柳田國男全集第三十一巻(ちくま文庫)に入つてゐる「ささやかなる昔」が、味はひ深く、読んでゐて面白くて堪らない。
その巻頭の文章「萩坪翁追懐」から、すでに、抜き書きしたくなつたので、しておかうと思ふ。
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(わたしが十七年間の感化を受けた松浦先生は)まさしく「昔」を人にしたやうな、徳川時代足利時代を超脱して、もつと古い処へ腰をかけたやうな心行きの人であつた。
私は初め歌を修行するために先生の門に入つたのであつたが、歌よりほかに露骨にいへば人生の観方といふやうなものをも教へられた。先生の訓によつて日本の歌に限つて「人の心の真(まこと)より」といふやうな特殊の条件のあるのを奇異とは感じなくなつた。先生の説では歌は紙に書いて人に見せての面白味よりも、いはゆる口吟(ずさ)むといふ興味を尚(たつと)ぶべきものだといふことであつた。新しい言葉で説明するならば、理解の労力なしに自分の感情を伝へるのを専(もつぱら)にすべきものだといふ趣旨であつた。
(先生は)時として幽冥を談ぜられた事がある、しかし意味の深い簡単な言葉であつたから私には遂に了解し得られなかつた。「かくり世」は私と貴方との間にも充満してゐる、ひとりでゐても卑しい事はできぬなどと折々いはれた。
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