2020年04月05日

幼な子たちの御靈に〜『ファウスト』を読んで〜


 
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ゲーテの『ファウスト』を
初めてしつかりと読み終へました。
 
 
最後の節、
「深山の谷」の、
夭折した幼な子の靈たちのことばを読み、
慟哭せざるを得ませんでした。
 
 
【夭折した幼な子たちの合唱】
 
教へて下さい 善き父よ
わたしたちはどこを漂ひ
わたしたちは誰なのか
わたしたちはみな 仕合はせです
わたしたちはみな ここにゐて
こころ穏やかです
 
互ひに手を繋ぎ合ひ
ひとつの喜びの輪になりませう
空をゆつくり巡りながら 声を合はせ
清きこころを歌ひませう
神の教へを受けて育つものは
疑ふことなく信じます
敬ひ信じるあの方を
 
   (『ファウスト』「深山の谷」より) 
 
 

いま、現実の世界でも、
多くも多くの幼な子たちが、
閉じ込められてゐたところから、
救ひ出されてゐるやうですね。
 
 
そんなときに、
この『ファウスト』を読むことができたこと、
そして読み終へた後、
これまでに夭折してしまつた、
幼な子たちの御靈(みたま)が、
いま微笑みながら、
見上げた空に浮かんでゐた小さな雲として、
天へと消ゑて行つたことが、
奇しき「しるし」のやうに思へてなりませんでした。
 
 
 
 
 

『ファウスト』とは、
悪魔と契約を交わした男のお話です。
 
 
彼は最後には、救はれて、
聖なるをとめのもとへと昇つてゆきます。
  

とても僭越なこととは思ひながらも、
先日演じたわたしたちの劇『 をとめ と つるぎ 』と、
この『ファウスト』の大河のやうな精神とは、
ひとすじ繋がつてゐることを知り驚きました。
 
 
これは、『ファウスト』を読み、
また『 をとめ と つるぎ 』を
聴いていただいてゐなければ、
なんのことだか分からないことだと思ふのですが・・・。
 
 
ただ、『ファウスト』の最後のことばだけ、
ここに挙げておきたいと思ひます。
 
 
【神々しく秘めやかな合唱】
 
なべて過ぎゆくものは
たとへに過ぎず
地の上にては至らざりしもの
ここにまったきものとして現はれ
おほよそ ことばに言ひがたきこと
ここになる
とこしへなるもの をとめなるもの
われらを彼方へと導きゆく
 
   (『ファウスト』「深山の谷」より)
 
 
 
をとめと神は いまも ひとつです
神 われらの親なり われらの親なり
神と人 そも親子なり
   (『 をとめ と つるぎ 』より)
 
  



 


posted by koji at 20:54 | 大阪 ☀ | Comment(0) | 読書ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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