそが薔薇だ、といふことは、やはり、できないし、水に活けて花開かせるといふ想ひにも至り得ない。
 
考へることで、プロセスといふものを捉へるからこそ、薔薇の枝を水に活ける。
 
その薔薇が、「なる」といふこと、「育つ」といふこと、「成長する」といふことを、考へるからこそ、わたしは薔薇の蕾がついた枝を水に活け、その薔薇が薔薇としての美しさを十全に出し切るのを待つ。
 
見てゐるだけで、考へなければ、きつと、水に活けはしないだらうし、薔薇が薔薇であることも分からないままだらう。
 
 
___________________
 
 
 
わたしが、「薔薇は育つ」といふプロセスを考へずに、水に活けてもてなさなければ、薔薇の蕾は枯れてしまい、その美しさを見せてくれはしない。
 
きつと、人であるこのわたしも、薔薇と同じだらう。
 
薔薇が育つやうに、わたしといふ人も必ず育つ。
 
そこで、このわたしといふ人に与へるべき水とは、何だらう。

この考へに立ち戻るのだ。
 
  
 

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2019年09月06日

前夜の準備

 
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仕事をする上でわたしが大切にしてゐることのひとつに、前日の晩、眠る前に、次の日に会ふおひとりおひとりのお顔、姿、声、表情などを親しく想ひ浮かべるといふことがあります。
 
さらに、そのおひとりおひとりの後ろにをられる、目には見えない存在の方々と共にわたしが仕事をすることができるやう、祈ります。
 
ちょつと、ぎょつと思はれるかもしれませんが、そのやうな精神の世の方々との共同作業こそが、次の日の仕事のありやうに大きく影響します。
 
精神の世の方々は、いまのところ、わたしの肉の目には見えませんが、こころに考へることはできる。
 
そのやうに、考へる働きは、精神の世への架け橋になること、そして、そのやうに、精神の世と繋がることによつて、わたしは物理の世で健やかに仕事をし続けることができてきたこと、それらを念ひます。
 

 
また、メルヘンや昔話を、夜寝る前に味はふことがとてもいいやうに思ひます。
 
その行為によつて、お話しの中に息づいてゐる精神の世の方々との協働が翌日生まれます。
 
例へば、グリムメルヘンの『ルンペルシュティルツヘン』といふお話など、内容も、そのやうな精神の世の方々との協働を描いてゐます。
 
小人のルンペルシュティルツヘンは、夜の間に藁(わら)を紡いで金にすることができ、それによつてお姫様を牢屋から救ひ出す。
 
わたしもそのメルヘンを夜眠る前に味はふことで、わたしの内なる藁(粗いこころ)が眠りの中で、金(輝くこころ)に変はる感覚。
 
考へる働きは、夜眠つてゐるあいだも、密かに続いてゐるのです。
 
夜眠る前に、どのやうな考へを抱いたかが、眠りの時間と、翌朝の目覚めの質へと、そしてさらに、翌日の仕事へと密かに働きかけるのです。
 
だからこそ、願ひではなく、そんな実感と確信をもつての前夜の準備です。
 

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2019年09月04日

星のお宮と感官と我が名前

 
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十二の感官の育みと十二の黄道上にある星の宮との関はり。
 
先日の講座『シュタイナー教育と自己教育』で述べさせてもらつたことなのですが、講義をしたわたし自身、あの日以降も、様々な想ひがこころの内に揺曳してゐるやうです。
 
昨日、こころの内に漂つてきたのは、我が家族ひとりひとりの生まれた月日の星座と名前についてです。
 
次女のかさねは、おうし座生まれ。おうし座は、他者の考へを感覚する「考への感官」の育みに力を贈り続けてゐる星のお宮です。彼女は十一歳ですが、学校での学びでも、日々の暮らしの中でも、家族中で一番際立つた「思考家」です。考へを「かさねて、かさねて、かさねながら」日々成長してゐるのを強く感じます。わたしが彼女の名前を「かさね」とつけたのは、松尾芭蕉の『奥の細道』にその名の少女が出てきて、「かさねとは八重撫子の名なるべし」といふ句に魅了されたからなのですが、まさしく、こころの細道を辿りゆく芭蕉は、北へ北へと、那須から陸奥へと旅を進めて行つたのでした。それは、また、考へを重ねて行くことで行き着くこころの北方を目指してもゐたのでした。
 
長女の夏木は、かに座生まれ。かに座は、響きに耳を澄ます「聴く感官」の育みに力を贈り続けてゐる星のお宮です。いまは十四歳で、やはり吹奏楽部に所属し、休むことのない音楽漬けの毎日です。聴くといふ営みは、物理的な空気の振動を精神的な調べに変換させることでなりたつてゐること、アントロポゾフィーから学ぶことができることの内の驚きのひとつです。7月半ば、くすのきの大樹に蝉が鳴きしきる夏の最中に生まれて来た長女。直感的に「夏木」と名付けました。同じく、芭蕉で有名な句「閑かさや岩にしみいる蝉のこゑ」がありますが、芭蕉は、蝉の声と共に、閑かさといふ沈黙の調べに耳を澄ましてをりました。物理の次元と精神の次元とを重ねつつの句であります。長女も、きつと、物理の次元と精神の次元とを結びつけるやうな人へとなりゆくであらうこと、我が子ながら、その独特のセンスにどこか感じるところがあります。
 
