2020年06月10日

自由への道A メディテーション「考へるといふこと」


 
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人をこころから愛することができるのは、
その人を「想ふ」からであり、
その想ひは、「考へる」ことにより初めて得られる。
 
 
さう、『自由の哲学』第一章にあります。
 
 
昨日は、
「見初める」ことから、
誰かを、何かを、愛する道筋を述べました。
 
 
今日は、
「考へる」ことから、
誰かを、何かを、愛する道筋です。
 
 
初対面の時は、
さほど印象付けられない相手であつても、
何度も会ひ、何度も語りあふうちに、
その人のことばや振る舞ひから、
だんだんとその人についての「想ひ」を抱くやうになる。
 
 
「想ひ」とは、
その字のごとく、
ある相が心の上の描かれてゐるありやうです。
 
 
その人のことをこころに想ひ描くには、
その人のことを考へなければなりません。
  
 
考へるからこそ、想ひが抱かれます。
 
 
そして、その想ひから、
やがて、その人を愛する道が始まります。
 
 
それは、メディテーションの道です。
 
 
精神の世から生まれてゐるある高貴な考へを、
こころの中で想ひとしてしつかりと抱くのです。
 
 
すると、その考へが力を持ち始めます。
 
 
その考へが、その人のまるごとに浸みこんで来ます。
 
 
こころとからだ、まるごとが、
その考への精神から方向づけられて来ます。
 
 
メディテーションとは、
精神を敬ひ、尊び、愛しつつ、
精神とひとつになりゆくこころの道なのです。
 
 
昨日述べた、
芸術実践といふ「見初める」ことの練習、
そして、今日述べてゐる、
メディテーションといふ「考へる」ことの練習、
このふたつを意識的に修めて行くこと。
 
 
これが、人がひとりの人になりゆく道、
自由への道、
アントロポゾフィーの要でもあります。
 
 
この夏、言語造形といふ芸術を礎にして、
四日間連続の講座『言語造形 その実践と理論
を開催します。(7/23〜7/26)
 
 
アントロポゾフィーといふ精神の学びに、
言語造形といふ芸術にどつぷりと、
入り込んで行く、ひとつの門に、
この夏、共に入つていきませんか。
 
 
 


posted by koji at 17:32 | 大阪 ☁ | Comment(0) | アントロポゾフィー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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