風そよぐ楢(なら)の小川の夕暮れは 禊(みそ)ぎぞ夏のしるしなりける
藤原家隆 (百人一首 九十八番)
百人一首。それは、我が国の家庭教育の基でありました。
近畿地方ならば、どの家にも必ず百人一首のカルタがあったものです。
それは、ことばというものの美しい声の調べを子どもたちに伝える母たちの心用意でした。
和歌やことばの意味は、子どもたちが後に成長してから、時が熟した時に会得されるものでした。
しかし、幼いときに覚えたその調べと律動は、美的でないことば遣いに対する本能的な拒否となって、その人の一生を静かに導いたのです。
夏の季節に詠まれた、藤原家隆の歌を挙げてみました。
風そよぐ 楢(なら)の小川の 夕暮れは
禊(みそ)ぎぞ夏の しるしなりける
藤原家隆 (百人一首 九十八番)
「風そよぐ」の「そ」という音韻が涼しさをこの歌にまずはもたらしてくれます。
.次に、「楢(なら)の小川の 夕暮れは 」の「ならの」の「ら」という音韻、「夕暮れは」の「れ」の音韻が、柔らかく穏やかな風と水の流れを感じさせてくれます。
そして、最後に、「禊(みそ)ぎぞ夏の しるしなりける」と唱えるとき、「禊ぎ」の「そ」の音韻、「しるし」の「し」の音韻が、まさに身もこころも清く濯がれる体感を感じさせてくれるのです。
「楢(なら)の小川」は京都の上賀茂神社境内を流れる川で、わたしの娘たちも幼い頃、何度かこの川で水遊びをさせてもらいました。
川辺の水遊びとは、禊ぎという、身の浄まり、甦り、生まれ変わりを促す神事に通じる、我が国古来の日本人の営みです。
たとえ、そばにこのような清らかな川の流れはなくとも、この百人一首の和歌をこころに唱えるだけで、わたしたちは体感にいたるまでのことばの靈(ひ)の恩恵に預かることができたのでした。
わたしたちのこれからの日本の文化・文明に、このような、ことばの美と靈(ひ)による芸術的、宗教的な深まりと高まりをふたたびもたらすこと。
そのことを意識的にして行こうと思っています。
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