2021年03月02日

なめとこ山の熊(その二)〜音の世を培ふ〜






密(ひめ)やかに学ぶ人は、動物の声が知らせてゐる快や痛みに、みづからの情を親しく繋ぎ、そのやうな声と響き交はす。

その人は、さらにそれを超えて、その声がみづからにとつてなんであるかに迫る。

その声が心地よからうとなからうと、気に入らうと入るまいと。

その声を発するものの内に生じてゐることこそが、みづからのこころのまるごとに満ちるやうにする。

はからひに沿ひ、先立つ考へをもつて、そのやうな練習をする人は、声を発するものと、合流するやうになる。

自然のまるごとが音によつて秘密をささやきはじめる。

かつてはみづからのこころにとつて訳のわからない音であつたものが、意味に満ちた自然の言語となる。

そのやうな情の培ひにおいて、やがては、それまで思ひも寄らなかつたものを聴くことができてゐることに気づくやうになる。

その人が、こころをもつて、聴きはじめる。


(ルードルフ・シュタイナー「いかにして人が高い世を知るにいたるか」より)



言語造形による語り「なめとこ山の熊」、賢治の本作品からの抜粋を全四回でお届けします。


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