2021年08月20日

アントロポゾフィーハウスで大事にしたいこと



IMGP0110 (1).JPG



それは、本をていねいに読むといふことの大切さをからだで知ることです。


アントロポゾフィーからどんな実践的な働き、仕事をして行くにおいても、基本的な著書を熟読し続けることが大切であるといふことを伝へて行くことです。


「考へるな」「感覚がすべて」、そのやうなことばが氾濫してゐるやうに思へます。


しかし、仕事をして行く上では、そして人として生きて行く上では、考へる働きが絶対に欠かせません。


つまり、世に言はれてゐる「考へるな」といふ教へは、「余計なことを考へるな」といふことでせう。


人は、本当に大切なこと、本質的なことは何だらうと考へ続けることによつて、その人はますますその人になりゆきますし、ますます、その人は自由になりゆきます。


本質的なことについて考へる力があるからこそ、みづからを律して本質的でないことを考へずにすます力も養へます。


本質的なことについて考へる力を養つてゐないからこそ、余計なことを考へ続けて、こころを不健康にしてしまひます。


読書こそが、人から、考へる力を引き出してくれます。


引き出されれば引き出されるほど、繰り出されれば繰り出されるほど、考へる力はしなやかに、確かに、安らかに、わたしの内に育つことを実感してゐます。


アントロポゾフィーは、人の考へる力こそが人の人たるところを発揮して行く基なのだといふことをひたすらに提示してゐます。


「感覚」だけでは、人は人として生きて行くことはできません。


その「感覚」に、みづから考へる力をもつて〈考へ〉を重ね合はせることによつて、人は初めて「知る」ことができます。


そして、人は、知りつつ、知りつつ、仕事をして行くことができます。


いま、ひとりひとりの人が、世に意味ある仕事をして行くことが切に求められてゐるやうに思はれてなりません。


その仕事とは、外に出て働くこととは限りません。家の中にゐて、お料理を作る、お洗濯をする、赤ん坊の世話をする、すべてが「仕事」であります。


そして、仕事とは、書いて字のごとく、「仕へる事」「事に仕へる」です。


そもそも、仕事とは、捧げつつ仕へることです。


その、人の基のところを改めて意識的に学ぶことが、アントロポゾフィーの学びであり、そこからこそ、きつと、「仕事」が生み出されてゆきます。


アントロポゾフィーハウスは、そのやうにして、人の「仕事」をアントロポゾフィーの学びと敬虔さと見識から創つてゆかうといふひとつの自由な運動体です。



※ルドルフ・シュタイナーの基の書と言つてもいい、『自由を考える(自由の哲学)』『人と世を知るということ(テオゾフィー)』『いかにして人が高い世を知るにいたるか』といふ三冊に加へて、近い将来出版されるであらう『密の学のあらまし(神秘学概論)』、そして講義録では『普遍人間学』。これらの書は生涯読み続けて行つていいものだと念つてゐます。




posted by koji at 12:46 | 大阪 ☁ | Comment(0) | アントロポゾフィーハウス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。