妻の千晴は、ふたご座生まれ。ふたご座は、何らかの響きや音声とは全く別に、ことばをことばとして受け取る感官「ことばの感官」の育みに力を贈り続けてゐる星のお宮です。双子のやうに、ふたつの腕のやうに、自由に動き、自由に遊ぶ、そんなときこそ、こころが羽ばたき、ことばが息づく。まさに、そんな人です(笑)。その双子といふことばに象徴されるふたりの幼な子の間には、遊びを通してこそ、自由と美が生まれます。それが、そもそも、本来的な「ことば」です。彼女は言語造形に生きてゐます。「千晴」といふ名も、とこしへの晴天を指してゐるのでせうか。ゲーテが、たしかこのやうなことをどこかに書いてゐました。「人と人とが語りあふこと、それは、光よりもすこやかさをもたらすものだ」。すこやかさと晴れやかさ。晴れ渡る大きな空を吹き過ぎる千の風です。
 
わたくしこと耕志は、いて座生まれ。いて座は、自分自身のからだが動いてゐることを内側から感覚する「動きの感官」を育む力を贈り続けてゐる星のお宮です。志(こころざし)を耕すといふ名を父がつけてくれたのですが、こころが指す方向に向かつて動いて行く、その力はいて座から、そして名前から頂いてゐるのかもしれないと思つてゐます。また、子ども時代に体を目一杯動かしながら遊べば遊ぶほど、ことばを活き活きと話すことができる、そんな関連に、我が子ども時代の環境をありがたく思ふのです。
 
昨日、妻といろいろなことをカフェで語らつたあと、空を見上げると、虹が懸つてゐました。
 
わたしにとつては、自分自身の存在の根底を洗つてくれるやうな会話をしたあとだつただけに、この虹が応援の言葉を語りかけてくれてゐるやうに感じられてなりませんでした。
 
長文、読んで下さつた方、どうもありがたうございます😇
 

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2019年08月12日

日本の家庭 (三・完) 〜父の姿〜


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この連載の第一回目に、大東亜戦争の敗戦以前の、日本の家庭観、父親像について考へてみたいと書きました。
 
それは、さういふ家庭観、父親像に、わたし自身が人間といふ存在の美しさを感じるからなのです。
 
わたし自身、昭和三十九年(1964年)と云ふ、高度経済成長期の真つ只中に生まれたのにも関はらず、自分の父親からそこはかとなくそのやうな像を感じてゐたからかもしれません。
 

文芸評論家の保田與重郎は、昭和十九年に書いた『日本の家庭』といふ文章の中で、国を支えてきた古き日本の父の姿を書き記してゐます。
 
昭和十九年に保田がさういふ姿を書き留めようとしたといふことは、戦後にいきなり古き日本の父性が失はれたのではなく、戦中、戦前においてもすでにその喪失が感じられていたといふことでせうし、さらに遡つて明治維新から始まつた文明開化の風潮の中で、それらの古い日本の変容、解体が不可避の事として始まつてゐたのです。
 
 
 
仁義礼智忠信孝悌といつた徳目や神仏への信仰を、道徳といふ形で荷つてゐたのは、昔の日本の父親でした。
 
父は先祖祭りを儀式として荷ひ、母は祭りの団居(まどゐ)に従事してゐました。
 
昔の日本の父は、現世的な権力や威力によつて、子弟たちを教育しようとすることは決してなく、常に神棚と仏壇の前からものを言ひました。祖先の霊から始まる、幾世もの先つ祖(おや)の、更におほもとである神々を厳重に信奉しました。
 
汝も日本人ではないのか。
 
祖先の霊をどう思つてゐるのか。
 
そのやうな数少ないことばと、位牌をもつて、家の道徳、国の道徳を、守つてゐました。それは決して、理屈や教義によつて説かれたのではありませんでした。
 
日本の父のそのやうな無口が、日本の支柱でした。
 
そして長男は、父からの神聖な根拠に立つ威厳を具へるやうな、家を精神的に継いでいく存在として教育されてゐました。
 
次男、三男は、きつと家庭によりますが、軍人として、官吏として、商人として、願はくば国の恩、世の中の恩に仕へ奉ろうなどと考へられてをりました。
 
しかし、明治の文明開化の代から始まるわたしたちの歴史は、そのやうな父の意志、意力を、だんだんと無口な悲しさへと追ひこんで行つたことを教へてくれます。
 
異国風の新しい教育学や思想に対面せざるを得なくなり、以前よりいつさう無口になつて己れの信ずる祖先の霊と共に悲しんでをりました。
 
この辺りのことは、島崎藤村の『夜明け前』を読むと、静かにしみじみと、その悲しみが伝はつてきます。
 
日本の家庭における教育環境を司り、教養階級そのものであつた父が、父たる伝統を失つた、その時から、この連載の第二回で述べた炉辺の母の物語も失はれていきました。
 
そして、やがて、日本の家庭が決定的に崩されはじめたのは、大東亜戦争の敗戦によつて敷かれたGHQによる占領政策以来のことです。
 
新しい教育学、保育学、教養論が、ますます人のこころを染めていきました。
 
そして、わたしたちは日本人であることを何か劣つた、恥づかしいこととして、云々するやうになりました。自分自身への信頼をだんだんと失つていきました。
 
 
 
しかし、決して理論闘争を試みず、神仏や先祖と繋がれて生きてゐる己れのありかたを深く信じてゐた日本の父の姿は、完全に失はれたのでせうか。
 
家の儀式祭祀を司り、そこからおのづと家の道徳、躾、たしなみを、ことばを越えたところで子孫に伝へていく父の道は、果たして消え去つてしまつたのでせうか。
  
 
 
