2020年07月11日

こころざしと情熱



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昨日と今日の朝、
「アントロポゾフィークラス・オンライン」。
シュタイナーの『普遍人間学』の講義でした。
 
 
三十年前、わたしには、
このやうなアントロポゾフィーの学びを
得ることができた場がありました。
高田馬場にあつた「シュタイナーハウス」です。
 
 
東京です。
 
 
東京に身を置かなければ、
生身の人から活き活きとした学問として、
アントロポゾフィーを学び得ないのでした。
 
 
だから、大阪から東京へ行き、
その場に自分のすべてを注ぎ込み、
学びのために身を削りながら、
同時に喜びに震え、
悲しみを舐めながら、
毎日を生きたのでした。
 
 
人によつては、
その地がドイツであつたり、
イギリスであつたり、
アメリカであつたりしたのでせう。
 
 
いまは、全国の地の人が、
オンラインでかうして集まつて、
アントロポゾフィーの学びをすることができるといふこと。
 
 
隔世の感があります。
 
 
しかし、今日、参加者の方が仰つて下さいました。
 
 
忙しく家事を片づけて、
10時になつた。
さあ、『普遍人間学』の講義だ。
自分にとつてたいせつなことだとは
分かつてゐながらも、
ひとりではなかなか続けて行くことが難しい、
そのアントロポゾフィーの学びだ。
さう自宅で考へながら、
コンピューターの前に座り、
同じ志をもつ仲間にオンラインの上ではあれ、
また会ふことができる。
このことのありがたさを念ふ、と。
 
 
皆、何かを熱く求めてゐるのです。
 
 
理由を説明できない、
みづからの内にこみ上げてくる「こころざし」。
 
 
そして、学びの仲間に加はるといふこと。
 
 
それは、何かの縁(カルマ)です。
 
 
三十年前であらうと、今であらうと、
その「こころざし」の輝きは変はりませんし、
カルマの糸は織り続けられてゐます。
 
 
リアルであらうと、
オンラインであらうと
肝心要のことは、
その人のこころざしと情熱です。
 
 
それは、静かで穏やかな表情を纏つてはゐますが、
内側では自分でも思ふ以上に熱く激しいものなのです。
 
 
そんなこころざしと情熱に応へることができるやう、
アントロポゾフィーを語る。
  
 
わたし自身の「こころざし」を想ひ起こすことのできた、
そんな今朝でした。
 
 




posted by koji at 18:28 | 大阪 ☁ | Comment(0) | アントロポゾフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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