2021年05月19日

そもそも、何を求めてゐた?



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天の香久山にいたる道にて



未来のことをあれこれ心配することは、実は、エゴイズムに他ならないのだと教へてくれたのは、ルドルフ・シュタイナーの『普遍人間学』でした。


そのエゴイズムから抜け出るために、わたしたちは、行く末のことを思ひ患ふのではなく、来し方、過去、生まれる前のことを想ひ起こすことがたいせつだよと教へるのでした。


「これから先、一体、どうなるんだ」「どうすればいいんだ」といふ方向に頭を働かせない。


さうではなく、「わたしは、そもそも、何を求めて、この世に生まれて来たんだつけ」「本当は何をしたかつたんだつけ」「どんな人になりたかつたんだつけ」と問ひ、考へ、想ひ起こす。


その考へ方が、こころの情を、冷たく、固く、閉じたありやうから、暖かく、柔らかく、開かれたありやうへと、だんだんとなり変はらせます。


この世に生まれて来る前に、〈わたし〉は、すでに、あつた。


そんな精神からの視点・観点・考察点を活き活きと取り戻す営み。


それが、アントロポゾフィーの営みです。




posted by koji at 15:30 | 大阪 ☔ | Comment(0) | アントロポゾフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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