
ふと、購つてそのままにしておいた『遠山一行著作集(二)』を読み始めました。
ヨーロッパのクラシック音楽に対する批評文集です。
はじめの数十頁を読んだだけですが、すぐさま感じとられたのは、昭和の文人による文章の素晴らしさです。
想ひが思索によつて整へられ、奥行きのある清潔な文体。
著者にとつては、その対象は音楽ですが、対象が何であれ、考へる働きをもつてこころを導きながら、己れの想ひを深めて行くことのできる対象に出会へたとき、その人は仕合はせです。
そのやうな「もの」との出会ひ方、つきあひ方、取り組み方ができたとき、その人は対象についての知だけではなく、己れみづからの〈わたし〉といふものの充実をも受け取ることができる。
それが、科学的認識とは一線を画する芸術体験(芸術的認識)のもつ意味なのです。
そのやうな芸術的認識へと導くものこそが、批評といふものだと思ひます。
文章といふものそのものが、芸術になりうる。遠山氏の文章も、そのやうな文章であります。
たとへ、そこに記されてある音楽をこの身で聴いたことがなかつたとしても、文章そのものを読む喜び、感動、知的刺激を得ることができる。
芸術としての文章、そのやうなものをたくさん読みたい、声にも出してみたい、と念ふのです。
先人の織りなしてきた文目(あやめ)豊かな文章の織物に触れ、それを着こなして己れのものにする、そんな自己教育のあり方を模索していかうと念ふのです。
こころを慰め、疲れを癒し、喜びを感じること、それは人が何よりも芸術に求めるものですが、そこだけに尽きない、考へる働きを促し、想ひを拡げ、得心を深める、そんなこころの使ひ方をしたくなるやうな芸術や文章に出会ひたい。
時代から時代へとそのつど情勢は移りゆきますが、それらを貫いて、決してそれらに左右されない根本の精神を語り、謡ふ、文芸の道、ことばの道を指し示してゐる数多の本を読み込んでいく、その喜びを子どもたちにも伝へて行きたい。
また、これは大変な身の程知らずの不遜な言ひ方になつてしまひますが、自分自身もそのやうな芸術作品を生み出していきたい、と切に希ふのです。
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