2020年10月09日

静かに響いてゐるものに耳を澄ます



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学校で先生がわたしたちに、
「将来の夢は何か」つて訊くことつて、
よくないと思ふ。


あるとき、小学六年生の次女がさう言ひました。


自分で自分を決めてしまひたくない、
さういふことをことばで言ひたくない、
とも言つてゐました。


「将来の夢」といふことばは、
きつと「就きたい職業」といふ意味ですよね。


いまは、「You Tuber」といふ職業が、
小学生にもとても人気があるさうですね。


「You Tuber」といふ職業は、
昔で言ふと、
「歌手」「タレント」
とかに近い感覚で受け止められてゐるのでせうか。


とにもかくにも、
現在ある職業、社会に沿つて、
子どもを育てることを、
多くの親たちも望んでゐると思ひます。


しかし、それが一番いけない。


それは、
いまある職業のほとんどは、
10年後には無くなつてゐるだらう、だとか、
いまの時点では全く予想もつかないやうな職業が、
10年後には出てきてゐるから、とか、
さういふ理由からではありません。


教育といふものは、
社会といふ外の世に合はせてなされるものではなく、
人の精神といふ内の世に合はせてなされるべきものだからです。


社会に沿つて人を育てるのではなく、
まづもつて、
ひとりひとりの子どもの内なるものを引き出すこと。


そしてその引き出されたひとりひとりの精神が、
やがて社会を創つて行く。


もちろん、これは綺麗ごとかもしれません。
確かにこの世の社会は綺麗ごとでは済まないところです。
しかし、教育は綺麗ごとであるべきですし、
そもそも聖域での営みであるべきです。
大人が営んでゐる社会に沿つて、
子どもを教育しないこと。


社会を根本から見直し、
よくしていくことができるのは、
政治や社会といふ外側の世界からではなく、
ひとり人のみ、
ひとり〈わたし〉のみからです。
人が自分自身をよくして行くこと以外に、
道はありません。


どのやうな職業に就くか。


それは、
その人がこの世で様々なことを体験して、
深く何かを感じて生きていくうちに、
内側に深く静かに響いてゐるものに、
耳を澄ますなら、
きつと、
その人その人をふさはしい場所に導くものです。



posted by koji at 23:48 | 大阪 ☔ | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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