わたし自身、そのやうな昔の父の姿、風貌を新しく見いだし、自分自身の中で新しく育て、新しく次世代へ守り伝へていかうと考へてゐます。
 
そのために何ができるだらうか。
 
そのことを考へる毎日なのです。



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2019年08月11日

日本の家庭 (二) 〜霊異なる巫女(みこ)性〜

 
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昔の日本の家庭の中における父親像を見る前に、まづは母親像、女性といふもののありやうを見てみたいと思ひました。
 
女性性といふものと男性性といふものとの関はりが、とても内密で相互交流的なものだからです。
 
女性のしてゐたことのひとつは、夜ごと炉辺(ろばた)で、昔噺を語ることでした。
 
その昔噺とは、輸入物の寓話や譬喩ではなく、家の物語であり、村の物語であり、また国の歴史に繋がる物語でした。
 
それは、素朴なかたちの「神がたり」でした。
 
その語りは、インタヴューできない対象について語るのであつて、人智で測りきれないものを物語るのでした。
 
わたし個人の想ひ出ですが、祖母が同じ噺を繰り返し繰り返し布団の中で、幼いわたしをあやしながら語つてくれました。
 
その噺は、家のお墓にまつはる実話で、何度聴いても、身の震へを抑へられないほどの怖い噺だつたのにもかかはらず、わたしは幾度も祖母にその話をしてとせがんだものでした。
 
祖母は、その噺が真実であることを固く信じてゐました。
 
それは彼女の暮らしの底に生きてゐる人生観からのものだとわたしは幼いながらも感じてゐました。
 
わたしたちの人生は、すべからく、神仏が見守り導いて下つてゐるとの信でした。
 
その信仰のあり方は、祖父が持つてゐた観念的なものよりも、より親身なものであり、霊感的なもののやうでした。
 
民族学者である柳田国男の『妹(いも)の力』を読んでみますと、そこには、古来から女性のもつてゐる霊異な力について描かれてをり、その力が実に家の運命をも左右するものであることを、体感・痛感せざるをえなかつたため、いかに家の男性がその「妹の力」を畏れてゐたかが描かれてゐます。
 
ある場所や、ある期間において、女性を忌む風習も、実はその霊異の力をもつともよく知る男性が、それを敬して遠ざけてゐたことから生まれてきたのだといふことが分かります。
 
祭祀や祈祷の宗教上の行為は、ことごとく婦人の管轄であつたこと。
 
巫(みこ)は、我が国に於ては原則として女性であつたこと。
 
昔は、家々の婦女は必ず神に仕へ、その中のもつともさかしき者がもつとも優れた巫女(みこ)であつたこと。
 
なぜこの任務が女性に適すると考へられたのか。それはその感動しやすい習性をもつて、何かことあるごとに異常心理の作用を示し、不思議を語り得た点にあるといふこと。
 
女性は、男性には欠けがちな精緻な感受性をもつてゐること。
 
その理法を省み、察して、更に彼女たちの愛情から来る助言を、周りがいま一度真摯に受け取らうとするなら、その仕合はせは、ただ一個の小さな家庭を恵むにとどまらないであらうといふこと。
 
 
このやうな妹の力が、炉辺の女性による物語りとして、神がたりとして、わたしたちの昔の暮らしの内々に息づいてゐました。
 
しかし、明治の文明開化の風潮の中で、この炉辺の妹の物語り、母の物語りも失はれてきたのです。
 
それは、日本の父が荷つてゐた道徳の文化、教養のしきたり、敬ひの精神がだんだんと失はれていくにつれてのことでした。
 
そして、それらが決定的に喪はれてしまつたのは、先の大戦以降です。



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日本の家庭 (一) 〜我が国固有の文化としての〜


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我が家の長女も十四歳。七年期を二つ通り抜けて、所謂「難しいお年頃」も、はや過ぎ、もうひとつ別の次第に入つてきました。
 
親子の間、家庭の中に、日々いろいろなことが起こりますが、いま、とりわけ、かう感じてゐます。
 
生まれてから十四年間、彼女は父と母のことをとてつもなく大きな愛と無条件の信頼で見守つてくれ、なによりすべてを許してくれました。
 
これからの七年間は、こころの自立に向かつてゐる彼女を、わたしたち夫婦が、からだもこころもべつたりだつた時のやうな愛ではなく、より精神的な愛と信頼をもつて見守り、その自立を促し、世間へと送り出していく時期なのだなあ・・と。
 
さう感じてゐる今日この頃、自分は男であり、娘との向かひ合ひにも必然的に意識的にならざるをえません。そこで、改めて、「父親」といふ役割について考へることが最近増えてきました。
 
わたしは、このご時世の中、いろいろなものが入り混じつてゐて、ここ日本が東洋なのか西洋なのか、判然としないありさまに生きてゐます。
 
世の中には様々な価値観があり、また時の移り行きの中で、その時代その時代特有の価値観もあると思ふのですが、わたしはひとりの日本人として、何か確かなもの、美しいと感じられるもの、地に足の着いた土着のもの、つまり我が国固有の文化を求める気持ちの高まりを強く感じてゐます。
 
