クロード・モネ《霧の中の太陽》
感官の啓けに沿ひつつ、
わたしはみづからを駆り立てるものを失つた。
夢のやうな考へ、それは輝いた、
己れを奪ひ去るかのやうにわたしを眠らせながら。
しかし、すでに目覚めさせつつわたしに迫つてゐる、
感官の輝きの中に、世の考へるが。
An Sinnesoffenbarung hingegeben
Verlor ich Eigenwesens Trieb,
Gedankentraum, er schien
Betaubend mir das Selbst zu rauben,
Doch weckend nahet schon
Im Sinnenschein mir Weltendenken.
※ Weltendenken といふことばを、Welten(宇宙の)denken(思考)と訳さずに、古くから日本人が用ゐ、馴染みのあることばをなるべく遣ひたく、Weltenを「世の」とし、denken は、動詞のかたちををそのまま用ゐてゐるシュタイナーに倣ひ、そのかたちが伝へる動きの感覚、アクティブな感覚を活かすべく、そのまま「考へる」としました。よつて、見慣れなく、聴き慣れない言ひ方ですが、「世の考へる」としました。
夏のこの季節、考へる力が、本当に鈍つてくる。
「考へる力」こそが、人を本来的に駆り立てる力なのに、その力が失はれてゐるのを感じる。
外の世の美しさが目や耳などを支配して、美をたつぷりと味はふこともできる反面、その情報量の多さに混乱してしまふ危険性があるのも、この季節の特徴かもしれない。
内なる統一を与へる「わたしの考へる力」が失はれて、そのかはりに、もの想ひに支配される時間が増えてゐる。
その「もの想ひ(夢のやうな考へ)」とは、ものごとや人に沿つて考へることではなくて、ものごとや人について、手前勝手に想像してしまつたり、その想像にこころが支配されてしまつて、その想ひの中で行つたり来たりを繰り返すありやうだ。
もの想ひは、めくるめくやうに、わたしのこころの中を巡り、にぶく輝き、「己れを奪ひ去るかのやうにわたしを眠らせる」。
本当に自分の考へたいことを考へることで、人は目覚めることができる。
けれども、もの想ひにふけることで、人は夢を見てゐるやうな、あるいは、眠り込むやうなありように陥つてしまふ。そんなありやうを、どう受け止めたらいいだらう。
「人が考へる」よりも、「わたしが考へる」よりも、「世が考へる」、そのことに己れを任せてみないか。
世は、まがふことなく、秩序と法則に従つて時を生きてゐる。そして自分は、すでにゐるべき場所にゐて、すでに出会ふべき人に出会つてをり、すでにするべきことに向かつてをり、すでに生きるべき人生を生きてゐる。さう、見直してみないか。
「わたしが考へる」ことの力が失はれてしまつた、この時期だからこそ、その「世の考へる」「(恣意を挟まず)おのづからまぎれなく考へる」に任せてみる。
夏のこの時期における、そのこころのモードチェンジは、自分自身を統一する考へる力がいつたんは眠つてしまひ、見失はれたからこそ、来たる秋から冬にかけて、新しく鮮やかに自分自身で考へる力が目覚めることへと、わたしたちを導いてくれるだらう。
「見る」をもつと深めていくことを通して、からだをもつと動かしていくことを通して、感官を通して、だんだんと輝きが見えてくる。
頭であれこれ考へるよりも、手足を動かすことを通して、手足で考へる。
その手足の動きこそが、「世の考へる」との親和性は高い。
それは感官を超えるものを見いだし、感じ始めることでもあり、理屈抜きで、この世のものといふもの、ことといふことをなりたたせてゐる基のところを垣間見ることでもある。
密やかなところを見いだせば見いだすほどに、また顕はなところも、よりくつきり、はつきりと見えてくる。
そして、その見えてくるところが、ものを言ひ出す。
夏ならではのこころの練習として、ものがものを言ひ出すまで、からだを使つてみよう。そして、からだをもつて「見る」に徹してみよう。
その「動く」「見る」から聴きだされることば、伝へられる考へ、それらは、こころに直接響いてくる。
小賢しく考へる必要がなく、それらのことばと考へが、こころに直接「訪れる」。その訪れるものを、「世の考へる」とここでは言つてゐる。
この『こよみ』を追つてゐると、まるで「いまの自分の生活、こころ模様そのものが記されてゐるぢやないか」と感じることがよくある。
もの想ひから抜け出す道を、探りつつ、汗を流して稽古をしつつ、歩いていくことができる。
感官の啓けに沿ひつつ、
わたしはみづからを駆り立てるものを失つた。
夢のやうな考へ、それは輝いた、
己れを奪ひ去るかのやうにわたしを眠らせながら。
しかし、すでに目覚めさせつつわたしに迫つてゐる、
感官の輝きの中に、世の考へるが。
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