昨日は、東京西日暮里で、小学生低学年の子どもたちへの教育に携わっている方々に集まっていただき、言語造形の時間を持ちました。
ことばには、話す人の考え、情、意欲、この三つの要素が入り混じって響きますが、現代の特に教育現場においては、やはり、考えを伝えることのみに偏ったことばの話し方が、依然としてなされているのではないでしょうか。
言語造形の体験によって、ことばが通常の意味を超えた、より深くて味わいに富んだ「まことの意味」を伝えてくれることをからだまるごとで感じることができます。
わたしたちが息を吐きつつことばを発する時、わたしたちを包んでいる風・空気が震え、その震える風・空気を通して、ことばのことばたるところがわたしたちにやって来る。
その、外からやって来る「ことばの響き」に耳を澄ませつつ、ことばを話す。
その時、わたしたちがことばを作り出すのではなく、ことばが光の営みのようにわたしたちに訪れるのです。
それは、喜び、楽しさ、確かさ、安らかさ、ありがたさ、畏れ、敬い、満ち足り、みやび、あはれなる情として、わたしたちに訪れます。
それは、わたしたちに本質的な癒しを与えます。靈(ひ)の保養です。
それは、わたしたちに意識の目覚めへの新しいきっかけをもたらします。靈(ひ)への開眼です。
そのひとときひとときにおいて、わたしたちは天(あめ)なる使いの方やこの世を去った方々に、ことばの内に宿っていただく可能性を与えます。
だからこそ、本質的な保養と開眼をわたしたち言語造形をする者は体験できるのです。
初めて言語造形を体験された皆さんは、そういったひめやかなことについての説明など一切聞かなくても、素直なこころとからだまるごとで、その靈(ひ)なるものを感じるのです。
わたしは、シュタイナーが残してくれた芸術に勤しむ人へのことばを繰り返し肝に命じながら、この仕事をさせてもらっています。
●わたしたちは、どのひとときひとときも、正しいことをなすことが務めなのであり、その他すべてのことは、行く先に委ねるべきなのです。…生活の保障もなく、ただ純粋に、つねにそこにある靈(ひ)の世からの助けを信頼して生きる。どんなことがあっても、気落ちなどしている暇はなく、わたしたちは今日もそうして新たに新たに生きて抜いて行くのです。
(『悟りのことば、詩、神々しいことば』GA40a)
そのように生きることが、本当にわたしを毎日甦らせてくれます。力の源は枯れることがありません。
そう、靈(ひ)と繋がって生きること、それが芸術実践であり、言語造形はそのひとつです。
そして、その繋がりのいかなるかを理解し、実感してゆくこと、それがメディテーションを軸にした靈(ひ)の学び「アントロポゾフィー」なのです。
そのような芸術実践とメディテーションは、現代を生きるすべての人が、こころの奥底で乞い求めていることではないでしょうか。
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