2021年02月28日

なめとこ山の熊(その一)〜信仰といふものの深みを引き出したい〜




宮沢賢治の「なめとこ山の熊」から部分を抜粋して、四回に分けて語らせてもらひました。

この作品には、多面的な意味や魅力が詰まつてゐます。

しかし、とりわけ、このたびは、信仰といふものの深みをこの作品から引き出して、それを提示したい。

その希ひから、作品のまるごとから四つの場面を抜粋し、また、その希ひに叶ふやうなタッチで語ることに挑戦してみました。

第一回目。

熊といふ山の生き物を殺すこと。

だからこそ、猟師の小十郎のこころが、祈りへと導かれて行く。

その悲しみ・・・。


「信仰といふものの深みを引き出したい」と書きましたが、言語造形といふ芸術は、いつも、作品といふ作品、ことばといふことばから、こころの、信仰の、祈りの、精神の、強さ、深さ、確かさ、美しさを、引き出すものだと感じてゐます。

このやうにして動画に収録することも、一回一回が、ひとつの舞台作品創りで、何度も何度もやつてはやり直し、やつてはやり直しといふ、その作業は、多くの苦しみを伴ふのですが、その苦しみがまた、とてつもなく楽しいのです。楽しんで、苦しんでゐる、といふか・・・。

なぜ、楽しいのか。それは、きつと、美とまことに向かつてゐるからだと思ふのです。

この作業は、間違ひなく、子どもの時の遊びの延長線上にあります。



※サムネイルの絵は、ken kaizuさんのブログの次のページから拝借いたしました。
http://blog.livedoor.jp/kaizuken1/archives/51376959.html


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