2020年06月02日

瞑想のことばと言語造形


  
CIMG6139.JPG


メディテーション(瞑想)において
響かせられることばは、
お日様に向かふ花弁のやうに、
こころに精神を取り入れる入り口になります。
 
 
そして、
言語造形で養はれることばの感官(言語感覚)は、
メディテーション(瞑想)するときにおいて、
とてもたいせつなものです。
 
 
ことばに意味だけを求めるのではなく、
その響き、リズム、動き、かたち、
バイブレーションをありありと見て、聴いて、
感覚する。
 
 
その機能と器官が、ことばの感官です。
 
 
このことばの感官が、
日常のことばの世界を離れた、
精神の力を呼び集めてくれます。
 
 
言語造形はこの感官を養ひます。
 
 
また、この感官は、
みづからの動きを感覚する動きの感官
(運動感覚)と表裏一体のものですので、
からだの動きを養ふことでもあります。
 
 
しかし、この動きといふものが、
静かさ、安らかさと共にある。
 
 
せわしなく動きまわるのではなく、
静かさが動いてゐる。
 
 
さういふ感官の働きを養ひます。
 
 
日本の神話に、
「天(あめ)の安(やす)の川」といふ川が、
出てきますが、
あの高天原(精神の世)に流れてゐる川は、
弥(ゐや)進む川、
どんどん流れて流れつづけてゐる川でありつつ、
安らかな流れなのです。
 
 
精神とは、常に、
一瞬も休むことなく動き続けてゐますが、
静かさを失はない、
静さが凄い勢ひで動いてゐる。
 
 
その生命の精神の流れは、
人の疲れて病んだこころとからだを癒し、
生命力を甦らせるのです。
 
 
そんな精神の流れ、
天の安の川の水と共に、
言語造形をしていきたいと思ひます。
 
 
滞らずに、安らかに、動きの中に入つて行く。
 
 
それこそが、人体の免疫力を上げる、
とてもたいせつなものです。
 
 
瞑想、そして言語造形、
精神からの学びと芸術です。
 
 


posted by koji at 08:13 | 大阪 ☁ | Comment(0) | 言語造形 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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