
十年前、このように考え、感じていたわたしは、いま、この問いをどこまで深めえただろうか。そして依然として、わたしはこの長谷川三千子氏の『神やぶれたまはず』を読み続けています。
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『七十年前の八月六日から十五日にかけて』 2015.8.6.
その九日間、わたしたち日本人は何を感じ、考え、欲して、生きていたのだろう。
広島に世界最初の原子爆弾がアメリカによって落とされ、その三日後に長崎にも投下され、その惨状を知りゆきつつ、B29が自分の住んでいる地の上を飛来してくる音を聴くとき、わたしたち日本人は何を観念したのだろう。
それまでの戦争による極度の緊張状態から、さらにひとつもふたつも、奥を観たのではないだろうか。
一億の日本人全員が、死刑台の上に上らされているような状態の中で・・・。
そんなときを、わたしたち日本人は確かに生きたのではないだろうか。たかだか七十年前なのである。
わたしはこの夏、なぜか、二重のこころの生を生きているように感じている。夏の陽射しと共に、子どもたちと共に、喜びと共に、毎日を精一杯生きる。そして、それと同時に、七十年前の人たち、とりわけ、戦争によって亡くなっていった方々と共に、密かに毎日を生きている感じなのだ。
その方々は、どうも、現代のわたしたちとはものの考え方、感じ方において、随分違っていた。彼らの感じていたこと、考えていたこと、欲していたことが、現代人であるわたしたちには分かりにくい、理解しにくいものであったらしいことを知るにつれて、わたしは生きること、命を持ち、育み、讃えることについて、これまでの戦後社会の中で当たり前のように思っていたわたしなりの考え方、感じ方の枠を拡げさせられ、壊されるような夏である。
七十年という月日は、何か特別な働きをわたしに運んでくれているのだろうか。
当時の人々のこころのありようを忖度するのではなく、そのありように沿うことが、これほど困難になっていることに、わたしは驚きと共に悲しみを味わわざるをえない。
戦後七十年の間に何が日本人の精神のなかに進行したのか。
そして、その敗戦後とそれまでの敗戦前の日本のあり方との結節点ともいえる一九四五年八月十五日に、日本人の精神に何が起こったのか。
そのことへの認識を深めることから始めて、わたしはこれからの生を強く明るく照らし続けていきたい。

