明治31年(1898年)、福沢諭吉が65歳の時、速記者を前にして語り尽くし、みづから校正し出版した『福翁自傳』。
幕末から明治にかけての激動の時代を、本当にさばさばした気性と透徹した先見性をもつて駆け抜けた男。
読んでゐて、そんな印象が最初から最後まで持続する、無類に面白い自伝でありました。
人生におけるなんとも身軽で闊達な彼の足取りは、その文体が如実に表してゐますが、とりわけ、この作品は口から語られたことばの並びをそのまま活かしてゐるので、その息遣ひとことばの運びが彼の気質とひとつになつて、まぎれもなく、ここに福沢諭吉といふひとりの人がゐるといふ感覚を読み手にもたらしてくれるのです。
ここに人がゐる、といふ感覚。ここで人が語つてゐる、といふ感覚。
それは、この上なく、貴重なものです。
このやうな健やかな人を知ることで、彼のことばを読む人、聴く人にも、その健やかさが流れ込んできます。
その健やかさは、自分自身を信じ、何かをとことんまでやり抜く、その貫く力から生まれて来てゐます。
すがすがしいのです。
【読書ノートの最新記事】
- 写真という信仰の道 〜日高 優著「日本写..
- 前田英樹氏著「ベルクソン哲学の遺言」
- 近藤康太郎著『百冊で耕す』
- アラン『幸福論』から
- 小林秀雄『ゴツホの手紙』
- 辞典ではなく註釈書を! 〜保田與重郎『わ..
- 前田英樹氏著「愛読の方法」
- 前田英樹氏「保田與重郎の文學」
- 江戸時代にすでにあつた独学の精神 小林秀..
- 前田英樹氏『保田與重郎の文学』読書ノート..
- 前田英樹氏『保田與重郎の文学』読書ノート..
- 吉田健一「本が語つてくれること」
- 執行草舟氏『人生のロゴス』
- 学びについての学び 〜小林秀雄『本居宣長..
- 小川榮太郎氏『作家の値うち』
- 芸術としての文章 遠山一行著作集(二)
- 精神の教科書 詩集ソナタ/ソナチネ
- 柳田國男 ささやかなる昔(その一)
- 幸田露伴 〜美しい生き方〜
- 命ある芸術 〜フルトヴェングラー『音と言..