2021年08月12日

むすんでひらいて



するか、しないか。かうするか、ああするか。


人には、みづからのこころを決める力があります。


その、こころをみづから決める力は、しかし、育まなければ、いくつになつても得られないこと、自分自身のことと共に衝撃的に知ることにもなります。


これは、若いころからの練習に懸かつてゐるやうに思ひます。さらには、幼いころからの親や教師からの働きかけも大いに深く関はつてゐるやうです。


アントロポゾフィーからの子どもへの教育においては、次のやうに、はからひます。


その、こころを決める力が、外からではなく、やがて成長しつつ、ひとりひとりの子の、内も内から生まれて来るやうに。


その力の汲みだしを焦つて、小学生時代から子どもに判断をさせたり、こころを決めさせたりはしません。ゆつくりと、ゆつくりと、やがて思春期を経て二十歳前後にその判断する力、みづからこころを決める力が熟して行くことを促して行きます。


早産させず、かけるべき時間をかけて、待てばこそ、生まれて来るものは、健やかで力強いのです。


ちなみに、ドイツ語では、「こころを決める、みづからを決める」といふことばは、「sich erschließen」となります。


そして、「開けてくる」といふことばは、「sich entschließen」となります。


人は、みづから、こころを決めればこそ、初めて、ものごとも、また、みづからもが、開けてくるのですね。


「こころを決める、こころをむすぶ」と「こころがひらける、ものごとがひらける」とは、対になつてゐるやうです。


こころを決める時、ものごとがひらかれ、自分自身のこころがひらかれ、腹も座るのでせう。


大人であるわたしたちが、右往左往することから抜け出し、いま、みづからで、みづからの、こころを決める時を迎へてゐるやうに思はれてならないのです。




posted by koji at 10:13 | 大阪 ☔ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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