そこで、先の大東亜戦争の敗戦以前の、日本の家庭観、日本の父親像と云ふやうなものを調べ、考へてゐます。
 
戦後のあまりにも偏向した左翼的な教育思想から、できるかぎり自由になりたいと考へてゐます。
 
シュタイナー教育などを学んでゐるわたし自身、決して、我が国ならではのこの家庭観を忘れず、守り続け、この文化の礎の上に立ちながら、新しくて古い「人間教育」を追ひ求め、実践していきたいと希つてゐます。

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2019年08月06日

生死の向かうをみた八月六日から十五日にかけて


四年前の今日、下記の記事に書いたやうに、たしかに、わたしは戦後七十年を境にして、随分内側が変はつた。
 
自分自身の表層意識では意図してゐなかつたことが、自分の内側で進行し出した感がある。
 
さうすると、それまでは、もつともらしく聞こえてゐた事柄の、本質的な「ごまかし」「おためごかし」「ダブルスタンダード」のありやうが、はつきりと見えてきた。
 
まづ、自分の中の何が変はつたかと言つて、それまでの「権力者は悪、政治家は信用ならない、金持ちは貧しい者から富を搾取してゐる、自分たちは弱者で、様々な所で虐げられてゐる」といふやうな被害者根性から抜け出せたことである。
 
その病的な根性は、こざかしさとひとつになつて、思つてもゐないほど深く、わたしに染みついてしまつてゐた。
 

 
 
 

『七十年前の八月六日から十五日にかけて』
 
 
その九日間、わたしたち日本人は何を感じ、考へ、欲して、生きてゐたのだらう。
 
広島に世界最初の原子爆弾がアメリカによつて落とされ、その三日後に長崎にも投下され、その惨状を知りゆきつつ、B29が自分の住んでゐる地の上を飛来してくる音を聴くとき、わたしたち日本人は何を観念したのだらう。
 
それまでの戦争による極度の緊張状態から、さらにひとつもふたつも、奥を観たのではないだらうか。
 
一億の日本人全員が、死刑台の上に上らされてゐるやうな状態の中で・・・。
 
そんなときを、わたしたち日本人は確かに生きたのではないだらうか。
 
たかだか七十年前なのである。
 
 
 
わたしはこの夏、なぜか、二重のこころの生を生きてゐるやうに感じてゐる。
 
夏の陽射しと共に、子どもたちと共に、喜びと共に、毎日を精一杯生きる。
 
そして、それと同時に、七十年前の人たち、とりわけ、戦争によつて亡くなつていつた方々と共に、密かに毎日を生きてゐる感じなのだ。
 
その方々は、どうも、現代のわたしたちとはものの考へ方、感じ方において、随分違つてゐた。
 
彼らの感じてゐたこと、考へてゐたこと、欲してゐたことが、現代人であるわたしたちには分かりにくい、理解しにくいものであつたらしいことを知るにつれて、わたしは生きること、命を持ち、育み、讃えることについて、これまでの戦後社会の中で当たり前のやうに思つてゐたわたしなりの考へ方、感じ方の枠を拡げさせられ、壊されるやうな夏である。
 
七十年といふ月日は、何か特別な働きをわたしに運んでくれてゐるのだらうか。
 
当時の人々のこころのありやうを忖度するのではなく、そのありやうに沿ふことが、これほど困難になつてゐることに、わたしは驚きと共に悲しみを味ははざるをえない。
 
戦後七十年の間に何が日本人の精神のなかに進行したのか。
 
そして、その敗戦後とそれまでの敗戦前の日本のあり方との結節点ともいへる一九四五年八月十五日に、日本人の精神に何が起こつたのか。
 
そのことへの認識を深めることから始めて、わたしはこれからの生を強く明るく照らし続けていきたい。


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2019年08月02日

真夏の海辺の禊ぎ 片男波の浜


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和歌の浦の玉津島神社のすぐそばにある片男波の浜。
 
とても美しい浜でした。
 
暑い真夏の太陽の下、穏やかな波の揺れにたゆたふひととき。
 
いろいろな想ひ出が甦ります。
 
海といふ海は精神の海と繋がつてゐて、その精神の海には、人といふ人の太古からの想ひ出が波打つてゐます。
 
その精神の海のみなそこに竜宮があります。
 
想ひ出の宮こそ、竜宮です。
 
わたしたちは、そのみづぎわで、禊ぎさへも、させてもらへるのです。
 
こころとからだの禊ぎです。

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2019年07月28日

生きてゐる心地

  
今日、生徒さんと話しをしてゐて、男性性と女性性の話になつた。
 
女性性のことはともかくも、自分は男性であるので、つい自分に引きつけて、「男性は遠くを見晴るかしながら、先のことを、先のことを、考へてゐるやうに思ふ」と話した。
 
つまり、何かを目指して、目的をもつて、毎日仕事をしていくのが、男性性では、といふ思ひだつた。
 
しかし、その後、よくよく、考へ直してみると、何かの目的をもつて仕事をするといふのは、表層のことで、こころのより深みでは、「生きるために仕事をしてゐる」といふのが本当のところだなと気づく。
 
それは、「生きて行くためにはお金が必要でそのために仕事をする」といふ意味ではなく、仕事してゐなくては生きてゐる心地がしないといふ感覚に近い。
 
自分の場合は、人様に言語造形とアントロポゾフィーからの人間学を伝へるといふことの他、言語造形の稽古と作品創り、そして読書が仕事なのだが、いずれも、手足を使つて汗を流しながらすることなのだ。
 
