この国をどのやうな「くに」に創り直して行きたいのか、自分自身の精神の声にとくと耳を澄ましてみなければならないと思ふ。その聴こえて来る声の内実について深く考へること。
そして、その「くにづくり」のために、順序を立てて、何からし始め、何を経て、何に向かつて歩いて行くことができるのかを、実際に立ち上がり、歩き続けながら、必死に考へること。
そんな仕事をされたのが、本居宣長であり、小林秀雄であり、保田與重郎であり、この『保田與重郎の文学』の著者、前田英樹氏であると感じる。
そして、わたしは一読者にすぎないのだが、その聖なる仕事にわたし自身も繋がりたいと切に願つてゐる。これが、我が生涯に残されてゐる仕事である。
政治のそもそものおほもとの精神とは、人と人との関はりを調へ、律し、育んでゆく、といふことであつた。
その精神を、常に、こころに照らして考へるならば、このくには、四角四面の「道徳」や「憲法」以前に、暮らしの中からおのづと生まれいづる「みち」といふものが、深く広く民の間で共有され受け継がれて来たことを想ひ起こさねばならない。
つまり、「法」や「国家」の前に、「精神」があり「信仰」があり「みち」があり、それこそが、人を人たらしめるため、国を「くに」ならしめるための「天との絆」なのである。
そして、いま、わたしたちは、その「道徳」「憲法」以前の不文律といつてもいいやうな「みち」を確かに共有し直す大人の勉強会が要るやうに思ふ。
なぜならば、わたしたちは、歴史の必然からであらうか、我がくに固有の精神をゆゑあつて、失つてしまつたからである。
その「みち」は、人為のものではなく、天与のものだつた。
そのことをわたしたち現代人も知ることができる。しかし、そのことをそのこととして、まぎれなく、教へてくれるのは、我がくにの「古典」であることを、保田與重郎は生涯を賭けてわたしたちに告げ続けた。
保田大人(うし)は、『古事記』『日本書紀』『萬葉集』『古語拾遺』『延喜式祝詞』の五つこそが、古典であると喝破した。
学問は芸術になりうるといふこと。そして、信仰への「みち」に繋がりうるものであるといふこと。
そのことを念ひ起こさせたのは、江戸期においてなしとげられた国学といふ学問であつた。国学は、それら「古典」を解き明かす、大いなる精神文化の復興として、こころある人によつて好まれ、志ある人によつて生きられ、つひには、江戸幕府を瓦解にまで導き、明治維新を起こすそもそもの精神の主調基音となつた。
「みち」がすでに、このくににはあるといふこと。
そのことを国学は述べて倦まない。
●『古事記』『日本書紀』『延喜式祝詞』に描かれた、神々と農の民との契りの物語は、人類のこの運命(必然的に争ひや殺戮を含んでしまふ狩猟、牧畜の暮らし)が、いかに改変され、克服され得たか、あるいはされ得るのかを、驚くべき単純さで、明々とした言葉でもって示している。(11頁)
●・・・文人たる保田が、国学の本流から摑み、学び取ったものは、明確であった。彼の膨大な文業には、肇国(ちょうこく)以来の信仰の姿を根本から明らめ、恢弘(かいこう)するという目的があった。その信仰は、多く文学の形をとっている。いや、文学の言葉を産む源泉そのものとなっていた。(11頁)
農業を中心とした衣食住の暮らしを精神から支へる四季の祭りが、このくにのすべての源なのだといふことを、まごころから語つた学問が国学であつた。だから、国学の文章そのものが、古典に対する精緻極まりない研究に基づくものでありながら、冷たい理知に訴へるものではなく、どの人もが当たり前に持つてゐる素直なこころにぢかに訴へて来る、芸術的な文学そのものなのである。
本質的なこととして、我がくにの民は、外国のやうに、生きるための経典や教書を必要とせず、暮らしのあり方そのものが生き方を導いてくれたことを国学は江戸期の日本人たちに伝へたのだ。
それは、曾祖父や祖父や父母からずつと続いてゐる、言はば、あまりにも当たり前のものの考へ方、生き方に関することごとを、細やかにありありとことばに鋳直した、意識の目覚めに向けての覚醒の学問だつた。
わたしたち令和に生きる現代人も、そのやうな覚醒の学問を必要としてはゐないだらうか。
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