
明治から昭和にかけて生きられた剣道十段であり剣聖とも言われた持田盛二といふ方のこんなことばがある。
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わたしは剣道の基礎をからだで覚えるのに五十年かかつた。
わたしの剣道は五十を過ぎてから本当の修行に入つた。こころで剣道しようとしたからである。
六十歳になると足腰が弱くなる。この弱さを補ふのはこころである。こころを働かせて弱点を強くするやうに努めた。
七十歳になるとからだ全体が弱くなる。今度はこころを動かさない修行をした。こころが動かなくなれば、相手のこころがこちらの鏡に映つてくる。こころを静かに動かされないやうに努めた。
八十歳になるとこころが動かなくなつた。だが時々雑念が入る。こころの中に雑念を入れないやうに修行してゐる。
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まことに穏やかなお人柄であつたといふその人の八十歳にならんとしてをられた頃の動画を観たが、風を切る鋭さと大地に根づく確かさとが、静かさの中で常に統べられてゐる様に圧倒される。
かういふ方が実際にをられるからこそ、弱弱しい自分自身を本当の自分自身へ導いて行くことができるやうに感じてゐる。