手足を使つて仕事をしてゐなければ、生きてゐるといふ心地がしない。
 
だから、生きて行くために、毎日、仕事をしてゐる。
 
さういふ仕事をしたいから、さういふ仕事をしてゐる。
 
もし、仕事をしてゐなければ、どんな余計なことを考へ、どんな余計なことにいらつき、どんな余計なことをしでかしてしまふか分からない。
 
そんな感覚だ。
 
目的があるから仕事をするといふのは、少し違ふな。
 
男性性といふ話しではなくなつたのだけれど。


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2019年07月23日

まなこ、ひらけば


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今日の午前、下の娘は学校のプールから帰つて来たあと、粛々と夏休みの宿題をしてゐる。
 
自分は、午前の勉強を終えて、万代池のほとりで、本を読んだり、雲を眺めたりした。
 
梅雨の晴れ間の青い空に浮かぶ雲。
 
風にそよぐ緑の木の葉。
 
なにひとつ止まつてゐるものがない。
 
特に雲は、ちょつと見ると緩やかに流れているだけのやうだけど、じつと見つめていると、非常に微細な動きを活発にしてゐるのがだんだんとはつきりと見えてくるのが不思議で仕様がなかつた。
 
その生きもののやうな微細な動きを追つてゐると、まるで雲はことばをささやき合つてゐるやうだ。
 
こちらのこころまでそわそわ、わくわく動いてくる。
 
そして、あらためて空全体を渡るたくさんの雲を視界の中に入れてみると、大きな青いキャンバスに大きな動きで、何かを絵ことばで伝へようとしているかのやうに感じてくる。
 
この感じは単なる気のせいだらうか。
 
側で将棋を指すおじさんたち。交はすことばは、「ふ〜ん」「ほっ、ほっ、ほっ」ぐらゐ。
 
思考のゲームをあんなにも楽しむことができるなんて。
 
いや、他人のことは言へない。
 
自分も雲を見て、こんなに喜んでゐるんだものな。
 
 
 
 

しかし、世の激しさ、恐ろしさ、荒ぶるものたち、それらをみる目を曇らさないでゐたい。
 
この穏やかさ、安らかさをみる目を曇らさないのと同じくらゐに。


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2019年07月22日

いつもの風景 〜参議院選挙が終はつて〜


漸く、参議院選挙が終はりました。
 
選挙期間中は、インターネット上でも様々な意見や思ひが行き交ひ、飛び交ひます。
 
そして、かうして、結果が出ました。
 
日本に住む国民の多数は、はつきりとは意識し切つてはゐないとしても、いまだに健やかな感覚を失つてはゐない、さう、わたしは見ます。
 
日本を侵食しようとしてゐる外国の政治勢力の指示によつて行動する徒党を許さないのです。
 
もちろん、さういふ徒党は、そのやうな指示のことなどおくびにも出しません。
 
いくつかのそれら徒党は、ただただ美辞麗句を国民の人柄の善さと国民自身の自己不信に付け込んで吹き込みます。
 
吹き込まれた人は、歴史についての認識のなさゆゑ、美辞麗句のもたらす雰囲気に一気に摑まれてしまふこと、明治以来、繰り返されて来たことです。
 
わたしの周りに、この「摑まれてしまふ」人があまりにも数多をられること、そのことの意味を考へ続けてゐます。
 
 

以前、わたしは、政治と精神文化における「ことばの違ひ」を大切にしたほうがよいのでは、と書きました。
 
人は、間違ひなく、己れの一身で政治と文化を生きてゐます。
 
しかし、「ことば遣ひ」をしつかりと分ける必要がある。
 
精神文化においては、「尊ぶこと」「慈しむこと」「育てること」こそが至上命題であり、一方、政治における至上命題は、「勝つこと」です。
 
このたびの選挙で、「敗けた」といふことを他者のせいにせず、自分自身のこととして、どう見つめ、どう考へていくか、それがないのなら、永遠に「敗け続ける」ことでせう。
 
なぜ、敗けたのか。
 
「弱者である自分たちは抑圧されてゐる」といふルサンチマン(恨み)にどれほど自分たちの思想が基づいてゐるものであり、その感情そのものがこの国の文化には受け入れられないものであり、この国に根付いてゐないものであり、木に枝を継ぐやうなものだといふことを見つめないかぎり、なぜ、敗け続けるのか分からないままではないでせうか。
 
選挙前まで大騒ぎしてゐたはずなのに、もう「敗けた」ことを忘れたかのやうに、他の話題に浮き身をやつしてゐる。
 
なぜ、「敗けた」そのことの原因を真摯に見つめないのか。
 
あの負け方はひとつの戦略だつた、とか、何者かが投票用紙をひそかに改ざんしたから敗けたのだ、などといふのを見て、馬鹿を言ふのもいい加減にしたらどうだらうと思ひます。
  
そして、ただ、選挙に行きました、自分自身の意志を持ちました、参加したことに意味があるといふ、それだけでは、ただの精神論に堕してゐる、と思はずにをられません。
 

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2019年06月26日

仕事と信仰心


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琵琶湖東岸の能登川付近の水田 

わたしたちはめいめい仕事を持つてゐる。
 
その仕事の中にこそ、信仰心が育つ肥沃な土壌がある。
 
仕事といふものが、その人その人によつてからだとこころを総動員させながら数限りない反復を通してなされる時、その反復は極めて微妙で繊細ながらも確かな手応へといふものを人に授ける。
 
