2021年10月17日

ことばの社(やしろ)を打ち樹ててゆく



CIMG0549.JPG



言語造形をするたびにいつも感じるのは、どこか神社の境内に入るやうな感覚です。


それは、ことばの芸術に全身全霊で取り組むことで、作品がある意味、霊化・精神化されることによつて生まれる感覚なのです。


そして、ことばの精神によつて、目には見えませんが、精神の空間に、確かにリアルに感覚されることばの社(やしろ)が立ち上がつて来ます。


わたしたちは、語る人も聴く人も、ことばの社、ことばのお宮、ことばの家、と言つてもいいやうな精神の時空間の内側に入つて行くのです。


ことばを耳で聞く、といふよりも、ことばに全身が包まれる、と言つた方が、この感覚をよく言ひ表します。


そのプロセスを皆で共にする場。それが、言語造形が営まれる現場です。


そのような社を日本の各地に新しく打ち樹てていくこと。それこそが、アントロポゾフィーハウスの地道な仕事であり、大いなる理想なのです。


言語造形といふことばの芸術は、アントロポゾフィーが営まれるところ、シュタイナー教育が営まれるところ、日々の暮らしが営まれるところに、ゆつくりとこれから浸透して行きます。


なぜならば、芸術は、常に、人の生に時をかけてゆつくりと働きかけてゆくものだからです。


芸術とは、人によつて高められた「自然」です。


※写真は、奈良県吉野郡東吉野村に鎮座まします丹生川上神社中社境内にて。


posted by koji at 08:18 | 大阪 ☔ | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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