2021年06月02日

メディテーションのことばと言語造形



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メディテーション(瞑想)において内に響かせられることばは、お日様に向かふ花弁のやうに、こころに精神を取り入れる入り口になります。


そして、言語造形で養はれることばの感官(言語感覚)は、メディテーション(瞑想)するときにおいて、とてもたいせつなものです。


ことばに意味だけを求めるのではなく、その響き、リズム、動き、かたち、バイブレーションをありありと見て、聴いて、感覚する。


その機能と器官が、ことばの感官です。


このことばの感官が、日常のことばの世界を離れた、精神の力を呼び集めてくれます。言語造形はこの感官を養ひます。


そして、日本人は、和歌や俳諧などことばの芸術を通して、ずつと、この「ことばの感官」を養ひ続けてきました。


また、この感官は、みづからの動きを感覚する動きの感官(運動感覚)と表裏一体のものですので、からだの動きを養ふことでもあります。


しかし、この動きといふものが、静かさ、安らかさと共にある。


せわしなく動きまわるのではなく、静かさが動いてゐる。


さういふ感官の働きを養ひます。


日本の神話に、「天(あめ)の安(やす)の川」といふ川が、出てきますが、あの高天原(精神の世)に流れてゐる川は、弥(ゐや)進む川、どんどん流れて流れつづけてゐる川でありつつ、安らかな流れなのです。


精神とは、常に、一瞬も休むことなく動き続けてゐますが、静かさを失はず、光が凄い勢ひで流れてゐる。


その生命の精神の流れは、人の疲れて病んだこころとからだを癒し、生命力を甦らせるのです。


そんな精神の流れ、天の安の川の水と共に、言語造形をしていきたいと思ひます。


滞らずに、安らかに、動きの中に入つて行く。


それこそが、こころに健やかさをもたらし、また、人体の免疫力を上げる上で、とてもたいせつなものです。


メディテーション(瞑想)、そして言語造形。


それは、精神からの学びと芸術です。



posted by koji at 09:21 | 大阪 ☁ | Comment(0) | アントロポゾフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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