それは、仕事といふ「もの」のなかにその人が入りこんで、共に呼吸をするやうな工合とも言へる。
 
その時、わたしたちは、自身のこころが静まり、清まり、深まつてゐることにも気づく。
 
そして、そのやうなこころのありやうによつて喜びと感謝と共に初めて見えてくるもの・ヴィジョンがあることをも知つてゐる。
 
そのヴィジョン・見えてくるものを、わたしたち日本人は、神として捉へてきた。
 
わたしたち日本の無数の無名の水田耕作者は、神からの「ことよさし」である米作りを通して、植物的生命の中に入り込み、神への感謝と喜びと畏れと共に生活してきた、その信仰を身をもつて感じ取つてゐた。
 
日本人の信仰は、経典や説教や伝道で育まれて来たのではない。
 
米作りといふ生産生活そのものが信仰を育んできたのだし、米作りによる祭の生活そのものが信仰生活だつた。
 
それは、「神ながらの道」「ものへゆく道」であつた。
 
「言挙げ」を拒む静かな日々の労働、無言の反復こそが、人を神に導く。
 
いま、わたしたちは、各々、各自の仕事を「ことよさし」された仕事として捉へ直すことができるだらうか。
 
そして、外側の何かに反発するのでも同調するのでもなく、自分の生業に静かに立ち戻り、感謝をもつてそれに取り組むことができるだらうか。
 
それ以外の言動や行動は、結局のところ、いつたい何を引き起こすことになるのだらうか。
 
あまりにもかまびすしい「言挙げ」に満たされてゐる現在、いかにしてあへて目を閉じ、耳を塞ぎ、理屈を言はずに、手足を動かしていくか。
 
その胆力が問はれてゐる。
 
 


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2019年06月18日

教育の根本

 
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二階でわたしが勉強してゐると、学校から帰つてきた次女が早速二階に上がつてくる。
 
さうして、今月終はりに演じる「高砂」の稽古をする。
 
ほんの二十分ほどの稽古だが、このことの積み重ねは、どういふ作用を彼女にもたらすだらう。
 
間違ひないのは、わたし自身の芸術に対する積極性、能動性、創造性のみが、彼女に働きかけるだらうといふこと。
 
創造する力を子供に望むことはできるが、それを引き起こす方法は教へることはできない。
 
また、教へるものではない。
 
こちら側に、その創造性があるか、ないか。
 
それだけが問題だと思ふ。
 
知識に知識を重ねて教へ込むことを第一としない。
 
創造する働き、整へる働き、行為する働きが大切なこと。
 
しかし、それらの大切さをいくら口で説いてもたいして意味はないやうにも思ふ。
 
自分自身で悟り知るまで待つこと。
 
これらのことは、おそらく、わたしの親から受け継いだものだと思ふ。

 
6月30日(日)言語造形公演『常世の濱の浪の音聞こゆ』
於 山中能舞台
 

写真は、去年の奈良での公演先でのひとこま。
(撮影:山本美紀子さん)

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2019年06月11日

造形された人


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萩原碌山『女』

「人の肉体の中で一番裸の部分は、肉声である」と書いたのは、小林秀雄だつた。
 
生の声。
 
それは、その人の裸体を示す。
 
しかし、通常、ことばといふ衣装が、その裸体を覆つてしまつてゐる。
 
ことばで、なんとか、かんとか、裸体の自分を隠さうとする。
 
いや、かう言つた方がいいだらうか。
 
いくらことばで誤魔化さうとも、生の声がその人の裸体を透けて見させる。
 
しかし、ことばでは取り繕つて己れの裸体を隠さうとしてゐるために、聴いてゐる者は、なんとも言ひ難い違和感を感じる。
 
 

歌声は、さういふ取り繕ひから、人を解き放つ。
 
歌は、ことばのまやかしから人を救ひ出す。
 
歌ふこと。
 


言語造形は、歌ではない。
 
歌ではないが、言語造形によつて話されることばも、再び、人の裸体をまざまざと示してくれる。
 
磨かれ輝くやうな裸体から、こわばり節くれだつた裸体まで。
 
音楽のやうな、絵画のやうな、彫刻のやうな、線描のやうな、舞踊のやうな、建築のやうな、ことばのすがた。
 
造形されたことばとは、造形されたその人である。
 
人とは、本来、そのやうな、風と光で出来たやうな、目には見えない粒子のやうなものが時に集合し、時に拡散する、「物の怪」ならぬ、「人の怪」である。
 
ことばのすがたが造形されることによつて、その「人の怪」がかたちをとつて一瞬一瞬立ち顕れる。
 
ことばを造形しようとするその行為が、ふたたび、その人をその人たらしめる。
 


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2019年06月08日

血といふもの


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血といふものは、とても謎めいてゐるものだ。
 
男と女では、流れてゐる血に違ひがあるのではないだらうか。
 
これは、わたし個人の思ひなので、ご笑覧いただき、できればご了解いただければ幸ひである。
 
男の血は、外なる対象に、己れの何かを与へ、己れ色に染めようとする。
 
女の血は、外なる何者かから、何かを受け取り、その何者かの色に染まらうとする。
 
男がとかく「自分が、俺が、わたしが」といふことを主張したがり、能動的で、ややもすると他者に対して戦闘的で、野心や支配欲に動かされやすいのに比べて、女はどちらかといふと、受動的であり、共感的であり、むしろ他者を受け入れることを望んでゐるやうにさへ思へる。
 
