以前、「わかれ道」という彼女の作品を舞台にのせ、ひとりで語った。
自分にとっては、とても難易度の高い作品だった。
思春期の敏感な少年と二十歳あまりの女との間の恋ともいえぬ恋を描いているのだが、
その一文一文に潜む細やかな息遣いと洗練された身振りの連続、また連続・・・、
それをリズミカルな文体で綴る一葉になんとかついていこうと、
語る自分も随分と走りこみをした。
日記を読むと、彼女は実にこと細かに人の仕種やことばに注意を払っており、
またそれを見事に記憶している。
その密やかさ、執着に、作家の精神の開け具合をまざまざと見る想いがする。
そして、生活を通しての持続的な(文学)修行をみずからに課していることにも気づかされる。
どの作品に取り組むときも、たいていそうなのだが、
はじめのうちはいかに自分がテキストを表面的にしか掴んでいないかに気づく。
いや、気づけばいいほうで、
気づかずにさっとやってみて、できているつもりになっていることほど、悲惨なことはない。
そんなことが修行中何度もあった。
そのたびに師匠に叱責された。(ことばで叱責されたのではない。)
底知れぬ深みを描くために、作家はどれほどの意識の明晰・深みから、ことばを紡ぐのか。
同時にどれほどの無意識の援けが、ものを言っているのだろう。
ことばの芸術の深淵である。
語るために、また演じるために、
文学作品に接近していく、作家の紡ぎだしたことばに立ち向かっていく、寄り添っていく、
その作業は、少なくとも作家が流した汗を自分も流すべく試みるということかもしれない。
ことばを造形するということが芸術であり、
それは他の芸術と同様、修行されねばならない。
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