今からおほよそ二千年ほど前にも、
この国に、
天災、疫病、打ち続き、
民たち多く死にゆきて、
ところ定めずさすらひて、
叛(そむ)く者あまた出で来たつたさうです。
ときの第十代・崇神天皇、
御眞木入日子印恵命
(みまきいりひこゐにえのみこと)は、
その窮状を治めようとなされて、
祈りに祈られたことが、
古事記、日本書紀、それぞれに記されてあります。
すべてが、
己れの至らなさゆゑだとお考へになられ、
御苦衷の程、いかなるものであつたでせう。
三輪山の、西の麓にある、
お宮址の、
磯城瑞籬宮(しきのみずがきのみや)、
そして、
崇神天皇をお祀りしてゐる、
大神神社の末社である天皇社に、
お参りしてきました。
なぜか、ここには、幾たびも、幾たびも、
通ふやうにお参りしてゐます。
わたしたちも、
この長いお籠りの時を経て、
天岩戸開きのやうに、
きつと、遠からず、
次の歌のやうなやりとりが、
わたしたちの間でもなされることと、
信じてゐます。
此の神酒(みき)は 我が神酒ならず やまと成す
大物主の 釀みし神酒 幾久 幾久(活日)
味酒 三輪の殿の朝門にも
出でて行かな 三輪の殿門を(諸大夫)
味酒 三輪の殿の 朝門にも
押し開かね 三輪の殿門を(崇神天皇)
いま、今上陛下も、
どれほどお祈りされてゐらっしゃることでせう。
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