これは、意識的なものといふよりかは、ほとんど無意識の領域、夢のやうな意識の領域で生起してゐることではないだらうか。
 
それゆゑ、結婚の式を迎える時、伝統的には女は白無垢を纏ふ。
 
さらには、女は、無意識の領域で、できうる限り優れた血を受け取りたいと希つてゐる。
 
そして、優れた血から優れた種を宿し、よきものをこの地に生み出していきたいと希つてゐる。
 
己れの本能的な根柢の希ひからかけ離れた血を受け取つてしまつては、己れの存在そのものが乱され、壊されかねない。
 
だからこそ、ほとんど本能的に女は男を選ぶ。
 
しかし、基本的に、女は待つ。
 
高い精神を宿してゐる男の血が己れに注がれることを待つてゐる。
 
血とは、道であり、道を人の世に敷くために、男は高い精神を己れの血に宿し、その血を女に注ぎ込まうと、幾度もの生を経ながら切磋琢磨し続けてゐる。
 
女は、己れを守るため、家を守るため、そしてつひには、道を守るために、男から高い精神を宿した血を受け取るために、己れを磨き続けてゐる。



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2019年05月29日

己れのこころを護る

 
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ここ数日の、世における様々な出来事に震撼せざるをえない。
 
人のこころは、何かの考へに付け込まれてしまふと、どこまで狂ひ、暴れ廻るものか、知れたものではない。
 
わたしたちは、己れのこころを護らなければならない。
 
しかし、基本的に、外側からやつて来るものに対しては、護りやうがないやうに思はれる。
 
わたしたちは、己れのこころの内側からやつてくるものにこそ用心をして、その害毒に抵抗できる力をつけていくことが、本当のところの護りだと思ふ。
 
昨日、滋賀の『両親の問診時間の会』で参加者の方が、魚類が好きで好きで仕方がない「さかなクン」の話しをしてくれた。
 
そこで、次のやうなことを思ひ出した次第。
 
こころの内に生じる害毒から身を護り、健やかさに立ち戻るための方図のひとつに、わたしは自分の「好き」を想ひ出すといふことをしてゐる。
 
「好き」といふこころの働きを尊重し、こころの内にたいせつに育て上げることが、己がこころを健やかに己れのあるべき場所に立ち戻らせてくれる有効なひとつの薬となりうる。
 
たとへば、他人のちょつとした振る舞ひや、ほんのひとことで、人は、たつたそれだけで、いかに容易く己れを見失つてしまふことだらう。
 
しかし、そんなとき、「自分は、そもそも、何が好きか。何が好きであつたのか」といふひとつの考へを想ひ起こすことができれば、それが人を支へるものになりうること、いくたび深い淵に沈んでしまつても、そこから浮かび上がることができることを、わたしは実感してゐる。
 
仕事といふものは、決して「好き嫌ひ」に従つてしてゐるのではない。
 
しかし、この「好き嫌ひ」といふ感情が、人生の存外深みに流れ続けてゐることは否定しやうがないやうに思ふ。
 
この、人の内にいやおうなく流れ続けてゐる感情の川の流れに沿ふて、山深い川上と海原とを何度でも往復するがよい。
 
何かを、好きで、好きで、それだけを好み通した人生は、人に何を与へ、何を教へてくれるのだらう。
 
理屈では容易に片づけられない、そのやうな性癖をわたしたちは己れのどうしやうもない宿痾と見ることもできる。
 
しかし、また逆に、それを意識的に捉へ直すことによつて、それが、己れを奥深いところで下支へしてくれてゐるありがたい宝物だと見直すこともできるのではないだらうか。



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2019年05月26日

晴れと褻


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「ことばの家 諏訪」といふ我が仕事場に、かうして人様が来て下さるといふことの不思議さとありがたさを念ふ。
 
普段、この場は、教室、稽古、勉強の繰り返しで営まれてゐて、情熱が叩き込まれ、汗と涙(本当に!)が床に沁み込んでゐる。
 
さういふ褻の場が、ときにかうして晴れの日を迎へ、舞台が織りなされてあること。
 
神棚にお祀りさせていただいてゐる神々の方々にご協力いただいてゐるとしか考へられない。
 
皆さん、本当に、ありがたうございます。

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2019年05月17日

太宰治の手紙から、想ひ起こす


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 文化と書いて、
 それに文化(ハニカミ)とルビを振る事、
 大賛成。
 私は優といふ字を考へます。
 これは優れるといふ字で、
 優良可なんていふし、優勝なんていふけど、
 でも、もう一つ読み方があるでせう?
 優しいとも読みます。
 さうして、この字をよく見ると、
 人偏に憂ふると書いてゐます。
 人を憂ふる、
 ひとの淋しさ侘しさ、つらさに敏感な事、
 これが優しさであり、
 また人間として
 一番優れてゐる事ぢやないかしら、
 さうして、そんな、やさしい人の表情は、
 いつでも含羞(はにかみ)であります。
 私は含羞で、われとわが身を食つてゐます。
 酒でも飲まなけれあ、ものも言へません。
 そんなところに
 「文化」の本質があると私は思ひます。
 「文化」が、もしそれだとしたなら、
 それは弱くて、敗けるものです、
 それでよいと思ひます。
 私は自身を「滅亡の民」だと思つてゐます。
 まけてほろびて、その呟きが、
 私たちの文学ぢやないのかしらん。

          (太宰治書翰 河盛好蔵宛)
 
