我が国最古の抒情歌集『萬葉集』。
その開巻第一首目の歌、第二十一代・雄略天皇(大泊瀬稚武天皇・おほはつせわかたけのすめらみこと)による長歌を歌はせていただきました。(訓みは、土佐の国学者・鹿持雅澄のものです)
籠もよ み籠持ち
堀(ふ)串(くし)もよ み堀串持ち
この丘に 菜摘ます子
家告(の)らせ 名のらさね
そらみつ 大和の国は
おしなべて 吾(あれ)こそ居れ
しきなべて 吾(あれ)こそ座(ま)せ
吾(あ)をこそ 夫(せ)とは告らめ 家をも 名をも
なんと、恋の歌です。野に若菜を摘む、をとめに対する求婚の歌です。
我が国において、精神文化の中心であり、かつ、神と通じる霊的な役割を荷ひ続けられる天皇様が、をとめに恋をし、結ばれ、御子をお生みになること、それは、国といふ共同体が弥栄に栄へゆくための、とても、とても、たいせつなことなのでした。
だからこそ、『萬葉集』の第一首目なのです。
言語造形による朗唱。
ことばのひとつひとつの意味よりも、まづ、短短長、短短短長・・・と重ねられる響きのリズムと母音の広がり、それらの音楽的要素・彫塑的要素を感じてみませう。
その、上昇していくおほらかな調べは、この歌を口ずさむたびに、わたしをまるで桃源郷の世界へと、いざなふやうなこころもちにさせるのです。
共に味はつていただくことができればなによりです。
なぜ、『萬葉集』といふものが、この世に生まれたのか。
それは、当時の日本が危機に直面してゐたからです。
我が国の先祖伝来の精神文化が、隣の大国・唐からの最新の文化・文明に、駆逐されさうになつてゐたからです。
ご先祖様から受け継いできたものの考へ方、暮らしの立て方、人生の送り方、そして、何よりも、古くからのことば遣ひ、それらが失はれさうになつてゐたからです。
明治の文明開化の約一千年前にも、同じやうな深刻な矛盾を、我が国は抱えざるをえなかつたのです。
『萬葉集』は、古くからのことばに対する信仰、ことばに対するたいせつな感覚を保持し、未来永劫の日本民族に、そのことばの美、言霊の力、言語芸術を、なんとか残さうとして、大伴家持によつて編まれたものです。
この『萬葉集』が編まれたことによつて、その後も辛くも、日本は日本であり続けることができたのだ、さうわたしは確信してゐます。
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