2020年08月14日

基礎練習といふものの意味



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二十六年ほど前からわたしは、
言語造形といふ芸術に携はり始めたのですが、
基礎練習を、
本当に毎日、毎日、
繰り返しすることができてゐるのは、
我ながら不思議な感じがします。
 
 
それまでは、
つまり二十代までのわたしは、
ひとつのことを継続してやれた験しがなかつた(-_-;)
 
 
ですから、何かを継続できる、
その意志の力といふものは、
無理強ひして育つやうなものではなく、
この人生を越えたところから導かれる力であり、
継続してすることのできる何かは、
向かうからやつてくるものだと思ひますね。
 
 
しかし、それはさうとしても、
子どもの頃、たくさん遊ぶといふことは、
意志の力の育みにおいて、
とてもたいせつなことです。
 
 
そして、理想を言へば、
シュタイナー教育のやうに、
小学校時代に、芸術を通して、
繰り返し、繰り返し、創ることに挑むことができたら、
さぞかし、その人の意志の力は強まり、
感覚し、感じる情の力は豊かになる、
さらには、大人になるプロセスにおいて、
本当に行きたいところへ行くことができ、
会ひたい人に会ふことのできる、
その力が強まる、
さう思ひますねえ。
 
 
さて、わたしの基礎練習には、
40分から1時間ぐらゐ掛かります。
 
 
基礎練習をすることによつて、
芸術といふ仕事に必要な、
様々な要素が見えてくるのです。
 
 
歳を追ふごとに、
その基礎練習に対する感覚に、
深みが加はつてくることを感じるのですが、
以前は、汗を一杯かいてやり終へた後の、
「なすべきことをしてゐる」といふ、
充実感がずつと嬉しかつたのです。
 
 
しかし、ここ半年ほどは、
その基礎練習をすることそのことの中に、
喜びと楽しみを感じ始めました。
 
 
なんと、遅い、とても遅い、成長でせう!
 
 
これは、わたしにとつて、
とてもゆつくりと進行してきた、
ひとつの内なる変容、
大袈裟に言へば、
ひとつの小さな大革命(?)です。
 
 
どの芸術、どの仕事にも、
その営みを根底で支へてゐる、
基本の型といふものがあります。
 
 
仕事をする際に、
その型をいかに崩さないか。
 
 
そして、その崩れない型の中に、
いかに豊かで深い色合ひと調べが息づいてゐるか。
 
 
そのやうな型が身についてゐるからこそ、
仕事の対象に対する感覚が研ぎ澄まされて来ますし、
だからこそ自由自在に羽ばたくやうに仕事ができる。
 
 
そして、その型自体が、
長いときをかけてゆつくりと成長して行く。
 
 
どの仕事においても、
そのやうな基礎練習に支へられてゐる型が、
あるのではないでせうか。
 

むしろ、積極的に、
見いだして行つていいものだと思ひます。
 
 
 


posted by koji at 14:06 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 言語造形 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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