安田靫彦「草薙剣」
秋、それは意識の目覺めが訪れていいときです。
夏の暑さ、光、色彩の輝き、さういつたものが鎭まつてゆき、風の音に、蟲の音に、靜かさに、耳を澄ますことのできる季節の到來です。
その靜かさこそが、内なる〈わたし〉の目覺めへと導いてくれます。
秋、それは宇宙から鉄が地球へと、人のからだの内へと、降り注ぐ季節であることを、シュタイナーは語つてゐます。
からだの内を流れる血に鉄が注ぎ込まれる季節、秋。
その鉄は、わたしたちに、みづからに目覺める力、こころを決める力、意志の強さを與へようとしてゐます。
我が國の神話では、建速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)が八岐大蛇(やまたのをろち)といふ大蛇を成敗した後、その大蛇の尾から取り出したのが、草薙劍(くさなぎのつるぎ)だと語られてゐます。
その劍は、人をあやめるためのものではなく、草を薙ぐためのもの。
こころに生ひ茂る、弱氣、怠惰、虚僞、執念、情欲など、樣々な邪念や惡しき想念、不健康な情を一刀のもとに斷ち切つて、こころの草原を見晴らしの良いものにし、一筋の歩みゆく道を見いださせてくれるもの、それが、すべての人のこころに鎭まつてゐる「草薙劍」です。
それは、ひとりひとりの人が、みづから手に握ろうとすればこそ、その働きをなす、精神からの鉄の劍です。
自分自身のこころに精神の鉄の劍、草薙劍をもち、自分自身が歩いて行く道を見いだし、そして、一歩一歩、自分の歩幅で歩き始める、そんな秋(とき)が訪れてゐます。
わたしたちすべての人に、その劍は與へられてあります。