2021年10月21日

家・いへ



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伊勢神宮内宮御正殿


わたしは、朝、布団の中で目を覚ましたとき、よく、なんらかのことばや考へが、一見脈絡なく(実は脈絡はありますが)、こころに訪れるのですが、皆さんはいかがですか。


夜の眠りのときを経て、朝の目覚めと共に訪れるそのことばや考へが、わたしにたいせつな何かを教へようとしてゐるやうに感じられてならないのです。


今朝、訪れてくれたことばと考へは、なぜか、「家・いへ」でした。


日本語の「家・いへ」。それは、古くからあることばで、神がお住まひなされるところといふ意味です。後に、屋代(やしろ・社)に、神はお移りになられました。そのことばは、空間を指すだけではなく、その家に住まふ人々の暮らしも含み、その一家、家族、家柄をも言ひます。(白川静『字訓』より)


そして、その響きからも感じられること、思はれることがあります。


「い」といふ音韻が、縦に貫く動きを感じさせること、幸田露伴もその『音幻論』で説いてゐますが、それは、天と地を結ぶ光の音韻と言ふこともできるのではないでせうか。「いのち」「いきる」「いきづかひ」「いきどほる」の「い」でもあります。


「へ」とは、おそらく「辺」といふ意味で、方向や場所のことでせう。そして、その「へ」といふ音韻に響く「え」といふ母音に、わたしたちは、「い」の垂直の線と交はる水平の動きを感じることができます。「え」といふ音韻によつて感じられるその水平の線は、地上の暮らしにおけるあれこれ、人生における横なる関係性を表してゐるやうに思はれるのです。


古の日本人は、「いへ」を、精神において垂直と水平の線が交はり十字をなす場所として捉へてゐたのではないだらうか。


「いへ」とは、そもそも、神と人とが共に暮らす場(同殿共床)としてありました。


その精神的な遺産の継承は、日本の精神の真ん中をかたちづくり続けて来た皇室でなされて来たお蔭で、日本全国津々浦々にいたるまで、この精神は国土に根付いて来ました。


以下のことばが、太陽の神であられる天照大御神のご神勅として、日本書紀などにも記録されてゐます。


「吾(あ)が兒(みこ)、此(こ)の寶鏡(たからのかがみ)を視まさむこと、當(まさ)に吾(あれ)を視るがごとくすべし。與(とも)に床(みゆか)同じくし、殿(みあらか)を共(ひとつ)にして、以て齋鏡(いわひのかがみ)と為す可し」


これは、天照大御神の子孫である歴代天皇は、鏡を天照大御神と思つてお祀りする事。さらに、同じ生活空間にあり、離れずに同じ住家に共にある事、そのやうな意味になります。




わたしたちの「いへ」は、これからどのやうな意味を持つことができるのでせう。


現代において、とりわけ、垂直の線の意味が「いへ」に見失はれてゐるからこそ、意識的にひとりひとりが今ゐるその場において、光の柱を樹てゆくこともできるのではないだらうか。


天地を結ぶ垂直の線と、人と人とを結ぶ水平の線とが、交はる結節点としての「家・いへ」。


そんな精神の絵姿を、今朝、想ひました。


アントロポゾフィーは、そのやうな精神からの営みを暮らしに密やかにもたらさうとするひとりひとりの働きです。


「天地(あめつち)と共に久しく住まはむと
 念(おも)ひてありし家(いへ)の庭はも」
(萬葉集578 大伴宿祢三依)





posted by koji at 10:30 | 大阪 ☁ | Comment(0) | アントロポゾフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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