2020年04月16日

仕事をより深めて

 
  
かういふ時は、
手を動かして、
ものを作ることができたり、
楽器を弾くことができたり、
そんなことができる人、
いいですよね。
 
 
創造するといふことが、
どれほど人を健やかにすることか!
 
 
毎日、
次の舞台に向けての稽古をしてゐるのですが、 
この稽古といふものが、
からだだけでなく、
どれほどこころを健やかにしてくれることか。
 
 
そして読書もわたしにとつては、
汗を流すやうな創造行為なのです。
 
 
この二週間は、
午前中はゲーテの『詩と真実』、
『(エッカーマンとの)対話』に、
午後は『平家物語』に、
夜はノヴァーリスにどつぷりと浸かつてゐます。
 
 
かうして、
稽古と読書を続けて行き、
深めて行くことで、
これからの自分の作品に、
より深みと含蓄をもたらしていきたいですし、
多面的で前進的な力をも、
さらには、
総合的な高さをも、
もたらしていくことができたら、
と熱望するのです。
 
 
これらはすべて分かりにくいことですが、
いよいよ自分自身の
芸術感覚と技量を
磨くこと以外に手はないやうです。
 
 
芸術とは何か、
人として生きるとはどういふことか、
芸術を真の仕事としていくためには、
どういふ精神を要するか、
それらのことを学ぶ上で、
ゲーテも、彼と同時代を生きた、
ノヴァーリスも本居宣長も、
わたしにとつては、
まことに、まことに、掛け替へのない先生です。
 
 
そして、わたしは、
自分自身の渇きを癒す泉がどこにあるのかを、
より明瞭にして行くことと共に、
同じ渇きを抱いてゐる友の助けになれるやう、
その泉の透明度と清潔を共有できるやう、
これからは仕事をしていきたいと考へてゐます。
 
 
その渇きとは、
ことばの美を求める渇きです。
 
 
表層にあるのではない、
深みに流れる美です。
 
 
それは、きつと、
人といふものの探求、
〈わたし〉といふものの探求と
ひとつなのでせう。
 
 
そのために、
毎日のからだの鍛錬が
必要であることはもちろんなのだけれども、
こころの栄養を
こつこつと丹念に集めていくことも
欠かせません。
 
 
稽古と共に、
洋の東西を問はず、
読み継がれてきた「古典」を読みこむ。
 
 
それは、
「ことばの理解」に向けてです。
 
 
表層的な意味に拘泥するのではなく、
ことばの深い意味を了解できる人を育てるためです。
 
 
そんなことを、毎日、精力的にやつていく、
「ことばの家」を、
ますますそんな場所にして行くことが、
わたしのこれからの仕事です。
 
 
読んで下さつて、ありがたう!
 


posted by koji at 22:50 | 大阪 | Comment(0) | 断想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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