2021年07月04日

日曜の朝の精神の水浴び



106923137_3132895843457107_978985079653380778_n.jpg
セザンヌ「大水浴」



わたしのからだの中に、こころと精神があるのではなく、からだを包んでゐるのがこころであり、そのこころを大きく超えて、世の隅々まで、世の果てまで広がり渡つてゐるのがわたしの精神です。


メディテーションの繰り返しによつて、そのことに実に親しむやうになります。


光の息遣ひによつて、そのことを実に感覚することができます。


言語造形といふ芸術によつても、そのことを生きることができます。


人は、からだを越えてこころを感じ得たとき、さらには、こころを越えて精神に触れ得たとき、みづからの桎梏から自由になり、愛と自由が流れてゐる精神の川にて、水浴びをすることができます。





posted by koji at 08:51 | 大阪 ☁ | Comment(0) | アントロポゾフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。