2023年07月30日

前田英樹氏「保田與重郎の文學」



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今年の四月の末に出版された前田英樹氏著『保田與重郎の文學』。2018年、平成三十年二月に出た前作の『批評の魂』から、五年ぶりの新作の出版でした。


この五年間、わたしは前田氏の新しい著作をこころ待ちにしてゐました。


しかし、不覚にも、2018年9月號から前田氏が雜誌「新潮」にこの「保田與重郎の文學」を連載してゐたことをわたしは全く知らなかつたのでした。


だから、本屋に行く度に、該当する棚に、前田氏の新作がないのを見ては、落胆に近い慨然とした思ひを味はつて來たのでした。


もしかしたら、前田氏はもう執筆出來ない何らかの理由があるのではないかと余計な心配までしてゐたぐらゐでした。


しかし、五月のある日、いつもの本屋に行き、この本の背表紙が目に飛び込んで來たのでした。


しかも、題名が『保田與重郎の文學』。


棚にその背表紙を見たとき、一瞬、時が止まつたやうに感じました。


保田與重郎といふ人は、わたしにとつて、唯一無二の本当に特別な人でありました。


さらに、その本の値段を見て、またまた、時が止まつてしまひました(笑)。税込みで14,300円。


これまで前田氏の著作には、2009年、平成二一年二月に出たちくま新書の『独学の精神』を最初の出会ひとして、その後、彼の数多の著作をまさに貪り読んで来ました。


そして、とりわけ、2010年、平成二二年十一月に出た『保田與重郎を知る』といふ一册は、わたしの人生を変へたのでした。


それまでおぼろげに名前だけは知つてゐた保田與重郎。しかも、わたしはその人に対して、戰前・戰中の我が国を軍国主義へと煽動した人物といふ、まことに曖昧で勝手な先入觀を持つてゐたのでした。


しかし、それまで愛読に愛読を重ねてゐた前田英樹氏の新作として、当然の如く、その時もその書を購入しました。


そして、一読、こころの底が拔けたやうな思ひが訪れたのです。


それまでの淺はかな先入觀が剥がれ落ち、この保田與重郎といふ人こそ、わたしが精神の師として求めに求めてゐた人であると直感したのでした。


勿論、それまでにも、内村鑑三、小林秀雄といふ人たちの著作から、深くて熱い感動と精神の糧を戴いてゐました。しかし、これほど、我がこころに刮目を与へ、かつ、どこまでも親しく語りかけて来、我がこころを搖り動かし、我が生を支へゆく力を持つ文學者は、日本人においてこの保田與重郎が初めての人だつたのです。


さう、保田與重郎は、日本人でありました。日本語で、日本といふ「くに」の精神と歴史と文學と生活を語る、まことの日本人でありました。


わたしは、日本語をもつて、文學のことばをもつて、神を語つてくれる人に出会へた喜びに打ち震へたのでした。


そして、その喜びと覺醒をもたらしてくれる保田與重郎に導いてくれたのが、前田氏の『保田與重郎を知る』だつたのです。その一冊は、わたしの人生を本当に、まことに、新しく切り開いてくれたのでした。


それ以来、この十数年、保田與重郎全集、全五十卷の一冊一冊を読み続けて来ました。


だからこそ、このたびの前田氏の『保田與重郎の文學』の出版は、わたしにとつて、何か特別なものを感じてしまひました。


800頁にわたるこの大著を手に取つて、ただちに直感したのは、五年を掛けてこの書をなした前田氏も、もしかしたら、これはご自身の人生のひとつの集大成にあたるものだと思つて仕事をなされたのではないかといふことでした。


高価な値段なので、しばらく、財布工合と相談しながら、日を過ごしてゐたのでしたが、ある日、こころを決して本屋に足を運びました。一冊の本に対する態度が、まるで、明治か大正の貧乏な書生さんのやうだと自分でも思ひます(笑)。
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しかし、わたしは、読む前から、すでにかう思つてゐました。わたしは、この一冊に大切な何かを賭けたい。この本を読み、この本を通して、本当に大切な何かを生きたい。


家に帰り、すぐに、序章「倭(やまと)し麗(うるは)し」を貪るやうに読み始めたのでした。


そして、今日、約二か月かけて、全三十七章を読み終へました。


読み続けつつ、感極まつて、何度も、涙が溢れて來ました。


それは、まだうまくことばに出来ませんが、この書の地下には、まるで、涙の川が流れてゐて、ところどころでその川から人の悲願が吹き上げて来るやうに感じるのです。


日本における精神文明の系譜が、人から人への、いのちのほとばしりとして傳へられてきた樣がありありと書き記されてゐて、その流れは、この本を読んでゐる自分自身にもまぎれもなく流れ込んで来てゐる事を感じるからでした。


そして、敬ひとへりくだりのこころをもつて、古(いにしへ)を知る事が、わたしたちが生きてゐる今といふ今を一新し、さらには未来を創造していく原動力に必ずなる事を信じる事が出来るからでした。


この書は、大伴家持が、紀貫之が、後鳥羽院が、芭蕉が、本居宣長が、そして保田與重郎が、「人とは何か」「人はいかに生きる事が出来るのか」といふことに関して受け継いできた精神の傳統を、身体中を流れる涙の川の流れと共に前田氏が書き記したものなのでした。


それは、21世紀の今、わたしたちが生き拔いて行く上でどうしても直面せざるを得ない、まことに根本的な価値感の大転換を依然として示唆し続けてゐるのです。


わたしは、前田英樹氏に、本当に、感謝するのでした。


このやうな仕事をなしとげて下さつたことにです。


現在を生きる事のみにこころ囚はれてゐる人には感覺し理解することが難しいことですが、いつの代にも、世を根柢で支へるのは、人の悲願を記す文學のことばであり、詩人の精神です。


我々凡人がそのことに氣づくのは、詩人がこの世を去つて何十年、いや何百年あとです。


ですので、保田與重郎が生涯を通して述べ続けた「偉大なる敗北」が詩人には運命づけられてゐます。


まだ一読目ですが、この本を通して、読む前に予感してゐた通り、わたしは新しい生を生き始める事を実感してゐます。





posted by koji at 23:38 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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