このくだりは、多くの人によく知られてゐるところで、死んでしまつた妻イザナミノミコトを夫イザナギノミコトが死の国、黄泉の国まで追ひかけて行くところから始まります。
しかし、そこで妻のおそろしい姿をのぞき見してしまつたイザナギノミコトは、黄泉の国の鬼とも言へる醜女(しこめ)たちや八柱(やばしら)の雷神(いかづちのかみ)たちに追ひかけられながらも、生の国、葦原中国(あしはらのなかつくに)まで逃げ帰つてきます。
そして、そのくだりの最後に、夫イザナギノミコトと妻イザナミノミコトとが大きな岩を間に据ゑて向かひ合ひ、ことばを交はし合ひます。
死の国の女神は申されます。「一日(ひとひ)に千頭(ちかしら)くびりころさむ」。
そして、生の国の男神が申されます。「一日(ひとひ)に千五百(ちいほ)産屋(うぶや)立ててむ」と。
最後に、精神からのことばをもつて、このくだりが閉じられます。「ここをもて一日にかならず千人(ちひと)死に、一日にかならず千五百人(ちいほひと)なも生まるる」。
甦り(黄泉帰り)の祭りを4月17日に控え、今、わたしは、この我が国の神語りが伝へてくれてゐることにいたくこころを惹きつけられてゐます。
それは、死(の神)と生(の神)が、大きな岩(意識)で隔てられてはゐても、ことばを交はし合つたといふことなのです。
そして、その談(かた)らひは、いまも、ずつと続いてゐる、さう思はれてなりません。死と生は談らひ続けてゐます。その談らひによつて死と生は表裏一体のものです。どちらかひとつが欠けても世はなりたちません。ふたつはひとつなのです。
死と生とが、そのやうに断絶してゐるやうに見えてゐるのは、わたしたちの意識のせいです。
しかし、我が国の神話・神語りのありがたいところは、その大きな岩といふ断絶を超えて、死と生が談らひ合つてゐるといふ、このことであり、さらには、この談らひがこれまでの多くの解釈によるやうな憎しみをもつてやりとりされてゐるのではなく、互ひに互ひの存在と役割を讃へ合つてゐるといふことです。
それは、如実に響きとして響いてゐます。互ひに呼びかける時に、どちらも相手のことを「うつくしき・・・」といふことばを発してゐるのです。それは、死と生とが、もとは、ひとつであつたことから来る情の発露です。
世は分かたれなければならないこと。しかし、憎しみをもつて分断が宣言されるのではありません。
分かたれたからこそ、互ひが互ひを認め、讃え、敬つてゐます。
分断を煽るのではなく、互ひを讃え、敬ふといふ、葛藤を超えたひとりひとりの人の意識の変容こそが、世を生成発展させ、弥栄に栄へさせることへと深いところで働きかけてゐます。
そのことをわたしたち日本人は深みで知つてゐます。ご先祖様はそのことをわたしたち現代人以上に遥かに深く遠く知つてをられました。
そして、その古くからの伝統や習慣が失はれてしまつた今、わたしたちは、教育を通して、意識的に、我が国の神語りを暮らしの基にもう一度据ゑ直すことができないでせうか。
我が国の神話・神語りによつて、死と生が二極対立としてあるのではなく、ふたつがまるごとでひとつなのだとおほらかに(かつ、密やかな悲しみを湛へながら)捉へる力を育むことが大切なことではないかと思ふのです。
その内なる力が、世の分断を防ぎ、和してあることへ、そしてその和すことそのことが、弥栄に栄へゆくことへとわたしたちを導くといふ、いにしへからの我が国の精神の伝統をわたしも信じてゐます。
この内なる密(ひめ)やかなこころのなり変はりを、わたしたちは、もう一度、意識的に練習して行くこと。この大切さ、必要性を強く念ふのです。
語り「黄泉の国のくだり」。静かさと共に耳を傾けていただければ、幸ひです。
言語造形(Sprachgestaltung)とは、ルドルフ・シュタイナーのアントロポゾフィーから生まれた、ことばの芸術です。ことばを話すことが、そもそも芸術行為なのだといふことを、シュタイナーは、人に想い起こさせようとしたのです。
わたしたち「ことばの家 諏訪」は、大阪の住吉にて、その言語造形を学ぶ場を設けています。
HP「アントロポゾフィーハウス ことばの家」
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諏訪耕志ブログ『断想・・アントロポゾフィーに学びつつ・・』
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