
昨日、冬至の日に、南禅寺から銀閣寺へと続く静かな東山沿いの哲学の道をゆっくりと歩いて、仕事の場へと足を運んだのでした。
こうして京都に住み始めて個人的に思うことは、ここ京都でも極めて近代的、商業的な思惑が大胆に打ち出されている場所と、古くからそういうものと一線を画し、ずっと守られている精神的、人間的な場所とが、無意識内に截然と分かたれているということです。
商業的な場所といいましても、大阪ほど厚かましくはなく、看板の色合いやその他いくつかの規制がなされているので、整然としたところがあることが大いなる救いであり、うちの娘たちなどはそういった京都の街並みをこころゆくまで満喫しながら毎日を過ごしているようです。
商業的な場所とここで言いますのは、人の欲望が激しく行き交っている場という意味なのですが、欲望はあって当然ですし、あらねばならないものです。しかし、その欲望が自然な形で人の内に湧き上がって来るものではなく、刺激的に、時には暴力的にと言っていいくらいの強さで掻き立てられ、消費へとひたすらに追い込まれてしまっている。そんなありようへと人を追い込もうとする意図が行き交っている場だという意味です。
長い間、大阪で生きて来たわたしは、大阪の商業空間である「ミナミ」や「キタ」などには文化などないということをしみじみ感じておりました。
文化とは何でしょう。
まず、こういう言い方をしてみます。それは、それが失われる危機に見舞われたとき、もしくは失われてしまってから、痛切に感じられる何かです。
しかし、失われてしまってからでは、遅い。
文化とは、人の生き方であり、そこから生まれる何かです。
文化とは、人から人へと長い長いときを重ねて、引き継がれていく生き方、ものの考え方、感じ方、創り方を基にして、その目には見えない何かを大切に育み続けながら、目に見えるものへとかたちづくってゆくこと、そのいとなみを文化といいます。
さらに言うならば、文化とは、利害損得を超えるところにあるもので、だからこそ、アメリカニズムからの商業主義とははっきりと違う何かを人にもたらします。それは、落ち着き、やすらぎ、静かなよろこび、明晰さ、確かさであり、何かと交換不可能なもの、唯一無二のもの、つまり、〈わたし〉という靈(ひ)が、その人のこころに根付いて行きます。
反対にその偏り過ぎた商業主義は、金銭を介してすべてを交換可能なものとし、取り換えの利くものとします。そして、やがては人をも機械部品化、商品化し、交換可能なものとして扱ってしまいます。その流れが、落ち着きのなさ、不安、不満、愚昧、狂気へと人をゆっくりといざなってゆき、靈(ひ)の通わない人、いわゆる俗物となってゆきます。
だからこそ、文化の危機に面しているわたしたちはいかにしてその危機に立ち向かってゆくことができるのかという問いを、いま、ここに、あらためて、立てることができる。そう哲学の道を歩きながら念いました。
その文化の象徴として、たとえば、風景があります。「情景」ということばもあるように、情緒に満ちた風景というものが、人の人生、人の情緒をかたちづくってゆく上で、どれほど深い働きをなすことでしょう。それはその場その場が秘めている価値を身のまるごとで知っている、という感覚です。
それらは、人によって守られ、育まれなければ、この時代の商業主義的な思惑の流れの中でいともたやすく壊され、失われていってしまいます。
わたしは大阪の、まこと風光明媚な情景が萬葉集に詠われた場所近くに住まいしていましたが、その風景は明治以来の近代化によって壊され始め、いまは跡形もありません。ただ、萬葉集を開くときにのみ、こころに想い描くだけです。
では、何によって、何を通して、文化を、風景を、情緒を、守ることができるのか。
多くの人と同じく、わたしも、まずは、根本のところを想います。それは、萬葉集を挙げましたように、そのような文化、風景、価値が言語化されたものをふさわしく評価することです。それは、過去の文学を新しい意識で愛することです。
さらには、いま、当たり前に恵まれているものやことをわたしたちが、これからの時代、意識的に、わたしたち自身で、言語にし、詠い、語り、語り合うのです。
その場所の美しさ、素晴らしさ、親しみをことばにし、語り、語り合うのです。また、その場で生まれた人と人とのドラマを、自分自身の人生を、その場所との結びつきの中で意識化するのです。
人と人とのかかわり、人と土地とのかかわり、さらには、その場における人と神とのかかわり、それらを知ることは、長い歴史の時間軸においても、自分が生きている場所としての空間性においても、人を孤立から救い出し、眠りから目覚めさせます。そして、それらを意識化し、人々と共有し、世へ発信してゆくのです。
ですので、歴史学、地理学、博物学、そして文学が手に手をとりあって、その場所、その土地、そこに生きて来た人々の美しさ、善さを積極的に芸術的に言語化していく。
そういう学びがわたしたちの文化を守り、育ててゆく、ひとすじの道となって、人を孤立から救い、新しい協働性を産んでゆきます。
なぜなら、人は、時間の流れの中、空間の拡がりの中で、「深いつながり」を見いだせたとき、いま、ここにある、〈わたし〉が立つからです。そしてまた、〈わたし〉がひとり立ちするからこそ、他者との共同・協働がその深みからなされゆくからです。
文化が失われる危機に対して、まず、わたしたちができること、それは、その文化の価値をことばにすること、ことばに鋳直し、それを発していくことです。

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