2020年11月18日

結婚の意味



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といふテーマで、昨日は講義をさせてもらひました。わたしにとつて、なんと身の程知らずなテーマでせう!

昔の人にとつては、伝統的な暮らしぶり、長い月日から生まれて来た叡智が大家族といふシステムの中で見事なまでに機能的に作用してゐましたので、ひとりひとりのエゴもある意味、集団の中で撓められ、育まれ、結婚を通して家族を持つといふこと、「結婚の意味」がおのづと分かるやうになつてゐました。

しかし、現代、ライフスタイルは激変し、大家族がどんどん分化して、核家族として結婚生活を営むやうになつて、昔では考へることもできないやうな自由を享受しながらも、エゴとエゴとがまともにぶつかり合ふ、そんなきわどいバランスの上でわたしたちは生きてゐます。そして、「結婚の意味」は誰も教へてくれません。ひとりひとりが自分自身で見いだし、つかみ取つていく他なくなつてしまひました。

つまるところ、結婚の意味とは、様々な社会的な意味のさらに深みにある、「愛」の問題に尽きますので、人の内なる精神への問ひかけになつてしまひます。

愛とは、からだを超える精神の次元があること。いや、むしろ、精神の次元でこそ、愛が本質を顕はにすること。さらに、痛みや苦しみや悲しみを痛切に感じ、死といふものが目前に迫らないと、たいていの人は愛に目覚めることができないので、「結婚」とは何を意味するのか、といふ問ひを本心本当に自分の問ひとして抱くことは、とてもとても難しいことです。

エルンスト・フォン・フォイヒタースレーベンといふ人が、こんなことばを残してゐます。

精神のみだ。
こころが外に希んで得られないものを
つくりだすことができるのは。
愛を求める者は愛を見いだすまい。
が、愛を与へる者は愛を受けるだらう。

これらのことばは、重くはないでせうか。
わたしには、とても重いことばと感じられます。




posted by koji at 07:54 | 大阪 | Comment(0) | アントロポゾフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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