2021年04月24日

上の四つの感官の育み 〜普遍人間学から〜



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今日、『普遍人間学』土曜オンラインクラスにて、計三回の「十二の感官」の論を終へました。


この「十二の感官」に関しては、わたしからも述べるところ多々あり、受講してゐる皆さんにとつても、それらの知を消化するのにご苦労があつたと思ひます。


三回に分け、「下の四つの感官」「中の四つの感官」と順に説いて来まして、今日は、最後の「上の四つの感官」についてだつたのですが、わたし自身、話し終へて、改めて、この「上の四つの感官」の育みの大切さを思ひ知りました。


もちろん、すべての感官の育みが、常に、なされてしかりです。


が、まさに、この世に生まれて来て、年齢を経ると共に、わたしが、ますます〈わたし〉へとなりゆき、社会を活き活きと創つて行くメンバーのひとりとして働くためにも、この「上の四つの感官」の育みは、重きをなします。


「聴く感官」の育みには、内における安らかさと静かさを要します。


「ことばの感官」の育みには、内における動きとアクティビティー、闊達さを要します。


「考への感官」の育みには、内における敬ひとへりくだりの情を要します。


「〈わたし〉の感官」の育みには、内における仕へる力、捧げる力を要します。


いづれも、わたし自身、持ち合はせてゐない、育みを要するものです。


もう二度と、人生において同じ過ちをしたくないわたしとしては、だからこそ、意識的に、これら「上の四つの感官」を育んで行くことがどうしても必要だと強く念つたのでした。




posted by koji at 23:11 | 大阪 ☀ | Comment(0) | アントロポゾフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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