2020年12月29日

大歳の焚き火




昔の日本人は、自分自身の誕生日を「はっぴ、ばーすでー、とぅー、ゆ〜」と祝つてもらふといふやいうな習慣・風習はなかつたさうです。大晦日から元日の朝になつて、皆、一緒に、ひとつ、歳をとるのでした。お母さんのお腹から出て来た時、その時すでに一歳であり、次のお正月には子どもは皆二歳になるのでした。


このことを、「ヨーロッパに比べて、個人の意識が育たない日本ならではの古臭い風習であつた」などといふありきたりのことばで言つて、片づけてしまつても甲斐ないことです。


ルードルフ・シュタイナーは『こころのこよみ』の序文において、「一年のいのち」といふ言ひ方をしてゐます。「年」といふもの、ひとつひとつに、いのちがあるのです。


大晦日まで数へ終へたら、また、もとの初めの一月一日から数へ始める。その大歳(おほとし)のいのちの甦りの感覚を、昔の人は鮮やかに持つてゐたのでせう。国民こぞつて感じることのできるその感覚は、きつと、本当に厳粛なものです。


個人の目覚めの前に、充分な備へがなされてゐた日の本の国風(くにぶり)こそを、わたしたちは見直してしかりでせう。


その大歳をとる、その刹那に火が焚かれてゐる。それは、どれほど、人を勇気づけてゐたことでせう。火は、日であり、靈(ひ)であります。暗闇のさなかに人によつて灯される靈(ひ)。


わたしたちこそ、いまこそなほ、その靈(ひ)を求める者ではないでせうか。わたしたちこそ、その靈(ひ)を灯す人ではないでせうか。


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