2020年07月04日

土曜の朝の精神の水浴び



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セザンヌ「大水浴」


 
わたしのからだの中に、
こころと精神があるのではなく、
からだを包んでゐるのがこころであり、
そのこころを大きく超えて、
世の隅々まで広がり渡つてゐるのがわたしの精神です。
 
 
メディテーションの繰り返しによつて、
そのことに実に親しむやうになります。
 
 
光の息遣ひによつて、
そのことを実に感覚することができます。
 
  
言語造形といふ芸術によつても、
そのことを生きることができます。
 
  
人は、からだを越えてこころを感じ得たとき、
さらには、こころを越えて精神に触れ得たとき、
みづからの桎梏から自由になり、
愛と自由が流れてゐる精神の川にて、
水浴びをすることができます。
 
 
 


 
 
 



posted by koji at 06:57 | 大阪 ☁ | Comment(0) | アントロポゾフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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