ベツレヘムへと向かう途中、天使のロバの導きで追いはぎ三人組の小屋へと迷い込んだマリアとヨセフ🛖。寡黙で乱暴で高慢ちきな追いはぎ達は、マリアとお腹の御子の存在に触れ、目から鱗が落ちるように自分が鳥を好きだったことを思い出し🐦赤ちゃんの肌着を盗もうとしたなんて皆んなの笑い者だ!と我に返り👕、めでたく三人、村へ帰ってまともな人間になることを決意しました。
「マリアよ、お前さんの子どもが大きくなったら人間がどんな悪事をしでかすか話してやりな。」
「私の子どもは道を間違えた人たちが、正しい道を歩む人になることを、助ける人になります。」
きっと私たちもそんな道を歩んでゆくことができるでしょう👼御子とともに。
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ヨゼフ・1番若い追いはぎ 諏訪耕志
マリア 小倉梨沙
2番目に若い追いはぎ
Kanako Tomobe
1番年上の追いはぎ
Ashi Tomo
カンクレス演奏
夏本道子
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今年の夏、Ashi Tomoさんが始めた「ひみつ劇団」。
それは、事前の稽古や練習なく、当日、一回のリハーサルのみした後、森の中で、歌い、語り、演じる、そんな集いです。
最初、夏のはじめに「七夕劇」を観させてもらった時、わたしのこれまでの劇創りに対する固定観念が静かにだけれども「ばあ〜ん」と打ち破られたように感じたのでした。
そこにあるのは、ただただ、この世でのわたしたちの生を支えて下さっている神々への敬虔な念い、そして、ひとりひとりの人への深い愛でした。
もちろん、事前に十分な稽古や練習を重ねることは大切なことです。しかし、芸術において、いや、人が生きるということにおいて、最も本質的なことは、神々への感謝とその御働きにお返しをしようとするこころの向き、そして、仲間への愛です。
それなくして、どれほど稽古を重ねても、本当の意味でこころは満たされないのだという一番大切なことを、この「ひみつ劇団」はわたしに想い出させてくれたのでした。
この集いは、演劇の、藝術の、まぎれもない「初心」を念い起こさせてくれるのでした。
こういった場と時を創るには、相当なこころ構えと相当な物理的な準備が要り、また、戯曲を書き、演出も一手に担っておられるのが、Ashi Tomoさんです。
わたしなどは、ただ、当日、その場に脚を運ぶだけで、申し訳ないほどです。
しかし、Ashi Tomoさんが、極めて意識的になそうとしていることの意味は、分かるように感じています。現代という時代において、藝術はまことの祭祀となりうる。大声で宣伝しない、その静かな融合をわたしたちもまた求めているのです。
夏のはじめに舞い、謡い上げるように演じた「七夕劇」。
秋のさなかに剣(つるぎ)をもって「をとめ」をどこまでも護りゆく我が国のおおもとのあり方を演じた「八雲立つ」。
冬のはじめに、どの人の内にも安らっている聖なる幼な子が目覚めゆくことを詩情豊かに語った「アドヴェント朗読劇 追いはぎの小屋で」。
そして今年の最後、来たる21日の日曜日には「イエス・キリスト生誕劇」を行います。みんなそろっての練習はしておりません。しかし、念いをもって集まるのです。ういういしいこころを持ち寄って創るのです。そしてこうごうしい何かの訪れを待つのです。
ご関心のおありになる方は、ぜひ、わたくし、もしくは、Ashi Tomo さんへご連絡をお願いします。
諏訪耕志
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