 
自分の仕事つてなんだらうなと、改めて考へてゐて、この太宰の手紙のことを想ひ起こしました。
 
我が国ならではのもの、その根もとに息づいてゐるものを意識すること。
 
太宰は、それを優しさ、とも、含羞(はにかみ)、とも、表現される「文化」だと言つてゐます。
 
古来、我が国の詩人たちは、その奥底に息づいてゐるものを様々に言ひ表してきました。
 
「言霊の風雅(みやび)」、「侘び」、「寂び」、「しおり」・・・
 
本居宣長に至つて、「もののあはれを知ること」とも言ひ表されました。
 
それは、特に自分の場合、日本語といふ、ことばを意識していくことでもあつて、日本語ならではの調べに意を注ぎながら、ことばの運用を大事にしていくことでもあります。
 
日本では、特に、こころを整へてから、ことばを話す、といふよりも、ことばを整へることで、こころを整へ、育んでいく、そんな道があることに、ある種の驚きと誇りをも感じるのです。
 
言語造形を通して、その根もとに息づいてゐるものを、葉と繁らせ、花と開かせ、実とならせること。
 
それこそが、自分の仕事であるのだな。
 
そして、もしかしたら、それこそが、世界中に通じていくやうな、まこと遍き意味(こころの味わい)をもつのではないだらうか。
 
よその国の人がこころから感心しうるもの、それは、日本なら日本ならではの、こころの味わいの深さ、豊かさ。
 
これは、己れだけ(日本だけ)を観てゐて済むことでは、きつと、なくて、他者(外の国、民族)との出会ひの中でこそ見いだされていくことでせうが、自分自身の足許をこそ深く掘つてゆく、そんなおほもとの志が大きくものを言ふやうに思はれます。
 
また、こんなことも考へるのです。
 
わたしたち日本人の意識の深みに古代から引き続きずつと憩つてゐるもの。
 
それは、「神から引き離されてしまつたわたし」ではなく、いまだに「神とひとつである<わたし>」、いはば、「神(かむ)ながら」であること・・・。
 
もし、さうであるならば、その奥底にあるものをこそ、改めて意識に引き上げ、それを、活き活きと、発剌と、表現し、表に顕していくこと。それは、わたしたち日本人が荷つていつていい、ひとつの役割かもしれない。
 
ヨーロッパやアメリカを中心とした「文化」のあり方は、やがて、古来から秘められ続けてゐるアジア、とりわけ日本の「文化」のあり方と、出会ふでせう。これは、未来のことだと思ふのです。
 
その時、どちらかがどちらかを征服するのでなく、真に出会ふ未来に向けて、わたしたちは、己の本来もつてゐるものを磨き、研ぎ澄ませるぐらゐの意識を育んでいくことが大事だなと思ふのです。
 
でも、そんなことは、たいてい、日常の生活の中では忘れ去られてしまつてゐるものですから、だからこそ、想ひ起こす必要がある。
 
慎ましく、かつ、怠ることなく。
 
なんだか、大風呂敷をひくやうなことを書いてしまつた嫌ひがありますが、そんなことを考へつつ、仕事をしてゐます。
 

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2019年05月04日

わたしたちが欲してゐるのは自己の宿命である


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「わたしたちが欲してゐるのは、自己の自由ではない。自己の宿命である」

「自己が居るべきところに居るといふ実感」

(福田恆存『人間・この劇的なるもの』より)
 
かういふものの感じ方、考へ方を、「もののあはれを知る」といふ認識方法として多くの日本人は理屈抜きに体得してゐたやうに思ふ。
 
「権利!」「人権!」「個人!」「自由、自由!」などと叫んでゐるよりも、腹が据わつてゐて、よほど人としての弁へがあるやうに思ふ。
 
 

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2019年04月30日

陛下、どうもありがたうございました


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「今日(こんにち)をもち、天皇としての務めを終へることになりました」
 
このおことばに、なにか、万感の、思ひを感じ、涙が溢れて来るのを止めることができなかつた。
 
この国が、分断されたり、籠絡されたり、侵略されたりする危険は、実はいくらでもあつた。その危険性はいまもあり、かつてないほど、その危険性は高まり続けてゐるといふ事実を、わたしたちはどうして視ようとしないのか。
 
しかし、皇室がそのやうな日本の分断を防ぐべく、懸命のご努力をし続けて下さつてゐることを、わたしたちは、あまりにも知らなさすぎる。
 
なにせ、現在の日本国憲法にさへ(!)、かう記されてゐるのに。
 
「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて・・・」
 
さう、日本国民を分裂・分断させることを防ぐ、日本国民「統合」の象徴であられると。
 
そして、経済大国といふ表側のわたしたちのマスクの裏側に、敗戦国といふ苦難の運命がありありと脈打つてゐるわたしたちのこの現況。
 
その苦難を先代の昭和天皇から深く引き継がれ、さらに災害大国を癒やすためのお働きを汗を流しながらし続けて下さつた。
 
さらに、皇室の伝来の最も深いご任務、国民の安寧を己が身をもつてお祈りされるといふこと。
 
そのことの厳しさは、わたしたちの想像を絶する。
 
その精神面、心理面、肉体面、すべてに渡る激務を、今日、終へられたのだ。
 
皇室が、日本を守り続けて下さつてゐる。
 
国民は、そのことを知る必要がありはしないか。
 
わたしたちは、学校で何もそれらのことについて教へられてゐない。
 
だからこそ、わたしは自主的に学びをしていきたい。
 
そして、子どもたちに、この美しく、いとほしい国を受け渡していきたい。

posted by koji at 18:54 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする