2020年04月24日

天と地の交流としての息遣ひ

 

わたしたちは毎時毎瞬、
呼吸をしてゐます。
 
 
させていただいてゐる、
と言ふ方がいいやうに思ひます。
 
 
その営みによつて、
いのちを授けられてゐるのですから。
 
 
その呼吸の営みとは、実は、
驚くべき営みなのです。
 
 
そもそも、それは、
大気を吸ふことによつて、
天の次元にまで昇つていき、
吐くことで、
その天の実質を地に降ろし、
地にもたらし、
地に拡げる、
そんな天と地を交はらせる働きなのです。
 
 
毎時毎瞬、
呼吸によつて、
こころが天と地を往復する。
 
 
それは、瞑想に通ずる営みです。
 

息遣ひは、
神からいのちを吹き込まれ、
神へといのちを送り返す、
そんな風に言つてみてもいい働きです。
 
 
ですから、
ことばを話すといふ営みも、
実は、その天と地の交流である、
息遣ひを動力にして働いてゐます。
 
 
本当に、奇しき働きです。
 
 
ことばをそのやうな、
清々しく爽やかな息遣ひに載せて発していく。
 
 
さうであつてこそ、
ことばはその生命を甦らせます。
 
 
息を吸ふたびごとに、
「天地(あめつち)の初発(はじめ)」に還り、
息を吐くたびごとに、
ことばといふ形をもつ「国」生みをするのです。
 
 
ことばを話すといふことは、
そのやうに、
神からの息吹きによつて、
国生みをしていく作業なのです。
 
 
芸術は、
そのやうな宇宙の根源の力と共に働くものです。
 
 
ことばを話す営みも、
芸術として甦りうるのです。
 
 


posted by koji at 08:05 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 言語造形 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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